第143話

文字数 5,344文字

 …葉山?…

 …ウソ?…

 …葉山が、なんで、ここにいるんだ?…

 私は、驚いた…

 ビックリした…

 その一方で、

 …やっぱり!…

 という思いもあった…

 葉山が何者だか、知らないが、ただのコンビニの雇われ店長ではない…

 それは、ずっと、前から、わかっていた…

 薄々感じていたことだ…

 いや、

 薄々どころか、はっきりと、感じていた…

 しかし、このタイミングで、この場所に現れるとは、思わなかった…

 まさに、絶好のタイミング…

 いいとこどりだ…

 ドラマでいえば、終盤の一番の見どころだ…

 ずるい!

 とっさに、思った…

 このタイミングで、登場するのは、ずるい…

 私が、そんなことを考えている間に、

 「…出なきゃ…」

 と、大場が言った…

 すると、

 「…敦子…ドアを開けちゃ、ダメだ…」

 高雄が、怒鳴った…

 「…中国の工作員かもしれない…」

 高雄が、怯えた表情になった…

 たしかに、高雄が、そう言うのは、わかる…

 つい、さっき、大場から、

 「…アナタは、中国政府にとって、用済み…」

 と、告げられたばかりだ…

 ドアの向こうにいるのが、中国の工作員だとしても、不思議ではない…

 が、

 ということは、どうだ?

 葉山は、中国の工作員なのか?

 とっさに、思った…

 中国の工作員の葉山が、仲間を連れてきたんだろうか?

 考えた…

 大場は、大場で、

 「…その可能性はあるかもしれない…」

 と、小さく呟いた…

 「…でも、管理人さんが、いっしょにいるから、私が、ドアを開けずとも、管理人さんに、鍵を借りて、開けるに決まっている…」

 「…だったら、チェーンで、ロックをして…中に入られないように…」

 高雄が焦って言った…

 その高雄の言葉に、

 「…バカね…そんなのただの時間稼ぎよ…」

 と、大場…

 「…時間稼ぎ?…」

 「…だって、ドアのチェーンなんて、道具があれば、すぐに切れる…この部屋から、どこか、外へ、逃げる、時間稼ぎなら、それもありだけど、ここは8階よ…どこへ逃げるの?…」

 大場の言葉に、高雄は、

 「…」

 と、絶句した…

 文字通り、万事休す…

 お手上げだった…

 「…わかったよ…」

 高雄が投げやりに、言った…

 「…敦子…開ければいい…」

 その言葉を待っていたかのように、大場が、玄関のドアを開けた…

 ドアを開けると、真っ先に、小柄な管理人の姿があった…

 そして、その後ろに、屈強そうな男たちが数人いる…

 その中には、モニター越しに見た葉山の姿もあった…

 「…どうしたんですか? …こんな夜中に?…」

 大場が作り笑顔で、聞く…

 すると、管理人の男性が、申し訳なさそうに、

 「…この人たちに、大場さんに、用事があるからと、言われて…」

 と、言った…

 「…でも、こんな時間ですよ…」

 と、大場が、嫌みを言った…

 「…一体、どういうご用件で…」

 大場が言ったところへ、

 「…お嬢さん…アナタの正体は、わかってますよ…」

 と、屈強な男の一人が言った…

 「…正体?…」

 「…大場代議士の娘さんでしょ?…」

 おそらく、大場が、この後、

 「…私の父親は誰か、わかってる? 国会議員の大場小太郎よ…」

 と、凄むのが、わかっていたのだろう…

 大場の機先を制した形だった…

 大場が悔しそうな顔をするのが、わかった…

 「…刑事さん? 令状は、持っているんですか?…」

 「…我々は、刑事では、ありません…」

 あっさりと、否定した…

 「…刑事じゃない? だったら、一体、アナタたちは、誰?…なんの権限で…」

 大場が言い終わらないうちに、

 「…内調(ないちょう)…内閣情報調査室の者です…」

 と、相手が、答えた…

 「…内閣情報調査室?…」

 大場が絶句するのが、わかった…

 そして、同時に、男たちの中に、葉山がいることを見つけたようだった…

 「…そう…アナタは、今、内閣情報調査室にいるの?…」

 葉山は、無言だった…

 あるいは、大場が誰に言っているか、気付かなかったのかもしれない…

 いや、

 気付いていないフリをしているのかもしれない…

 だからだろう…

 大場が、

 「…竹下さんの近くにいたのも、仕事の一環だったってこと…」

 と、はっきり言った…

 葉山は、仕方なく、首をすくめた…

 「…以前は、公安で、見た顔だと思っていたけど、それが今は、内閣情報調査室にいるなんて、大した出世ね…」

 大場の言葉に、再び、葉山が、無言で、首をすくめた…

 大場と対峙したくない様子だった…

 現に、葉山を含めた8人の屈強な男たちの中で、葉山だけが、少し離れた位置にいた…

 仕事で、仕方なく、この場にやって来たが、本当は、関わり合いたくなかった…

 そんな葉山の気持ちが、わかるように、他の男たちから、ポツンとひとり距離を置いて、立っていた…

 「…お父様はすでに逮捕されましたよ…」

 葉山ではない、男の一人が、言った…

 「…逮捕? 国会議員には、不逮捕特権があるはずでしょ?…」

 「…それは、国会が会期中の場合です…今、国会は、閉会しています…」

 男の言葉に、大場が悔しそうな表情をした…

 そして、そのやりとりで、男たちが、中国の工作員ではないこと…

 そして、なにより、自分が目当てではないことを、高雄が、わかった様子だった…

 だから、ホッとしたというか…

 そして、自分が、目当てではないことが、わかると、今度は、一体、どうして、大場の父が逮捕されたのか、不思議になった…

 「…どうして、大場代議士は、逮捕されたんですか?…」

 「…刑法第81条…」

 そっけなく、男たちの一人が口にした…

 「…刑法第81条…それが、なにか?…」

 「…外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する…」

 男が答える…

 「…いわゆる、外患誘致罪だ…外国と、共謀して、日本の国家の転覆を目指す…法定刑は、死刑のみ…まだ、この刑法第81条の規定を適用して、死刑になったものは、過去に存在しない…大場代議士が、その記念すべき第1号になるかもしれない…」

 男が答えた…
 
 文字通り、皮肉だった…

 私は、唖然とした…

 同時に気付いた…

 大場敦子の正体に、だ…

 おそらく、この女こそ、中国の工作員に他ならない…

 その可能性が高い…

 そして、そうであれば、色々納得がゆく…

 高雄との結婚もそうだ…

 高雄悠(ゆう)と結婚することで、高雄を見張ることができる…

 そして、なにより、大場の父親に、影響を与えることができる…

 いや、

 逆か?

 大場の父が、中国のスパイで、この敦子が、大場の父の命で、スパイになったのか?

 いわゆる、卵か先か鶏が先かの問題だ…

 それから、なにより、さっき高雄悠(ゆう)に、

 「…アナタは中国政府から、用済みになった…」

 と、言ったのは、内情に通じていたからだ…

 私は、思った…

 「…とにかく、ご同行願う…」

 男が言った…

 そして、こう付け加えた…

 「…大場代議士も、ひでぇ、養女を迎えたもんだ…この娘のために、代議士も辞職…身の破滅だ…」

 そういったときだった…

 「…アンタになにがわかる?…」

 と、大場が一言いうなり、その男に向かって、飛びかかった…

 っていうか、いきなり、蹴りを入れた…

 が、

 相手は、屈強な大男…

 大場の蹴りに、微動だも、しなかった…

 まるで、大場が大木を蹴ったように、微動だもしなかった…

 「…アンタになにが、わかるっていうの?…」

 言いながら、まるで、キックボクシングの選手のように、何度となく、その男に蹴りを入れた…

 が、

 やはり、その男は微動だも、しなかった…

 周りの男たちが、

 「…いい加減にしろ…」

 と、言って、大場のカラダを押さえつけようとしたが、蹴られた男が、軽く手を振って、

 「…構うな…好きにさせよう…」

 と、周囲の男たちに告げた…

 その結果、大場の蹴りは続いた…

 それは、まるで、3歳や5歳の子供が、大人に思いっきり、ケンカを挑むようなものだった…

 が、

 蹴られた男は、微動だも、しない…

 そのうちに、大場は、今度が、両手で、ボクシングのように、男に殴りかかった…

 しかし、結果は、同じだった…

 微動だも、しなかった…

 「…アンタなんかに…アンタなんかに、私の気持ちが、わかってたまるか!…」

 言いながら、いつのまにか、大場は、大粒の涙を流していた…

 見る見る、大場の顔が、涙でグシャグシャになった…

 私と、高雄は唖然として、言葉もなく、その光景を見守っていた…

 それは、また、蹴られ続け、殴られ続ける、男を除いた、他の男たちも、同じだった…

 22歳の身長、160㎝の女が、180㎝は優に超える、屈強な大男を蹴り続け、殴り続けている…

 異様な光景だった…

 そして、大場の攻撃は、まるっきり、効かなかった…

 それは、誰の目にも、明らかだった…

 やがて、大場は、力尽きた…

 ハアッー

 ハアッー

 と、大きく息をつき、大きく肩を揺らして、その場にへたりこんだ…

 すると、男が、

 「…気が済んだか?…」

 と、一言、大場に声をかけた…

 大場は、無言だった…

 首も振らず、なんの反応も示さなかった…

 「…じゃ、行こうか…」

 男は言った…

 そして、周囲の男たちに、

 「…このお嬢さんに、手を貸してくれ…」

 と、告げた…

 すると、

 「…自分で、歩ける…」

 大場は、

 ハアッー

 ハアッー

 と、大きく息をしながら、言った…

 男は、

 「…そうか…」

 と、だけ言って、大場が歩き出すと、小柄な管理人と、葉山以外の男たち、全員が、大場を取り囲むようにして、どこかへ連れて行った…

 私は、ただ唖然として、その光景を見守った…

 高雄も同様だった…

 私は、残った葉山に聞いた…

 「…大場さんは、一体なにを?…」

 葉山だけ、この場に残ったのは、私と、高雄悠(ゆう)に説明するために、残されたと、思ったからだ…

 「…スパイだよ…」

 短く、葉山が言った…

 「…中国の…」

 と、続けた…

 「…中国の?…」

 高雄が、仰天した…

 なにを隠そう、高雄もまた中国のスパイだった…

 そのスパイの高雄にとってみれば、大場もまたスパイだったのが、驚きの事実だったに違いない…

 が、

 私に驚きはなかった…

 やはり、思った通りだった…

 でも、どうして、大場が、スパイになったのかが、わからなかった…

 高雄悠(ゆう)の場合は、山田会の中で、古賀会長の後継者というか、高齢の古賀会長に代わる人間を探す中で、これといった有力者が、首を縦に振らなかったからだ…

 それゆえ、高雄組組長の息子である、悠(ゆう)が選ばれた…

 が、

 大場の場合は、わからない…

 「…どうして…どうして、大場さんは、スパイに?…」

 と、つい、口を開いた…

 相手が、見知った葉山だから、余計に聞きやすかったのかもしれない…

 「…大場代議士と、うまくいってなかったからさ…」

 葉山が答えた…

 「…その情報を掴んだ、中国に利用されたんだ…」

 「…利用された?…」

 高雄が言った…

 「…そう…利用された…あのお嬢さんは、大場代議士の養女…大場代議士は、代々、代議士を務めている政界の名門だ…そんな名門の家系は、誰でも、身辺調査される…」

 「…身辺調査?…」

 と、私…

 「…まあ、身辺調査っていやあ、言葉はいいが、要するに、あら捜しっていうか、あらを探して、弱みを握ろうとする…政界の名門で、娘は、母親の連れ子となれば、なにか不満があるんじゃないかと疑う…その結果、あの娘は、父親に不満を持っていることが、わかった…それで利用されたんだ…」

 「…利用されたって、どんなふうに?…」

 と、高雄…

 「…身近な家族の情報とか…大場代議士は政界の名門出身だから、あちこちにパイプがある…どんな情報でも、知りたかったに違いない…なにより、大場代議士は、政界屈指の名門の一つ…中国政府が、もっとも近付きたい人間の一人でもある…」

 「…でも、大場代議士は、父親が、元国家公安委員長で、スパイには慎重なはずじゃ…」

 と、私…

 「…それがいけなかった…ミイラ取りがミイラになった典型だ…」

 「…どういうことですか?…」

 「…大場代議士は、自分は、絶対に、敵の手に落ちない自信があったんだろう…あの娘が、中国政府の手先となっているとわかると、かえって、なにも知らないフリをして、相手の懐に入った…その結果、クズ株になった杉崎実業の株を、高雄組に40億円で、買い取る保証をした…」

 「…大場さんが?…」

 高雄が驚きの声を上げた…

 「…まあ、大場代議士が、どこまで、中国から利益供与を受けたのは、正直、わからない…ただ、政府に内緒で、中国政府の人間と、密会を繰り返していたんじゃ、なんらかの取引があったと見るのが、普通だ…」

 葉山が説明する…

 それから、

 「…ボクも、大場さんを知らない仲じゃない…残念だよ…」

 と、付け加えた…

 だからか、葉山は最後まで、大場の逮捕に消極的だった…

 いや、いっしょに、行かなくて、この場に残ったのは、私と高雄に説明するためだけではなかったのかもしれない…

 きっと、見知った大場が、逮捕されるのを、見るのが、嫌だったのだろう…

 そのために、残ったのかもしれない…

 なんとも、後味の悪い結末だった…

               
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