第87話

文字数 4,503文字

 この葉山…

 一体、何者なんだろう?

 私は、今さらながら、考える。

 そして、気が付くと、私は、いつのまにか、葉山を睨んでいた…

 それに気付いた、葉山が、

 「…なんだか、竹下さん…今日は、いつにもまして、真面目な顔をして、ボクを見てるね…もしかして、ボクの顔になにか、ついてる?…」

 と、冗談を言う…

 私は、

 「…いえ…」

 と、短く答えて、否定した…

 いくらなんでも、疑い過ぎている…

 私は、思った…

 疑えば、何事も、切りがなくなる…

 私は、考える…

 そんなことを考えてると、

 「…二人とも、なにしてるんですか? 手伝って下さいよ…」

 と、レジ打ちをしている当麻から、不満の声が漏れた…

 見ると、いつのまにか、レジにお客様の行列ができていた…

 「…悪い…悪い…」

 葉山がすぐに、反応した…

 慌てて、レジに入って、当麻を手伝う…

 その光景を見て、あの高雄組組長と、大場小太郎代議士が、このコンビニにやって来たとき、この当麻もこの店にいたことを、思い出した…

 …ひょっとして、この当麻も怪しいのか?…

 思わず、そんなことまで、考えた…

 いや、いや…

 疑えば、切りがなくなるというのは、まさにこのことだ…

 私は、思った…

 だから、そんなことは、一切忘れて、仕事に没頭することにした…

 コンビニの仕事に没頭することにした…


 「…疲れた…」

 三時間後、ポツリと呟いて、バイトするコンビニを後にした…

 「…お先に失礼します…」

 と、バイト仲間の当麻と、店長の葉山に言って、私は、店を出た…

 今日は、本当に疲れた…

 店を出て、しみじみ、思った…

 例えるならば、100m競争で、全力疾走をする調子で、1万mとは言わないが、3000mや5000mを全力疾走したような感じだった…

 そんな、いつものペース配分をまったく無視して、全力疾走した感じだった…

 …お金が必要…

 そう考えると、がむしゃらというか、無我夢中で、働きたくなった…

 いや、

 働かねばならないと思った…

 それが、真実というか、原動力だった…

 なぜなら、ウチは、普通のサラリーマン家庭…

 貧しくはないが、裕福でもない…

 昨今の経済情勢というと、大げさだが、我が家の経済状況を考えると、やはり、自分で、稼がなくてはならない…

 …やるしかない!…

 …私が自分で、稼ぐしかない!…

 現在の私の置かれた状況を冷静にかんがみるに、それしか、方法はなかった…

 それに、気付いた私は、イノシシのように、鼻の穴を膨らませ、気合を入れて、歩き出した…

 本当ならば、さっきまでの、コンビニのバイトで、カラダがクタクタだったが、それを無視するというか…

 全身にアドレナリンが駆け巡り、その疲れを吹き飛ばしたというか…

 無視した(笑)…

 そして、一歩一歩、大地というか、足元をしっかり踏みしめながら、歩いた…

 …やはり、私だけなんだろうか?…

 ふと、そんな気持ちが脳裏に芽生えた…

 あの杉崎実業の内定者、5人…

 私以外の、私によく似た内定者、4人…

 私を除いた内定者4人は、いずれもお金持ち…

 例え、あの杉崎実業が、倒産しても、あの4人は、困らないに違いない…

 なにしろ、あの大場に至っては、父親が、次期総理総裁候補にも、名前が挙がる大場小太郎代議士だ…

 大物政治家だ…

 それに、今は、父親が、スパイ容疑で逮捕されたが、林は、あんな江戸時代に建てられた豪邸に住む正真正銘のお嬢様だ…

 お金に困るわけがない…

 残りの二人、柴野と野口も大金持ちと、たしか、林が言っていた…

 私だけ、庶民…

 私だけ、平民…

 しかし、それを考えても、仕方がない…

 なぜ、そんな大金持ちの中に、私のような庶民が選ばれたのか?

 これは、いくら考えてもさっぱりわからない(笑)…

 高雄は、私が、あくまで、中心で、他の4人は、私に似ているからだと言った…

 だが、その話は、どう考えても、眉唾物…

 嘘くさい(笑)…

 そして、それを言えば、あの高雄自身が、嘘くさいというか(笑)…

 イマイチ信用できない…

 いや、

 イマイチどころか、まったくもって、信用できない(笑)…

 悪い人間ではないのは、わかる…

 でも、いいヤツかと言えば、口ごもるというか…

 人間的に信頼できる男ではない(笑)…

 もっとも、だからこそ、魅力があるのかもしれない…

 悪の魅力というと、大げさだが、男も女も少々ミステリアスなのが、いい…

 以前、父が言っていたが、女のヌードに例えると、全部脱がない方がいいと、断言した…

 どうして、全部脱がない方が、いいのかと、父に聞くと、その方が、妄想できるからだと、答えた…

 すっぽんぽんで、すべて見せると、妄想ができない…

 だから、全部脱がない方がいい、と…

 隣で、聞いていた母は、

 「…お父さん…そんなことを、年頃の娘の前で…」

 と、顔をしかめたが、私は、父の言うことも、わかると、思った…

 どんなことでも、すべてが、わかると、納得する反面、興味がなくなる…

 ちょうど、ミステリー小説でいえば、犯人がわかるのと、同じ…

 動機は、手法は、と、謎は残るが、なにより、犯人がわかったことで、興味が半減する…

 それと同じだ…

 高雄は、ミステリアス…

 謎だらけの人間だ…

 図書館や花屋が似合うおとなしめの長身のイケメンのくせに、親は、日本有数の暴力団、山田会傘下の高雄組組長という大物ヤクザ…

 まるで、似つかないというか、真逆…

 似ても似つかないし、まるっきり、想像すらできない…

 しかも、その父親とも、実は、血が繋がってないことが、わかった…

 つまり、最初に高雄に抱いたイメージが、ことごとく覆されてゆく…

 いい意味でも、悪い意味でも、本当は、どんな人間なのか、さっぱり見当もつかない…

 悪でないのは、わかる…

 悪い人間でないのは、わかるが、だからといって、善人でもない…

 とにかく、どこか、謎がある…

 捉えどころがないというか…

 そして、それが、高雄悠(ゆう)最大の魅力になっている…

 これは、女がすっぽんぽんで、全部裸を見せないのと、同じ…

 だから、惹かれる(笑)…

 全部、見せれば、父が言うように、妄想がなくなる…

 それと同じだ…

 例えば、血が繋がってない男女でも、小さい頃からの幼馴染(おさななじみ)で、いれば、恋は生まれない…

 例え、二人が、美男美女でも、惹かれないのが、普通だ…

 どんな環境で、育って、性格は、どんな性格か、わかると、安心はするが、恋は生まれない…

 お互いが、お互いを知り過ぎているために、相手に惹かれることがなくなる…

 どんな相手も、知り過ぎていては、ダメだ…

 妄想が生まれない…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 私は、いつのまにか、そんなことを考えた…

 最初は、杉崎実業が潰れるかも? と、考えて、

 …だったら、しっかり働いて、お金を稼ぐしかない…

 と、固く心に誓ったのが、いつのまにか、話というか、話題の中心が、高雄に移った…

 高雄悠(ゆう)に移った…

 あのおとなしめの長身のイケメンに移った…

 今さらながら、そんな自分自身の心の動きに、苦笑する…

 …やはり、私は、高雄に恋している…

 私は、それを自覚した…

 あの杉崎実業の内定式で、高雄に会った…

 そして、その後、何度か会ったに過ぎない…

 にもかかわらず、高雄に会って以来、私の生活というか、交友関係が一変した…

 すべてが、高雄人脈と言うか、高雄が関係する人間たちと付き合うことになった…

 だから、直接、高雄と会わずとも、すでに、私は、高雄に囲まれてると言うか…

 高雄人脈の中に、取り込まれているのが、現実だ…

 これは、一体、どういうことなのだろうか?

 ふと、思った…

 高雄に取り込まれている…

 つまりは、すべて、私、竹下クミの交友関係は、高雄と関係のある、人間たちに囲まれている…

 別の視点で言えば、私と直接会わずとも、高雄は、自分の親や友人たちを通して、私の動静をすべて、知ることができる…

 そういうことではないのか?

 運命婚と高雄は言った…

 私と、結婚するのは、運命…

 だから、運命婚だ、と…

 だが、これは、以前、この竹下クミも、思ったことだ…

 運命の結婚だから、運命婚…

 言葉のまま…

 そのものずばり、ストレートだ(笑)…

 しかし、この結婚は、強引というか、謎がある…

 あの高雄が、私と結婚したいというのは、おそらくウソではない…

 が、それは、愛情ではない…

 ずばり、打算だ…

 しかし、その打算の中身がわからない…

 なぜなら、何度も言うが、私が、亡くなった古賀会長の血縁者という事実が、私には、どうしても信じられないからだ…

 私は、そんなことを考えながら、家路を急いでいると、

 「…お嬢…」

 と、突然、声がした…

 私は、驚いた…

 幻聴かとも、思った…

 聞き違いかとも、思った…

 が、

 たしかに、聞いたことのある声だった…

 聞き覚えのある声だった…

 だが、

 私は、無視した…

 あえて、振り向かなかった…

 私は、足元を見ながら、歩き続けた…

 足元を見る=つまりは、顔を上げないで、前を歩き続けた…

 顔を上げない=顔を見せない、だ…

 だが、その声は、しつこかった…

 「…お嬢…お嬢じゃ、ありませんか? …偶然ですね…」

 よく通る、大きな声で、誰が見ても、私に向かって、声をかけて、きた…

 だが、

 それでも、私は、その声を無視した…

 正直、顔を上げるのが、怖かった…

 すでに、相手が誰だか、顔を見なくても、その声の主が誰だかは、わかっていた…

 もしかしたら、私の両親といった身内の人間を除けば、この世で、もっとも、私を可愛がってくれる人間かもしれなかった…

 私を溺愛してくれるかもしれない男だった…

 私を、文字通り、目の中に入れても、痛くないと思えるほど、私を愛してくれるのが、わかった…

 この世の中で、身内を除いて、これ以上、私を愛してくれる人間は、いないに違いない…

 いや、

 血の繋がった血縁者を除けば、結婚した夫以上に、私を愛してくれているかもしれなかった…

 この平凡な竹下クミを、誰よりも愛してくれるかもしれなかった…

 私がなんの見返りを与えずとも、紛れもなく、私を愛していた…

 それが、痛いほど、わかってるにも、かかわらず、私は、その男が苦手だった…

 嫌いではない…

 苦手なのだ…

 その男は、

 「…お嬢…聞こえますか?…お嬢…」

 と、何度もしつこく、私に語りかけてきた…

 私は、動揺した…

 痛いほど、動揺した…

 顔を上げて、周囲を見ずとも、すでに、この光景を見た、一般人は、何事かと不思議がるだろう…

 なにしろ、誰が見ても、一見して、ヤクザと思える大柄な男が、真面目な女子大生の私に声をかけ続けているのだ…

 「…お嬢…」

 私は、その声に、ついに、根負けした…

 顔を上げ、

 「…ご無沙汰しています…」

 と、歩道を歩く、私と並行して、ゆっくりと走る、大きなワンボックスカーに向かって、ペコリと頭を下げた…

 そして、見た…

 あのヤクザ界のスター、稲葉五郎の姿を…

 山田会次期会長の姿が、そこにあった…

                

 
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