第12話

文字数 5,232文字

 林から、連絡があったのは、数日後だった…

 何度も言うが、私は平凡…

 絵に描いたような、平凡な人間だ…

 身長も160㎝程度だし、胸だって、大きくない…

 とりたてて、特技もなにもない、平凡極まりない女…

 それが、私、竹下クミだった…

 だからというか…

 林から、連絡があったときは、正直、緊張した…

 メールが、送られてきたのだ…

 …メールで良かった!…

 これが偽らざる本音だった…

 これがLINEで、直接会話でもしたなら、堪らない…

 ど緊張!

 舌が回らないというか?

 活舌が悪くなるというレベルではない…

 あの林が、ヤクザの娘であるかどうかは、まだわからないが、金持ちのお嬢様であることは、わかった…

 だから、緊張するのだ…

 世の中には、自分も他人も同じ人間だと、主張するというか、心の底から、信じている人間が、一定数存在する。

 だが、普通に考えれば、そんなことは、ありえない…

 もし、本当に心の底から、そんなことを信じていれば、頭がおかしいの一言…

 多くの場合は、そう言ってるだけ…

 心の底から、思っているのではない…

 ただ、たしかに、一定数は、自分と他人の能力の違いが、さっぱりわからない人間も存在する…

 わかりやすい事例が、やはり、仕事だろう…

 私もそうだが、仕事に学歴は、あまり関係がないと、バイトをして、知った一人と言うか…

 要するに、いわゆる、偏差値の高い、世間でいう、いい大学を出ても、使えないヤツは、使えないというか…

 例え、偏差値40の工業高校を出ても、使えるヤツは使える…

 ただし、それは、なにをやるかだ…

 物覚えが早く、手が早い人間が、一番、重宝するというか…

 なにをしても素早いし、テキパキと仕事ができる…

 ただし、それは、このコンビニとか、例えば、牛丼屋やラーメン屋のスタッフだから…

 これが、コンビニでも、牛丼屋でも、本部のスタッフで、例えば、営業本部長とかいうと、当然のことながら、求められる能力が違ってくる…

 いわゆる、テキパキと手早く動くことではなく、頭脳を駆使して、営業成績を上げてゆくことになる…

 また、それをするためにどうすればよいか、グラフ等を用いて、論理的に、うまく周囲の人間に説明する能力が求められる…

 実際に、営業成績を上げられるかどうかではなく、周囲に納得させる説明ができるか、否かだ…

 すると、どうしても、学歴が必要になる…
 
 偏差値40の工業高校卒の人間でも、機会を与えれば、もしかしたら、会社の売り上げを伸ばすことができるかもしれないし、その可能性はゼロではない…

 ただ、周囲の人間に対して、綿密な資料を作って、どうしたら、売り上げを伸ばすことができるか、プレゼンテーションをする能力というものがない…

 これは、仕方がないことだが、致命的…

 致命的な欠陥だ…

 だから、少人数の会社なら、機会を与えれば、成功するかもしれないが、大企業では無理…

 そもそも、機会を与えられないし、仮に与えられても、高学歴なスタッフの中で、学歴が劣る人間は、下に見られてしまう…

 これが、現実だ…

 私は、父から、そんな現実を聞いたことがある…

 話は若干それたが、要するに、人間は平等ではない…

 違いがあるということだ…

 私と、林は、違いがあるということだ…

 ただし、ルックスは変わらない(笑)…

 同じような身長に、同じような顔…

 姉妹といっても、誰も疑わない…

 それほど、似ている…

 しかも、それは、私と林だけではない…

 あの内定に集まった女、五人が全員似ているのだ…

 もっとも、それは、高雄にとっては、当たり前…

 そもそも、高雄がなんらかの情報を得て、自分の狙った女のルックスがわかったので、その情報から、女を選んだから…

 必然的に、女たちは、誰もが似ている…

 しかし、それは、外観=ルックスが似ているだけ…

 当然のことながら、中身は違う…

 つまりは、頭が良い人間もいるし、悪い人間もいるし、金持ちもいるし、私のような平凡な家庭出身の者もいる…

 いや、頭の悪い人間も、性格の悪い人間も、あの場にはいなかった…

 だから、それは当てはまらない…

 ただ、現時点で、わかったのは、林がお金持ちという事実だけだ…

 私は、思った。

 結局、私は、林と駅前の店で、待ち合わせることにした…

 駅は、私の住む最寄りの駅ではなく、内定した杉崎実業の本社のある駅…
 
 これが、一番わかりやすい…

 私は、林が待つ店に行ったが、正直、気が引けた…

 何度も言うように、私は、平凡…

 平凡、極まりない女だ…

 それが、おそらく、お金持ちの林と、待ち合わせている…

 正直、身分が違う…

 私は思った…

 林が、ヤクザの娘かどうか、わからないが、私は、お金持ちの娘じゃない…

 周囲にも、お金持ちの娘はいなかった…

 皆、平凡だった…

 だから、困った…

 嫌だった…

 林の視点で見れば、この私は一体どう見られているのだろう?

 みすぼらしい女に見られているのか?

 考える…

 悩む…

 いや、

 そもそも、こんな遠くの店ではなく、私のバイトするコンビニで待ち合わせれば、良かったのではないか?

 ふと、気付いた…

 林は、偶然を装って、私のバイト先にやって来た…

 わざわざ、あの黒塗りの高級車で、やって来たのだ…

 ならば、単純に、あのバイト先のコンビニで、待ち合わせて、林と会えば、良かったのではないか?

 そう、考えた…

 いや、それは、まずい…

 それをすれば、バイト先のコンビニの店長の葉山を筆頭とする、バイト仲間に、私が、あの黒塗りの高級車に乗り込む姿を見られる可能性が高い…

 すると、どうだ?

 「…なぜ、あの竹下が、あんな高級車に乗り込んだんだ?…」

 と、なる。

 それは、まずい…

 この平凡な竹下クミのイメージというものがある…

 あんな高級車に乗り込む姿を見られるのは、まずい…

 いや、まずいのは、そこではない…

 その後、バイト先で、根掘り葉掘り聞かれるのは、困る…

 いや、例え聞かれずとも、噂には、上るだろう…

 上らないはずはない!

 そこまで、考えると、私は、やはり、遠くだが、この駅にして、正解だと思った…

 自分の住む家の近くの駅にしても、やはり、自分の見知ってる、知り合いに見られる可能性がある…

 しかし、ここなら、その心配はない…

 私が、そのコーヒーショップのチェーン店に入ると、林はすでに待っていた…

 が、すぐには、林と気付かなかった…

 なぜなら、林は当然、私服だが、いつも、私のバイト先のコンビニにやって来るときは、地味な私服だった…

が、今日は、なぜか、派手だった…

 一目見て、カラフルな服で、いわば、女の装いだった…

 ピンク系で、全身をきめて、春の装いと言うか…

 いつもの、サバサバした感じではなかった…

 いつもは、泥臭いというと、語弊があるが、地味だった…

 また、だから、話しやすかった…

 だが、今日は違う…

 別人の装いだ…

 私は、そんな林を見て、驚いたし、当然のことながら、それが、表情に出た…

 「…どう? 驚いた?…」

 林が少し、恥ずかしそうに、口に出した。

 「…うん、まあ…」

 私は、曖昧に、言葉を濁した。

 …これじゃ、まるで、デートだ…

 私の脳裏に、すぐに、そんな言葉が浮かんだ…

 と、同時に、気付いた…

 …まさか、この林は、レズじゃないだろううな?…

 …私は、そっちの趣味はないぞ…

 私は、気付いた…

 だが、さすがに、それを直接、口にすることはできない…

 「…林さんって、もしかして…」

 曖昧に言葉を濁した…

 林は、私の意図にすぐに、気付いた…

 「…別に、私は、男じゃなく、女が好きとか、そういうのは、ないよ…」

 林が、慌てて、否定する。

 「…でも、今日はパパに会う日だし…パパは、うるさいの…女は女らしくって…」

 …パパだと?…

 …パパって、なんだ?…

 …普通、お父さんじゃないのか?…

 …それとも、そのパパって、実の父親じゃなく、パトロンって、ヤツか…

 私の脳裏を、そんな考えがかすめた。

 それもまた表情に出たのかもしれない…

 「…いやだ? …竹下さん、パパっていっても、パトロンとか、そんなんじゃないよ…
実の父親…私は、実家が少し通いから、パパといっしょに住んでないの…」

 林が慌てて、説明する。

 「…でも、その服…」

 「…パパは職業柄か、服装にうるさいの…男は男らしく、女は女らしく…それが、パパの基本…」

 …それって、もしかして、やっぱりヤクザか?…

 …いわゆる任侠道かなにか、か?…

 私は思った。

 「…でも、ホント…竹下さんに会って、助かった…パパに一人で会うのは、嫌だし…」

 …パパに一人で会うのは、嫌?…

 …どういう意味だ?…

 …実の父親に会うのに、どうして、一人で会うのは、嫌なんだ?…

 …それって、やっぱり、もしかして?…

 私が、考えてると、

 「…ホント、竹下さんに会えて、良かった…竹下さんは、杉崎実業の内定者の中で、一番ひとが良さそうだし…」

 「…ひとが良さそう?…」

 思わず、口に出した…

 「…いえ、話しやすいというか…」

 林が続ける。

 …それって、やっぱり、私が軽いってことか?…

 ずばり、ショックだった…

 …私は、そんなに軽いのか?…

 …そんなに、ひととして、重みがないのか?…

 考えた。

 悩んだ…

 先日も、バイト仲間の二歳年下の当麻に、竹下さんは、頼りないと、指摘されたばかりだ…

 それゆえ、就活に苦戦したと、二歳年下の当麻に喝破された。

 就活で、必要なのは、ずばり、一目見て、使えるか、否か? だ…

 あるいは、

 鍛えれば、ものになるか、どうかだ…

 それが、ないから、竹下さんは、就活に苦戦したんだ、と、当麻に指摘された…

 二歳も年下の当麻に指摘された…

 しかも、

 しかも、だ…

 それまでは、どうして、私が就活に苦戦するのか、さっぱり、わからなかった…

 そこそこ美人で、ルックスが他人様よりも、劣るわけではない、この竹下クミが、就活に苦戦する理由がわからなかった…

 それを、あっさりと、あの当麻が、喝破するとは?

 …ずばり、情けないというか?…

 ショックだった…

 そして、また今まさに、この瞬間も、この林が、同じように、私を軽いと言うか、話しやすいと言った…

 自分でも、わかっていたが、まさか、これほど、他人様から見て、軽いとは、思わなかった…

 知り合ったばかりの人間に、指摘されるとは、思わなかった…

 しかも、私は、この林と、同じような顔で、同じような身長…

 いや、

 林だけではない、杉崎実業の五人の内定者全員が、同じような顔で、同じような身長の持ち主たち…

 つまり、外見=ルックスが、似ているにもかかわらず、この竹下クミが、一番軽いと思われた…

 それが、ショックだった…

 「…ゴメン…竹下さん…なにか、竹下さんを傷つけたならば、謝る…」

 「…別に、なんでもないさ…」

 私は言った。

 本当は、なんでもないなんてことはありえないが、とりあえず、言った…

 本音は、ずばり、傷ついた…

 物凄く、傷ついた…

 もしかしたら、一生忘れられない、心の傷となる…

 それほどの、ショックだった…

 「…でも、ホント、竹下さんが来てくれて、良かった…」

 林が、実感を込めて、漏らす。

 「…お父さん…いえ、パパは気難しいひとだから、竹下さんならば、誰にも気に入られるから、問題はないし…」

 力を込めて、言った…

 …私は、誰にも気に入られる?…

 …そんなことがあるはずがない…

 …きっと、今、私を傷つけるようなことを言ったから、慌てて、私を持ち上げたな…

 私は、思った。

 思いながらも、やはり、少しばかり、気分が良くなった…

 これもまた林の狙いかもしれないが、少しばかり、良くなった…

 「…パパも竹下さんなら、きっと気に入ってくれる…」

 私に言うというよりは、自分自身を納得させるように、林は、呟いた…

                
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