第34話
文字数 5,351文字
「…わ…私を味方につけることが政治?…」
私は、一瞬、悩んだ…
私が、山田会の亡くなった古賀会長の探していた娘だとして、その娘に接触して、自分の味方についてもらう…
それが、政治なのか?
悩んだ…
…うーむ?…
だが、冷静に考えれば、それも、また政治なのかもしれない…
要するに、人間関係だ…
うまく、人と人の間を動いて、立ち回る…
わかりやすい事例で言えば、関ヶ原の合戦だ…
徳川家康と、石田三成が、事前に、自分の陣営に、ついてくれるように、諸国の大名にお触れを出した…
それこそが、政治だ…
関ヶ原の合戦と言う、いわゆる軍事的な戦いが目的だが、その前に、自分の味方になって、もらうべく、大勢の大名に話を持っていった…
現代で言えば、国会の審議やら、総理総裁を決めるのと、同様に、審議をする前に、いわゆる根回しをしているのと、同じだ…
会社でも、なんでも、取締役会で、あらかじめ、議題になる話題について、事前に根回しをして、賛成か反対か、決めておく…
それと同じだ…
ただ、関ヶ原の合戦では、それが最終的に、軍事衝突になったが、国会や会社では、誰に投票するかとか、その議題に賛成か反対か、国会や取締役会で、態度を決めることに過ぎない…
だが、その過程は同じ…
大勢の人間に接触して、根回しを進めてゆく…
それが政治だ…
と、そこまで、考えると、たしかに、大場が言う、
「…死んだ古賀会長の探していた娘を味方につけて、山田会の次期会長の座を狙う…これが、政治じゃなくて、なんなの?…」
というのは、間違っていない…
たしかに、これもまた政治と言えるだろう…
私は思った…
そして、それが、私の表情に現れたのだろう…
「…ねっ…竹下さんも、そう思うでしょ?…」
と、大場が、私に同意を求めた…
私は、内心、大場の言う通りだと思ったが、さすがに、それに、同意することは、できなかった…
さすがに、ヤクザ界のスターの前で、その行動に、アレコレ、論評することは、できなかった…
私が、どう言っていいか、悩んでいると、
「…でしょ?…」
と、大場が追い打ちをかける。
すると、女将さんが、私の苦境を見かねたのか、
「…要するに、この五郎も少しは大人になって、政治を始めたってことだよ…」
と、口を挟んだ…
「…五郎だって、子供じゃないんだ…いつまでも、殴り合いのケンカをする歳じゃないってことさ…」
そう言って、女将さんが、私たちを笑わせた…
女将さんの言葉に、大場が、
「…オジサン…その歳で、まだ殴り合いのケンカなんてするの?…」
と、呆れたように、聞いた…
ヤクザ界のスターは、大場の言葉に、
「…」
と、無言だった…
無言が、肯定を意味した…
そして、その場の女三人が、呆れたように、ヤクザ界のスターを見た…
その視線に耐えられないと思ったのか、
「…たまにだよ…たまに…滅多にねえよ…」
と、ヤクザ界のスターが小さな声で、ふてくされたように、言った…
その言葉に、女将さんが、
「…五郎、アンタもいい加減、大人になりな…」
と、いって、その場を離れた…
さすがに、稲葉五郎の言動に、女将さんも呆れたのかもしれない…
五十にもなって、たまにとはいえ、殴り合いのケンカをするとは、思ってなかったのかもしれない…
いかに職業がヤクザでも、さすがに五十歳にでもなれば、行動が違ってくる…
まして、稲葉五郎は、稲葉一家の組長…
れっきとした、管理職だ…
私が、そう考えていると、女将さんが、
「…五郎…これでも食いな…オマエの大好きなレバニラ炒めだ…」
と、言って、レバニラ炒めを持って、戻って来た…
「…ありがてえ…オバサンの作ったレバニラが、一番だ…」
と、稲葉五郎は、喜んだ…
「…オバサンじゃない…お姉さんだ…一体何度言わせるんだ…」
女将さんは、愚痴りながらも、ヤクザ界のスターが、レバニラ炒めを喜ぶ姿を見て、嬉しそうだった…
それを見て、あらためて、二人の絆の深さを感じた…
そして、気付いた…
…これまで、大場は、
「…オジサン…」
と、ヤクザ界のスター、稲葉一家、組長を呼んでいるが、一体どういう知り合いなのだろう?
まさか、本当に血の繋がったオジサンではあるまい…
私は、大場を見た…
当然、大場は、私の視線に気付いた…
「…竹下さん…なに? …なにか、私に聞きたいの?…」
私は、一瞬、聞こうかどうか、悩んだが、
「…大場さんは、この稲葉さんを、オジサン…オジサンと言ってるけど、まさか、本当に血の繋がったオジサン?…」
と、意を決して、聞いた…
私の直球の質問に、目の前の大場は、一瞬、驚いた表情を浮かべたが、
「…まさか?…」
と、一転して、ケラケラと爆笑した…
「…まさか、本当に血の繋がった関係であるわけないじゃない…昔から、知ってるの…子供の頃から…」
「…子供の頃から?…」
「…要するに、父親の仕事の関係よ…」
「…父親の仕事の関係?…」
私は、間の抜けた声で、大場の言葉をオウム返しに答えた…
それから、
「…父親の仕事って?…」
と、つい聞いてしまった…
大場がお金持ちのお嬢さんだってことは、すでにわかってる…
だが、父親がどういう職業の人間なのだか、わからない…
普通に考えれば、会社の経営者だと思うが、眼前のヤクザ界のスターを子供の頃から、知ってると、なると、一体どういう仕事をしているのか? 知りたくなる…
私の直球の質問に、
「…それはね…」
と、大場がいたずらっぽく笑った…
それから、大場は、稲葉を見て、
「…それは、秘密…ね…オジサン…」
と、稲葉に同意を求めた…
稲葉は、困ったような顔になった…
そして、
「…今にわかる…」
と、大場は付け加えた…
「…今にわかる…」
私は、大場の言葉をオウム返しに繰り返す…
…今にわかる…
…どういう意味だ?…
心の中で、繰り返した…
反芻した…
そのときだった…
「…さあ、あっちゃんも、なにか、食べな…腹が減ってるだろ? …お嬢ちゃんも、なにか、食べな…」
と、女将さんが、声をかけた。
大場は、稲葉を見て、
「…私は、オジサンが、食べてるのと、同じのがいい…」
「…レバニラかい?…」
と、女将さん…
「…そう…」
「…じゃ、お嬢ちゃんは、なににする?…」
「…私もそれで、お願いします…」
私は、即答した…
さすがに、この場面で、あれこれ、メニューを選んでる余裕はない…
同じものを頼むに限る…
私は、そう思った…
思いながら、ふと、気付いた…
…この女将さんも、大場をあっちゃんと、呼んでいる…
…あっちゃんと、気安く呼ぶ以上、当然、大場の正体を知っているに違いない…
…普通、あっちゃんと、気安く呼ぶのは、女将さんもまた、稲葉同様、子供の頃から、大場を知っているに違いないからだ…
ふと、そう思った…
しかしながら、まさか、この場面で、この女将さんに、
「…大場さんのお父様のご職業って、一体なにをなさってるんですか?…」
と、聞けない(苦笑)…
なにより、大場本人が、
「…秘密…」
と、言っている以上、その本人がいる前で、しゃべることはできまい…
そういうことだ…
そこまで、考えたとき、
「…ハイ…お待ち…」
と、女将さんが、私と大場の頼んだレバニラ炒めを、運んできた…
大場が早速、おいしそうに、レバニラ炒めを食べ始めた…
「…おいじい…」
大場が、感想を述べる…
「…だろ? …このオバサンの作るレバニラ炒めは昔から絶品なんだ…」
と、稲葉…
「…ウン…」
大場が食べながら、頷いた…
「…オバサンじゃない…お姉さんだろ? …五郎、一体何度言わせるんだ?…」
と、またも、女将さんが怒った…
それから、
「…さあ、お嬢ちゃんも早く食べな…」
と、私を促した。
私は、
「…ハイ…」
と、答え、レバニラ炒めに箸をつけた…
一口食べて、
…たしかに、おいしい…
と、心の中で、思った…
だから、
「…おいしいです…」
と、素直に口に出した…
「…ありがとう…」
女将さんが言う。
稲葉もまた、私に嬉しそうな顔を向けた…
自分の勧めた料理を私が気に入ってくれて、嬉しいのだろう…
「…このオバサンの作るレバニラ炒めは絶品なんだ…」
と、稲葉が繰り返した…
「…オバサンじゃない…お姉さんだろ…」
もう何度目か、わからない、セリフの応酬だった…
まるで、漫才だ…
私は、思った…
そして、また大場も同じように、思ったに違いない…
私に、向かって、小さな声で、
「…テレビで見る、下手な漫才よりも、この二人のやり取りの方が、ずっと面白い…」
と、言って、楽しそうに笑った…
私もその通りだと思った…
そして、遅まきながら、今日、ここにやってきて、良かったと思った…
大場に誘われたときは、驚いたし、今日、ここに来るまでは、一体どこに連れていかれるのだろうと、心配した。
事実、このヤクザ界のスターがやって来たときは、恐怖したが、案外と言うか、見かけよりも、怖い人物ではなかった…
いかつい外観をしているが、見かけほど、怖い人物ではなかった…
それは、この女将さんのせいかもしれない…
私は、思った…
まるで、漫才のように、息の合った、やりとりで、周囲の人間を、笑いの渦に巻き込む…
爆笑させる…
そうすることで、いかつい外観の稲葉五郎を、まるで、気さくな人間のように、見せている…
女将さんが、いなければ、こんな芸当はできない…
コワモテのヤクザ者が、たった一人で、街中華の店にやって来たに、過ぎなくなる…
普通は、コワモテのヤクザ者が、店にやって来たことで、周囲に緊張が走る…
それを、この女将さんが、いじることで、周囲の緊張を和らげている…
まるで、漫才のようなやりとりをすることで、コワモテのヤクザ者を、気さくな人間のように、見せている…
私は、その事実に、気付いた…
そして、今さらながら、この大場の正体にも、思いを馳せた…
この大場もまた、眼前のいかついヤクザ者を、
「…オジサン…オジサン…」
と、気安く呼ぶことで、ただの普通のオジサンに過ぎなく見せている…
私は、その事実にも、気付いた…
しかし、日本で二番目に大きな暴力団、山田会の次期会長候補の、稲葉一家の組長を、
「…オジサン…オジサン…」
と、呼ぶ、大場の正体は一体?
私は、大場の正体に、思いを馳せた…
結局、その日は、あの店で、大場と稲葉五郎と、三人で、レバニラ炒めを食べて、終わった…
大場は、稲葉五郎と、女将さんのやりとりをいじることで、周囲を爆笑の渦に巻き込んだ…
普通ならば、面子にこだわるヤクザ者の稲葉五郎も、
「…あっちゃんには、かなわねえな…」
と、まるで、自分の娘のように、接していた…
なにより、稲葉五郎の、あっちゃんこと、大場を見る目が、優しい…
私にとって、この日一番の発見は、もしかしたら、大場と稲葉五郎の関係だったかもしれない…
二人の密接な関係だったかもしれない…
そう思いながら、レバニラ炒めを食べていた…
それから、数日後だった…
家で、偶然、テレビを見ていると、画面の隅に、大場が映っていた…
最初、見たときは、ビックリした…
だから、目を凝らして、見た…
凝視した…
が、
間違いではない…
今よりも、数歳若いが、間違いなく大場だった…
おそらく、高校時代だろう…
顔は、同じだが、今よりも、幼い…
愛くるしい…
今は、22歳だから、当然だ…
そして、肝心のその画像…
大場が隅に映っていたのは、なんなのか?
なんの放送か?
再び、目を凝らして、見た…
凝視した…
それは、選挙だった…
今をときめく、総裁候補の名前にも、随時上がる、大場小太郎代議士の、数年前の選挙の当選シーン…
バンザーイ…
バンザーイと、両手を上げて、喜ぶシーン…
そのシーンに、大場小太郎の近くで、父親といっしょに、バンザーイと、両手を挙げる少女…
それが、大場だった…
私は、一瞬、悩んだ…
私が、山田会の亡くなった古賀会長の探していた娘だとして、その娘に接触して、自分の味方についてもらう…
それが、政治なのか?
悩んだ…
…うーむ?…
だが、冷静に考えれば、それも、また政治なのかもしれない…
要するに、人間関係だ…
うまく、人と人の間を動いて、立ち回る…
わかりやすい事例で言えば、関ヶ原の合戦だ…
徳川家康と、石田三成が、事前に、自分の陣営に、ついてくれるように、諸国の大名にお触れを出した…
それこそが、政治だ…
関ヶ原の合戦と言う、いわゆる軍事的な戦いが目的だが、その前に、自分の味方になって、もらうべく、大勢の大名に話を持っていった…
現代で言えば、国会の審議やら、総理総裁を決めるのと、同様に、審議をする前に、いわゆる根回しをしているのと、同じだ…
会社でも、なんでも、取締役会で、あらかじめ、議題になる話題について、事前に根回しをして、賛成か反対か、決めておく…
それと同じだ…
ただ、関ヶ原の合戦では、それが最終的に、軍事衝突になったが、国会や会社では、誰に投票するかとか、その議題に賛成か反対か、国会や取締役会で、態度を決めることに過ぎない…
だが、その過程は同じ…
大勢の人間に接触して、根回しを進めてゆく…
それが政治だ…
と、そこまで、考えると、たしかに、大場が言う、
「…死んだ古賀会長の探していた娘を味方につけて、山田会の次期会長の座を狙う…これが、政治じゃなくて、なんなの?…」
というのは、間違っていない…
たしかに、これもまた政治と言えるだろう…
私は思った…
そして、それが、私の表情に現れたのだろう…
「…ねっ…竹下さんも、そう思うでしょ?…」
と、大場が、私に同意を求めた…
私は、内心、大場の言う通りだと思ったが、さすがに、それに、同意することは、できなかった…
さすがに、ヤクザ界のスターの前で、その行動に、アレコレ、論評することは、できなかった…
私が、どう言っていいか、悩んでいると、
「…でしょ?…」
と、大場が追い打ちをかける。
すると、女将さんが、私の苦境を見かねたのか、
「…要するに、この五郎も少しは大人になって、政治を始めたってことだよ…」
と、口を挟んだ…
「…五郎だって、子供じゃないんだ…いつまでも、殴り合いのケンカをする歳じゃないってことさ…」
そう言って、女将さんが、私たちを笑わせた…
女将さんの言葉に、大場が、
「…オジサン…その歳で、まだ殴り合いのケンカなんてするの?…」
と、呆れたように、聞いた…
ヤクザ界のスターは、大場の言葉に、
「…」
と、無言だった…
無言が、肯定を意味した…
そして、その場の女三人が、呆れたように、ヤクザ界のスターを見た…
その視線に耐えられないと思ったのか、
「…たまにだよ…たまに…滅多にねえよ…」
と、ヤクザ界のスターが小さな声で、ふてくされたように、言った…
その言葉に、女将さんが、
「…五郎、アンタもいい加減、大人になりな…」
と、いって、その場を離れた…
さすがに、稲葉五郎の言動に、女将さんも呆れたのかもしれない…
五十にもなって、たまにとはいえ、殴り合いのケンカをするとは、思ってなかったのかもしれない…
いかに職業がヤクザでも、さすがに五十歳にでもなれば、行動が違ってくる…
まして、稲葉五郎は、稲葉一家の組長…
れっきとした、管理職だ…
私が、そう考えていると、女将さんが、
「…五郎…これでも食いな…オマエの大好きなレバニラ炒めだ…」
と、言って、レバニラ炒めを持って、戻って来た…
「…ありがてえ…オバサンの作ったレバニラが、一番だ…」
と、稲葉五郎は、喜んだ…
「…オバサンじゃない…お姉さんだ…一体何度言わせるんだ…」
女将さんは、愚痴りながらも、ヤクザ界のスターが、レバニラ炒めを喜ぶ姿を見て、嬉しそうだった…
それを見て、あらためて、二人の絆の深さを感じた…
そして、気付いた…
…これまで、大場は、
「…オジサン…」
と、ヤクザ界のスター、稲葉一家、組長を呼んでいるが、一体どういう知り合いなのだろう?
まさか、本当に血の繋がったオジサンではあるまい…
私は、大場を見た…
当然、大場は、私の視線に気付いた…
「…竹下さん…なに? …なにか、私に聞きたいの?…」
私は、一瞬、聞こうかどうか、悩んだが、
「…大場さんは、この稲葉さんを、オジサン…オジサンと言ってるけど、まさか、本当に血の繋がったオジサン?…」
と、意を決して、聞いた…
私の直球の質問に、目の前の大場は、一瞬、驚いた表情を浮かべたが、
「…まさか?…」
と、一転して、ケラケラと爆笑した…
「…まさか、本当に血の繋がった関係であるわけないじゃない…昔から、知ってるの…子供の頃から…」
「…子供の頃から?…」
「…要するに、父親の仕事の関係よ…」
「…父親の仕事の関係?…」
私は、間の抜けた声で、大場の言葉をオウム返しに答えた…
それから、
「…父親の仕事って?…」
と、つい聞いてしまった…
大場がお金持ちのお嬢さんだってことは、すでにわかってる…
だが、父親がどういう職業の人間なのだか、わからない…
普通に考えれば、会社の経営者だと思うが、眼前のヤクザ界のスターを子供の頃から、知ってると、なると、一体どういう仕事をしているのか? 知りたくなる…
私の直球の質問に、
「…それはね…」
と、大場がいたずらっぽく笑った…
それから、大場は、稲葉を見て、
「…それは、秘密…ね…オジサン…」
と、稲葉に同意を求めた…
稲葉は、困ったような顔になった…
そして、
「…今にわかる…」
と、大場は付け加えた…
「…今にわかる…」
私は、大場の言葉をオウム返しに繰り返す…
…今にわかる…
…どういう意味だ?…
心の中で、繰り返した…
反芻した…
そのときだった…
「…さあ、あっちゃんも、なにか、食べな…腹が減ってるだろ? …お嬢ちゃんも、なにか、食べな…」
と、女将さんが、声をかけた。
大場は、稲葉を見て、
「…私は、オジサンが、食べてるのと、同じのがいい…」
「…レバニラかい?…」
と、女将さん…
「…そう…」
「…じゃ、お嬢ちゃんは、なににする?…」
「…私もそれで、お願いします…」
私は、即答した…
さすがに、この場面で、あれこれ、メニューを選んでる余裕はない…
同じものを頼むに限る…
私は、そう思った…
思いながら、ふと、気付いた…
…この女将さんも、大場をあっちゃんと、呼んでいる…
…あっちゃんと、気安く呼ぶ以上、当然、大場の正体を知っているに違いない…
…普通、あっちゃんと、気安く呼ぶのは、女将さんもまた、稲葉同様、子供の頃から、大場を知っているに違いないからだ…
ふと、そう思った…
しかしながら、まさか、この場面で、この女将さんに、
「…大場さんのお父様のご職業って、一体なにをなさってるんですか?…」
と、聞けない(苦笑)…
なにより、大場本人が、
「…秘密…」
と、言っている以上、その本人がいる前で、しゃべることはできまい…
そういうことだ…
そこまで、考えたとき、
「…ハイ…お待ち…」
と、女将さんが、私と大場の頼んだレバニラ炒めを、運んできた…
大場が早速、おいしそうに、レバニラ炒めを食べ始めた…
「…おいじい…」
大場が、感想を述べる…
「…だろ? …このオバサンの作るレバニラ炒めは昔から絶品なんだ…」
と、稲葉…
「…ウン…」
大場が食べながら、頷いた…
「…オバサンじゃない…お姉さんだろ? …五郎、一体何度言わせるんだ?…」
と、またも、女将さんが怒った…
それから、
「…さあ、お嬢ちゃんも早く食べな…」
と、私を促した。
私は、
「…ハイ…」
と、答え、レバニラ炒めに箸をつけた…
一口食べて、
…たしかに、おいしい…
と、心の中で、思った…
だから、
「…おいしいです…」
と、素直に口に出した…
「…ありがとう…」
女将さんが言う。
稲葉もまた、私に嬉しそうな顔を向けた…
自分の勧めた料理を私が気に入ってくれて、嬉しいのだろう…
「…このオバサンの作るレバニラ炒めは絶品なんだ…」
と、稲葉が繰り返した…
「…オバサンじゃない…お姉さんだろ…」
もう何度目か、わからない、セリフの応酬だった…
まるで、漫才だ…
私は、思った…
そして、また大場も同じように、思ったに違いない…
私に、向かって、小さな声で、
「…テレビで見る、下手な漫才よりも、この二人のやり取りの方が、ずっと面白い…」
と、言って、楽しそうに笑った…
私もその通りだと思った…
そして、遅まきながら、今日、ここにやってきて、良かったと思った…
大場に誘われたときは、驚いたし、今日、ここに来るまでは、一体どこに連れていかれるのだろうと、心配した。
事実、このヤクザ界のスターがやって来たときは、恐怖したが、案外と言うか、見かけよりも、怖い人物ではなかった…
いかつい外観をしているが、見かけほど、怖い人物ではなかった…
それは、この女将さんのせいかもしれない…
私は、思った…
まるで、漫才のように、息の合った、やりとりで、周囲の人間を、笑いの渦に巻き込む…
爆笑させる…
そうすることで、いかつい外観の稲葉五郎を、まるで、気さくな人間のように、見せている…
女将さんが、いなければ、こんな芸当はできない…
コワモテのヤクザ者が、たった一人で、街中華の店にやって来たに、過ぎなくなる…
普通は、コワモテのヤクザ者が、店にやって来たことで、周囲に緊張が走る…
それを、この女将さんが、いじることで、周囲の緊張を和らげている…
まるで、漫才のようなやりとりをすることで、コワモテのヤクザ者を、気さくな人間のように、見せている…
私は、その事実に、気付いた…
そして、今さらながら、この大場の正体にも、思いを馳せた…
この大場もまた、眼前のいかついヤクザ者を、
「…オジサン…オジサン…」
と、気安く呼ぶことで、ただの普通のオジサンに過ぎなく見せている…
私は、その事実にも、気付いた…
しかし、日本で二番目に大きな暴力団、山田会の次期会長候補の、稲葉一家の組長を、
「…オジサン…オジサン…」
と、呼ぶ、大場の正体は一体?
私は、大場の正体に、思いを馳せた…
結局、その日は、あの店で、大場と稲葉五郎と、三人で、レバニラ炒めを食べて、終わった…
大場は、稲葉五郎と、女将さんのやりとりをいじることで、周囲を爆笑の渦に巻き込んだ…
普通ならば、面子にこだわるヤクザ者の稲葉五郎も、
「…あっちゃんには、かなわねえな…」
と、まるで、自分の娘のように、接していた…
なにより、稲葉五郎の、あっちゃんこと、大場を見る目が、優しい…
私にとって、この日一番の発見は、もしかしたら、大場と稲葉五郎の関係だったかもしれない…
二人の密接な関係だったかもしれない…
そう思いながら、レバニラ炒めを食べていた…
それから、数日後だった…
家で、偶然、テレビを見ていると、画面の隅に、大場が映っていた…
最初、見たときは、ビックリした…
だから、目を凝らして、見た…
凝視した…
が、
間違いではない…
今よりも、数歳若いが、間違いなく大場だった…
おそらく、高校時代だろう…
顔は、同じだが、今よりも、幼い…
愛くるしい…
今は、22歳だから、当然だ…
そして、肝心のその画像…
大場が隅に映っていたのは、なんなのか?
なんの放送か?
再び、目を凝らして、見た…
凝視した…
それは、選挙だった…
今をときめく、総裁候補の名前にも、随時上がる、大場小太郎代議士の、数年前の選挙の当選シーン…
バンザーイ…
バンザーイと、両手を上げて、喜ぶシーン…
そのシーンに、大場小太郎の近くで、父親といっしょに、バンザーイと、両手を挙げる少女…
それが、大場だった…