第1話

文字数 6,955文字

 世の中に、運命というものは、あるか?

 ひとに、運命というものは、存在するのか?

 考える。

 そもそも、運命というものがなければ、占い師は、存在しない…

 占い師は、ずっと昔から、存在する。

だいいち、そんなに当たらなければ、すでに、今の時代に、職業として、存在していないはずだ…

つまり、運命は、存在する。

私、竹下クミは、そう思う。

実際、運命というものは、脇において、自分自身を考えたとき、私は残念だ…

なにが、残念かといえば、あらゆることに、中途半端なのだ…

率直にいって、容姿は、そこそこ美人…

問題なのは、そこそこ美人というのが、当てはまるぐらいの美人だということ…

中学でも、高校でも、例えば、友達が私を見て、

「…クミには、絶対勝てない!…」

と、断言するレベルではない…

が、私が、友達に負けているわけでは、決してない…

まあ、アイツに比べれば、クミのほうがマシというレベル…

それが、そこそこ美人という意味…

仮に、ここに女のコが、20人いれば、上から、3番目か、4番目の美人という立ち位置…

実に、難しい立ち位置だ(笑)…

仮に、20人、女のコがいて、誰が一番キレイか、決めるのは、簡単だ…

二番目にキレイなのも、決めるのは、簡単だ…

だが、三番目あたりから、少々難しくなってくる。

二十人、女のコがいても、普通、そんなにキレイな女のコはいない…

だから、あくまで、二十人の中で、キレイというレベル…

それでも、一人や二人は、選べるが、三番目あたりから、難しくなってくる。

どれも、似たり寄ったりで、キレイなコはいないからだ…

つまり、その中では、私、竹下クミがいいということだ…

その程度のレベルということだ…

身長は、160㎝…

別に、胸も大きくない…

水着になれば、誰もが、私を振り返って見る…

そんな夢みたいなことは、決してない…

すべてが、平凡だ…

ただ、冒頭に言った、占い師の一件…

「…アナタは、23歳か、24歳の頃に運命が変わります…それも、劇的に変わります…」

そんなことを言われていたが、与太話の類いだと思って、真剣に受け取ってなかった…

そんな、漫画みたいに、運命が劇的に変わるはずもないからだ…

運命が劇的に変わる見本といえば、芸能人になることだが、そもそも私の容姿では、無理筋…

いや、無理筋ではないかもしれない…

私レベルの容姿の芸能人もいる…

しかし、そのレベルでは、ドラマの主役どころか、主役の何人かいる友達のひとりというレベル…

セリフも、一言二言で、下手をすれば、大勢のクラスメートのひとりで、セリフも何もない役…

せっかく、芸能人になったのに、これでは、運命が劇的に変わるわけがない…

昔は、裏方と思われた声優という仕事も、今やルックスが重視される時代…

私では、これも無理筋だ…

だから、運命なんて、劇的に変わるはずはない…

私は、ずっとそう思っていた…

しかし、あの美男子、高雄悠から、

「…ボクと結婚しませんか?…」

と、コクられたとき、

「…冗談でしょ?…」

と、言いながらも、瞬間、

「…アナタは、23歳か、24歳の頃に運命が変わります…それも、劇的に変わります…」

という、ずっと前に占い師に言われた言葉を思い出していた。

それまで、すっかり忘れていた言葉だが、ふいに、脳裏に思い浮かんだのだ…

同時に、気付いた。

普通ならば、

「…ボクと付き合いませんか?…」

と、ここは、いうところだ…

なぜなら、私は、この日、高雄と会ったのは、初めてだったからだ…

会社訪問で、偶然出会ったのが、高雄だった…

しかし、それが、会って、いきなり、

「…ボクと結婚しませんか?…」

とは、どういうことだ…

「…アンタ…頭おかしいの?…」

と、言ってやりたいところだが、それは、無理だった…

高雄は、身長は、175㎝で、それほど、長身ではないが、美男子…

イケメンだ…

なにより、颯爽としている…

なにやら、爽やかな風が、高雄の背後から、サーッと吹いてくる…

そんな気がする…

そんな高雄を目の前にして、

「…アンタ…頭がおかしいの?…」

とは、口が裂けても、言えない…

だから、

つい、

「…わ…私で、よければ…」

と、言う、言葉が、いつのまにか、口を突いて、出た。

自分でも、ビックリした…

私の言葉に、高雄も、驚いたようだ…

どういうつもりで、初対面で、会って、いきなり、

「…ボクと結婚しませんか?…」

という言葉が出るのか?

疑問だった。

しかし、それでも、初対面の相手である、私が、

「…わ…私で、よければ…」

と、答えるなんて、ありえないと思っていたに違いない…

あの美男子が、驚いた表情で、私を見ていた。

しかし、私に言わせれば、その驚いた表情も素敵だった…

この日、私は、就職面接のために、会社訪問に行っていた…

昨今は、就職氷河期から一転して、売り手有利というか、会社から内定を受け取るのは、難しくない状況と言われている…

しかし、そんな世間の声とは、裏腹に、なぜか、私、竹下クミは、苦戦していた…

理由はわからない…

あえていえば、昔でいえば、大殺界…

運命が今、最悪の状況で、あるからかもしれない…

そこそこ美人であるはずの私が、就職の面接に行くと、なぜか、そこに、私以上の美人が何人もいたことがあった…

しかも、

しかも、だ…

それが、一度や二度というレベルではない…

当然、面接が始まると、質疑応答と言うか、質問に入る…

すると、鼻の下を伸ばした親父の面接官が、当然のことながら、美人に質問を集中させる。

初めは、志望動機とか、御社をどう思いますか? という質問から始まるが、いつのまにか、

「…休日は、どうお過ごしですか?…」

とか、

「…付き合ってる男はいるんですか?…」

とか、

まるで、就職の面接に来た女を口説いているような光景になったことは、これも、一度や二度ではない…

例えば、5人の女のコが、揃って、横に並んで、面接官の前に座る…

しかし、

その中に、ひとり、美人がいる!

すると、そのコに質問が集中する。

面接時間が、仮に10分とすれば、優に5分以上は、そのコ一人に質問が集中する…

残りの時間は、申し訳程度に、他の4人に、志望動機とか、ありきたりの質問をするだけ…

誰が見ても、最初から、興味ないとわかる態度だ…

私は、そんな面接を何度も経験した…

そして、これも、当然のことながら、不合格だった…

最初から、相手にされてなかった(涙)…

そもそも、面接が始まったばかりで、誰もが気付く事態だった…

だから、私は、焦った…

当たり前だ…

すでに、就職活動は、終盤に向かっていた…

にもかかわらず、私は、今だ内定ゼロ…

これでは、焦るなという方が無理…

無理筋だ…

そんな苦境にあったときだから、私は、頭の中で、運命とか、を考えた。

思えば、生まれて、大学をもうすぐ卒業する22年間で、もしかしたら、今が一番、苦境かもしれない…

ピンチかもしれない…

いや、

苦境かもしれない、ではない…

ピンチかもしれない、ではない…

明らかに、苦境だった…

明らかに、ピンチだった…

これは、断言できる…

力を込めて、断言できる…

それほどの苦境だった…

それほどのピンチだった…

バイト先の店長が、

「…クミちゃん…就職がうまくいかなかったら、ウチで、働きなよ…」

と、言ってくれたが、冗談ではない…

別に、バイト先が嫌いではないが、そのまま、そのバイト先に居ついたら、就職もしないで、フリーターの道にまっしぐらではないか?

それは、どうしても、嫌だった…

就職氷河期だったならば、それも仕方ないと、納得できる…

しかし、今は、そうではない…

売り手市場…

学生が、企業を選ぶ時代だ…

私が、企業を選ぶ時代だ…

なのに、なぜ?

なぜ、私だけ、こんな目に?

思えば、謎だった…

ビックリするほどの謎だった…

金田一なら、この謎を解くに違いない…

コナンなら、迷宮入りなしの名探偵のキャッチフレーズだから、これも、謎を解くだろう…

しかし、この竹下クミには、無理…

無理筋だった…

だから、高雄から、初対面にも、かかわらず、

「…ボクと、結婚しませんか?…」

と、言われたときに、

「…わ…私で、よければ…」

と、思わず、言ってしまったのは、このような理由からだ…

つまりは、就職に苦戦している…

ゆえに、高雄の、

「…ボクと結婚しませんか?…」

と言う言葉は、すなわち永久就職を意味した…

専業主婦を意味した!

つまり、いきなり、就職をすっ飛ばして、お嫁さんになり、主婦になる…

旦那に養ってもらえる…

こんな夢のような話が、脳裏に浮かんだのだ…

当然のことながら、今の時代、専業主婦は、無理…

無理筋…

子供が、小さいときは、ともかく、小学生にでもなれば、外に働きに出るのが、普通…

さもないと、生活ができない…

旦那の給与だけでは、生活ができないのが、大半だ…

そんなことは、百も承知のくせに、そんな夢のようなこと…

専業主婦になることを夢見た…

つまりは、私は、このところの就職活動の苦戦続きで、気持ちが正常でいられない…

正常な判断ができない状態だったのだ…

ちょうど、空腹で、腹が減って、減って、仕方がないときに、目の前に、テーブルいっぱいのごちそうを出された気分だった…

そして、そのごちそうは、ずばり永久就職だった…

お嫁さんだった!

世の中に、こんな虫のいい話は、どこにあろうか?

こんな都合のいい話が、どこに転がっているというのか?

思えば、このとき、気付くべきだった…

気付くべきだったのだ!

しかし、高雄はイケメン…

正統派のイケメンだ…

これが、罠だと直感で気付いていたが、私には、無理だった…

この竹下クミには、無理筋だった…

こんなイケメンが、冗談とはいえ、

「…ボクと結婚しませんか?…」

と、言ってくれれば、私は、

「…ハイ…喜んで…」

と、言ってしまう…

そんなパブロフの犬状態だった…

つまり、条件反射という奴だ…

しかも、訊いた話では、高雄の家は、金持ちで、有名な地方の名家らしい…

平凡な私、竹下クミとは、雲泥の差だ…

ちなみに、私は竹下という姓だが、あの女優の北川景子の旦那のDAIGО(ダイゴ)のお爺ちゃんの竹下登とは、なんの関係もない…

ただ、名字が同じというだけだ…

つまりは、平凡の中の平凡…

ザ、平凡が私、竹下クミだった…

しかし、この日を境に、平凡では、なくなった…

なぜなら、私は、金持ちに嫁入りするからだ…

私は、そう思った。

私は、そう確信した…

だから、就職面接が終わって、その会社から帰るときに、真っ先に、高雄悠から、小さなメモ用紙を渡された。

メモ用紙には、当然のことながら、ケータイの電話番号と、メールアドレスが書かれていた。

私は、それを見て、思わず、ニンマリした。

この会社の就職活動で、合格するかどうかは、わからないが、これほどのイケメンと出会えたことで、そんなことは、帳消しだった…

どうでも、よくなった…

結婚がホントかどうかは、正直、わからない…

しかし、これほどのイケメンに口説かれたのは、大げさに言えば、自慢…

もしかしたら、人生最大の自慢…

この先、何十年も生きていて、これほどのイケメンに口説かれるのは、生涯ないかもしれないと思えたほどの自慢だった…

だが、

しかし、だ…

そんな有頂天にいた、私をなにやら、冷ややかに見る視線が、存在した。

しかも、

しかも、だ…

その視線は、一つや二つではない…

何十と言えば、大げさだが、要するに、その会社で、高雄といっしょに働いている、若い女のみならず、なぜか、男…しかも、若い男から、中年のオヤジに至るまで、つまりは、そこにいた全員の視線が、私に集中した。

冷ややかな視線が、集中した。

これは、一体なぜだ?

どうしてだ?

私は自問自答する。

たしかに、高雄はイケメン…

イケメンだ…

しかし、いかにイケメンといえど、たかだか、知り合ったばかりの女のコに、ケータイの電話番号やメールアドレスを渡しただけで、周囲の全員が、私に冷ややかな視線を送るのは、おかしい…

それになにより、その視線は、どこか私に同情的だった…

なにやら、私に、憐憫というか、憐れと言うか、そんな視線を感じた。

だが、そのときは、なぜ、そんな視線を浴びるのか、当然のことながら、わからなかった…

いや、わからなかったのは、それだけではない…

会社員の高雄が、なぜ、会社訪問に訪れただけの、私に、突然、

「…ボクと結婚しませんか?…」

と、言ったことを、周囲の人間が、咎めないのか、考える必要があった。

これは、要するに、ナンパだ…

就職説明会にやって来た、女子大生を口説いているのだ…

普通、そんなことを、すれば、大騒ぎになる…

まして、今は、コンプライアンスとか言って、一昔前までは、普通に、若い男女に、

「…付き合っているコはいるの?…」

と、聞くことはあったが、今は真逆に、それを聞くだけで、セクハラにあたると判断される…

そんな時代だ…

そんな時代にあって、堂々と、就職訪問にやって来た女子大生に、

「…ボクと結婚しませんか?…」

と、言うのは異例…

いや、

異例ではない…

明らかに常軌を逸している…

しかし、なぜか、高雄はそれを許されていた…

それは、一体なぜなのか?

思えば、そのとき、気付くべきだった…

気付くべきだったのだ…

あのとき、気付いていれば、私の人生が、激変することはなかった…

占いが当たることは、なかったのだ…

私は、考える。

考えながら、自宅に帰り、ニヤニヤした。

あれほどのイケメンに、口説かれたことを、思い出して、ニヤニヤしたのだ…

正直、就職活動なんて、もはや、どうでもよくなった…

本当ならば、今すぐにでも、メールでも、電話でもしたいが、やはり駆け引きというものがある…

あまりにも、短い期間で、返信すると、ちょうど、魚釣りで、竿を池に投げた途端に、魚がかかるように、あまりにも、呆気なく感じる…

要するに、価値が低く見られるのだ…

私は、それを心配した。

私は、20人いれば、3番目か、4番目の美人…

そこそこの美人だ…

あまりにも、早く連絡すると、元々大した価値のない私なのに、十把ひとからげのように、なんにも価値のない女のように見られてしまう…

私は、それを心配したのだ…

私は、それを恐れたのだ…

しかし、風呂に入りながらも、自分の部屋で、一人で、ジッとしているときも、いつのまにか、自然と、拳を握り締めて、静かに、喜びを噛みしめていた。

人生最大の逆転劇…

ありえない、逆転劇だった…

もはや、就職なんて、どうでもいい…

私は、考えながらも、やはり、ジッと高雄から、もらったメモを見てしまう。

連絡するべきか?

連絡しないべきか?

考える。

今日、メモをもらったばかりなのに、すぐに連絡を入れるのは、やはり、マズいか?

私が軽い女だと思われてしまうか?

私の価値が下がるか?

そんな色々のことを考えて、しまう…

しかしながら、やはり、どうしても、連絡を入れたい…

早く連絡を入れれば、私の誠意をわかってもらえる…

せっかく、イケメンに連絡先のメモを渡されたんだ…

グズグズして、どうするんだ?

他の男に獲られてしまうぞ!

そうも、思う…

要するに、自分が、一時も早く、高雄に連絡したいから、何事も、自分に都合よく考えてしまうのだ(笑)…

私は悩んだが、やはり、連絡をすることにした。

しかも、連絡方法は、電話だ…

メールのやり取りは、簡単だが、やはり、直接、声が聴けるメリットは、大きい…

私は自室で、スマホを握りしめ、メモ帳に書かれた連絡先に、電話した。

プルルルル…と、しばし、鳴った後、電話口に人が出た。

私は、自分から、

「…竹下…竹下クミです…今日、杉崎実業の会社訪問に伺った…」

と、言おうとしたら、電話口から、

「…ハイ…高雄…こちら、高雄組です…」

という声がした。

しかも、その声は、わざと作ったような、だみ声…

電車の車掌がするように、わざと作った声だった…

なぜか、私の脳裏に、ヤクザ映画のワンシーンが浮かんだ。

               
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