第27話

文字数 4,238文字

 …大場?…

 …本当に、あの大場か?…

 私は、内心、焦りながら、考えた…

 どうして、大場が、私のスマホの番号を?…

 私は、一瞬、考えた…

 …林だ!…

 私は、気付いた…

 林が、教えたに違いない…

 林が、私の電話番号を教えたに違いない…

 そして、考えた…

 …切るか!…

 通話を切るか?

 大場は苦手だ…

 ヤンキーやヤクザが苦手なのと、同じく、大場は苦手だ…

 苦手な相手からの電話には、出ないに限る…

 無視するに、限る…

 そういうことだ…

 私は、電話を切ることに、決めた…

 話にすると、少々長いが、実際は、頭の中で、その答えを出すのに、十秒ちょっと、二十秒は、かかってない…

 つまり、大場にとっては、少し間があるだけだ…

 私が、大場からの電話を切ろうとすると、

 「…まさか、私からの電話を切ろうとしてるんじゃないんでしょうね?…」

 と、いう声がスマホから漏れた…

 流れてきた…

 …読まれている!…

 …大場に、私の行動が読まれている…

 とっさに、そんな言葉が、私の脳裏に宿った…

 と、同時に、マズい…

 この電話、切るわけには、いかない…

 と、考えた…

 後日といえば、大げさだが、どうして、大場が、こんなセリフを口にしたのか?

 このときは、わからなかったが、要するに慣れているのだ…

 大場のキャラが苦手な女は、私同様、多い…

 ときには、男からも、苦手と思われるに決まっている…

 そして、それは、当然、大場も気付いている…

 だから、大場としては、それに対処するには、二つの方法しかない…

 上から目線で、相手を恫喝するか?

 それとも、

 猫なで声で、あえて、相手の下に出て、相手の機嫌を取るか?

 そのどちらかだ…

 そして、それは、相手によるだろう…

 そして、私の場合は前者…

 …上から目線で、恫喝した方が、効果的と判断したに違いない…

 事実、私には、それが、当てはまった…

 ずばり、効果的だった…

 私は、大場の言葉にすっかり震え上がってしまった(涙)…

 とっさに、

 「…そんなこと…」

 という小さな声が、口を突いて出た…

 が、

 大場は、容赦なかった…

 「…そんなことって、どんなこと?…」

 と、私を問い詰めた。

 私は、内心、焦りながら、

 「…このところ、風邪気味で、喉の調子が…」

 と、とっさに、ウソをついた。

 ウソも方便だ…

 大場には、ウソをつくに限る…

 「…フーン…風邪気味ね…」

 明らかに、私の言葉を一ミリも信じていない様子だった…

 …だったら、電話なんて、かけてよこすなよ…

 とっさに、思ったが、まさか、それを口に出すことはできない…

 私は、ヘラヘラと笑ってごまかした…

 が、その笑いは、当然のことながら、大場には、わからない…

 電話だから、大場からは、私の姿が見えないからだ…

 「…本当?…」

 大場の声がした。

 「…本当よ…」

 私は言った。

 言いながら、内心ヒヤヒヤした。

 これが、ウソだとバレれば、大場がどう出るか、わからないからだ…

 「…いいわ…信じてあげる…」

 という大場の声が、スマホから漏れて、私は、心の底から、安堵した…

 ホッとした…

 しかし、安堵しながらも、内心、頭に来ていた…

 …どうして、知り合ったばかりの大場に私が、ここまで言われなくちゃならないんだ?…

 …私は、大場の子分じゃないぞ!…

 そう思ったが、まさか、それを口にすることはできない…

 で、仕方なく、

 「…大場さん…今日は一体なんで、電話を…」

 と、下手に出た…

 大場の反応を探ったのだ…

 大場の反応は、早かった…

 「…林よ…林…」

 大場は、電話に向こうから、言った…

 「…林さん?…」

 「…林から、竹下さんのことを聞いて…」

 と、そこまで言って、後は、なにも言わなかった…

 私も、なにも、言わなかった…

 なにを、どう言えば、いいか、わからなかったからだ…

 と、それから、少しして、

 「…あの…林さんから、一体なにを…」

 と、あくまで、私は、大場に下手に出た。

 今、大場の機嫌を損ねるのは、困る…

 なにしろ、来年、同じ会社に入社するのだ…

 同じ職場に配置される可能性もゼロではない…
 
 そんな大場と今、やりあうのは、困る…

 下手をすれば、来年、同じ職場に配置された大場から、目の敵にされて、嫌がらせでもされたら、目も当てられない…

 私は、思った…

 臥薪嘗胆…

 ここは、涙を呑んで、諦めるしかない…

 下手に出るほかはない…

 「…林が、竹下さんを自宅に招待したでしょ?…」

 私は、

 「…」

 と、なにも言わなかった…

 …まさか、林が、この大場に、私を自宅に招いたことを、告げたとは、思わなかった…

 その事実に、驚いた…

 唖然とした…

 なぜなら、私たち5人はライバル…

 正直、なんのライバルなんだか、私は、わからない…

 ただ、ライバルであることは、わかっている(笑)…

 高雄や林の態度から、直感的にわかっている(笑)…

 それは、別に高雄を取り合う恋のライバルではない…

 おそらくは、もっと別の意味でのライバル…

 そこまでは、直感的にわかっている…

 だから、林が、大場に、私を自宅に招いたことを、大場に教えるとは、思わなかった…

 いや、

 私は、考え直した。

 林が私を自宅に招いたのは、おそらく、教えていい情報だからだ…

 だから、林は、大場に教えたに決まっている…

 そう考え直した…

 そこまで、考えたとき、大場が、

 「…私も一度、竹下さんと話したいと思って…」

 と、電話の向こうから、告げた…

 …私と話したい?…

 …一体なぜ?…

 私は、内心、絶句した…

 …一体、なぜ、大場は、私と話したいんだ?…

 私は、思った…

 「…もちろん、私は、林みたいにお金持ちじゃないけれど…」

 と、続ける。

 …知っている!…

 …気付いている!…

 大場は、林がお金持ちのお嬢様だと、知っている…

 いや、

 そうじゃない…

 私は思い出した。

 先日、林の自宅を訪れた際に、林は、

 「…私以外の3人は、私以上のお金持ち…」

 と、断言した…

 ということは、今、電話をしている、この大場も林以上のお金持ちの可能性が高い…

 と、ここまで、考えて、あらためて、気付いた…

 私たち、五人…

 来年、杉崎実業に入社予定の5人の中で、私だけ、平凡な家庭の出身だ…

 にもかかわらず、どうして、大場は、私を誘うのだろう?

 すでに、大場は、私たち全員の素性を掴んでいる可能性が高い…

 いや、大場だけではない…

 あの林にしても、それは同じに違いない…

 いや、大場や林だけではない…

 残りの二人も、それは同じじゃないのか?

 はっきり言って、私以外の4人全員が、すでに情報収集に励んでいる可能性が高い…

 私だけが出遅れている…

 遅れを取っている…

 私は、気付いた…

 しかし、気付いたところで、どうにもならい…

 いやいや、問題はそこではない…

 私以外の4人は、お金持ち…

 だから、張り合っても仕方がない…

 問題は、そこではなく、なぜ、凡人の私を大場が誘うか?

 問題は、そこだ…

 私が平凡な家庭の出身であることは、すでに調べてあるはずだ…

 にも、かかわらず、どうして、大場は私を誘うのか?

 私が、大場ならば、私を誘わない…

 大場から見れば、私は問題外…

 相手にしても仕方のない存在に違いないからだ…

 にもかかわらず、今、私に電話をかけてきた…

 これは一体どうしたことだ?

 謎がある…

 私は、考える。

 「…竹下さん?…」

 「…ハイ?…」

 「…私の話を聞いている?…」

 わずかだが、ドスの聞いた声というか、威圧感があるというか、苛立ったというか…

 とにかく、少々頭にきた様子だった…

 私は、少々ビビった…

 だから、

 「…聞いてる…」

 と、小さな声で、答えた。

 すると、

 少しの間があった…

 電話から、声がなにも聞こえてこなくなった…

 …まさか、故障?…

 一瞬、思った…

 …それとも、電波状態が悪いのか?…

 そうも、思った…

 だが、違った…

 いきなり、

 「…ホントに、アタシの話、聞いてんだろうな、竹下!…」

 と、まるで、ヤクザが凄むような、怒声が、スマホから、聞こえてきた…

 私は、ビビった…

 いや、

 ビビったどころではない…

 私、竹下クミは、これまで、さんざ、言ってきたように、ヤクザやヤンキーは苦手…

 大の苦手だ…

 だから、例え、電話越しとはいえ、大場から、恫喝され、すっかり、ビビって…いや、消沈してしまった…

 戦意を消失してしまった…

 しかも、大場は、容赦なかった…

 「…竹下…しっかり、アタシの話を、耳をかっぽじって、聞きやがれ!…」

 と、まるで、どこかのヤクザが言うような言葉で、私を脅した…

 対する私は、

 「…ハ、ハイ…」

 と、小さな声で、繰り返すのみ…

 反射的に、繰り返すのみだった…

 自分でも、ビックリした…

 まさか、こんなに簡単に、大場に、ひれ伏すとは、思っても、みなかった…

 自分でも、自分のありように、ビックリした…

 同時に、情けなかった…

 自分自身が、なんとも、情けなかった…

 …こんなにも、あっけなく、大場に降伏するとは?…

 …こんなにも、簡単に、大場に白旗を上げるとは?…

 なんとも、惨めだった…

 「…竹下…今度、外で、会おうぜ、いつにする…」

 大場の言葉が続いた…

 大場の脅しが続いた…

 私は、もうグロッキー寸前だった…

 気絶する一歩手前だった(涙)…

                
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