第28話

文字数 4,639文字

 結局、私は大場に屈した…

 白旗を上げた…

 この竹下クミ、一世一代の屈辱…

 と、までは、言わないが、屈辱であることは、間違いなかった…

 電話を切った後、私は落胆した…

 自分自身に幻滅した…

 文字通り、自己嫌悪に陥った…

 さすがに、あっけなかった…

 簡単に白旗を上げ過ぎた…

 これが、落胆の原因だった…

 私が、大場に勝てないことは、最初(はな)から、わかっている…

 何度も言うように、私は、ヤンキーやヤクザが大の苦手だからだ…

 はっきり言えば、威圧系が苦手だ…

 しかし、これほど、あっけなく大場に屈するとは、自分自身も思ってもみない結末だった…

 だから、自己嫌悪に陥った…

 ちょうど、そのときだった…

 またも、スマホの電話が鳴った…

 今度は、誰だろう?

 それとも、大場同様、やはり、名前がわからないのか?

 私はスマホの画面を見る。

 林の名前が出ていた…

 …林?…

 …どうして、林なんだ?…

 タイミングが良すぎる…

 私は、思った。

 …出るべきか?…

 それとも、

 …出ないべきか?…

 悩んだ…

 なにしろ、タイミングが良すぎる…

 たった今、大場との電話が終わったばかりだ…

 何事も、疑えば、切りがないが、それでも、このタイミングだ…

 疑うなという方が無理だ…

 私は、悩んだ末に、電話に出ることにした…

 「…もしもし…」

 「…竹下さん?…」

 と、すでに聞き覚えのある、林の声がした…

 「…そうですが…」

 「…林です…」

 電話の相手が名乗った…

 予想通りというか、スマホの表示通りで、間違いはなかった…

 「…さっきから、電話をかけてたんだけど、話し中で…」

 「…話し中?…」

 私は、林の言葉を繰り返す。

 そして、胸の内で、今さっき、大場と話していたと告白した方が、いいか、どうか、考えた…

 だから、

 「…」

 と、沈黙した。

 すると、

 「…どうしたの?…」

 と、当然のことながら、林が訊いてきた…

 私は、とっさに、

 「…最近、ちょっと風邪気味で…」

 と、さっき大場に言ったウソと同じウソを林にもついた…

 大場と違い、林にウソをつくのは、悪いと思ったが、すでに言ってしまったものは、仕方がない(笑)…

 口から出てしまったものは、仕方がない(笑)…

 綸言(りんげん)汗のごとしという奴だ…

 私は、思った…

 「…それは、大変…」

 林が、心配そうに、言った…

 事実、心底、心配そうな様子だった…

 あの大場とは、大違いだ…

 その言葉を聞いて、今さらながら、林にウソを言ったことを後悔した…

 悔いた…

 だが、今さら、取り消すことはできない…

 ウソをついたと、言うことはできない…

 「…で、今日は一体?…」

 私が言うと、

 「…う、うん…風邪気味なら、別に言いの…大した用事じゃないから…っていうか、別に用と言うほどの用じゃないけど…竹下さん、どうしてるかなと思って…」

 と、言いづらそうに、林が言う…

 私は、林の言葉に、

 「…」

 と、答えなかった…

 実は、内心、林の言動を疑ったのだ…

 なぜなら、私は、林とそれほど親しくはない…

 はっきり言って知り合ったばかりだ…

 それが、なぜ、わざわざ、私に電話をかけてきたのか?

 疑問だ…

 何事も疑えば、切りがないが、なにしろ、大場から、電話がかかって来た直後だ…

 疑うなと言う方が無理…

 無理筋だ…

 私は、考える。

 「…でも、風邪気味なら、仕方がない…また今度連絡する…」

 と、言って、あっけなく、林は電話を切った…

 ホントならば、

 「…ちょっと、待って…」

 と、声をかけるところだが、その間もなく、プッツンと、電話が切れた…

 私は、戸惑った…

 これは、一体どういうことだ?

 単なる偶然が重なっただけか?

 それとも、なにか意図があるのか?

 考える。

 まさか、大場と林が組んで、私を騙そうとしているとか?

 と、

 そこまで、考えると、被害妄想かも…

 と、我ながら、苦笑した…

 そして、気付いた…

 答えの出ないことに、いつまでも、こだわっていても、仕方のない事実に、だ…

 が、そうは言っても、考えないわけには、いかなかった…

 悩まないわけには、いかなかった…

 週末の土曜日…

 大場と会うことになった…

 あれから、電話をしたのだ…

 問題は、どこで、会うかだ…

 それは、決めなかった…

 そもそも、私は、大場がどこに住んでいるのかも知らない…

 だから、どこで、会うと言う提案をするのも、難しかった…

 私は、それで、バイト中に悩んでいると、

 「…どうしたの、竹下さん? …なに、悩んでいるの?…」

 という声がした。

 振り向くと、声の主は、店長の葉山だった…

 葉山は、ニコニコと、私に笑いかける。

 この葉山の笑顔も、営業用スマイルだと、最近、気付いたばかりだ…

 つまり、人間的に信用できない…

 だから、私は言うべきか否か、一瞬悩んだが、

 「…いえ…友達と、待ち合わせることにしたんですけど…どこで、会おうかと思って…」

 と、口を開いた…

 はっきり言って、誰に言っても、問題のない、大した悩みではないからだ…

 「…友達? …大学の?…」

 「…いえ…来年、就職する会社の同僚というか…来年、同じ会社に就職するんで、情報交換と言うか…今から、仲良くなっておいた方がいいと思って…」

 「…ああ…そういうこと…」

 葉山も合点がいったようだ…

 「…でも、お互い、どこに住んでるのか、知らないの?…」

 葉山が当たり前のことを言った…

 まさか、

 「…知らない…」

 とは、言えず、私は、

 「…」

 と、黙った。

 が、私が、すぐに答えられないのを見て、

 「…その様子だと知らないみたいだね…」

 と、喝破した…

 見破った…

 当たり前のことだ…

 「…でも、たしか、この前、竹下さんと、よく話していた女のコも、たしか、同じ会社に内定したコだと言ってなかった?…」

 と、葉山は私に訊いた。

 私は、

 …そんなこと言ったか?…

 と、内心思ったが、

 「…」

 と、黙っていた…

 「…しかし、このところ、竹下さんの知り合いがよくこの店にやって来るね…この前は、ほら、任侠の世界のひとがやってきたし…」

 と、葉山が続けた…

 「…」

 「…だったら、いっそ、竹下さんが、バイトしているこの店にやって来いと、言えばいいんじゃないかな…」

 「…この店に?…」

 「…いや、冗談じゃなく…なんか、竹下さん、人気があるみたいだから、わざと、私がバイトしている店で、バイトが終わったら、会うとでも言ってみたら、どうかな? …それでも、会いたいというのなら、会ってみてもいいし…なにより、それで、どれだけ竹下さんに会いたいかわかるわけだし…」

 一理ある…

 たしかに、葉山の言うことも一理ある…

 なぜ、大場が、私に電話をかけてきたのか、わからないが、私が、わざと、自分の家の近くの、このコンビニを待ち合わせの場所に指定して、それでも、構わない…

 私に会いに来るとでもいえば、大場の私に対する関心の高さがわかる…

 なぜ、そこまでして、会いたいのか、わからないが、私に会いたい気持ちはわかる…

 …承知!…

 私は、内心、呟いた…

 声にするのは、はばかれたが、心の中で、呟いた…

 それにしても、この葉山、なかなかいいことを言う…

 さすがに、伊達に、私よりも長く生きてはいない…

 私は、思った…

 このコンビニを、待ち合わせの場所に指定することで、相手がどれほど、私に会いたがっているか、わかる…

 なにより、このコンビニは、私の自宅近く…

 大場が、どこに住んでいるのかは、わからないが、当然、このコンビニは、大場の自宅からは、遠いだろう…

 つまり、あの気の強い大場が、わざわざ、遠くまで、私に会いにやって来ることになる…

 はっきり、言って、面白くないに違いない…

 わざわざ、私のバイト先まで、足を運ぶということは、大場が、私の下になるということだ…

 私の機嫌を取るということではないが、私の希望を聞くことで、立場上、下になる…

 果たして、それが、あの大場にできるか?

 あの大場にやれるか?

 甚だ、疑問だ(笑)…

 だが、もし、真逆に、大場が、私の提案を飲むとしたら?

 それは、間違いなく、それほど、私に会いたいということ?

 どうして、会いたいのか、さっぱり、わからないが、会いたいという事実に、変わりはないだろう…

 私は、思った…

 考えた…

 だから、私は、その日、バイトを終わって、自宅に戻って、最初に、大場に電話した…

 電話だから、大場が出るか、どうか、わからない…

 メールの方が、いいか? とも思ったが、すぐに、相手の反応を探るには、やはり、直接、話した方がいい…

 私は、LINEはやらない…

 なぜなら、林を含め、LINEで、やりとりするほど、親しい関係ではないからだ…

 まだ、知り合ったばかり…

来年、入社する予定の会社の内定者同士というつながりでしかない…

私は、考える。

電話は、思いがけず、簡単に、繋がった…

いや、

繋がったではない…

大場が、電話に出たのだ…

「…もしもし…」

スマホから、大場の声が漏れた…

私は緊張した…

これから、大場に、私のバイト先に来てくれと言うつもりだが、果たして、大場はどうでるか?

怒るか?

激怒するか?

それとも…

「…竹下です…大場さん・…」

「…ああ…竹下…」

まだ、会ってまもないのに、横柄な態度で、私の名字を呼び捨てにした…

…相変わらずの上から目線…

私は、考える。

「…今度の土曜日に、大場さんと会う場所だけど、私のバイトするコンビニに来てくれない? ちょうど、その日も、コンビニのバイトが入っちゃって、時間の都合がつきづらいの…」

私は、言った。

早口に言った…

こういうことは、一気に言うに限るからだ(笑)…

そして、相手の反応を待った…

大場の反応を待った…

当然のことながら、

「…」

と、大場は少しばかり、沈黙した…

私は、待った…

大場が、どう答えるか、興味があった…

興味津々だった…

十秒…

あるいは、

二十秒経っただろうか?

「…いいよ…」

短く、ぶっきらぼうな声が聞こえてきた…

誰が聞いても、明らかに不満いっぱいの声だった…

それでも、あの気の強い大場が、精一杯の皮肉を込めて…

あるいは、感情を殺して、

「…いいよ…」

と、言った、その事実に、驚いた…

同時に、それほどまでして、私に会いたいのかと思った…

それが、一番の驚きだった…

                  
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