第18話

文字数 4,415文字

 しかし…

 しかし、だ…

 今さらながらというか、よくも林は、こんなにも、高雄のことを調べ上げてるな、と思った…

 …まったく、もって、油断できない…

 そう強く思う…

 それが、偽りのない本音だった…

 私にとって、林にしろ、高雄にしろ、いずれも、来春入社する予定の、杉崎実業の同僚とか、つまり、杉崎実業の関係者に過ぎないと、思っていた…

 その程度の関係に過ぎないと思っていた…

 事実、私は、これまで、そう見ていた…

 しかし、林は違った…

 最初から、違った目で、私たちを見ていた…

 いや、

 林だけではない…

 残りの内定者、3人もまた、林同様、単純に、来春、杉崎実業に入社する予定の同期とは見ていなかったに違いない…

 私だけ、それに気付かなった…

 この竹下クミだけ、気付かなかった…

 その可能性が高い…

 相変わらず、とろい!

 あらためて、思った…

 率直に言って、自分がとろいのは、わかっている…

 いかに、とろい、私でも、すでに22歳…

 小学生の子供ではない…

 お子様ではない…

 いかに、とろくても、自分自身を客観的に評価できる…

 しかし、相変わらずというか、自分が、思っていたよりも、自分は、とろかった…

 それが、今回の一件で、わかった…

 普通なら、

 …承知!…

 と、ここで、言いたいところだが、それもできなかった(涙)…

 とろすぎる…

 バカ過ぎるのだ…

 そう考えると、自然に気持ちが落ち込んだ…

 それが、表情に出たのだろう…

 「…どうしたの、竹下さん?…」

 林が私に声をかけた…

 私は、しばし、悩んだが、

 「…いや、みんな私と違って、優秀だと思って…」

 と、小さく言った…

 まさか、自分がとろすぎて、嫌になるとはいえない…

 また、林は、そんなにも、高雄のことを調べ上げていたのか、なんてことも言えない…

 だから、

 
 「…いや、みんな私と違って、優秀だと思って…」

 と、わざと曖昧に言葉を濁した…

 「…そうね…その通りかも…」

 林は、あっさりと言った。

 …なにっ?…

 私は、驚いた。

 普通は、誰でも、こんなときは、

 「…そんなことない…」

 と、いうものだ…

 わかっていても、

 「…そんなことない…」

 と、否定するものだ…

 慰めるものだ…

 それを、この女は!

 私は、ジッと、林を見た…

 凝視した…

 「…いえ、竹下さんに言っているわけでないの…」

 慌てて、林は否定した…

 「…これは、私、私自身に言っているの…」

 …なにっ?…

 …私自身?…

 …どういうことだ?…

 「…きっと、残りの3人は、すでに動いている…」

 「…動いている?…」

 「…おそらくは、すでに高雄さんに接触している…いえ、全員ではない…でも、高雄さんに接触している者は、間違いなくいる…そして、それ以外の行動を起こしている者もいるに違いない…」

 「…それ以外の行動?…」

 どういう意味だ?

 私は考える。

 「…高雄さんのお父様に接触している者もいる可能性がある…」

 …高雄のお父様?…

 …たしか、高雄組という有名なヤクザの組長のはずだ…

 「…でも、高雄さんのお父様は…」

 私は言った。

 「…高雄組の組長と言うのでしょ?…」

 私は、黙って、首を縦に振って、頷いた。

 「…もちろん、高雄さんのお父様に接触するといっても、高雄組ではないわ…」

 「…高雄組じゃない? …それってどういう…」

 「…フロント企業…」

 いきなり、林は言った…

 …フロント企業?…

 …たしか、以前、大場が口にした名前だ…

 私は、考える。

 「…つまり、高雄組が、実質、経営する、会社に接触している可能性もある…」

 林が断言する。

 私は、林のその顔を見て、林の言っていることは、本当だろうと、思った…

 少なくとも、ウソを言っているようには、思えない…

 あるいは、私相手に、ウソを言っている可能性は、ゼロではないが、それを疑えば、切りがなくなるというか…

 だから、私は、林を信じることにした…

 しかし、

 しかし、だ…

 私と林を除いた、3人の女…

 その女たちが、もしかしたら、高雄の父親にまで、接触している可能性があるなんて?

 
 私は、考える。

 たしか、さっき、杉崎実業は、中国政府に食い込んでる可能性があると、林は言っていたな…

 狙いは、そこか?

 つまりは、杉崎実業の持っている中国ルートが、欲しいがために、この目の前の林も、高雄に接触しようとしていた…

 この林は、当たり前だが、お金持ち…

 こんな豪邸に住むお金持ちだ…

 目の前の、この林の父親もまた、会社を経営しているに違いない…

 そして、この林の父親もまた、杉崎実業の持つ、中国ルートというか、中国政府とのパイプが欲しいに違いない…

 おそらく、商売の儲け…

 莫大な儲けを、そこに見たに違いない…

 …承知!…

 私は、内心、自分自身に叫んだ…

 声にこそ、出さないが、自分自身に叫んだ…

 ようやく、高雄の目的が見えてきた…

 いや、高雄ではない、私を除いた4人の女の目的が見えてきた…

 わかってきた…

 しかし、

 しかし、だ…

 わからないこともある…

 どうして、私が選ばれたか?ということだ…

 そんなお金持ちの娘たちの中に、どうして、この平凡な竹下クミが、いるのかということだ…

 私は、思った…

 と、そこまで、考えて、あの高雄悠の言葉を思い出していた…

 高雄は、この林が、指摘したように、以前、偶然を装い、あの電車の中で、私に近付いた…

 接触した…

 そして、そのときに、高雄は私に言った…

 「…自分もまた、別の家庭に育ったと…」

 つまりは、高雄は、幼少時は、高雄組の組長の息子ではなく、どこか、別の家庭に育ったに違いない…

 それが、運命のいたずらというか、変遷で、高雄組の組長の息子になった…

 そして、あのとき、高雄は、こうも言った…

 「…ボクが、こんな生活をするのは、その当時は想像もできなかった…」

 と…

 そして、同じような環境の女が、私たち5人の中にいるとも言った…

 つまりは、私、竹下クミは、それで、選ばれたに違いない…

 要するに、本人は知らないが、本当は、別の家庭で育って、今いる家庭にもらわれた…

 そう言っていた…

 だから、私は選ばれた…

 私の両親は否定したが、少なくとも、高雄は、そう見たに違いない…

 そう、睨んだに違いない…

 いや、

 高雄ではない…

 私、竹下クミを選別した人間は、そう判断したに違いない…

 同時に、高雄は言った…

 高雄自身が、幼少時に、その娘と出会っていると…

 2、3度に過ぎないが、出会っていると…

 面識があると、語っていた…

 つまりは、もしかしたら、その娘は、高雄同様、有力ヤクザの娘である可能性が高い…

 もしかしたら、私も、有力ヤクザの娘かもと、高雄は、睨んだに違いない…

 同時に、また考えた…

 高雄もまた、この5人の女に食われる可能性があると、以前、私に語っていた…

 要するに、自分は、相手を利用しようとしているが、相手もまた高雄を利用しようとしている…

 そう、ほのめかした…

 高雄は、おそらく、その有力ヤクザの娘と結婚することで、高雄組の勢力拡大を画策しているのだろう…

 高雄組の所属する山田会は、日本で二番目に大きなヤクザ組織だそうだ…

 その山田会は、今、会長が倒れて、次期会長が誰になるか、大騒ぎになっているらしい…

 高雄組と、稲葉一家というのが、山田会の二大勢力で、高雄組の組長は、山田会の会長になる可能性がある…

 そのときに、高雄組が今以上に、勢力を拡大すれば、当然、高雄の父親は、山田会の次期会長になれるだろう…

 しかし、同時に、高雄の足元をすくおうとするというか…

 それをチャンスに、高雄と結婚して、高雄組を乗っ取ろうとしている勢力があると、高雄は言っていた…

 いや、たしか、高雄組とは、名乗っていないが、実質上、高雄の父親の会社を乗っ取ろうとする勢力があると、高雄は私に言っていた…

 高雄の父親の組織を乗っ取ろうとする勢力…

 これは、普通に考えれば、高雄の父親と、対立する勢力ではないのだろうか?

 つまり、山田会内部の争いではなく、もっと大きな組織…

 そして、それは、高雄の父親の組織よりも、大きな組織では、ないのだろうか?

 そうでなければ、高雄の父親の組織を乗っ取ることなど、普通はできない…

 大が小を飲むのは、道理だが、小が大を飲むことは、普通はできないからだ…

 つまりは、それを承知で、高雄は、お嫁さん選びに動いている…

 別の見方をすれば、高雄もまた追い込まれているというか…

 切羽詰まっているともいえる…

 そうでなければ、高雄自身もまた、そんな危険な、お嫁さん選びなど、しないだろう…

 まさに、イチかバチかだ…

 成功すれば、いいが、失敗すれば、目も当たられない…

 すべてをなくす危険もある…

 それでも、それを実行するのは、それだけ、高雄もまた追い込まれてるのでは? と、私は考えた。

 そして、もしかしたら、今、目の前にいる、林父娘…

 この林父娘もまた、高雄を食おうとしている一人なのかもしれない…

 私は、ようやく、そのことに気付いた…

 油断はできない!

 私は、悟った…

 私以外の4人に隙を見せてはならない…

 私は深く、肝に銘じる…

 自分自身に、悟らせる…

 承知!

 私はいつものように、内心、呟いた…

 いつものように、声を出さずとも、自分自身に、呟いていた…

 それから、まもなくだった…

 林父娘と、会って、数日後…

 高雄の父親の組、高雄組の所属する、山田会の会長が亡くなったことが、テレビや、新聞、ネット等で、報じられた…

 私は、唖然とした…

 事態が大きく動き出すに違いない…

 そんな予感がしたからだ…

 事実、大きく動き出した…

 そして、それは、なぜか、この竹下クミの人生をも、大きく変える出来事になった…

 この平凡な竹下クミの人生を変えることになった…

 ありえない展開だった…

 神様のいたずらに違いなかった(涙)…

                

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