第35話
文字数 6,397文字
大場小太郎…
私は唖然とした…
大場小太郎は、今をときめく自民党のホープ…
次期総理総裁候補に、ここ何年も登場する人物だ…
私のような、それほど政治に詳しくない、女子大生でも知っている…
それが、あの大場の父親とは?
同時に、思った…
あの稲葉五郎とのつながりを、だ…
あの稲葉五郎は、大物ヤクザ…
大場小太郎の本業が、なにか知らないが、選挙に関わっているのではないか?
私は、直感的に、そう思った…
政治家は、選挙が命…
選挙によって、政治家になれる…
民主主義では、選挙に当選できなければ、ただの人になる…
サルは気から落ちても、サルだが、議員は、選挙に落ちれば、ただのひと以下になると、かつて言った政治家もいる…
だから、どんなことをしても、当選しなければ、ならない…
そのために、ヤクザ者の力を借りたのではないか?
私は、そう直感した…
なにより、ヤクザは動員力がある…
動員力…すなわち、ひとを動かすことができる…
ひとを動かして、票を集めることができる…
私は、その事実に、気付いた…
と、同時に、あらためて、あの杉崎実業の内定式に集まった5人について、考えた…
大場は、次期総理総裁候補のお嬢様…
そんなお嬢様が、なぜ、杉崎実業の内定を選んだのか?
当然、目的はある…
その目的は、なんだ?
考えた…
いや、
目的以前に、大場は、高雄の敵なのか?
味方なのか?
それを思った…
大場は、あの稲葉一家の組長、稲葉五郎と親しい…
稲葉五郎は、山田会の次期会長の座を巡って、高雄の父親の高雄組組長とライバル関係にある…
だから、普通に考えれば、高雄と敵対する立場の人間だ…
だから、大場もまた高雄と敵対する立場…
と、言いたいところだが、とても、そうは思えない…
大場を見ても、高雄を嫌っているような言動は、微塵も感じなかった…
そして、それを言えば、あの稲葉五郎も同じ…
ライバル関係にある、高雄組組長を、
「…兄貴…」
と、呼び、慕っている様子だった…
慕っているというのは、大げさだとしても、少なくとも、嫌っているようには、微塵も感じられなかった…
また、それは、高雄の父にしても同じ…
「…いい男ですよ…はばかりながら、この私のライバルと言われた男です…いい男でなければなりません…」
と、高雄の父は、私に言った…
その言葉は、高雄の父の強烈な自分自身に対する自負と自信を感じさせた…
が、同時に、それほど、相手を嫌っているようには、見えなかった…
しかし、二人は、ライバル…
山田会という日本で二番目に大きなヤクザ組織のトップの座を争うライバルだ…
敵対する関係だ…
が、単純にライバルであるだけで、高雄の父と、稲葉五郎は、個人的には、仲が悪くないのかもしれない…
私は思った…
だが、立場がある…
個人的には、二人とも、互いに、悪感情は抱かずとも、自分が率いる子分たちを、含めて、山田会と言う、ヤクザ組織での立ち位置がある…
かつて、父が言っていた…
会社で、取締役になっていたお偉いさんが、酒席で、ポロッと、
「…本当は、ボク個人は、会社を辞めてもいいと思うことが、あるんです…でも、自分についてくる部下がいて、その部下たちが、ボクが、引っ張って、上に上げてくれると信じてくれる以上、辞めることはできない…ボクのカラダはすでに、ボク個人のモノではなくなってるんです…」
と、ぼやいたと言っていたことを思い出した…
それと同じかもしれない…
すでに、高雄の父親と、稲葉五郎は、管理職…
ひとを率いる人間だ…
好きだ、嫌いだという自分の感情だけで、動くことはできない…
互いに、嫌いでなくとも、山田会の会長の座を争わなければ、ならない…
そして、
そして、もしかしたら、自分たちが率いる、組員のみならず、山田会の勢力図が、絡んでいるのではないか?
勢力図というと、大げさだが、山田会の内部でも、高雄の父親を推す勢力と、稲葉五郎を推す勢力が、当然ある…
二人を頂点に、山田会が、内部で、対立している可能性がある…
すると、どうだ?
高雄の父も、稲葉五郎も同じく、自分を推す勢力を無下にはできない…
だから、立場上、二人とも、仲良くすることはできない…
そういうことではないか?
私は、思った…
ただ、やはり、大場だ…
気になるのは、大場の立ち位置…
大場は一体なにを狙っているのか?
やはり、気になる…
先日、大場が、私を誘ったのは、稲葉五郎に私を会わせるため…
私が、稲葉五郎を探していた、亡くなった山田会の会長の探していた娘だと、思ったからだ…
大場は、私を紹介することで、言葉は悪いが、稲葉五郎に、恩を売ったことになる…
だから、当然、簡単に考えれば、高雄に敵対している…
高雄の足を引っ張っているとまでは言わないが、敵に利する行為をしている…
高雄の敵に塩を送っているわけだ…
私は、考える。
それとも…
それとも、大場は、高雄と稲葉を両天秤にかけているのだろうか?
どちらが、山田会の跡目をついでもいいように、両方に恩を売ろうとしているのか?
政治家は一方的に誰かに恩を売ることはしないものだ…
それでは、ギャンブルになる…
負けた方に付けば、目も当てられないからだ…
だから、保険の意味で、両方に、恩を売っておくに限る…
今回の山田会の跡目争いで言えば、高雄と稲葉双方に恩を売っておくことに限るからだ…
関ヶ原の合戦がいい例だ…
諸大名が、親子や兄弟に別れ、家康や、三成についた…
親子や兄弟で、別れて、争うことは、誰もがしたくないが、家康と三成が争っても、どちらが勝つかは、誰にもわからない…
だから、親子や兄弟がそれぞれ、別れて、家康や三成につけばいい…
そうすることで、親子、兄弟、どちらかが、生き残る…
これを実践して、有名なのが、あの真田幸村だ…
あの真田家は、兄が、家康、父と次男の幸村が、三成についた…
兄は、徳川の重臣の娘を嫁にもらっていたし、幸村は、三成の盟友、大谷刑部の娘を嫁にもらっていたので、それを考えれば、当然の決断だった…
結局、三成は破れ、殺されたが、家康についた、幸村の兄のおかげで、真田家は、滅びずに、明治維新まで、残った…
これが、真田家が、親子、兄弟、割れずに、家康、三成、どちらかにつけば、五分五分の確率で、消滅していた…
それと同じかもしれない…
大場もまた、政治家の娘…
高雄と稲葉五郎、どちらが、跡目をついでもいいように、保険をかけているのかもしれない…
私は、思った…
と、同時に、気付いた…
さっき、大場の父、大場小太郎代議士が、テレビに映っていたが、そもそも、なんで、大場小太郎代議士の当選シーンが、テレビに流れていたか、謎だった…
私は、偶然、テレビに、今から数年前の大場の姿が、映ったのに、驚いて、他のことは考えられなかった…
そして、気付いた…
たしか、大場小太郎は、自民党の中でも、バリバリのタカ派で、通っている…
右か左かで、いえば、間違いなく右だ…
右、すなわち、右翼…
右翼といえば、ヤクザ…
厳密には、ヤクザと右翼は違うが、関係は近い…
そもそも左翼に、ヤクザはいない…
だから、大場が、ヤクザ界のスターである、稲葉五郎と親しかったとしても、別段、驚きはない…
これが、真逆に、共産党や、いわゆる左翼系等の代議士が、稲葉五郎と親しければ、驚きだ…
ヤクザと左翼は、普通、繋がりがないからだ…
私は、思った…
そして、あらためて、高雄を思った…
高雄の狙いを、だ…
あのとき、杉崎実業の5人の内定者…
あの五人の内定者を一体、どういう目的で集めたのか、考えた…
この竹下クミは、偶然、あの杉崎実業に内定したが、他の四人は、明らかに違う…
高雄は、下心と言うか、目的があって、私たち5人を集めたが、同時に、集められた、私以外の四人もまた、下心と言うか、目的がある…
あるいは、それを隠すつもりで、高雄は、あのとき、
「…ボクは、この五人の中の、誰か一人と結婚します…」
と、宣言したのではないか?
私は、ふと、気付いた…
高雄は、長身のイケメン…
誰が見ても、爽やかで、一目見て、誰もが、気に入る…
そして、それこそが、高雄の武器…
高雄悠の持つ、最大の武器に他ならない…
いくら、イケメンでも、一目見て、険がある顔立ちだったりすると、誰もが好きになれない…
一目見て、一癖二癖あって、性格に難があると思うからだ…
すると、いくらイケメンでも、周囲から好かれない…
それが、一番わかるのは、就職の面接だろう…
面接官が男女を問わず、性格に難があると、考え、採用しない…
仮に採用すれば、職場で、問題を起こすのでは? と、危惧するからだ…
だから、いかにイケメンでも、面接で、躓く…
そういうことだ…
だが、真逆に、高雄のような、爽やかな印象のイケメンは、受かる…
誰もが、一目見て、高雄を気に入るからだ…
こんな好青年ならば、職場にも、すぐに馴染めるに違いないと、思うからだ…
ただ、それは、あくまで、印象…
高雄の持つ、爽やかな印象から、推測するに過ぎない…
実際は、誰よりも腹黒い人間かもしれない…
事実、その可能性はゼロではない…
つまり、誰もが見た目と中身は違うということだ(笑)…
だから、大抵は、学校でも職場でも、長期間接すれば、本当の性格が見えてくるものだ…
話を高雄に戻そう…
なにを言いたいかと言えば、高雄は、自分の長所を理解している…
その爽やかな印象を周囲に与えることが、自分の一番の武器だと言うことを理解している…
つまり、もっと言えば、あのとき、
「…ボクは、この五人の中の、誰か一人と結婚します…」
と、宣言したのは、あるいは、腹に一物あって、この杉崎実業に、潜り込もうとしても、高雄は、自分の魅力で、その女を自分の陣営に取り込んでみせるという、決意の表れなのではないか?
私は、今さらながら、その可能性に気付いた…
しかし、あくまで、可能性に過ぎない…
本当のところは、高雄に聞いてみなければ、わからないし、仮に高雄に聞いてみたところで、本当のことは、絶対に話さないだろう…
私は思った。
だから、本当は、高雄に会わなければ、ならない…
しかし、さすがに、それには、躊躇した…
電話番号は、すでにわかっている…
初めて会った時に、高雄から、高雄の実家の電話番号を書いたメモをもらっている…
そして、初めて、電話したときに、
「…ハイ…こちら、高雄組です…」
と、言った、だみ声が、電話の向こうから聞こえてきた…
よくテレビや映画で見る、ヤクザ特有のだみ声だ…
私は、仰天した…
慌てて、電話を切ろうとした…
間違えて、違う家に、電話をかけたのと、思ったからだ…
しかし、電話番号を確認したところ、間違いでは、なかった…
なにより、あのときに、
…すぐに、高雄本人が電話に出た…
あれは、一体どういう意味だったのだろう…
なぜ、高雄は、わざわざ、私に高雄組の電話番号を渡したのだろう…
私は、今さらながら、考えた…
謎がある…
パフォーマンス?
とっさに、思った…
いや、違う…
私は、むしろ、わざと、やったのでは? と、考えた…
高雄は、自分が、高雄組の組長の息子だと、わざと、私に知らせた…
いや、教えた…
だが、だとすると、それはなぜ?
答えは、私が単純に、純粋に、杉崎実業に内定を得たからではないか?
他の四人は、すでにわかったように、それぞれが、なんらかの思惑と言うか、目的があって、杉崎実業に入ろうとしている…
あるいは、高雄に近付こうとしている…
私だけ、それがない…
この私、竹下クミだけ、なにもなく、単純に、就職活動の結果、杉崎実業に内定した…
そう見たのではないか?
そう思ったのではないか?
あるいは、私自身が、そう信じていると考えたのではないか?
いや、それも、もしかしたら、違うのかもしれない…
なぜなら、私は、死んだ山田会の古賀会長が探していた娘だと、大場は言った…
つまり、最初から、大場は、それを知っていた…
と、なると、どうだ?
高雄もまた、それを知っていたと考えるのが、普通だ…
いや、高雄のみならず、林も含めて、残りの三人の女の一人や二人、あるいは、三人全員、それを知っている可能性が高い…
もちろん、大場や林の例にもれず、それを知っているのは、大場や林本人ではなく、背後に、父親の意向があったからに他ならない…
父親が指示したに違いないからだ…
おそらく、高雄は、私に、ゴルフではないが、ハンデを与えたのではないか?
私は、ふと、そう思った…
杉崎実業の五人の内定者の中で、私だけ、何も知らない…
しかしながら、もしかしたら、私が、高雄の本命なのかもしれない…
その本命の私に、さりげなく、自分が、高雄組と言う著名なヤクザの息子だと、告げるために、私に、わざと、自分の家の電話番号を教えた…
そういうことなのかもしれない…
あるいは、私を試したのかもしれない…
高雄が、ヤクザの息子だと知って、私がどう出るか? 試したのかもしれない…
もっとも、それを言えば、杉崎実業の内定もそうだ…
高雄自身が、あの杉崎実業の内定式で、杉崎実業が、ヤクザのフロント企業かもしれないと知り、私を含めた五人の内定者が、動揺したのを知って、内定を辞退しようか、どうしようか、悩む私を追いかけてきて、内定を辞退しないでくれと、私に頼んだ…
しかし、実際は、お芝居…
なにが、お芝居かといえば、あの内定式で、杉崎事業が、ヤクザのフロント企業とは、知らなかったのは、おそらく私一人…
私、竹下クミ、一人だけ…
他の四人は、全員知っていた可能性が高い…
いや、高いのではない…
おそらく全員知っていた…
ただし、他の四人は、自分以外の誰が、それを知っていたか、知らない可能性が高い…
わからない可能性が高い…
それゆえ、誰もが、初めて知ったように、お芝居をしたのではないか?
私は、その事実に気付いた…
いずれにしても…
私は、考えた…
高雄に会わなければ、ならない…
高雄と話をしなければ、ならない…
そうしなければ、なにも始まらない…
真相が見えない…
私は、以前、高雄から教えられた、電話番号が書かれたメモを見た…
高雄組の電話番号を見た…
そして、やはり、あの高雄組に電話をしなければ、ならない…
正直、怖いが、高雄組に電話をかけて、高雄に会わなければ、ならない…
私は、そう決意した…
私は唖然とした…
大場小太郎は、今をときめく自民党のホープ…
次期総理総裁候補に、ここ何年も登場する人物だ…
私のような、それほど政治に詳しくない、女子大生でも知っている…
それが、あの大場の父親とは?
同時に、思った…
あの稲葉五郎とのつながりを、だ…
あの稲葉五郎は、大物ヤクザ…
大場小太郎の本業が、なにか知らないが、選挙に関わっているのではないか?
私は、直感的に、そう思った…
政治家は、選挙が命…
選挙によって、政治家になれる…
民主主義では、選挙に当選できなければ、ただの人になる…
サルは気から落ちても、サルだが、議員は、選挙に落ちれば、ただのひと以下になると、かつて言った政治家もいる…
だから、どんなことをしても、当選しなければ、ならない…
そのために、ヤクザ者の力を借りたのではないか?
私は、そう直感した…
なにより、ヤクザは動員力がある…
動員力…すなわち、ひとを動かすことができる…
ひとを動かして、票を集めることができる…
私は、その事実に、気付いた…
と、同時に、あらためて、あの杉崎実業の内定式に集まった5人について、考えた…
大場は、次期総理総裁候補のお嬢様…
そんなお嬢様が、なぜ、杉崎実業の内定を選んだのか?
当然、目的はある…
その目的は、なんだ?
考えた…
いや、
目的以前に、大場は、高雄の敵なのか?
味方なのか?
それを思った…
大場は、あの稲葉一家の組長、稲葉五郎と親しい…
稲葉五郎は、山田会の次期会長の座を巡って、高雄の父親の高雄組組長とライバル関係にある…
だから、普通に考えれば、高雄と敵対する立場の人間だ…
だから、大場もまた高雄と敵対する立場…
と、言いたいところだが、とても、そうは思えない…
大場を見ても、高雄を嫌っているような言動は、微塵も感じなかった…
そして、それを言えば、あの稲葉五郎も同じ…
ライバル関係にある、高雄組組長を、
「…兄貴…」
と、呼び、慕っている様子だった…
慕っているというのは、大げさだとしても、少なくとも、嫌っているようには、微塵も感じられなかった…
また、それは、高雄の父にしても同じ…
「…いい男ですよ…はばかりながら、この私のライバルと言われた男です…いい男でなければなりません…」
と、高雄の父は、私に言った…
その言葉は、高雄の父の強烈な自分自身に対する自負と自信を感じさせた…
が、同時に、それほど、相手を嫌っているようには、見えなかった…
しかし、二人は、ライバル…
山田会という日本で二番目に大きなヤクザ組織のトップの座を争うライバルだ…
敵対する関係だ…
が、単純にライバルであるだけで、高雄の父と、稲葉五郎は、個人的には、仲が悪くないのかもしれない…
私は思った…
だが、立場がある…
個人的には、二人とも、互いに、悪感情は抱かずとも、自分が率いる子分たちを、含めて、山田会と言う、ヤクザ組織での立ち位置がある…
かつて、父が言っていた…
会社で、取締役になっていたお偉いさんが、酒席で、ポロッと、
「…本当は、ボク個人は、会社を辞めてもいいと思うことが、あるんです…でも、自分についてくる部下がいて、その部下たちが、ボクが、引っ張って、上に上げてくれると信じてくれる以上、辞めることはできない…ボクのカラダはすでに、ボク個人のモノではなくなってるんです…」
と、ぼやいたと言っていたことを思い出した…
それと同じかもしれない…
すでに、高雄の父親と、稲葉五郎は、管理職…
ひとを率いる人間だ…
好きだ、嫌いだという自分の感情だけで、動くことはできない…
互いに、嫌いでなくとも、山田会の会長の座を争わなければ、ならない…
そして、
そして、もしかしたら、自分たちが率いる、組員のみならず、山田会の勢力図が、絡んでいるのではないか?
勢力図というと、大げさだが、山田会の内部でも、高雄の父親を推す勢力と、稲葉五郎を推す勢力が、当然ある…
二人を頂点に、山田会が、内部で、対立している可能性がある…
すると、どうだ?
高雄の父も、稲葉五郎も同じく、自分を推す勢力を無下にはできない…
だから、立場上、二人とも、仲良くすることはできない…
そういうことではないか?
私は、思った…
ただ、やはり、大場だ…
気になるのは、大場の立ち位置…
大場は一体なにを狙っているのか?
やはり、気になる…
先日、大場が、私を誘ったのは、稲葉五郎に私を会わせるため…
私が、稲葉五郎を探していた、亡くなった山田会の会長の探していた娘だと、思ったからだ…
大場は、私を紹介することで、言葉は悪いが、稲葉五郎に、恩を売ったことになる…
だから、当然、簡単に考えれば、高雄に敵対している…
高雄の足を引っ張っているとまでは言わないが、敵に利する行為をしている…
高雄の敵に塩を送っているわけだ…
私は、考える。
それとも…
それとも、大場は、高雄と稲葉を両天秤にかけているのだろうか?
どちらが、山田会の跡目をついでもいいように、両方に恩を売ろうとしているのか?
政治家は一方的に誰かに恩を売ることはしないものだ…
それでは、ギャンブルになる…
負けた方に付けば、目も当てられないからだ…
だから、保険の意味で、両方に、恩を売っておくに限る…
今回の山田会の跡目争いで言えば、高雄と稲葉双方に恩を売っておくことに限るからだ…
関ヶ原の合戦がいい例だ…
諸大名が、親子や兄弟に別れ、家康や、三成についた…
親子や兄弟で、別れて、争うことは、誰もがしたくないが、家康と三成が争っても、どちらが勝つかは、誰にもわからない…
だから、親子や兄弟がそれぞれ、別れて、家康や三成につけばいい…
そうすることで、親子、兄弟、どちらかが、生き残る…
これを実践して、有名なのが、あの真田幸村だ…
あの真田家は、兄が、家康、父と次男の幸村が、三成についた…
兄は、徳川の重臣の娘を嫁にもらっていたし、幸村は、三成の盟友、大谷刑部の娘を嫁にもらっていたので、それを考えれば、当然の決断だった…
結局、三成は破れ、殺されたが、家康についた、幸村の兄のおかげで、真田家は、滅びずに、明治維新まで、残った…
これが、真田家が、親子、兄弟、割れずに、家康、三成、どちらかにつけば、五分五分の確率で、消滅していた…
それと同じかもしれない…
大場もまた、政治家の娘…
高雄と稲葉五郎、どちらが、跡目をついでもいいように、保険をかけているのかもしれない…
私は、思った…
と、同時に、気付いた…
さっき、大場の父、大場小太郎代議士が、テレビに映っていたが、そもそも、なんで、大場小太郎代議士の当選シーンが、テレビに流れていたか、謎だった…
私は、偶然、テレビに、今から数年前の大場の姿が、映ったのに、驚いて、他のことは考えられなかった…
そして、気付いた…
たしか、大場小太郎は、自民党の中でも、バリバリのタカ派で、通っている…
右か左かで、いえば、間違いなく右だ…
右、すなわち、右翼…
右翼といえば、ヤクザ…
厳密には、ヤクザと右翼は違うが、関係は近い…
そもそも左翼に、ヤクザはいない…
だから、大場が、ヤクザ界のスターである、稲葉五郎と親しかったとしても、別段、驚きはない…
これが、真逆に、共産党や、いわゆる左翼系等の代議士が、稲葉五郎と親しければ、驚きだ…
ヤクザと左翼は、普通、繋がりがないからだ…
私は、思った…
そして、あらためて、高雄を思った…
高雄の狙いを、だ…
あのとき、杉崎実業の5人の内定者…
あの五人の内定者を一体、どういう目的で集めたのか、考えた…
この竹下クミは、偶然、あの杉崎実業に内定したが、他の四人は、明らかに違う…
高雄は、下心と言うか、目的があって、私たち5人を集めたが、同時に、集められた、私以外の四人もまた、下心と言うか、目的がある…
あるいは、それを隠すつもりで、高雄は、あのとき、
「…ボクは、この五人の中の、誰か一人と結婚します…」
と、宣言したのではないか?
私は、ふと、気付いた…
高雄は、長身のイケメン…
誰が見ても、爽やかで、一目見て、誰もが、気に入る…
そして、それこそが、高雄の武器…
高雄悠の持つ、最大の武器に他ならない…
いくら、イケメンでも、一目見て、険がある顔立ちだったりすると、誰もが好きになれない…
一目見て、一癖二癖あって、性格に難があると思うからだ…
すると、いくらイケメンでも、周囲から好かれない…
それが、一番わかるのは、就職の面接だろう…
面接官が男女を問わず、性格に難があると、考え、採用しない…
仮に採用すれば、職場で、問題を起こすのでは? と、危惧するからだ…
だから、いかにイケメンでも、面接で、躓く…
そういうことだ…
だが、真逆に、高雄のような、爽やかな印象のイケメンは、受かる…
誰もが、一目見て、高雄を気に入るからだ…
こんな好青年ならば、職場にも、すぐに馴染めるに違いないと、思うからだ…
ただ、それは、あくまで、印象…
高雄の持つ、爽やかな印象から、推測するに過ぎない…
実際は、誰よりも腹黒い人間かもしれない…
事実、その可能性はゼロではない…
つまり、誰もが見た目と中身は違うということだ(笑)…
だから、大抵は、学校でも職場でも、長期間接すれば、本当の性格が見えてくるものだ…
話を高雄に戻そう…
なにを言いたいかと言えば、高雄は、自分の長所を理解している…
その爽やかな印象を周囲に与えることが、自分の一番の武器だと言うことを理解している…
つまり、もっと言えば、あのとき、
「…ボクは、この五人の中の、誰か一人と結婚します…」
と、宣言したのは、あるいは、腹に一物あって、この杉崎実業に、潜り込もうとしても、高雄は、自分の魅力で、その女を自分の陣営に取り込んでみせるという、決意の表れなのではないか?
私は、今さらながら、その可能性に気付いた…
しかし、あくまで、可能性に過ぎない…
本当のところは、高雄に聞いてみなければ、わからないし、仮に高雄に聞いてみたところで、本当のことは、絶対に話さないだろう…
私は思った。
だから、本当は、高雄に会わなければ、ならない…
しかし、さすがに、それには、躊躇した…
電話番号は、すでにわかっている…
初めて会った時に、高雄から、高雄の実家の電話番号を書いたメモをもらっている…
そして、初めて、電話したときに、
「…ハイ…こちら、高雄組です…」
と、言った、だみ声が、電話の向こうから聞こえてきた…
よくテレビや映画で見る、ヤクザ特有のだみ声だ…
私は、仰天した…
慌てて、電話を切ろうとした…
間違えて、違う家に、電話をかけたのと、思ったからだ…
しかし、電話番号を確認したところ、間違いでは、なかった…
なにより、あのときに、
…すぐに、高雄本人が電話に出た…
あれは、一体どういう意味だったのだろう…
なぜ、高雄は、わざわざ、私に高雄組の電話番号を渡したのだろう…
私は、今さらながら、考えた…
謎がある…
パフォーマンス?
とっさに、思った…
いや、違う…
私は、むしろ、わざと、やったのでは? と、考えた…
高雄は、自分が、高雄組の組長の息子だと、わざと、私に知らせた…
いや、教えた…
だが、だとすると、それはなぜ?
答えは、私が単純に、純粋に、杉崎実業に内定を得たからではないか?
他の四人は、すでにわかったように、それぞれが、なんらかの思惑と言うか、目的があって、杉崎実業に入ろうとしている…
あるいは、高雄に近付こうとしている…
私だけ、それがない…
この私、竹下クミだけ、なにもなく、単純に、就職活動の結果、杉崎実業に内定した…
そう見たのではないか?
そう思ったのではないか?
あるいは、私自身が、そう信じていると考えたのではないか?
いや、それも、もしかしたら、違うのかもしれない…
なぜなら、私は、死んだ山田会の古賀会長が探していた娘だと、大場は言った…
つまり、最初から、大場は、それを知っていた…
と、なると、どうだ?
高雄もまた、それを知っていたと考えるのが、普通だ…
いや、高雄のみならず、林も含めて、残りの三人の女の一人や二人、あるいは、三人全員、それを知っている可能性が高い…
もちろん、大場や林の例にもれず、それを知っているのは、大場や林本人ではなく、背後に、父親の意向があったからに他ならない…
父親が指示したに違いないからだ…
おそらく、高雄は、私に、ゴルフではないが、ハンデを与えたのではないか?
私は、ふと、そう思った…
杉崎実業の五人の内定者の中で、私だけ、何も知らない…
しかしながら、もしかしたら、私が、高雄の本命なのかもしれない…
その本命の私に、さりげなく、自分が、高雄組と言う著名なヤクザの息子だと、告げるために、私に、わざと、自分の家の電話番号を教えた…
そういうことなのかもしれない…
あるいは、私を試したのかもしれない…
高雄が、ヤクザの息子だと知って、私がどう出るか? 試したのかもしれない…
もっとも、それを言えば、杉崎実業の内定もそうだ…
高雄自身が、あの杉崎実業の内定式で、杉崎実業が、ヤクザのフロント企業かもしれないと知り、私を含めた五人の内定者が、動揺したのを知って、内定を辞退しようか、どうしようか、悩む私を追いかけてきて、内定を辞退しないでくれと、私に頼んだ…
しかし、実際は、お芝居…
なにが、お芝居かといえば、あの内定式で、杉崎事業が、ヤクザのフロント企業とは、知らなかったのは、おそらく私一人…
私、竹下クミ、一人だけ…
他の四人は、全員知っていた可能性が高い…
いや、高いのではない…
おそらく全員知っていた…
ただし、他の四人は、自分以外の誰が、それを知っていたか、知らない可能性が高い…
わからない可能性が高い…
それゆえ、誰もが、初めて知ったように、お芝居をしたのではないか?
私は、その事実に気付いた…
いずれにしても…
私は、考えた…
高雄に会わなければ、ならない…
高雄と話をしなければ、ならない…
そうしなければ、なにも始まらない…
真相が見えない…
私は、以前、高雄から教えられた、電話番号が書かれたメモを見た…
高雄組の電話番号を見た…
そして、やはり、あの高雄組に電話をしなければ、ならない…
正直、怖いが、高雄組に電話をかけて、高雄に会わなければ、ならない…
私は、そう決意した…