第78話
文字数 5,770文字
…このお嬢さんって、もしかして、私?…
…いや、もしかしなくても、私、だ…
…竹下クミだ…
なにしろ、この場にいるのは、私と、大場代議士と、高雄組組長、そして、松尾会会長の4人…
その中で、お嬢さんと、呼べるのは、当たり前だが、私一人…
竹下クミひとりだけだ…
私は、考える…
「…大場さん、アナタが、なにを狙っているのかは、わかりませんが、このお嬢さんを、私に会わせるのが、目的であることまでは、わかりました…」
穏やかに言った…
「…ただ、その先が、わからない…」
「…このお嬢さんを、私に会わせて、なにをしたいのかが、わからない…」
松尾会会長が、首をひねる…
…同じだ…
私は、思った…
それは、私も同じだ…
私は、叫び出したい気持ちだった…
なにしろ、私は、当事者だ…
一体、私を、松尾会会長に会わせて、なにをしたいのだろうか?
それが、謎だった…
「…今、このお嬢さんを、中心に、物事が回ってます…」
大場代議士が、語る。
「…会長も、それをご存じのはず…」
「…それは、どういう意味ですか?…」
「…林さんは、真っ先に、このお嬢さんを、取り込もうとしました…」
…林?…
…あの林か?…
…杉崎実業に、集まった、5人の女…
この大場代議士の娘の大場敦子を含めた、五人の女…
皆、似たような、顔に、似たような身長の女だ…
杉崎実業に、入社予定の女たちでもある…
「…林君が?…」
松尾会会長もまた、林の父親を知っている様子だった…
それから、
「…彼は、行動が素早いからね…」
と、笑った…
「…政府もまた、動いている可能性があります…」
大場代議士が言う。
「…政府? いえ、そこまで、大げさに言わずとも、今、この場に、大場さんと、高雄さんが、このお嬢さんを、ここに連れてきた以上、誰かが動いているのでしょう…」
「…会長、それは、どういう?…」
「…アナタたちの娘のような年齢のお嬢さんを、ここに連れてくるのに、大場さんも、高雄さんも、直接、声をかけたわけではないでしょう?…」
「…」
「…誰か、別の誰か? 例えば、大場さんならば、お嬢さんを介して、このお嬢さんを、誘って、ここに来てもらったんじゃないんですか?…」
「…」
「…この、お嬢さんに、しても、それは、同じでしょう…例えば、大場さんのお嬢さんから、頼まれて、ここにやって来るというのも、もちろんあります…ですが、案外、このお嬢さんも、誰かに、頼まれたというか、背中を押されて、ここにやって来た可能性もあります…」
松尾会会長が、ジッと私を睨んで言った…
…見抜いている…
とっさに、私は、思った…
おそらくは、当てずっぽうで、言ったに過ぎないかもしれない…
が、
それが、当たっている…
いや、
正確に言えば、外していない…
この歳で、わかったことだが、ひとは、学歴ではないことだ…
かといって、仕事でもない…
では、なにかと言えば、それ意外なもの…
この松尾会長が、ずばり、私が、ここに来た理由を、考察したのが、その最たる例だろう…
つまりは、学歴でも仕事でもなく、単純に、機転が利いたり、洞察力に優れているということだ…
昔、父が言ったことがある…
私の父は、いわゆるバブル世代で、会社に入社した…
すると、すぐに、父にわかったことがあるそうだ…
それは、自分たちの世代というか、同じ年次に入社した会社の同期が、それまで数年前に入社した人数の数倍いたこと…
要するに、景気がいいから、それまでの何倍もの人数を採用した…
その結果、明らかに、それまでに、入社した人間よりも、レベルが落ちた…
ありていに言えば、偏差値レベルが落ちた…
例えば、わかりやすい例で言うと、この会社は、従来、偏差値60を超える大学でなければ、採用しなかったが、今では、50レベルの人間でも採用している現実に、だ…
当たり前だが、当時は、バブルだから、世間は、好景気…
どこの会社もひとを採用しようとすれば、おのずから、レベルが下がる…
偏差値レベルの高い人間は、すでに他社が採用しているからだ…
だから、採用を増やすには、偏差値レベルを下げるしかない…
当たり前のことだ…
当時は、どこの会社も、それをやったそうだ…
その結果、誰の目にも、レベルが下がった…
そして、それは、一目見て、父にもわかったそうだ…
それは、例えば、地元の高校で、毎年東大を何人、あるいは、十人かそれ以上、輩出する高校と、失礼ながら、偏差値の低い工業高校を比べるようなもの…
いっしょに、接すれば、誰の目にもその違いは、わかる…
だが、それが、わからない人間もまたいるのが、現実…
いっしょに仕事をしていれば、難しい仕事でもない限りは、東大卒でも、工業高校出でも、違いはない…
むしろ、手が早く、飲み込みが早ければ、東大卒よりも、工業高校卒の人間の方が、優れてる場合すら、あるのも、普通だ…
すると、中には、東大卒よりも、工業高校卒の自分の方が、仕事ができると、本気で、思い込む人間が、わずかだが、出てくる…
そういう人間に、ここ数年で、採用レベルが明らかに落ちてきていると、説明しても、無駄だ…
東大卒の人間よりも、工業高校卒の自分の方が、使えると、本気になって、信じ込んでいるからだ…
父は、それを見て、思ったそうだ…
この会社、数年後、相当、人を切るな…
つまり、リストラを予言したわけだ…
それに、気付いた父は、慌てて、その会社を逃げ出したそうだ(笑)…
結局、父が入社した会社は、十年も経てば、相当数ひとが切られていたそうだ…
というよりも、当時バブル入社で、採用された人間は、十年後、残っている方が、少なかったらしい(笑)…
その事実を、風の噂に、人づてに、聞いたそうだ(笑)…
話は少々長くなったが、これが、学歴でも仕事でもない能力…
つまりは、バブル入社で、それまでの会社の採用レベルが、見る見る下がって、今は、景気がいいが、景気が悪くなったら、この会社は、相当ひとを切るよ…
それを目の当たりにしても、それが、わかる人間と、わからない人間がいる…
そして、それは、学歴は関係ない…
わかる人間は、すぐにわかるし、わからない人間は、ずっと、わからない…
そういうことだ(笑)…
無論、偏差値がすべてではない…
ただ、どうしても世間に知られた大会社は、東大を筆頭とした、偏差値の高い大学を卒業した人間を数多く採用しているのも、事実…
逆に言えば、東大卒をいかに、多く採用しているかで、その会社が、優秀であるか、否かのバロメーターになる…
そして、なにより、現実問題として、偏差値の高い大学を出た人間の方が、例えば、偏差値40の工業高校を出た人間よりも、人間的に優れていることの方が多い…
優れているというのは、勉強もそうだが、性格もいい人間が多いということだ…
頭がいい人間は、性格もいい人間が、多く、頭が悪ければ、性格も悪い人間も多い…
残念ながら、それが、現実だ…
ただし、それは、全体を通して、言ったもの…
東大や京大を出ていれば、全員が、性格がいいものではないし、偏差値40の工業高校を出ていれば、全員が、性格が悪いわけでもない…
おおむね、その傾向が強いというだけだ…
全員が当てはまるわけでは、もちろん、ない…
それを今、この松尾会会長を目の前にして、私は、思い出した…
しかし、それにしても、私を、この松尾会長に会わせるのが、目的だったなんて?…
私は、思った…
一体、私を、この松尾会長に会わせて、どうするつもりだ?
私は、あらためて、考える…
私が、死んだ古賀会長の血縁者としても、私を、この松尾会長に会わせることで、どんなメリットがあると言うのか?
私が、内心、そんなことを考えていると、松尾会長が、ジッと私を見ていることに、気付いた…
私は、どうしようか、一瞬、考えたが、目をはずすのも、嫌だ…
だから、そのまま、ジッと睨み返した…
自分でも、不思議だった…
ヤンキーや、ヤクザが大の苦手な私、竹下クミが、老人とはいえ、ヤクザの大親分を、間近にして、ジッと睨み返したのだ…
自分でも、自分の行動に驚いた…
驚愕した…
相手が、見るからに、凶悪なヤクザには、見えないからかもしれない…
一見すると、優しいお爺ちゃんにしか、見えないからかもしれない…
が、
そんなふうに、自分に対抗するように、見返した私に対して、むしろ、眼前の松尾会会長は、気に入ったようだ…
「…さすが、古賀さんの血筋だ…」
私を絶賛する。
私は、その態度に、どうしていいか、わからなかったので、
「…」
と、黙った…
が、
これがいけなかったのかもしれない…
「…と、言いたいところですが、この松尾聡(さとし)に、正面切って、睨み返すのは、ハッキリ言って、不愉快…不愉快の極み…」
松尾会長が、そう断言するや、さっき、やったように、瞬時に、まるで、別人のような表情になって、私を睨みつけた…
私は、驚いた…
いや、
恐怖したと言っていい…
さっきは、高雄組組長に向かった怒りが、そのまま、私に向かった…
私の顔が蒼ざめるのが、わかった…
見る見る蒼ざめるのが、わかった…
…これでは、まるで、蛇に睨まれた蛙…
私は、なす術もなく、その場で、固まった…
まるで、一瞬で、彫像のように、ガチガチに固まった…
もはや、私は、どうして、いいか、わからない状態だった…
ただ、ただ、怖かった…
恐怖した…
まっすぐに、私を睨む、松尾会長から、目を外して、同席した大場代議士や、高雄組君調に、目で助けを求めたかったが、それもできなかった…
松尾会長から、目をそらすことで、大げさに言えば、殺さるかもしれないような恐怖が、心の中に、芽生えたというか…
ただ、ただ、怖かった…
だから、ただ、カッと、大きく目を見開いたまま、松尾会長の前に、座っていた…
カッと、大きく目を見開いたままだった…
そんな状態が、1分、いや、それ以上続いただろうか?
正直に言って、どれほど続いたかは、わからない…
ただ、誰もが、そうだが、こんなに怖い時間は、永久に続くかと思うほど、当人にとっては、長い時間だった…
「…会長…そのへんで…」
遠慮がちの、声がした…
松尾会長が、その声を発した人物を見るために、私から視線を外した…
それで、ようやく、私は、ホッとした…
大げさに言えば、それまで、水中かなにかにいて、満足に呼吸もできない状態だったのが、水面上に出て、息ができる環境になったといってもいいのかもしれない…
「…会長…お嬢をおもちゃにして、遊んでもらっては、困ります…」
高雄組組長が、松尾会長に苦言を呈した…
「…お嬢は、我々にとっての、宝です…」
大げさなことを言った…
「…宝?…」
「…そう…宝です…」
高雄組組長が返す…
…宝って?…
そんな大げさな…
私の方が、驚愕した…
宝の意味は、わかるが、その宝が、私であることが、わからない(笑)…
私、竹下クミであることがわからない(笑)…
「…高雄さんの言うように、少し遊びが過ぎましたか?…」
松尾聡が、笑う…
それから、なにげなく、
「…たしかに、高雄さんが、このお嬢さんを大切にしているのは、わかります…なにより、高雄さんは、ご自分の息子の悠(ゆう)クンに、このお嬢さんを誘惑させようとしましたからね…」
…誘惑?…
…誘惑って?…
凄いことを、言うな!…
私は、思った…
たしかに、高雄はイケメン…
長身のイケメンだ…
しかも、イケメンの上に、花屋や図書館が似合う、おとなしめの男子…
だから、誰にも好かれる…
いかに、イケメンでも、いわゆる、暴力の匂いのする、ヤンキー系だと、毛嫌いする女子が、必ずいる。
だが、高雄悠(ゆう)のような、イケメンは、万人に好かれる…
一般的に、男女を問わず、毛嫌いされることはない…
いや、
問題は、そこではない…
今、この松尾会会長が、高雄悠(ゆう)を、知っていたことだ…
それが、驚きだった…
そして、高雄悠(ゆう)を、使って、私を誘惑させようとした?
その事実を知っていたということだ…
いや、
それが、本当に事実なのか?
この高雄組組長が、高雄悠(ゆう)を使って、私を誘惑させようとしたのか?
それが、真実なのか?
私は、唖然とした。
文字通り、言葉もなかった…
私は、ただ、高雄組組長を見て、なんと言うのか、見守った…
「…高雄さん…」
「…ハイ…」
「…男は、美人が好き…女はイケメンが好き…誰もがルックスのいい異性に惹かれるものです…特に、若い頃は…」
「…」
「…このお嬢さんに、悠(ゆう)クンを、接触させたというのは、やはり、高雄さんに、山田会会長に色気があるということなんでしょうね…」
松尾会長が言う。
が、
その言葉に、
「…」
と、高雄組組長は、反論しなかった…
黙ったままだった…
「…どうなんですか?…」
再び、松尾会会長が、吼えた…
それは、まるで、老いてはいるが、威厳のあるライオンが、雄叫びを上げたようだった…
…いや、もしかしなくても、私、だ…
…竹下クミだ…
なにしろ、この場にいるのは、私と、大場代議士と、高雄組組長、そして、松尾会会長の4人…
その中で、お嬢さんと、呼べるのは、当たり前だが、私一人…
竹下クミひとりだけだ…
私は、考える…
「…大場さん、アナタが、なにを狙っているのかは、わかりませんが、このお嬢さんを、私に会わせるのが、目的であることまでは、わかりました…」
穏やかに言った…
「…ただ、その先が、わからない…」
「…このお嬢さんを、私に会わせて、なにをしたいのかが、わからない…」
松尾会会長が、首をひねる…
…同じだ…
私は、思った…
それは、私も同じだ…
私は、叫び出したい気持ちだった…
なにしろ、私は、当事者だ…
一体、私を、松尾会会長に会わせて、なにをしたいのだろうか?
それが、謎だった…
「…今、このお嬢さんを、中心に、物事が回ってます…」
大場代議士が、語る。
「…会長も、それをご存じのはず…」
「…それは、どういう意味ですか?…」
「…林さんは、真っ先に、このお嬢さんを、取り込もうとしました…」
…林?…
…あの林か?…
…杉崎実業に、集まった、5人の女…
この大場代議士の娘の大場敦子を含めた、五人の女…
皆、似たような、顔に、似たような身長の女だ…
杉崎実業に、入社予定の女たちでもある…
「…林君が?…」
松尾会会長もまた、林の父親を知っている様子だった…
それから、
「…彼は、行動が素早いからね…」
と、笑った…
「…政府もまた、動いている可能性があります…」
大場代議士が言う。
「…政府? いえ、そこまで、大げさに言わずとも、今、この場に、大場さんと、高雄さんが、このお嬢さんを、ここに連れてきた以上、誰かが動いているのでしょう…」
「…会長、それは、どういう?…」
「…アナタたちの娘のような年齢のお嬢さんを、ここに連れてくるのに、大場さんも、高雄さんも、直接、声をかけたわけではないでしょう?…」
「…」
「…誰か、別の誰か? 例えば、大場さんならば、お嬢さんを介して、このお嬢さんを、誘って、ここに来てもらったんじゃないんですか?…」
「…」
「…この、お嬢さんに、しても、それは、同じでしょう…例えば、大場さんのお嬢さんから、頼まれて、ここにやって来るというのも、もちろんあります…ですが、案外、このお嬢さんも、誰かに、頼まれたというか、背中を押されて、ここにやって来た可能性もあります…」
松尾会会長が、ジッと私を睨んで言った…
…見抜いている…
とっさに、私は、思った…
おそらくは、当てずっぽうで、言ったに過ぎないかもしれない…
が、
それが、当たっている…
いや、
正確に言えば、外していない…
この歳で、わかったことだが、ひとは、学歴ではないことだ…
かといって、仕事でもない…
では、なにかと言えば、それ意外なもの…
この松尾会長が、ずばり、私が、ここに来た理由を、考察したのが、その最たる例だろう…
つまりは、学歴でも仕事でもなく、単純に、機転が利いたり、洞察力に優れているということだ…
昔、父が言ったことがある…
私の父は、いわゆるバブル世代で、会社に入社した…
すると、すぐに、父にわかったことがあるそうだ…
それは、自分たちの世代というか、同じ年次に入社した会社の同期が、それまで数年前に入社した人数の数倍いたこと…
要するに、景気がいいから、それまでの何倍もの人数を採用した…
その結果、明らかに、それまでに、入社した人間よりも、レベルが落ちた…
ありていに言えば、偏差値レベルが落ちた…
例えば、わかりやすい例で言うと、この会社は、従来、偏差値60を超える大学でなければ、採用しなかったが、今では、50レベルの人間でも採用している現実に、だ…
当たり前だが、当時は、バブルだから、世間は、好景気…
どこの会社もひとを採用しようとすれば、おのずから、レベルが下がる…
偏差値レベルの高い人間は、すでに他社が採用しているからだ…
だから、採用を増やすには、偏差値レベルを下げるしかない…
当たり前のことだ…
当時は、どこの会社も、それをやったそうだ…
その結果、誰の目にも、レベルが下がった…
そして、それは、一目見て、父にもわかったそうだ…
それは、例えば、地元の高校で、毎年東大を何人、あるいは、十人かそれ以上、輩出する高校と、失礼ながら、偏差値の低い工業高校を比べるようなもの…
いっしょに、接すれば、誰の目にもその違いは、わかる…
だが、それが、わからない人間もまたいるのが、現実…
いっしょに仕事をしていれば、難しい仕事でもない限りは、東大卒でも、工業高校出でも、違いはない…
むしろ、手が早く、飲み込みが早ければ、東大卒よりも、工業高校卒の人間の方が、優れてる場合すら、あるのも、普通だ…
すると、中には、東大卒よりも、工業高校卒の自分の方が、仕事ができると、本気で、思い込む人間が、わずかだが、出てくる…
そういう人間に、ここ数年で、採用レベルが明らかに落ちてきていると、説明しても、無駄だ…
東大卒の人間よりも、工業高校卒の自分の方が、使えると、本気になって、信じ込んでいるからだ…
父は、それを見て、思ったそうだ…
この会社、数年後、相当、人を切るな…
つまり、リストラを予言したわけだ…
それに、気付いた父は、慌てて、その会社を逃げ出したそうだ(笑)…
結局、父が入社した会社は、十年も経てば、相当数ひとが切られていたそうだ…
というよりも、当時バブル入社で、採用された人間は、十年後、残っている方が、少なかったらしい(笑)…
その事実を、風の噂に、人づてに、聞いたそうだ(笑)…
話は少々長くなったが、これが、学歴でも仕事でもない能力…
つまりは、バブル入社で、それまでの会社の採用レベルが、見る見る下がって、今は、景気がいいが、景気が悪くなったら、この会社は、相当ひとを切るよ…
それを目の当たりにしても、それが、わかる人間と、わからない人間がいる…
そして、それは、学歴は関係ない…
わかる人間は、すぐにわかるし、わからない人間は、ずっと、わからない…
そういうことだ(笑)…
無論、偏差値がすべてではない…
ただ、どうしても世間に知られた大会社は、東大を筆頭とした、偏差値の高い大学を卒業した人間を数多く採用しているのも、事実…
逆に言えば、東大卒をいかに、多く採用しているかで、その会社が、優秀であるか、否かのバロメーターになる…
そして、なにより、現実問題として、偏差値の高い大学を出た人間の方が、例えば、偏差値40の工業高校を出た人間よりも、人間的に優れていることの方が多い…
優れているというのは、勉強もそうだが、性格もいい人間が多いということだ…
頭がいい人間は、性格もいい人間が、多く、頭が悪ければ、性格も悪い人間も多い…
残念ながら、それが、現実だ…
ただし、それは、全体を通して、言ったもの…
東大や京大を出ていれば、全員が、性格がいいものではないし、偏差値40の工業高校を出ていれば、全員が、性格が悪いわけでもない…
おおむね、その傾向が強いというだけだ…
全員が当てはまるわけでは、もちろん、ない…
それを今、この松尾会会長を目の前にして、私は、思い出した…
しかし、それにしても、私を、この松尾会長に会わせるのが、目的だったなんて?…
私は、思った…
一体、私を、この松尾会長に会わせて、どうするつもりだ?
私は、あらためて、考える…
私が、死んだ古賀会長の血縁者としても、私を、この松尾会長に会わせることで、どんなメリットがあると言うのか?
私が、内心、そんなことを考えていると、松尾会長が、ジッと私を見ていることに、気付いた…
私は、どうしようか、一瞬、考えたが、目をはずすのも、嫌だ…
だから、そのまま、ジッと睨み返した…
自分でも、不思議だった…
ヤンキーや、ヤクザが大の苦手な私、竹下クミが、老人とはいえ、ヤクザの大親分を、間近にして、ジッと睨み返したのだ…
自分でも、自分の行動に驚いた…
驚愕した…
相手が、見るからに、凶悪なヤクザには、見えないからかもしれない…
一見すると、優しいお爺ちゃんにしか、見えないからかもしれない…
が、
そんなふうに、自分に対抗するように、見返した私に対して、むしろ、眼前の松尾会会長は、気に入ったようだ…
「…さすが、古賀さんの血筋だ…」
私を絶賛する。
私は、その態度に、どうしていいか、わからなかったので、
「…」
と、黙った…
が、
これがいけなかったのかもしれない…
「…と、言いたいところですが、この松尾聡(さとし)に、正面切って、睨み返すのは、ハッキリ言って、不愉快…不愉快の極み…」
松尾会長が、そう断言するや、さっき、やったように、瞬時に、まるで、別人のような表情になって、私を睨みつけた…
私は、驚いた…
いや、
恐怖したと言っていい…
さっきは、高雄組組長に向かった怒りが、そのまま、私に向かった…
私の顔が蒼ざめるのが、わかった…
見る見る蒼ざめるのが、わかった…
…これでは、まるで、蛇に睨まれた蛙…
私は、なす術もなく、その場で、固まった…
まるで、一瞬で、彫像のように、ガチガチに固まった…
もはや、私は、どうして、いいか、わからない状態だった…
ただ、ただ、怖かった…
恐怖した…
まっすぐに、私を睨む、松尾会長から、目を外して、同席した大場代議士や、高雄組君調に、目で助けを求めたかったが、それもできなかった…
松尾会長から、目をそらすことで、大げさに言えば、殺さるかもしれないような恐怖が、心の中に、芽生えたというか…
ただ、ただ、怖かった…
だから、ただ、カッと、大きく目を見開いたまま、松尾会長の前に、座っていた…
カッと、大きく目を見開いたままだった…
そんな状態が、1分、いや、それ以上続いただろうか?
正直に言って、どれほど続いたかは、わからない…
ただ、誰もが、そうだが、こんなに怖い時間は、永久に続くかと思うほど、当人にとっては、長い時間だった…
「…会長…そのへんで…」
遠慮がちの、声がした…
松尾会長が、その声を発した人物を見るために、私から視線を外した…
それで、ようやく、私は、ホッとした…
大げさに言えば、それまで、水中かなにかにいて、満足に呼吸もできない状態だったのが、水面上に出て、息ができる環境になったといってもいいのかもしれない…
「…会長…お嬢をおもちゃにして、遊んでもらっては、困ります…」
高雄組組長が、松尾会長に苦言を呈した…
「…お嬢は、我々にとっての、宝です…」
大げさなことを言った…
「…宝?…」
「…そう…宝です…」
高雄組組長が返す…
…宝って?…
そんな大げさな…
私の方が、驚愕した…
宝の意味は、わかるが、その宝が、私であることが、わからない(笑)…
私、竹下クミであることがわからない(笑)…
「…高雄さんの言うように、少し遊びが過ぎましたか?…」
松尾聡が、笑う…
それから、なにげなく、
「…たしかに、高雄さんが、このお嬢さんを大切にしているのは、わかります…なにより、高雄さんは、ご自分の息子の悠(ゆう)クンに、このお嬢さんを誘惑させようとしましたからね…」
…誘惑?…
…誘惑って?…
凄いことを、言うな!…
私は、思った…
たしかに、高雄はイケメン…
長身のイケメンだ…
しかも、イケメンの上に、花屋や図書館が似合う、おとなしめの男子…
だから、誰にも好かれる…
いかに、イケメンでも、いわゆる、暴力の匂いのする、ヤンキー系だと、毛嫌いする女子が、必ずいる。
だが、高雄悠(ゆう)のような、イケメンは、万人に好かれる…
一般的に、男女を問わず、毛嫌いされることはない…
いや、
問題は、そこではない…
今、この松尾会会長が、高雄悠(ゆう)を、知っていたことだ…
それが、驚きだった…
そして、高雄悠(ゆう)を、使って、私を誘惑させようとした?
その事実を知っていたということだ…
いや、
それが、本当に事実なのか?
この高雄組組長が、高雄悠(ゆう)を使って、私を誘惑させようとしたのか?
それが、真実なのか?
私は、唖然とした。
文字通り、言葉もなかった…
私は、ただ、高雄組組長を見て、なんと言うのか、見守った…
「…高雄さん…」
「…ハイ…」
「…男は、美人が好き…女はイケメンが好き…誰もがルックスのいい異性に惹かれるものです…特に、若い頃は…」
「…」
「…このお嬢さんに、悠(ゆう)クンを、接触させたというのは、やはり、高雄さんに、山田会会長に色気があるということなんでしょうね…」
松尾会長が言う。
が、
その言葉に、
「…」
と、高雄組組長は、反論しなかった…
黙ったままだった…
「…どうなんですか?…」
再び、松尾会会長が、吼えた…
それは、まるで、老いてはいるが、威厳のあるライオンが、雄叫びを上げたようだった…