第76話
文字数 5,983文字
「…山田会と松尾会の抗争の終結って?…」
私は、唖然とした…
そんな、だいそれたこと、私なんかに、できるわけがない…
私は、平凡…
平凡な女だ…
と、叫び出したいところだった…
いや、
と、同時に、気付いた…
これは、今、現在、私の望むことだった…
私の望む展開だった…
私は、バイト先の当麻に頼まれて、松尾会の人間と会おうとしている…
つまり、私は、自分が、望もうが、望むまいが、自分自身の希望と関係なく、山田会と松尾会の調停というか、終結に、手を貸さざるを得ない状況に陥ってる…
ただし、私は、一般人…
ただの小娘だ…
だから、当然、松尾会の関係者が、私に会ったとしても、
…こんな小娘が?…
と、唖然とするに違いない…
こんな小娘である、私が、ヤクザ界のスター、稲葉五郎や、高雄組組長と、親しいと言っても、それは、コンパニオンや、キャバクラのお姉さんが、親しいと、言うのと、同じに、考えるかもしれない…
だが、そこに、大場代議士が加われば、鬼に金棒となる…
次期総理総裁候補にも名前が挙がる、大場小太郎代議士が、私といっしょのテーブルにつけば、相手も、納得すると言うか…
私が、稲葉五郎や高雄組組長と親しいと言っても、納得するに違いない…
日本中に知られた大物代議士が、臨席するのだ…
まさに、願ったり、叶ったり…
こんなに都合のいいことはない…
私は、気付いた…
と、同時に、思った…
これは、偶然か?
偶然の出来事か?
まるで、私が、山田会と松尾会の調停に一役買うという情報を見計らったように、大場から電話があった…
これは、あまりにタイミングが良すぎる…
私にとって、都合が良すぎるのだ…
私にとって、大場代議士の登場は、鬼に金棒だが、あまりにも、タイミングが良すぎる…
そう、思える。
だが、これに乗らない手はない…
ずばり乗るしかない!
一方で、このタイミングでの大場からの電話に不審を抱いたが、もう一方で、この絶好のタイミングを逃すわけには、いかないとも、思った…
「…わかった…協力する…」
私は、言った…
「…私にできることなら、なんでもする…」
私は、力強く断言した…
「…そう…それで、安心したわ…」
大場が答える。
「…で、私は、なにをすればいいの…」
「…それは…」
大場が私に告げる…
私は、それを黙って聞いていた…
稲葉五郎と、高雄の父、高雄組組長…
考えてみれば、この二人は、実に対照的だ…
一方は、昔ながらに、ヤクザそのもの…
もう一方は、今風なのか、まるで、サラリーマンに見える…
銀行員かなにか、お堅い職業に就いているようにも、思える…
が、
以前、高雄悠(ゆう)が、言ったように、能力は、稲葉五郎が優れている…
圧倒している…
あのとき、高雄悠(ゆう)は、そう断言した…
しかしながら、それは、事実だろうか?
私は、今さらながら、考える…
たしかに、誰もが、そうだが、ひとは、外見で、その人間を判断する…
一見して、真面目そうに、見える人間は、中身もまた、真面目で、信頼できるのでは?と、考えがちだ…
また、真逆に、ヤンキーやヤクザに見える人間は、誰もが、性格が悪く、頭も悪いと考えがちだ…
しかし、それは、事実だろうか?
私は、考える。
そして、答えは、それは、事実ではない、だ…
真面目に見えても、性格が悪い人間は、ごまんといるし、ヤンキーに見えても、性格が良い人間もいる…
頭もそうだ…
真面目であれば、必ずしも、ヤンキー系の人間よりも、頭が悪いわけでも、決してない…
ただ、頭が悪く見えるだけだ(笑)…
だから、稲葉五郎は、昔ながらのヤクザそのものなので、頭が悪く見えるし、高雄組組長は、ヤクザとは、真逆の外観で、銀行員のようにも見えるから、頭が良く見える…
そういうことだ(笑)…
ただし、中身は、違う…
別のものだ…
つまりは、外見と中身は、別のものと、判断すること…
これが、重要だ…
どうしても、ひとは、見た目で判断する…
見た目で、騙される…
高雄組組長の息子? の悠(ゆう)が、父より、稲葉五郎が優れていると、断言した以上、稲葉五郎の方が、優れているのだろう…
私のように、外見と中身は、別物と、心の中で、わかっていても、やはり、外見に騙されるというか、惑わされる(笑)…
実際問題として、稲葉五郎と接して、頭の悪さを感じたことは一度もない…
むしろ、良さを感じた…
言っていることは、常に理にかなっているし、部下思いでもあった…
自分に接している若い衆に向かって、わけのわからない理不尽な要求をしているのは、見たことがなかった…
だから、優れているのは、わかる…
だから、稲葉五郎が、山田会の次期会長候補と呼ばれるのも、納得できる…
私は、思った…
思いながら、ふと、気付いた…
どうしても、考えが、稲葉五郎寄りになってしまう…
その現実に、だ…
まさか、稲葉五郎に恋している?
とっさに、気付いた…
まさか、私が、稲葉五郎を好きになっている?
自分でも、意外な展開だが、真剣に考えた…
たしかに、私は、稲葉五郎を好きになっている…
なぜなら、稲葉五郎は、私を大事にしてくれるからだ…
私を好きだからだ…
だから、私も、稲葉五郎が好き…
しかし、これは、恋ではない…
断じて、恋ではない!
稲葉五郎と私は、父子ほど、歳が違う…
だから、これは、恋ではない…
私は、自分に言い聞かせた…
山田会と松尾会の調停の舞台は、以外と言うか、やはりというか、高級料亭だった…
普通ならば、今の時代、当然、ヤクザは、この手の高級料亭には、入ることはできない…
暴対法で、ヤクザとの接触は、禁じられているからだ…
が、そこは、大場小太郎代議士の顔というか、力で、簡単にクリアできた…
この手の高級料亭の良いところは、情報が洩れないこと…
昔ながらの老舗は、従業員のレベルも高く、新陳代謝といえば、言葉は、いいが、悪く言えば、ひとの入れ替わりが激しくないことにある…
どうしても、ひとの入れ替わりの激しい店は、情報が漏れやすい…
どんな人間が、従業員として、やってきたか、わからないからだ…
ケータイが普及した今の時代は、誰もが、カメラを携帯しているのと同じ…
正直、得体の知れない人間が、従業員として、店に入り込み、誰が、どんな人間と会っていたか、外に漏らすような店は、安心して、利用できない…
カメラや、録画や録音ができるスマホを持ち込めば、誰もが、情報を提供できるし、その画像等を見れば、それが、ウソではないことが、誰もが、わかる…
だから、いわゆる、重要な話は、信頼のできる店でなければ、場は開けない…
昔ながらの老舗料亭が、価値があるのは、料理がおいしかったり、いわゆる、ブランドで、店の敷居が高いから、そこに出入りすることが、一種のステータスになることもあるが、最大の魅力は、やはり、情報が洩れないことだろう…
従業員の口も堅く、誰がどんな人間と会っていたのか、見聞きしても、外に漏らす心配がない…
それこそが、老舗料亭を使う最大の魅力だろう…
私は、なぜか、そこで、大場代議士の隣の席で、座った…
また別の隣の席には、高雄の父である、高雄組組長の姿があった…
そして、反対側には、松尾会会長の姿があった…
松尾会の会長というから、どんな人物かと思ったが、普通のお爺さんだった(笑)…
柔和な顔をした、優しそうな、おじいちゃんだった…
誰が見ても、とても、ヤクザには、見えない…
「…今回は、色々、ご迷惑をおかけして…」
この席の一番の最年長者にも、かかわらず、松尾会会長、松尾聡(さとし)が、丁寧に頭を下げた…
すると、慌てて、高雄組組長が、松尾会会長を制した…
「…とんでも、ありません…こちらのほうこそ、会長に、わざわざご尽力頂く、手間をかけてもらい、恐縮です…」
高雄組組長が、頭を下げる…
私は、ビックリした…
テレビや新聞、ネット等の情報では、松尾会は、山田会の数分の一の規模の暴力団…
にもかかわらず、その山田会の有力幹部である、高雄組組長が、丁寧に頭を下げてる…
これでは、立場が逆…
普通ならば、松尾会の会長が、頭を下げて、詫びる場面だ…
私が、内心、唖然としていると、
「…松尾さんは、山田会の古賀会長の兄弟分で、非情に親しい間柄だったんですよ…」
と、大場代議士が、私に言った…
「…古賀会長の?…」
「…いや、私の方が、親しくさせて、もらっただけです…」
どこまでも、低姿勢だった…
「…ところで、このお嬢さんは?…」
松尾会会長の問いかけに、
「…古賀会長が、生前、探していた…」
と、高雄組組長と、大場代議士が、ほぼ、同時に答えた…
その答えに、松尾会会長も、納得したようだ…
「…このお嬢さんが、古賀さんが、探していた…」
私を実に可愛らしいように、見る…
当然だ…
22歳の私と、松尾会会長は、孫と祖父ほどの年齢差…
が、
可愛らしいと思うように見ているのは、一瞬…
その後は、眼光鋭く、まるで、私を値踏みするように、見た…
私の前身が、総毛だった…
身震いした…
これまで、こんなふうに、他人に見られたことはなかった…
私は、あらためて、眼前のこの老人が、筋金入りのヤクザであることを、思い知った…
「…このお嬢さんが、古賀さんが、探していた…」
と、繰り返した…
「…実は、私も先ほどから、見知らぬお嬢さんが、いっしょにいるから、どなたかと、興味津々でした…」
穏やかに言った…
私は、それを見て、今日、どうして、この場に、私がいるのか、あらためて、考えた…
発端は、電話だった…
あの後の、大場からの電話だった…
手品ではないが、手の内を明かすと、実は、松尾会の高杉一家と、山田会の花見組が揉めたときも、ホットラインと言うか、そういうものが、当然、存在した…
互いのトップクラスの者同士が、全然、見知ったことのない間柄ということは、ありえない…
以前にも、書いたが、暴力団でも、有力組織は、どこも、関係があるというか、定期的に会って、親交を深めている…
今回のように、下っ端の者が、なにか、間違いを犯したとき、すぐに、トップ同士、電話一本で、対処するためだ…
そのために、普段、いっしょに酒を飲んだり、食事をしたりして、顔を会わせて、親交を深めている…
実は、この松尾会の松尾会長こそ、亡くなった山田会の古賀会長の兄弟分であり、親しい間柄だった…
ただ、近年は、高齢のため、極力、前に出ることは、止め、後継者の育成に力を注いでいた…
これは、どこの社会も同じ…
会社も暴力団も、皆同じだ…
人間には、寿命があり、当然のことながら、組織には、寿命はない…
うまく行けば、十年、二十年と言わず、五十年、百年と、企業も、暴力団も続く…
ただし、それに関わる人間は、当然のことながら、変わる…
人間は、歳を取るからだ…
だから、トップに立てば、真っ先に、後継者の育成を考える…
いずれ、誰に、自分の後を継がせれば、組織が、残る、あるいは、発展するか、考えるのだ…
松尾会の松尾会長もまた、そう考えた…
だから、極力、前に出なかった…
ただ、情報だけは、常に入るように、画策していたというか…
今、どんな状況にあるのか、知っていなければ、ならないからだ…
だから、当初は、配下の者が、松尾会と、山田会の争いを、どう決着させるのか、見守っているつもりだったが、週刊誌等で、煽られ、思ったよりも、大事(おおごと)になってきたので、自分が出張って来た…
若い者には、任せられないという気持ちも、ないではなかったが、それよりも、自分が、前に出ることで、うまく、物事を抑えられるからだ…
亡くなった古賀会長と、兄弟分であった自分が、前に出ることで、うまく、抗争を終結させることができる、そう考えたのだ…
事実、松尾会長が、この席にやってきたことで、高雄組組長と、穏やかに話ができた…
これでは、誰が見ても、抗争は、事実上、終結したも、同然だった…
「…会長、今日は、わざわざ、御足労下さり、ありがとうございます…」
高雄組組長が、感謝を述べる。
「…高雄さん…そんなに頭を下げないで、頂きたい…私は、もう隠居も同然、今は、極力、若い者に任せています…ただ、今度の件は、やはり、私が、一度、山田会の方に、お会いして、頭を下げなければ、ならないと感じていたので、やってきました…」
穏やかに、松尾会長が、言う。
その口調は、どこまでも、穏やかだが、やはり、芯の強さと言うか、高齢にもかかわらず、口調に、弱さは、微塵も感じなかった…
「…今日は、大場さんのおかげで、このような料亭に、久しぶりに足を運びました…昨今は、私のような業界にいる人間は、敷居が高くなったので…」
松尾会長の言葉に、
「…松尾さん…からかわないで、下さい…松尾会長ならば、今も贔屓(ひいき)にしている店は、いっぱいあるでしょう…」
と、大場代議士が、お世辞を言った…
いや、
お世辞では、ない…
ホントのことに、違いない…
この松尾会長は、高雄組組長も頭を下げる、大物ヤクザ…
この店と同じ、高級料亭など、昔から、贔屓(ひいき)にしている、店は、数多くあるに違いない…
松尾会長は、大場代議士の言葉には、答えず、
「…今日は、稲葉さんは?…」
と、聞いた…
その言葉に、大場代議士も、高雄組組長も、困った顔になった…
「…これは、失礼…聞いてはいけない、質問だったね…」
「…そんなことはありません…」
大場代議士が、返答する。
「…ただ…最近、少しばかり、稲葉さんと揉めてまして…それで、今日は、それを含めて、色々会長にご相談したく…」
大場代議士が言う。
仰天の言葉だった…
私はてっきり、山田会と松尾会の調停の場だと思っていた…
が、
そうではなかったのかもしれない…
これから、山田会で、稲葉五郎外しが、行われるのか?
そんな予感がした…
私は、唖然とした…
そんな、だいそれたこと、私なんかに、できるわけがない…
私は、平凡…
平凡な女だ…
と、叫び出したいところだった…
いや、
と、同時に、気付いた…
これは、今、現在、私の望むことだった…
私の望む展開だった…
私は、バイト先の当麻に頼まれて、松尾会の人間と会おうとしている…
つまり、私は、自分が、望もうが、望むまいが、自分自身の希望と関係なく、山田会と松尾会の調停というか、終結に、手を貸さざるを得ない状況に陥ってる…
ただし、私は、一般人…
ただの小娘だ…
だから、当然、松尾会の関係者が、私に会ったとしても、
…こんな小娘が?…
と、唖然とするに違いない…
こんな小娘である、私が、ヤクザ界のスター、稲葉五郎や、高雄組組長と、親しいと言っても、それは、コンパニオンや、キャバクラのお姉さんが、親しいと、言うのと、同じに、考えるかもしれない…
だが、そこに、大場代議士が加われば、鬼に金棒となる…
次期総理総裁候補にも名前が挙がる、大場小太郎代議士が、私といっしょのテーブルにつけば、相手も、納得すると言うか…
私が、稲葉五郎や高雄組組長と親しいと言っても、納得するに違いない…
日本中に知られた大物代議士が、臨席するのだ…
まさに、願ったり、叶ったり…
こんなに都合のいいことはない…
私は、気付いた…
と、同時に、思った…
これは、偶然か?
偶然の出来事か?
まるで、私が、山田会と松尾会の調停に一役買うという情報を見計らったように、大場から電話があった…
これは、あまりにタイミングが良すぎる…
私にとって、都合が良すぎるのだ…
私にとって、大場代議士の登場は、鬼に金棒だが、あまりにも、タイミングが良すぎる…
そう、思える。
だが、これに乗らない手はない…
ずばり乗るしかない!
一方で、このタイミングでの大場からの電話に不審を抱いたが、もう一方で、この絶好のタイミングを逃すわけには、いかないとも、思った…
「…わかった…協力する…」
私は、言った…
「…私にできることなら、なんでもする…」
私は、力強く断言した…
「…そう…それで、安心したわ…」
大場が答える。
「…で、私は、なにをすればいいの…」
「…それは…」
大場が私に告げる…
私は、それを黙って聞いていた…
稲葉五郎と、高雄の父、高雄組組長…
考えてみれば、この二人は、実に対照的だ…
一方は、昔ながらに、ヤクザそのもの…
もう一方は、今風なのか、まるで、サラリーマンに見える…
銀行員かなにか、お堅い職業に就いているようにも、思える…
が、
以前、高雄悠(ゆう)が、言ったように、能力は、稲葉五郎が優れている…
圧倒している…
あのとき、高雄悠(ゆう)は、そう断言した…
しかしながら、それは、事実だろうか?
私は、今さらながら、考える…
たしかに、誰もが、そうだが、ひとは、外見で、その人間を判断する…
一見して、真面目そうに、見える人間は、中身もまた、真面目で、信頼できるのでは?と、考えがちだ…
また、真逆に、ヤンキーやヤクザに見える人間は、誰もが、性格が悪く、頭も悪いと考えがちだ…
しかし、それは、事実だろうか?
私は、考える。
そして、答えは、それは、事実ではない、だ…
真面目に見えても、性格が悪い人間は、ごまんといるし、ヤンキーに見えても、性格が良い人間もいる…
頭もそうだ…
真面目であれば、必ずしも、ヤンキー系の人間よりも、頭が悪いわけでも、決してない…
ただ、頭が悪く見えるだけだ(笑)…
だから、稲葉五郎は、昔ながらのヤクザそのものなので、頭が悪く見えるし、高雄組組長は、ヤクザとは、真逆の外観で、銀行員のようにも見えるから、頭が良く見える…
そういうことだ(笑)…
ただし、中身は、違う…
別のものだ…
つまりは、外見と中身は、別のものと、判断すること…
これが、重要だ…
どうしても、ひとは、見た目で判断する…
見た目で、騙される…
高雄組組長の息子? の悠(ゆう)が、父より、稲葉五郎が優れていると、断言した以上、稲葉五郎の方が、優れているのだろう…
私のように、外見と中身は、別物と、心の中で、わかっていても、やはり、外見に騙されるというか、惑わされる(笑)…
実際問題として、稲葉五郎と接して、頭の悪さを感じたことは一度もない…
むしろ、良さを感じた…
言っていることは、常に理にかなっているし、部下思いでもあった…
自分に接している若い衆に向かって、わけのわからない理不尽な要求をしているのは、見たことがなかった…
だから、優れているのは、わかる…
だから、稲葉五郎が、山田会の次期会長候補と呼ばれるのも、納得できる…
私は、思った…
思いながら、ふと、気付いた…
どうしても、考えが、稲葉五郎寄りになってしまう…
その現実に、だ…
まさか、稲葉五郎に恋している?
とっさに、気付いた…
まさか、私が、稲葉五郎を好きになっている?
自分でも、意外な展開だが、真剣に考えた…
たしかに、私は、稲葉五郎を好きになっている…
なぜなら、稲葉五郎は、私を大事にしてくれるからだ…
私を好きだからだ…
だから、私も、稲葉五郎が好き…
しかし、これは、恋ではない…
断じて、恋ではない!
稲葉五郎と私は、父子ほど、歳が違う…
だから、これは、恋ではない…
私は、自分に言い聞かせた…
山田会と松尾会の調停の舞台は、以外と言うか、やはりというか、高級料亭だった…
普通ならば、今の時代、当然、ヤクザは、この手の高級料亭には、入ることはできない…
暴対法で、ヤクザとの接触は、禁じられているからだ…
が、そこは、大場小太郎代議士の顔というか、力で、簡単にクリアできた…
この手の高級料亭の良いところは、情報が洩れないこと…
昔ながらの老舗は、従業員のレベルも高く、新陳代謝といえば、言葉は、いいが、悪く言えば、ひとの入れ替わりが激しくないことにある…
どうしても、ひとの入れ替わりの激しい店は、情報が漏れやすい…
どんな人間が、従業員として、やってきたか、わからないからだ…
ケータイが普及した今の時代は、誰もが、カメラを携帯しているのと同じ…
正直、得体の知れない人間が、従業員として、店に入り込み、誰が、どんな人間と会っていたか、外に漏らすような店は、安心して、利用できない…
カメラや、録画や録音ができるスマホを持ち込めば、誰もが、情報を提供できるし、その画像等を見れば、それが、ウソではないことが、誰もが、わかる…
だから、いわゆる、重要な話は、信頼のできる店でなければ、場は開けない…
昔ながらの老舗料亭が、価値があるのは、料理がおいしかったり、いわゆる、ブランドで、店の敷居が高いから、そこに出入りすることが、一種のステータスになることもあるが、最大の魅力は、やはり、情報が洩れないことだろう…
従業員の口も堅く、誰がどんな人間と会っていたのか、見聞きしても、外に漏らす心配がない…
それこそが、老舗料亭を使う最大の魅力だろう…
私は、なぜか、そこで、大場代議士の隣の席で、座った…
また別の隣の席には、高雄の父である、高雄組組長の姿があった…
そして、反対側には、松尾会会長の姿があった…
松尾会の会長というから、どんな人物かと思ったが、普通のお爺さんだった(笑)…
柔和な顔をした、優しそうな、おじいちゃんだった…
誰が見ても、とても、ヤクザには、見えない…
「…今回は、色々、ご迷惑をおかけして…」
この席の一番の最年長者にも、かかわらず、松尾会会長、松尾聡(さとし)が、丁寧に頭を下げた…
すると、慌てて、高雄組組長が、松尾会会長を制した…
「…とんでも、ありません…こちらのほうこそ、会長に、わざわざご尽力頂く、手間をかけてもらい、恐縮です…」
高雄組組長が、頭を下げる…
私は、ビックリした…
テレビや新聞、ネット等の情報では、松尾会は、山田会の数分の一の規模の暴力団…
にもかかわらず、その山田会の有力幹部である、高雄組組長が、丁寧に頭を下げてる…
これでは、立場が逆…
普通ならば、松尾会の会長が、頭を下げて、詫びる場面だ…
私が、内心、唖然としていると、
「…松尾さんは、山田会の古賀会長の兄弟分で、非情に親しい間柄だったんですよ…」
と、大場代議士が、私に言った…
「…古賀会長の?…」
「…いや、私の方が、親しくさせて、もらっただけです…」
どこまでも、低姿勢だった…
「…ところで、このお嬢さんは?…」
松尾会会長の問いかけに、
「…古賀会長が、生前、探していた…」
と、高雄組組長と、大場代議士が、ほぼ、同時に答えた…
その答えに、松尾会会長も、納得したようだ…
「…このお嬢さんが、古賀さんが、探していた…」
私を実に可愛らしいように、見る…
当然だ…
22歳の私と、松尾会会長は、孫と祖父ほどの年齢差…
が、
可愛らしいと思うように見ているのは、一瞬…
その後は、眼光鋭く、まるで、私を値踏みするように、見た…
私の前身が、総毛だった…
身震いした…
これまで、こんなふうに、他人に見られたことはなかった…
私は、あらためて、眼前のこの老人が、筋金入りのヤクザであることを、思い知った…
「…このお嬢さんが、古賀さんが、探していた…」
と、繰り返した…
「…実は、私も先ほどから、見知らぬお嬢さんが、いっしょにいるから、どなたかと、興味津々でした…」
穏やかに言った…
私は、それを見て、今日、どうして、この場に、私がいるのか、あらためて、考えた…
発端は、電話だった…
あの後の、大場からの電話だった…
手品ではないが、手の内を明かすと、実は、松尾会の高杉一家と、山田会の花見組が揉めたときも、ホットラインと言うか、そういうものが、当然、存在した…
互いのトップクラスの者同士が、全然、見知ったことのない間柄ということは、ありえない…
以前にも、書いたが、暴力団でも、有力組織は、どこも、関係があるというか、定期的に会って、親交を深めている…
今回のように、下っ端の者が、なにか、間違いを犯したとき、すぐに、トップ同士、電話一本で、対処するためだ…
そのために、普段、いっしょに酒を飲んだり、食事をしたりして、顔を会わせて、親交を深めている…
実は、この松尾会の松尾会長こそ、亡くなった山田会の古賀会長の兄弟分であり、親しい間柄だった…
ただ、近年は、高齢のため、極力、前に出ることは、止め、後継者の育成に力を注いでいた…
これは、どこの社会も同じ…
会社も暴力団も、皆同じだ…
人間には、寿命があり、当然のことながら、組織には、寿命はない…
うまく行けば、十年、二十年と言わず、五十年、百年と、企業も、暴力団も続く…
ただし、それに関わる人間は、当然のことながら、変わる…
人間は、歳を取るからだ…
だから、トップに立てば、真っ先に、後継者の育成を考える…
いずれ、誰に、自分の後を継がせれば、組織が、残る、あるいは、発展するか、考えるのだ…
松尾会の松尾会長もまた、そう考えた…
だから、極力、前に出なかった…
ただ、情報だけは、常に入るように、画策していたというか…
今、どんな状況にあるのか、知っていなければ、ならないからだ…
だから、当初は、配下の者が、松尾会と、山田会の争いを、どう決着させるのか、見守っているつもりだったが、週刊誌等で、煽られ、思ったよりも、大事(おおごと)になってきたので、自分が出張って来た…
若い者には、任せられないという気持ちも、ないではなかったが、それよりも、自分が、前に出ることで、うまく、物事を抑えられるからだ…
亡くなった古賀会長と、兄弟分であった自分が、前に出ることで、うまく、抗争を終結させることができる、そう考えたのだ…
事実、松尾会長が、この席にやってきたことで、高雄組組長と、穏やかに話ができた…
これでは、誰が見ても、抗争は、事実上、終結したも、同然だった…
「…会長、今日は、わざわざ、御足労下さり、ありがとうございます…」
高雄組組長が、感謝を述べる。
「…高雄さん…そんなに頭を下げないで、頂きたい…私は、もう隠居も同然、今は、極力、若い者に任せています…ただ、今度の件は、やはり、私が、一度、山田会の方に、お会いして、頭を下げなければ、ならないと感じていたので、やってきました…」
穏やかに、松尾会長が、言う。
その口調は、どこまでも、穏やかだが、やはり、芯の強さと言うか、高齢にもかかわらず、口調に、弱さは、微塵も感じなかった…
「…今日は、大場さんのおかげで、このような料亭に、久しぶりに足を運びました…昨今は、私のような業界にいる人間は、敷居が高くなったので…」
松尾会長の言葉に、
「…松尾さん…からかわないで、下さい…松尾会長ならば、今も贔屓(ひいき)にしている店は、いっぱいあるでしょう…」
と、大場代議士が、お世辞を言った…
いや、
お世辞では、ない…
ホントのことに、違いない…
この松尾会長は、高雄組組長も頭を下げる、大物ヤクザ…
この店と同じ、高級料亭など、昔から、贔屓(ひいき)にしている、店は、数多くあるに違いない…
松尾会長は、大場代議士の言葉には、答えず、
「…今日は、稲葉さんは?…」
と、聞いた…
その言葉に、大場代議士も、高雄組組長も、困った顔になった…
「…これは、失礼…聞いてはいけない、質問だったね…」
「…そんなことはありません…」
大場代議士が、返答する。
「…ただ…最近、少しばかり、稲葉さんと揉めてまして…それで、今日は、それを含めて、色々会長にご相談したく…」
大場代議士が言う。
仰天の言葉だった…
私はてっきり、山田会と松尾会の調停の場だと思っていた…
が、
そうではなかったのかもしれない…
これから、山田会で、稲葉五郎外しが、行われるのか?
そんな予感がした…