第101話

文字数 5,267文字

 高雄組と稲葉一家…

 どちらも、山田会の両輪…

 武闘派の稲葉一家と、経済ヤクザの高雄組…

 いわゆる、抗争は、稲葉一家が担当し、資金面は、高雄組が担当する…

 長らく、山田会のみならず、ヤクザ界では、そう信じられてきた…

 しかし、それは、大げさに言えば、神話だった…

 神話といえば、大げさだが、神話に近いほど、眉唾物だったということだ…

 高雄組の実質的な指導者といえば、大げさだが、投資の指示をしていたのは、今は亡き古賀会長だった…

 つまりは、経済ヤクザとして、ひとかどの地位を築き上げていた高雄組組長だったが、実質的に、金融の指示をしていたのは、古賀会長だったのだ…

 それゆえ、古賀会長が病に伏せ、指示ができなくなったことから、高雄組長は、杉崎実業を買収するような、下手を打ったというか…

 古賀会長が、しっかりしていれば、ありえないミスだった…

 古賀会長が、以前、元は、宋国民という名前の中国人だと、書いた…

 古賀会長は、元中国人という自分の出自を武器に、在日の華僑の中に、ネットワークを築き上げていった…

 華僑は、言うまでもなく、金に強い…

 金の情報に強い…

 今、どこに投資すれば、儲かるか、知っている…

 古賀会長は、それを、在日の華僑から、聞き出して、高雄組長に命じて、投資させた…

 いわば、古賀会長は、高雄組組長を隠れ蓑にして、自身が、投資していたわけだ…

 だが、一体なんのために?

 一体なぜ、自分が、投資していると、山田会内部でも、言わなかったのか?

 それは、一言で言えば、古賀会長の狡猾さだった…

 ずるさだった…

 古賀会長は、以前にも、言ったが、ヤクザ界の秀吉と言われた人物…

 徒手空拳の、なにもないところから、独力で、日本で二番目に大きな暴力団を作り上げた…

 それは、立派で、誰からも、慕われ、一目置かれたが、その本当の人柄は、豊臣秀吉同様、誰も信用しない人間だった…

 これも、以前も書いたが、山田会で、死ぬまで、自分の後継者を決めなかったのも、後継者を決めれば、自分が山田会を追い出されるかもしれないと、危惧したからだ…

 だから、突出した存在を嫌った…

 稲葉五郎は、武闘派で、突出した存在だった…

 すると、このままでは、もしかしたら、自分の立場を脅かされるかもしれない…

 そう考えた古賀会長は、高雄組組長に目を付けた…

 高雄組組長は、元々頭がいい…

 その頭の良さを生かして、投資を勧めた…

 高雄組長を経済ヤクザとして、自立させ、稲葉五郎のライバルとすることを目論んだ…

 いわゆる、投資の指導役として、高雄組長に、投資を勧めた…

 そして、その甲斐あって、高雄組長に、投資の才能が花開いた…

 が、

 やはり、古賀会長には、及ばなかった…

 そして、それを高雄組長も自覚していた…

 だから、初めて、私に会ったとき、

 「…自分にも、ようやくチャンスが巡って来た…これまで、自分は、不器用で、チャンスを逃してきた…」

 と、言った…

 あれは、当時、謙遜に聞こえたが、そうではなかった…

 あれは、高雄組長の率直な気持ちだった…

 要するに、自分に自信がないのだった…

 自分の力をよくわかっていた…

 それゆえ、そんなことを、私に言ったのだ…

 そして、高雄組長は、焦った…

 自分が、山田会の後継者になれるかもしれないと、考えたとき、高雄総業を通じて、杉崎実業の株を買い占めた…

 すでに、稲葉五郎が言ったように、ヤクザ界でも、杉崎実業はヤバイという噂が広がっていた…

 なにが、ヤバイのか、ヤバイ原因が、複数あり、当時、本当のところは、わからなかったが、ヤバイという噂は、ヤクザ界にも広がっていた…

 だが、それを承知で、高雄組長は、杉崎実業を、買った…

 杉崎実業に、投資した…

 稲葉五郎に負けないためだ…

 山田会の二代目会長になるためだった…

 普段は、慎重で、冷静な、高雄組長は、自分に初めてやって来た大きなチャンスに焦っていた…

 そして、それを身近に見て、心を痛めたのが、悠(ゆう)だった…

 冷静沈着な高雄組長が、図らずもやって来た大きなチャンスに冷静でいられないのだ…

 ヤクザ界の未来は、今、暴対法の実施で、暗い…

 それで、いつかは、高雄組ではなく、組の資金で、正業をやりたい…

 ゴッドファーザーのように、マフィアから、堅気になりたい…

 そんな夢も、一方で、高雄組長は、持っていた…

 つまりは、悠(ゆう)が見た夢は、高雄組長の夢でもあったわけだ…

 そんな複数の理由から、高雄組長は、杉崎実業の買収を決断した…

 そして、それは、古賀会長が、健在ならば、ありえない決断だった…

 経済ヤクザとして、有名だったにもかかわらず、目の前の大きなチャンス=山田会会長の座を目の前にして、判断が狂った…

 それは、投資家として、あってはならないミスだった…

 そして、それを目の当たりにして、悠(ゆう)は、動いた…

 これも、以前も書いたが、高雄組長と悠(ゆう)は、血が繋がってない父子だったが、憎み合っているわけでも、なんでもなかった…

 だが、お互いが、性格が似過ぎてる部分があって、歯車がうまく嚙み合わなかった…

 人間には、相性というものがある…

 性格が、真逆な方が、相性が良いということも多い…

 互いがない部分を補完するからだ…

 高雄組長と、悠(ゆう)は、むしろ、似ているゆえに、反発することが多かった…

 そして、悠(ゆう)は、高雄組長が、今、危険な状態にあることを、掴んだ…

 いや、知った…

 要するに焦って、正常な判断ができなくなっているのだ…

 これは、マズい…

 悠(ゆう)は、独自に動き出した…

 そのひとつが、私への接触だった…

 私、竹下クミへの接触だった…

 私が古賀会長の血筋の人間だと、掴んでいたのだ…

 そう、信じていたのだ…

 だから、私を利用することを、考えたのだ…

 私と、大場、そして、林は、似ている…

 身長も、ルックスも似通っている…

 3人、並べば、姉妹といっても、驚かない…

 それほど、似ている…

 それを利用した…

 杉崎実業に、内定した、5人の女の残りの二人…

 柴野と、野口は、私たち3人に似ているから、内定を出したに過ぎない…

 高雄は、人事部長である、人見に命じて、私たち3人に似た、女を探したのだ…

 そして、そんなことをした理由は、幻惑というか、めくらましというか…

 高雄自身が、わからないことがあったからだ…

 高雄は、私に、

 「…ボクを取り込もうとする、組織があり、ボクは、その組織から狙われてます…ぶっちゃけ、ボクと結婚し、内部から、ボクの組織を乗っ取ろうとする輩(やから)がいます…真逆に、ボクは、5人の中から、ボクが結婚すれば、ボクの組織がパワーアップするといか…」

 そんなふうな、説明をした…

 私は、それを面白いと思った…

 似たような顔が5人、集まり、その中には、高雄悠(ゆう)の、敵が、いて、味方も、いる…

 しかし、誰が、敵で、誰が、味方だか、わからない…

 それを見破るためにも、竹下さんの力が必要です…

 その力を貸して欲しい…

 高雄はそう、私に懇願した…

 私は、それを信じた…

 高雄の言葉を信じた…

 高雄がイケメンだったから、信じたことも、大きい(笑)…

 高雄は、すでに何度も説明したように、花屋や図書館が似合う、おとなしめの草食系男子…

 一目見て、信頼できるからだ…

 信用できるからだ…

 あの若さで、杉崎実業の取締役という肩書も、大きかった…

 杉崎実業という会社は、世間では無名だが、一部上場企業…

 立派な一部上場企業だ(笑)…

 だから、私は、高雄の言葉を信じた…

 私は、高雄の言葉に、のぼせあがった…

 だが、高雄の言葉は、ウソだった…

 私を騙した…

 のではなく、

 高雄の言葉は、本当だった!…

 ウソではなかった!…

 高雄と、結婚して、高雄組を乗っ取ろうとする組織の人間がいると、高雄は仄(ほの)めかした…

 私は、それがウソだと思ったが、ウソではなかった…

 それは、大場だった…

 あの大場小太郎代議士の娘の敦子だった…

 大場が、高雄を狙っていたのだ…

 いや、

 高雄ではない…

 高雄の父の資産を、狙っていたのだ…

 大場小太郎代議士は、父が国家公安委員長という要職にあった関係で、ヤクザ者と親しかった…

 いや、

 ヤクザ者と親しいのは、仮の姿…

 実際は、彼らと親しく交流することで、その動静を探っていた…

 監視していた…

 そして、それは、彼らの資産をも、また、探っていたことでもあった…

 彼らの飯のタネは、なんで、どこから、利益を得ていて、どれぐらいの資産を持っているのか?

 それも、彼らと接触する目的の一つだった…

 それは、彼らの資金源を探る目的だったが、それを知るにつけ、自分もまた、それを欲しくなった…

 ある意味、当たり前のことだった…

 ヤクザといえども、金持ち…

 そして、その金がどういう手段で、得られたのか、知れば、次は、自分も、欲しくなるのが、当然だ…

 大場代議士は、それを娘の敦子に直接話すことはなかったが、会話の流れから、父親が、高雄との結婚を密かに望んでいるのでは?

 と、察した…

 有名政治家である、大場小太郎の娘と、大物ヤクザである、高雄組組長の息子が、結婚するというのは、普通に考えれば、ありえない…

 だが、大場小太郎が、高雄組の資産に目をつけたのは、確かだった…

 政治家は、ヤクザ同様、生き馬の目を抜く世界だ…

 ヤクザ同様、生存競争が激しい…

 金も必要だ…

 選挙には、金がかかるからだ…

 身近に金をいっぱい持っている人間を知っている…

 しかも、非合法な手段で、金を儲けている…

 すると、どうしても、それが欲しくなるのが、人情というか…

 人間だ(笑)…

 そして、その金を合法的に手に入れるには、どうすれば、よいか?

 思いついたのが、娘の敦子と、高雄悠(ゆう)との結婚だった…

 無論、普通に考えて、結婚はありえない…

 大物ヤクザの息子と、有名政治家の娘が結婚できるはずがない…

 普通は、なにをバカなことを思うが、公安関係者として、長らく、山田会の古賀会長や、高雄組組長を身近に監視しているうちに、その資金力を欲しくなった…

 政治家は、お金がかかる職業だからだ…

 まして、大場小太郎は、派閥の領袖…

 大場派の会長だ…

 当たり前だが、派閥の他の議員の面倒を見なくては、ならない…

 面倒を見る=金を配る、だ…

 山田会の古賀会長や、高雄組長と接するうちに、その資金を、どうにか、自分のものにできないか、そう考えるようになった…

 その答えが、娘の敦子と、高雄悠(ゆう)との結婚だった…

 一方で、それが、荒唐無稽であることは、大場小太郎は、誰に指摘されるまでもなく、わかっていた…

 にもかかわらず、どこかで、諦めきれなかった…

 そして、それは、娘の敦子にも、なんとなく伝わり、敦子の態度から、なんとなく、高雄悠(ゆう)にも、伝わった…

 悠(ゆう)自身は、そこまでのことを、考えていたわけではないが、なんとなく、自分が、敦子から、特別な目で、見られてるのが、わかった…

 そして、それが、自分が、狙われているという、悠(ゆう)の、発言に繋がった…

 悠(ゆう)自身、自分が、なにも持っていない人間であることは、自覚していた…

 そして、なにも持っていない自分が、敦子に狙われている…

 となると、一体、自分のなにが狙われているのか? と、なる…

 考えれば、自分にあるものといえば、ルックスの良さだが、これは、ありふれている…

 高雄悠(ゆう)は、たしかに、長身のイケメンだが、同じような、長身のイケメンは、探せば、世間にありふれている…

 それに、悠(ゆう)は、ルックスに自信があるが、敦子が、それを目当てにしているとは、思えない…

 なにより、昔から、知っているから、今さら、敦子が、目の色を変えて、自分を狙ってくるとは、思えない(笑)…

 ならば、残るのは、高雄組の金しかない…

 高雄は、それに気付いた…

 だから、自分が、狙われていると、語った高雄の言葉にウソはなかった…

 ただ、私が、どうして、高雄に大事にされるか、わからなかった…

 大場もまた以前、電話で、

 「…竹下さん…気付いている?…」

 「…気付いているって、なにが?…」

 「…高雄さんの本命はアナタ…竹下クミ…」

 と、断言した…

 そして、それは、本心だった…

 大場敦子の本心だった…

 だが、それは、大場の直感…

 大場敦子の女の直感に過ぎなかった…

 確固たる証拠があるわけではなかった…

 これは、ある意味、高雄もまた同じだった…

 私が、高雄にとってのキーマンであることは、わかっているが、それが、どうして、私が、キーマンであるか、その理由が、わからなかった…

 私が、亡くなった古賀会長の血の繋がった血縁者だから…

 それが、建前だったが、それを信じたわけでもなかった…

 なにか、別にある…

 別のなにかが、ある…

 それが、高雄悠(ゆう)の見立てだった…

                
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