第76話

文字数 5,983文字

 「…山田会と松尾会の抗争の終結って?…」

 私は、唖然とした…

 そんな、だいそれたこと、私なんかに、できるわけがない…

 私は、平凡…

 平凡な女だ…

 と、叫び出したいところだった…

 いや、

 と、同時に、気付いた…

 これは、今、現在、私の望むことだった…

 私の望む展開だった…

 私は、バイト先の当麻に頼まれて、松尾会の人間と会おうとしている…

 つまり、私は、自分が、望もうが、望むまいが、自分自身の希望と関係なく、山田会と松尾会の調停というか、終結に、手を貸さざるを得ない状況に陥ってる…

 ただし、私は、一般人…

 ただの小娘だ…

 だから、当然、松尾会の関係者が、私に会ったとしても、

 …こんな小娘が?…

 と、唖然とするに違いない…

 こんな小娘である、私が、ヤクザ界のスター、稲葉五郎や、高雄組組長と、親しいと言っても、それは、コンパニオンや、キャバクラのお姉さんが、親しいと、言うのと、同じに、考えるかもしれない…

 だが、そこに、大場代議士が加われば、鬼に金棒となる…

 次期総理総裁候補にも名前が挙がる、大場小太郎代議士が、私といっしょのテーブルにつけば、相手も、納得すると言うか…

 私が、稲葉五郎や高雄組組長と親しいと言っても、納得するに違いない…

 日本中に知られた大物代議士が、臨席するのだ…

 まさに、願ったり、叶ったり…

 こんなに都合のいいことはない…

 私は、気付いた…

 と、同時に、思った…

 これは、偶然か?

 偶然の出来事か?

 まるで、私が、山田会と松尾会の調停に一役買うという情報を見計らったように、大場から電話があった…

 これは、あまりにタイミングが良すぎる…

 私にとって、都合が良すぎるのだ…

 私にとって、大場代議士の登場は、鬼に金棒だが、あまりにも、タイミングが良すぎる…

 そう、思える。

 だが、これに乗らない手はない…

 ずばり乗るしかない!

 一方で、このタイミングでの大場からの電話に不審を抱いたが、もう一方で、この絶好のタイミングを逃すわけには、いかないとも、思った…

 「…わかった…協力する…」

 私は、言った…

 「…私にできることなら、なんでもする…」

 私は、力強く断言した…

 「…そう…それで、安心したわ…」

 大場が答える。

 「…で、私は、なにをすればいいの…」

 「…それは…」

 大場が私に告げる…

 私は、それを黙って聞いていた…

 
 稲葉五郎と、高雄の父、高雄組組長…

 考えてみれば、この二人は、実に対照的だ…

 一方は、昔ながらに、ヤクザそのもの…

 もう一方は、今風なのか、まるで、サラリーマンに見える…

 銀行員かなにか、お堅い職業に就いているようにも、思える…

 が、

以前、高雄悠(ゆう)が、言ったように、能力は、稲葉五郎が優れている…

圧倒している…

あのとき、高雄悠(ゆう)は、そう断言した…

しかしながら、それは、事実だろうか?

私は、今さらながら、考える…

たしかに、誰もが、そうだが、ひとは、外見で、その人間を判断する…

一見して、真面目そうに、見える人間は、中身もまた、真面目で、信頼できるのでは?と、考えがちだ…

また、真逆に、ヤンキーやヤクザに見える人間は、誰もが、性格が悪く、頭も悪いと考えがちだ…

しかし、それは、事実だろうか?

私は、考える。

そして、答えは、それは、事実ではない、だ…

真面目に見えても、性格が悪い人間は、ごまんといるし、ヤンキーに見えても、性格が良い人間もいる…

頭もそうだ…

真面目であれば、必ずしも、ヤンキー系の人間よりも、頭が悪いわけでも、決してない…

ただ、頭が悪く見えるだけだ(笑)…

だから、稲葉五郎は、昔ながらのヤクザそのものなので、頭が悪く見えるし、高雄組組長は、ヤクザとは、真逆の外観で、銀行員のようにも見えるから、頭が良く見える…

そういうことだ(笑)…

ただし、中身は、違う…

別のものだ…

つまりは、外見と中身は、別のものと、判断すること…

これが、重要だ…

どうしても、ひとは、見た目で判断する…

見た目で、騙される…

高雄組組長の息子? の悠(ゆう)が、父より、稲葉五郎が優れていると、断言した以上、稲葉五郎の方が、優れているのだろう…

私のように、外見と中身は、別物と、心の中で、わかっていても、やはり、外見に騙されるというか、惑わされる(笑)…

実際問題として、稲葉五郎と接して、頭の悪さを感じたことは一度もない…

むしろ、良さを感じた…

言っていることは、常に理にかなっているし、部下思いでもあった…

自分に接している若い衆に向かって、わけのわからない理不尽な要求をしているのは、見たことがなかった…

だから、優れているのは、わかる…

だから、稲葉五郎が、山田会の次期会長候補と呼ばれるのも、納得できる…

私は、思った…

思いながら、ふと、気付いた…

どうしても、考えが、稲葉五郎寄りになってしまう…

その現実に、だ…

まさか、稲葉五郎に恋している?

とっさに、気付いた…

まさか、私が、稲葉五郎を好きになっている?

自分でも、意外な展開だが、真剣に考えた…

たしかに、私は、稲葉五郎を好きになっている…

なぜなら、稲葉五郎は、私を大事にしてくれるからだ…

私を好きだからだ…

だから、私も、稲葉五郎が好き…

しかし、これは、恋ではない…

断じて、恋ではない!

稲葉五郎と私は、父子ほど、歳が違う…

だから、これは、恋ではない…

私は、自分に言い聞かせた…


山田会と松尾会の調停の舞台は、以外と言うか、やはりというか、高級料亭だった…

普通ならば、今の時代、当然、ヤクザは、この手の高級料亭には、入ることはできない…

暴対法で、ヤクザとの接触は、禁じられているからだ…

が、そこは、大場小太郎代議士の顔というか、力で、簡単にクリアできた…

この手の高級料亭の良いところは、情報が洩れないこと…

昔ながらの老舗は、従業員のレベルも高く、新陳代謝といえば、言葉は、いいが、悪く言えば、ひとの入れ替わりが激しくないことにある…

どうしても、ひとの入れ替わりの激しい店は、情報が漏れやすい…

どんな人間が、従業員として、やってきたか、わからないからだ…

ケータイが普及した今の時代は、誰もが、カメラを携帯しているのと同じ…

正直、得体の知れない人間が、従業員として、店に入り込み、誰が、どんな人間と会っていたか、外に漏らすような店は、安心して、利用できない…

カメラや、録画や録音ができるスマホを持ち込めば、誰もが、情報を提供できるし、その画像等を見れば、それが、ウソではないことが、誰もが、わかる…

だから、いわゆる、重要な話は、信頼のできる店でなければ、場は開けない…

昔ながらの老舗料亭が、価値があるのは、料理がおいしかったり、いわゆる、ブランドで、店の敷居が高いから、そこに出入りすることが、一種のステータスになることもあるが、最大の魅力は、やはり、情報が洩れないことだろう…

従業員の口も堅く、誰がどんな人間と会っていたのか、見聞きしても、外に漏らす心配がない…

それこそが、老舗料亭を使う最大の魅力だろう…

私は、なぜか、そこで、大場代議士の隣の席で、座った…

また別の隣の席には、高雄の父である、高雄組組長の姿があった…

そして、反対側には、松尾会会長の姿があった…

松尾会の会長というから、どんな人物かと思ったが、普通のお爺さんだった(笑)…

柔和な顔をした、優しそうな、おじいちゃんだった…

誰が見ても、とても、ヤクザには、見えない…

「…今回は、色々、ご迷惑をおかけして…」

この席の一番の最年長者にも、かかわらず、松尾会会長、松尾聡(さとし)が、丁寧に頭を下げた…

すると、慌てて、高雄組組長が、松尾会会長を制した…

「…とんでも、ありません…こちらのほうこそ、会長に、わざわざご尽力頂く、手間をかけてもらい、恐縮です…」

高雄組組長が、頭を下げる…

私は、ビックリした…

テレビや新聞、ネット等の情報では、松尾会は、山田会の数分の一の規模の暴力団…

にもかかわらず、その山田会の有力幹部である、高雄組組長が、丁寧に頭を下げてる…

これでは、立場が逆…

普通ならば、松尾会の会長が、頭を下げて、詫びる場面だ…

私が、内心、唖然としていると、

「…松尾さんは、山田会の古賀会長の兄弟分で、非情に親しい間柄だったんですよ…」

と、大場代議士が、私に言った…

「…古賀会長の?…」

「…いや、私の方が、親しくさせて、もらっただけです…」

どこまでも、低姿勢だった…

「…ところで、このお嬢さんは?…」

松尾会会長の問いかけに、

「…古賀会長が、生前、探していた…」

と、高雄組組長と、大場代議士が、ほぼ、同時に答えた…

その答えに、松尾会会長も、納得したようだ…

「…このお嬢さんが、古賀さんが、探していた…」

私を実に可愛らしいように、見る…

当然だ…

22歳の私と、松尾会会長は、孫と祖父ほどの年齢差…

が、

可愛らしいと思うように見ているのは、一瞬…

その後は、眼光鋭く、まるで、私を値踏みするように、見た…

私の前身が、総毛だった…

身震いした…

これまで、こんなふうに、他人に見られたことはなかった…

私は、あらためて、眼前のこの老人が、筋金入りのヤクザであることを、思い知った…

「…このお嬢さんが、古賀さんが、探していた…」

と、繰り返した…

「…実は、私も先ほどから、見知らぬお嬢さんが、いっしょにいるから、どなたかと、興味津々でした…」

穏やかに言った…

私は、それを見て、今日、どうして、この場に、私がいるのか、あらためて、考えた…

発端は、電話だった…

あの後の、大場からの電話だった…

手品ではないが、手の内を明かすと、実は、松尾会の高杉一家と、山田会の花見組が揉めたときも、ホットラインと言うか、そういうものが、当然、存在した…

互いのトップクラスの者同士が、全然、見知ったことのない間柄ということは、ありえない…

以前にも、書いたが、暴力団でも、有力組織は、どこも、関係があるというか、定期的に会って、親交を深めている…

今回のように、下っ端の者が、なにか、間違いを犯したとき、すぐに、トップ同士、電話一本で、対処するためだ…

そのために、普段、いっしょに酒を飲んだり、食事をしたりして、顔を会わせて、親交を深めている…

実は、この松尾会の松尾会長こそ、亡くなった山田会の古賀会長の兄弟分であり、親しい間柄だった…

ただ、近年は、高齢のため、極力、前に出ることは、止め、後継者の育成に力を注いでいた…

これは、どこの社会も同じ…

会社も暴力団も、皆同じだ…

人間には、寿命があり、当然のことながら、組織には、寿命はない…

うまく行けば、十年、二十年と言わず、五十年、百年と、企業も、暴力団も続く…

ただし、それに関わる人間は、当然のことながら、変わる…

人間は、歳を取るからだ…

だから、トップに立てば、真っ先に、後継者の育成を考える…

いずれ、誰に、自分の後を継がせれば、組織が、残る、あるいは、発展するか、考えるのだ…

松尾会の松尾会長もまた、そう考えた…

だから、極力、前に出なかった…

ただ、情報だけは、常に入るように、画策していたというか…

今、どんな状況にあるのか、知っていなければ、ならないからだ…

だから、当初は、配下の者が、松尾会と、山田会の争いを、どう決着させるのか、見守っているつもりだったが、週刊誌等で、煽られ、思ったよりも、大事(おおごと)になってきたので、自分が出張って来た…

若い者には、任せられないという気持ちも、ないではなかったが、それよりも、自分が、前に出ることで、うまく、物事を抑えられるからだ…

亡くなった古賀会長と、兄弟分であった自分が、前に出ることで、うまく、抗争を終結させることができる、そう考えたのだ…

事実、松尾会長が、この席にやってきたことで、高雄組組長と、穏やかに話ができた…

これでは、誰が見ても、抗争は、事実上、終結したも、同然だった…

「…会長、今日は、わざわざ、御足労下さり、ありがとうございます…」

高雄組組長が、感謝を述べる。

「…高雄さん…そんなに頭を下げないで、頂きたい…私は、もう隠居も同然、今は、極力、若い者に任せています…ただ、今度の件は、やはり、私が、一度、山田会の方に、お会いして、頭を下げなければ、ならないと感じていたので、やってきました…」

穏やかに、松尾会長が、言う。

その口調は、どこまでも、穏やかだが、やはり、芯の強さと言うか、高齢にもかかわらず、口調に、弱さは、微塵も感じなかった…

「…今日は、大場さんのおかげで、このような料亭に、久しぶりに足を運びました…昨今は、私のような業界にいる人間は、敷居が高くなったので…」

松尾会長の言葉に、

「…松尾さん…からかわないで、下さい…松尾会長ならば、今も贔屓(ひいき)にしている店は、いっぱいあるでしょう…」

と、大場代議士が、お世辞を言った…

いや、

お世辞では、ない…

ホントのことに、違いない…

この松尾会長は、高雄組組長も頭を下げる、大物ヤクザ…

この店と同じ、高級料亭など、昔から、贔屓(ひいき)にしている、店は、数多くあるに違いない…

松尾会長は、大場代議士の言葉には、答えず、

「…今日は、稲葉さんは?…」

と、聞いた…

その言葉に、大場代議士も、高雄組組長も、困った顔になった…

「…これは、失礼…聞いてはいけない、質問だったね…」

「…そんなことはありません…」

大場代議士が、返答する。

「…ただ…最近、少しばかり、稲葉さんと揉めてまして…それで、今日は、それを含めて、色々会長にご相談したく…」

大場代議士が言う。

仰天の言葉だった…

私はてっきり、山田会と松尾会の調停の場だと思っていた…

が、

そうではなかったのかもしれない…

これから、山田会で、稲葉五郎外しが、行われるのか?

そんな予感がした…

               


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