第105話
文字数 5,173文字
「…高雄さんの息子が、逮捕?…」
思わず、葉山の言葉を繰り返した…
と、同時に、頭の中が真っ白になった…
…どうして、高雄悠(ゆう)が、逮捕なんだ?…
頭の中が、パニクった…
そして、それだけでも、頭の中がいっぱいなのに、
…どうして、いきなり、葉山は、私にそんなことを言うんだ?…
という疑問が湧いた…
…葉山が、高雄悠(ゆう)を知っている可能性は、皆無だからだ…
だから、私は、つい大声で、
「…どうして、葉山さんは、いきなり高雄さんの息子が、逮捕されたなんて、私に言うんですか?…」
と、葉山を詰問した…
私が、怒鳴ったのは、初めてだった…
近くにいた、当麻が、目を丸くして、驚いて、私を見た…
「…どうして、そんなことを言うんですか?…」
私は、なおも怒鳴った…
自分を抑えきれなかった…
「…どうしてって、言われても…」
葉山も私が大声で、怒鳴ったので、当惑したようだ…
「…ただ、以前、高雄組組長が、この店にやって来て、竹下さんの知り合いみたいだったから、その息子さんが、逮捕されたって、報道で知って…」
葉山が、思いのほか、冷静に言った…
私は、自分でも、思いがけず、大声を出したことに、驚いた…
そして、自分でも、必死になって、自分を落ち着かせようとした…
それから、葉山の言葉を考えた…
ゆっくりと、自分の中で、咀嚼(そしゃく)した…
たしかに、葉山の言葉に、誤りはない…
葉山の言葉に、矛盾はない…
葉山は以前、このコンビニに、高雄組組長がやって来たことを、見ている…
それに、今、国会で、杉崎実業の一件で、高雄組組長は世間に騒がれている…
高雄組組長の顔は、今では、当麻も知っているだろう…
大場小太郎同様、有名人だ…
顔や名前では、あの稲葉五郎を大きく引き離して、世間にその顔と名前が知られた…
すべては、あの杉崎実業の一件で、だ…
私は、そこまで、考えて、葉山の言葉に、矛盾がないことを、確かめた…
確認した…
しかし、それでも、一抹の不安というか、疑問が残る…
が、
それを口にするのは、止めた…
なにを、どう言おうと、葉山が、私に本当のことを言うはずがないからだ…
だから、いったん、大きく深呼吸をして、
「…どうして、逮捕されたんですか?…」
と、聞いた…
ひどく、もっともな、疑問だった…
「…それは、ボクもわからない…杉崎実業に関する一件じゃないかな…」
と、言葉を濁した…
これも、ひどく当たり前の感想だった…
国会は、杉崎実業の問題で、蜂の巣をつついたような、大騒ぎだ…
なにしろ、日本政府を騙して、中国に製品を輸出したのだ…
輸出してはいけない製品を輸出したのだ…
これが、国会で、大問題にならないはずはない…
アメリカは、激怒している…
その杉崎実業の取締役である、高雄悠(ゆう)が逮捕されたのは、ある意味、想定内といおうか…
ひどく当たり前のことだった…
それでも、高雄悠(ゆう)が、逮捕されたのは、驚いた…
あるいは、冷静に考えれば、想定内のことかもしれないが、そこまでは、考えなかった…
すでに、杉崎実業が、中国に不正に製品を輸出した件で、逮捕者を数多く出している…
その中には、私と同じく、杉崎実業の内定をもらった林の父親や、人事部長の人見、その部下の藤原綾乃も含まれている…
つまり、当たり前だが、大半は、杉崎実業の関係者…
社員だ…
だから、杉崎実業の取締役である、高雄悠(ゆう)が、逮捕されても、別段、驚くことでも、なんでもない…
と、そこまで、考えて、ようやく、落ち着いた…
いや、
自分を落ち着かせた…
そして、
「…たしかに、店長の言う通りかも…」
と、葉山の言葉に、同意した…
葉山は、私の言葉に、
「…」
と、なにも、言わなかった…
ただ、
「…しかし、杉崎実業の一件で、高雄組の関係者が逮捕されたのは、これが初めてだね…でも、高雄さんの息子さんは、ヤクザじゃない…ヤクザが関わっているのに、ヤクザの逮捕者が、一人も出ないなんて…」
と、葉山は、苦笑する…
たしかに、言われてみれば、その通り…
高雄組が、関わっているが、誰一人逮捕されてない…
いや、
逮捕者が出れば、そもそも、高雄組に、40億円もの、大金を、政府が返すわけがない…
高雄組の関係者が、誰一人、逮捕されないから、40億円、戻ってきたのだ…
純粋に、高雄組は、投資として、杉崎実業の株を買い占めたと、判断したからだ…
だが、もし、そうでないとしたら…
私は、考えた…
それから、まもなくだった…
林から連絡があったのだ…
思いがけず、私のスマホに連絡があった…
私は、偶然、自分の部屋にいて、なにをすることもなく、ボンヤリしていた…
なんというか、ここ最近、自分に起きた出来事を、今さらながら、反芻(はんすう)していた…
思えば、杉崎実業の入社試験の内定をもらってから、嵐のような出来事の連続だった…
それは、まるで、ドラマだった…
ドラマのように、大きな変動があった…
日本で、二番目に大きな暴力団の山田会の関係者と、この平凡な竹下クミが、知り合い、しかも、なぜだかわからないが、
…お嬢…
…お嬢…
と、大切にされた…
本当は、なぜだか、わからないのではない…
私に身に覚えは、なにもないが、亡くなった山田会の古賀会長の唯一の血筋だと、誤解しているのだ…
ウチの家庭は、みんな真面目で、周囲にヤクザはいない…
だから、誤解だと、何度も言っているのだが、誰も信じようとしなかった…
そして、私は、山田会の関係者のみならず、あの大場小太郎代議士や、大金持ちの林と知り合った…
まるで、夢のような出来事だった…
この平凡な竹下クミが、テレビや新聞で、報道されるような大物と知りあったのだ…
誰が、どう考えても、あり得ない出来事…
まさに、奇跡だった…
これを奇跡と呼ばずして、なんといおうか(笑)…
ただし、結果として、私は、この関係者に、関わったに過ぎなかった…
事件でいえば、犯行現場に、偶然居合わせたとでも、言えば、いいのだろうか?
たしかに、山田会のトップや、政界のトップの大場代議士と知り合ったが、それだけだった…
ハッキリ言って、ただ知り合ったに過ぎない…
だが、普通ならば、知り合うことなどない人たちだった…
テレビや新聞、ネットで、その名前が、日本中に知れてはいるが、誰もが、そんな大物と知り会うことなどない…
それが、この平凡な竹下クミが、知りあったのだ…
ありえない奇跡の連続だった…
そんなことを、考えていたときに、林から連絡があったのだ…
スマホが、鳴り、誰からかと思ってみると、なんと、林からだった…
私は、ビックリした…
ちょうど、今、林を含めて、今度の杉崎実業の一件で、知り会った人たちのことを考えていたときだ…
その最中に、その当人から、電話があるとは、思わなかった…
そして、
そして、
なにより、林は、今、父親が、杉崎実業の一件で、逮捕されている…
その一件が、真っ先に、脳裏に浮かんだ…
着信に林の名前を見て、どうしていいか、わからなかった…
どうしても、林の父親の逮捕に、触れないわけには、いかないからだ…
私は手で、スマホを握り締めながら、考えた…
出るべきか?
出ないべきか?
考えたのだ…
すると、私のスマホから、林の声が洩れてきた…
留守電に切り替わったことで、林がメッセージを入れたのだ…
「…竹下さん…元気? …林です…お久しぶり…」
そう、林は、メッセージを入れた…
私は、動揺した…
みっともないほど、動揺した…
家にいるから、誰にも見られる心配はなかったが、どうしていいか、わからないほど、動揺した…
うろたえた…
父親が逮捕され、落ち込んでいるのは、わかる…
容易に、想像できる…
しかも、
しかも、だ…
林は、金に困っている…
あの豪邸を失うかもしれないくらい金に困っていて、それだから、林の父親は、杉崎実業の中国への不正輸出に一枚加わって、儲けようとしたのだ…
その事実を知っている、私は、林に、なんて、声をかけていいか、わからなかった…
私が、そんなことを考えていると、スマホから、
「…竹下さん…本当にアナタには、お世話になった…」
と、いきなり切り出した…
…お世話?…
…なんのお世話だ?…
私は、考える。
私は、スマホから、流れてくる、林の次の言葉を待った…
「…竹下さんも知ってるように、ウチは…林は、もうダメ…パパがあんな下手を打って…人見の口車に乗って…」
林の口調が一転した…
明らかに、恨みがましくなった…
当たり前だった…
「…でも…あの人見…絶対、背後に誰か、いる…」
思いがけないことを言いだした…
私は、慌てて、電話に出た…
「…今、なんて言ったの?…」
と、大声で言った…
「…た、たけしたさん…い、いたの?…」
スマホの向こう側から、林の驚く声が聞こえてきた…
「…う、うん…」
私は、曖昧に返事した…
実は、今の今まで、スマホで、林が、私のスマホに留守電のメッセージを入れるのを、聞いていたとは言えなかった…
「…へぇー…いたんだ? …」
「…うん…」
曖昧に返事を濁した…
だが、今、林が言った、
…人見の背後に誰かいるという言葉は見逃がせなかった…
だから、いきなり、林の電話に出たのだ…
「…あの…今、言った、人見の背後に誰かいるって? …それって…」
「…証拠があるわけじゃない…」
林が言った…
私の期待に釘を刺したのだ…
「…でも、誰かいると思う…いえ、たとえ、人見の背後に誰もいないとしても、この杉崎実業の一件は、おかしすぎる…」
「…おかしすぎるって?…」
「…今、国会で、揉めてるけど、まだまだ、そこで、明らかになってない事実が、あると思う…」
「…」
「…だって、おかしすぎるでしょ? 高雄組っていうヤクザが、一般に無名とはいえ、一部上場企業の株を買い占めて、その会社が、中国への不正輸出で、叩かれると、一転して、今度は、杉崎実業を国有化して、存続させるなんて…日産や、ダイエーのような大企業じゃないでしょ? 倒産しても、困る人間は少ないはずよ…しかも、高雄組が、杉崎実業の買収にかかった費用…40億円を、高雄組に返すなんて、ありえない…」
「…でも、それは、中国との関係で…」
「…それにしても、よ…」
林が叫んだ…
「…杉崎実業は、中国と関係が深い…潰せば、中国がなにを言ってくるか、わからないから、潰さないのは、わかる…これは、ネットでも、週刊誌でも言われてるから…でも、それだけじゃない…竹下さんも気付いているでしょ?」
「…気付いている…」
「…大場よ…」
「…大場?…」
「…今度の一件は、大場小太郎の一人勝ち…あの地味な大場小太郎が、全国区の知名度を得た…これで、間違いなく、次の首相ね…」
「…」
「…でも、こんなに都合よく、人気がでるわけがない…大場小太郎の背後には、誰かいる…」
「…」
「…それが、私の見立てよ…」
林が、断言する。
ひどく、当たり前のことだった…
大場小太郎が、今回の一件で、全国的な知名度を上げた…
元々は、派閥の領袖で、与党の実力者…
総裁選にも、出たことがある…
にもかかわらず、陰が薄かった…
存在感が乏しかった…
大場小太郎は、ルックスが悪くはないが、そもそも目立つキャラではなかったからだ…
それが、今度の一件で、まるで、神風が吹いたように、大場小太郎の知名度が上昇した…
それまで、地味で、世間的には、無名に近い扱いだったのが、まるで、国会にスターが現れたような扱いに変貌した…
まるで、奇跡が起きたように、周囲の環境が、激変したのだ…
国会では、今、林が、指摘したように、次の首相の声が高くなった…
つまり、今度の一件は、見方を変えれば、すべて、大場小太郎の知名度を上げる作戦で、あるかのようだった…
だから、
「…林さんの言っていることは、わかる…」
と、思わず、私も呟いた…
つい、口に出してしまったのだ…
「…でしょ!…」
スマホの向こう側から、林がハイテンションで、言った…
我が意を得たりの心境だったに違いない…
「…誰かいる! で、なければ、こんなこと、一人でできるわけがない…」
私もまた林の言葉に、同意だった…
だから、
「…」
と、無言だった…
あえて、なにも、言わなかった…
そして、気付いた…
あの高雄悠(ゆう)が、逮捕されたことを、思い出したのだ…
だから、
「…それは、ひょっとして、高雄…高雄悠(ゆう)さん…」
と、私は、言った…
その言葉に、
「…」
と、林は、沈黙した…
思わず、葉山の言葉を繰り返した…
と、同時に、頭の中が真っ白になった…
…どうして、高雄悠(ゆう)が、逮捕なんだ?…
頭の中が、パニクった…
そして、それだけでも、頭の中がいっぱいなのに、
…どうして、いきなり、葉山は、私にそんなことを言うんだ?…
という疑問が湧いた…
…葉山が、高雄悠(ゆう)を知っている可能性は、皆無だからだ…
だから、私は、つい大声で、
「…どうして、葉山さんは、いきなり高雄さんの息子が、逮捕されたなんて、私に言うんですか?…」
と、葉山を詰問した…
私が、怒鳴ったのは、初めてだった…
近くにいた、当麻が、目を丸くして、驚いて、私を見た…
「…どうして、そんなことを言うんですか?…」
私は、なおも怒鳴った…
自分を抑えきれなかった…
「…どうしてって、言われても…」
葉山も私が大声で、怒鳴ったので、当惑したようだ…
「…ただ、以前、高雄組組長が、この店にやって来て、竹下さんの知り合いみたいだったから、その息子さんが、逮捕されたって、報道で知って…」
葉山が、思いのほか、冷静に言った…
私は、自分でも、思いがけず、大声を出したことに、驚いた…
そして、自分でも、必死になって、自分を落ち着かせようとした…
それから、葉山の言葉を考えた…
ゆっくりと、自分の中で、咀嚼(そしゃく)した…
たしかに、葉山の言葉に、誤りはない…
葉山の言葉に、矛盾はない…
葉山は以前、このコンビニに、高雄組組長がやって来たことを、見ている…
それに、今、国会で、杉崎実業の一件で、高雄組組長は世間に騒がれている…
高雄組組長の顔は、今では、当麻も知っているだろう…
大場小太郎同様、有名人だ…
顔や名前では、あの稲葉五郎を大きく引き離して、世間にその顔と名前が知られた…
すべては、あの杉崎実業の一件で、だ…
私は、そこまで、考えて、葉山の言葉に、矛盾がないことを、確かめた…
確認した…
しかし、それでも、一抹の不安というか、疑問が残る…
が、
それを口にするのは、止めた…
なにを、どう言おうと、葉山が、私に本当のことを言うはずがないからだ…
だから、いったん、大きく深呼吸をして、
「…どうして、逮捕されたんですか?…」
と、聞いた…
ひどく、もっともな、疑問だった…
「…それは、ボクもわからない…杉崎実業に関する一件じゃないかな…」
と、言葉を濁した…
これも、ひどく当たり前の感想だった…
国会は、杉崎実業の問題で、蜂の巣をつついたような、大騒ぎだ…
なにしろ、日本政府を騙して、中国に製品を輸出したのだ…
輸出してはいけない製品を輸出したのだ…
これが、国会で、大問題にならないはずはない…
アメリカは、激怒している…
その杉崎実業の取締役である、高雄悠(ゆう)が逮捕されたのは、ある意味、想定内といおうか…
ひどく当たり前のことだった…
それでも、高雄悠(ゆう)が、逮捕されたのは、驚いた…
あるいは、冷静に考えれば、想定内のことかもしれないが、そこまでは、考えなかった…
すでに、杉崎実業が、中国に不正に製品を輸出した件で、逮捕者を数多く出している…
その中には、私と同じく、杉崎実業の内定をもらった林の父親や、人事部長の人見、その部下の藤原綾乃も含まれている…
つまり、当たり前だが、大半は、杉崎実業の関係者…
社員だ…
だから、杉崎実業の取締役である、高雄悠(ゆう)が、逮捕されても、別段、驚くことでも、なんでもない…
と、そこまで、考えて、ようやく、落ち着いた…
いや、
自分を落ち着かせた…
そして、
「…たしかに、店長の言う通りかも…」
と、葉山の言葉に、同意した…
葉山は、私の言葉に、
「…」
と、なにも、言わなかった…
ただ、
「…しかし、杉崎実業の一件で、高雄組の関係者が逮捕されたのは、これが初めてだね…でも、高雄さんの息子さんは、ヤクザじゃない…ヤクザが関わっているのに、ヤクザの逮捕者が、一人も出ないなんて…」
と、葉山は、苦笑する…
たしかに、言われてみれば、その通り…
高雄組が、関わっているが、誰一人逮捕されてない…
いや、
逮捕者が出れば、そもそも、高雄組に、40億円もの、大金を、政府が返すわけがない…
高雄組の関係者が、誰一人、逮捕されないから、40億円、戻ってきたのだ…
純粋に、高雄組は、投資として、杉崎実業の株を買い占めたと、判断したからだ…
だが、もし、そうでないとしたら…
私は、考えた…
それから、まもなくだった…
林から連絡があったのだ…
思いがけず、私のスマホに連絡があった…
私は、偶然、自分の部屋にいて、なにをすることもなく、ボンヤリしていた…
なんというか、ここ最近、自分に起きた出来事を、今さらながら、反芻(はんすう)していた…
思えば、杉崎実業の入社試験の内定をもらってから、嵐のような出来事の連続だった…
それは、まるで、ドラマだった…
ドラマのように、大きな変動があった…
日本で、二番目に大きな暴力団の山田会の関係者と、この平凡な竹下クミが、知り合い、しかも、なぜだかわからないが、
…お嬢…
…お嬢…
と、大切にされた…
本当は、なぜだか、わからないのではない…
私に身に覚えは、なにもないが、亡くなった山田会の古賀会長の唯一の血筋だと、誤解しているのだ…
ウチの家庭は、みんな真面目で、周囲にヤクザはいない…
だから、誤解だと、何度も言っているのだが、誰も信じようとしなかった…
そして、私は、山田会の関係者のみならず、あの大場小太郎代議士や、大金持ちの林と知り合った…
まるで、夢のような出来事だった…
この平凡な竹下クミが、テレビや新聞で、報道されるような大物と知りあったのだ…
誰が、どう考えても、あり得ない出来事…
まさに、奇跡だった…
これを奇跡と呼ばずして、なんといおうか(笑)…
ただし、結果として、私は、この関係者に、関わったに過ぎなかった…
事件でいえば、犯行現場に、偶然居合わせたとでも、言えば、いいのだろうか?
たしかに、山田会のトップや、政界のトップの大場代議士と知り合ったが、それだけだった…
ハッキリ言って、ただ知り合ったに過ぎない…
だが、普通ならば、知り合うことなどない人たちだった…
テレビや新聞、ネットで、その名前が、日本中に知れてはいるが、誰もが、そんな大物と知り会うことなどない…
それが、この平凡な竹下クミが、知りあったのだ…
ありえない奇跡の連続だった…
そんなことを、考えていたときに、林から連絡があったのだ…
スマホが、鳴り、誰からかと思ってみると、なんと、林からだった…
私は、ビックリした…
ちょうど、今、林を含めて、今度の杉崎実業の一件で、知り会った人たちのことを考えていたときだ…
その最中に、その当人から、電話があるとは、思わなかった…
そして、
そして、
なにより、林は、今、父親が、杉崎実業の一件で、逮捕されている…
その一件が、真っ先に、脳裏に浮かんだ…
着信に林の名前を見て、どうしていいか、わからなかった…
どうしても、林の父親の逮捕に、触れないわけには、いかないからだ…
私は手で、スマホを握り締めながら、考えた…
出るべきか?
出ないべきか?
考えたのだ…
すると、私のスマホから、林の声が洩れてきた…
留守電に切り替わったことで、林がメッセージを入れたのだ…
「…竹下さん…元気? …林です…お久しぶり…」
そう、林は、メッセージを入れた…
私は、動揺した…
みっともないほど、動揺した…
家にいるから、誰にも見られる心配はなかったが、どうしていいか、わからないほど、動揺した…
うろたえた…
父親が逮捕され、落ち込んでいるのは、わかる…
容易に、想像できる…
しかも、
しかも、だ…
林は、金に困っている…
あの豪邸を失うかもしれないくらい金に困っていて、それだから、林の父親は、杉崎実業の中国への不正輸出に一枚加わって、儲けようとしたのだ…
その事実を知っている、私は、林に、なんて、声をかけていいか、わからなかった…
私が、そんなことを考えていると、スマホから、
「…竹下さん…本当にアナタには、お世話になった…」
と、いきなり切り出した…
…お世話?…
…なんのお世話だ?…
私は、考える。
私は、スマホから、流れてくる、林の次の言葉を待った…
「…竹下さんも知ってるように、ウチは…林は、もうダメ…パパがあんな下手を打って…人見の口車に乗って…」
林の口調が一転した…
明らかに、恨みがましくなった…
当たり前だった…
「…でも…あの人見…絶対、背後に誰か、いる…」
思いがけないことを言いだした…
私は、慌てて、電話に出た…
「…今、なんて言ったの?…」
と、大声で言った…
「…た、たけしたさん…い、いたの?…」
スマホの向こう側から、林の驚く声が聞こえてきた…
「…う、うん…」
私は、曖昧に返事した…
実は、今の今まで、スマホで、林が、私のスマホに留守電のメッセージを入れるのを、聞いていたとは言えなかった…
「…へぇー…いたんだ? …」
「…うん…」
曖昧に返事を濁した…
だが、今、林が言った、
…人見の背後に誰かいるという言葉は見逃がせなかった…
だから、いきなり、林の電話に出たのだ…
「…あの…今、言った、人見の背後に誰かいるって? …それって…」
「…証拠があるわけじゃない…」
林が言った…
私の期待に釘を刺したのだ…
「…でも、誰かいると思う…いえ、たとえ、人見の背後に誰もいないとしても、この杉崎実業の一件は、おかしすぎる…」
「…おかしすぎるって?…」
「…今、国会で、揉めてるけど、まだまだ、そこで、明らかになってない事実が、あると思う…」
「…」
「…だって、おかしすぎるでしょ? 高雄組っていうヤクザが、一般に無名とはいえ、一部上場企業の株を買い占めて、その会社が、中国への不正輸出で、叩かれると、一転して、今度は、杉崎実業を国有化して、存続させるなんて…日産や、ダイエーのような大企業じゃないでしょ? 倒産しても、困る人間は少ないはずよ…しかも、高雄組が、杉崎実業の買収にかかった費用…40億円を、高雄組に返すなんて、ありえない…」
「…でも、それは、中国との関係で…」
「…それにしても、よ…」
林が叫んだ…
「…杉崎実業は、中国と関係が深い…潰せば、中国がなにを言ってくるか、わからないから、潰さないのは、わかる…これは、ネットでも、週刊誌でも言われてるから…でも、それだけじゃない…竹下さんも気付いているでしょ?」
「…気付いている…」
「…大場よ…」
「…大場?…」
「…今度の一件は、大場小太郎の一人勝ち…あの地味な大場小太郎が、全国区の知名度を得た…これで、間違いなく、次の首相ね…」
「…」
「…でも、こんなに都合よく、人気がでるわけがない…大場小太郎の背後には、誰かいる…」
「…」
「…それが、私の見立てよ…」
林が、断言する。
ひどく、当たり前のことだった…
大場小太郎が、今回の一件で、全国的な知名度を上げた…
元々は、派閥の領袖で、与党の実力者…
総裁選にも、出たことがある…
にもかかわらず、陰が薄かった…
存在感が乏しかった…
大場小太郎は、ルックスが悪くはないが、そもそも目立つキャラではなかったからだ…
それが、今度の一件で、まるで、神風が吹いたように、大場小太郎の知名度が上昇した…
それまで、地味で、世間的には、無名に近い扱いだったのが、まるで、国会にスターが現れたような扱いに変貌した…
まるで、奇跡が起きたように、周囲の環境が、激変したのだ…
国会では、今、林が、指摘したように、次の首相の声が高くなった…
つまり、今度の一件は、見方を変えれば、すべて、大場小太郎の知名度を上げる作戦で、あるかのようだった…
だから、
「…林さんの言っていることは、わかる…」
と、思わず、私も呟いた…
つい、口に出してしまったのだ…
「…でしょ!…」
スマホの向こう側から、林がハイテンションで、言った…
我が意を得たりの心境だったに違いない…
「…誰かいる! で、なければ、こんなこと、一人でできるわけがない…」
私もまた林の言葉に、同意だった…
だから、
「…」
と、無言だった…
あえて、なにも、言わなかった…
そして、気付いた…
あの高雄悠(ゆう)が、逮捕されたことを、思い出したのだ…
だから、
「…それは、ひょっとして、高雄…高雄悠(ゆう)さん…」
と、私は、言った…
その言葉に、
「…」
と、林は、沈黙した…