第68話

文字数 6,711文字

 「…偽物は、所詮、偽物?…本物と接したときに、馬脚を現す?…それは、一体どういう…」

 私は、つい、高雄の父親?の言葉を繰り返した…

 が、

 高雄の父親? は、嫌な顔も一つも見せず、

 「…偽物は、当然、自分が偽物であることが、よくわかってます…だから、本物以上に、本物を気取る…あるいは、本物っぽく見せる…」

 「…本物っぽく見せる?…」

 「…詐欺師がよくやる手口です…例えば、金持ちを演じるならば、実際の金持ち以上に、金持ちっぽく見せる…必要以上に、それっぽく見せる…高級車を乗り回し、いい女を連れ、高級店に入り浸り、金をふんだんに使う…でも、本物の金持ちは、そんなバカな真似はしません…彼らは、むしろケチです…必要なときに、必要な金しか、使いません…」

 高雄の父? が、淡々と説明する。

 「…お嬢さん…アナタの存在が、この男を焦らせたのです…」

 「…私の存在?…」

 「…お嬢さんは、生粋の本物…その本物を前にして、偽物のこの男は、焦った…」

 「…偽物? …どうして、悠(ゆう)さんは、偽物なんですか?…」

 「…この男は、私の息子を装ったんです…」

 「…装った?…」

 「…私もヤクザです…だから、御多分に洩れず、若い頃は、女関係が派手でした…ただ、私に言わせれば、私の関係した女性たちもまた、男関係が派手でした…要するに、似た者同士です…」

 「…」

 「…私は、自分で言うのも、なんですが、組織の中で、順調に出世しました…すると、以前、付き合って、別れた女から、アナタの子供だから、面倒を見てと、言ってきた女がいました…」

 「…それが?…」

 「…それが、この男の母親です…」

 私は、無言で、悠(ゆう)を見た…

 悠(ゆう)もまた、無言で、高雄を睨んでいた…

 「…私は、一目見て、この男が、私の息子ではないことがわかりました…」

 「…どうして、わかったんですか?…」

 「…簡単です…中身です…」

 「…中身?…」

 「…私は、ヤクザです…当たり前ですが、若い頃は、ヤンチャでした…今の私からは、想像もできないくらいね…しかし、この悠(ゆう)は、違った…見た目こそ、私に似ていたが、中身は、真逆…似ても似つかない…物静かで、控えめ…ただし、頭の回転がずば抜けて、早い…私は、それを買ったんです…」

 「…買った?…」

 「…ヤクザは、利用できるものは、すべて、利用します…私は、彼の能力を買った…そういうことです…」

 「…」

 「…悠(ゆう)の母親は、うまく私を騙したと思ったのかもしれない…自分は、病気で、長くは、なかったからね…もっとも、この悠(ゆう)も、私の元に来るまで、さんざん母親関係の親類や知人の家を、たらいまわしにされていたらしい…」

 …そう言えば、以前、この悠(ゆう)と、駅のプラットホームで、話した際に、自分は、子供の頃は、いろんな家庭に、出入りして、落ち着かなかったというようなことを、言っていた…

 私は、それは、父親が、ヤクザという家庭の事情によるものだと、考えていたが、そうではなかったのかもしれない…

 「…この悠(ゆう)は、私が期待した以上の逸材だった…」

 高雄の父? が語る。

 「…能力が抜きん出ていた…だから、私は、血の繋がり、うんぬんは別にして、この男に色々、任せた…杉崎実業の取締役にしたのは、その最たる例だ…」

 「…」

 「…が、所詮、偽物は、偽物…本物が出てくれば、焦る…」

 「…本物?…」

 「…お嬢さんを前にして、この男は、焦った…だから、焦った、この男は、自分の持ち前の武器…イケメンであることを、武器にして、お嬢さんたち5人の中から、一人を、ボクのお嫁さんにするとかなんとか言って、起死回生の策に打って出た…」

 「…」

 「…もっとも、本人にとっては、背水の陣かもしれないが…」

 「…どうして、背水の陣なんですか?…」

 「…自分の地位を失うかもしれないからですよ…」

 「…自分の地位を?…」

 「…この男は有能です…ですが、有能な人間にありがちな欠点がある…」

 「…欠点? それは、なんですか?…」

 「…周囲の人間を下に見ることです…」

 「…下に見る?…」

 「…そうです…その結果、情報が、入りづらくなる…周囲の者が、この男を嫌うからです…だから、自分が、私の息子でないことに、私が気付いていることに、気付いたのも、最近でした…」

 「…」

 「…だから、偽物です…そこへ、本物が現れた…」

 「…本物?…」

 「…お嬢さん…アナタです…」

 「…私?…」

 「…亡き古賀会長の血を引く、正統後継者…それが、お嬢さんです…」

 「…」

 「…この男は、焦った…焦りまくった…自分が、私の実子ではないことに、私が気付いていると、ようやく、最近、知った…それで、どうしていいか、わからなくなった…自分の行く末を不安に感じたのです…」

 「…」

 「…それで、お嬢さんに近付いた…」

 「…私に?…」

 「…お嬢さんの情報が、この男の元にも入り、偶然、杉崎実業の入社試験を受けていたことを知った…それを利用したのです…」

 「…利用…」

 「…そうです…お嬢さんと、うまく結婚しようと、画策した…お嬢さんと結婚すれば、偽物が本物になれるからです…」

 「…偽物が、本物に?…」

 「…例えば、皇族がいい例です…例えば、自分が、皇族でなくても、皇族の末裔とでも、言い触らして、周囲がそのウソに気付くとする…しかし、その人間が、皇族と結婚すれば、どうなると思います? ウソがウソではなくなる…この男は、それを狙ったんです…」

 「…」

 「…具体的には、お嬢さんが、杉崎実業を受けたことを知った、この男は、ここにいる、大場代議士のお嬢さんと、共謀した…大場代議士のお嬢さんと、アナタは、似ている…それを利用したんです…」

 「…」

 「…同じような身長と、同じような顔の人間を何人も集めた…それで、周囲を幻惑させた…」

 高雄の父? が、続ける…

 が、

 なぜか、高雄の父? の説明に、悠(ゆう)は、せせら笑った…

 ずばり、冷笑を浴びせた…

 「…その程度か?…」

 笑いながら、高雄の父? に、食いかかった…

 「…その程度? …どういう意味だ?…」

 「…その程度の推理力しかない人間が、山田会の次期会長の座に就ける能力があると思うのか?…」

 悠(ゆう)が、言った…

 まるで、自分の父親?に、挑戦状を叩きつけるかのようだった…

 「…アンタの推理は薄っぺらだ…アンタは見てくれがいい…このボクといっしょさ…」

 「…見てくれ?…」

 「…つまりは、長身で、落ち着いて、信頼できる…そういった雰囲気がある…もっとも、アンタの場合は、意図的に作ったんだろうが…」

 「…」

 「…ボクの場合は、生まれつきだが、アンタは違う…最初、ボクが、子供のときに、出会ったアンタは、今のアンタとは、全然別人だった…異様にハイテンションで、獣のように、獰猛で、ケンカに明け暮れていた…そんな、アンタは、ボクを見て気付いた…」

 「…なにに、だ?…」

 「…見てくれの重要さに、だ…」

 「…ひとは、見てくれに騙される…いかにも、おとなしそうで、落ち着いた雰囲気は、周囲の者を安心させ、容易に信頼を得ることができる…なにより、自分の持った能力以上に、周囲が、自分を、評価してくれる…もち上げてくれる…その事実に気付いたんだ…」

 「…」

 「…アンタが、周囲の人間に、山田会の会長に推されて、固辞したのは、別段、アンタが、おくゆかしいとか、慎重だとか、そういうことじゃない…アンタは、自分の能力が、周囲が評価しているほどの能力が、ない現実に、気付いているだけだ…」

 「…」

 「…そして、それを誰よりも、知っていたのは、あの死んだ、古賀の爺さんだった…だから、アンタを決して、若頭に抜擢しなかった…組織の№2に、しなかった…だから、アンタは、あの爺さんが、死んだのを見計らって、動き出した…アンタを推しているのは、皆、アンタの実力を見誤ってる人間たちだ…能力を知っている人間は、皆、稲葉五郎を推している…」

 意外なことを、悠(ゆう)が、口にした…

 私は、驚いた…

 この悠(ゆう)の言葉を信じるのならば、自分の父? よりも、あの稲葉五郎の方が、優秀だということになる…

 能力が優れていることになる…

 だが、果たして、それは、本当なのだろうか?

 「…アンタは、稲葉五郎が脅威だった…ケンカに強く、人望もある…昔は、稲葉五郎の兄貴分だったが、いつしか、アンタは、自分と、稲葉五郎の器の違いに気付いた…それから、いつしか、アンタは、稲葉五郎の真逆をいった…」

 「…真逆?…」

 「…稲葉五郎が、いかにも、昔ながらのヤクザを気取れば、気取るほど、アンタは、その真逆をいった…つまり、いかにも、ヤクザに縁遠い恰好をして、周囲の信頼を勝ち取ることに、奔走した…銀行員のような真面目で、実直な姿を装って、周囲の信頼を勝ち取ろうとした…ひとは、見た目で、選ぶ…歳を取っても、若い頃と同じく、獰猛なヤクザを続ける稲葉五郎に比べて、歳を取り、温和で、丸くなった印象を周囲に与えようとした…その方が、周囲から好かれることに気付いたんだ…なにより、アンタは、自分の能力を知っている…稲葉五郎に、ケンカでも、頭脳でも、勝てないことを知っている…だから、周囲の者を巻き込んで、山田会で、出世しようとした…自分の派閥を作って、勢力を拡大しようとした…だけど、アンタ以外に、アンタの能力を冷徹に見極めている男がいた…」

 「…誰なんですか?…」

 大場代議士が、口を挟んだ…

 「…死んだ古賀の爺さんさ…」

 「…古賀さん?…」

 大場代議士が、絶句する。

 「…オヤジの能力を見切っていたから、絶対に、身近に置かなかった…真逆に、稲葉五郎を身近に置いたのは、あの人が、優れてるからさ…だから、手元に置いて、離さなかった…誰もが、優れた人間は、手元に置いて、育てようとする…それが、わかってるからこそ、この人は、焦った…」

 「…焦った?…」

 またも、大場代議士が、口を挟んだ…

 「…杉崎実業を買収したことです…あそこは、色々噂があって、手を出すのが、ヤバイ案件だった…儲かるかもしれないが、それ以上のヤバイ噂もあった…だが、このオヤジは、それを承知で、あの杉崎実業を買収した…稲葉五郎に張り合うために…」

 「…稲葉さんに?…」

 今度は、私は声を上げた…

 と、同時に気付いた…

 以前、稲葉五郎が言っていた、言葉を思い出した…

 杉崎実業の買収を高雄の父が、進めたことに、関して、

 「…アレは、うちも狙ってたんだが、筋が良くない…だから、うちは手を引いたんだ…でも、まさか、それを兄貴が買うとは?…」

 と、驚いていたことを、思い出した…

 要するに、アレこそが、高雄の父の焦りに違いないと思った…

 自分の能力では、稲葉五郎に勝てない…

 だから、一発逆転で、儲かるかもしれないが、危険かもしれない、ヤバイ物件に手を出したということだ…

 焦りが、本来、慎重な性格の高雄の父?の判断を狂わせたということだ…

 「…高雄組組長…アンタは、コンプレックスの塊だ…」

 「…コンプレックスの塊?…」

 「…稲葉五郎に対してのコンプレックスの塊さ…アンタにとって、不幸だったのは、稲葉五郎が、アンタの弟分として、現れたことだ…二人とも、若い頃は、獰猛な獣のような性格で、一見、似た者同士に思えた…が、中身がまるで、別だったことに、アンタは、気付いた…まるで、比較にならないほどの別物…ケンカは、ともかく、頭の方は、草野球のエースと、プロのエースほどの違いがあると、気付いたんだ…」

 悠(ゆう)が、淡々と、説明する。

 そして、その説明は、私にとって、驚きの反面、どこか、納得のできるものでもあった…

 真実というものは、すべからく、納得できるものだからだ…

 一見、荒唐無稽なことに見えても、説明されると、納得する…

 真実とは、そういうものだ…

 事実、稲葉五郎と、接して、私が、一度たりとも、稲葉五郎が、愚かだと思った行動や、言動を取ったことは、なかった…

 稲葉五郎は、一見、昔ながらのヤクザそのもので、誰が見ても、獰猛な獣のようだったが、その言動は、まるで、違った…

 行動自体が理にかなっていた…

 たしかに、悠(ゆう)の言う通り、この高雄組組長にしても、若い頃、稲葉五郎といっしょに、ヤクザをしていれば、最初は、自分と、稲葉五郎の違いがわからなかったかもしれない…

 しかし、何年か経ち、少しは、大人になってくると、大部分の人間は、少しは、周りを見る力がついてくるものだ…

 周りを見る力が、できてくるものだ…

 おそらくは、高雄の父は、稲葉五郎と数年過ごして、自分と、稲葉五郎の違いに気付いたに違いない…

 と、私が、考えたとき、

 高雄の父が、ポツリと、

 「…コンプレックスはない…」

 と、呟いた…

 「…ウソをつくな…」

 悠(ゆう)が、叫んだ…

 「…ウソじゃない…」

 穏やかに、高雄の父?が、反論する。

 「…ただ、器の違いというか、能力の違いがあるだけだ…」

 高雄の父が言った…

 その言葉に、悠(ゆう)は、黙った…

 しかし、すぐに、

 「…アンタ…だったら、アンタは、それをなんとも感じないのか?…」

 と、自分の父親?を問い詰めた…

 が、

 高雄の父?は、ただ、

 「…感じない…」

 と、短く答えた…

 「…感じない?…」

 悠(ゆう)は、自分の父?の言葉に、驚いたようだ…

 いや、

 むしろ、感じないと、簡単に答える、自分の父?に怒りを持ったようだ…

 「…感じないって、アンタ…どうしてだ? アンタ、自分の弟分に負けてるんだぞ…」

 悠(ゆう)が、怒鳴った…

 父?の答えが、納得できない様子だった…

 が、

 父?である、高雄組組長は、悠(ゆう)に優しかった…

 「…オマエはまだ、大人になりきれてないだけだ…」

 穏やかに、諭した…

 「…大人になりきれてない? どういう意味だ?…」

 「…オマエは、他人と、自分の能力の違いが、わからない…能力の違いがわかれば、嫉妬することも、コンプレックスを抱くこともない…」

 高雄の父?が、諭す。

 「…オマエは、私の息子にしては、優秀過ぎた…私が、オマエを本当に、私の血が繋がった息子か? と、最初に疑ったのは、オマエが優秀過ぎたからだ…私の血が繋がった息子ならば、優秀なわけはないからな…」

 高雄の父?が、意外な真相を語った…

 しかし、それこそが、本当のところかもしれない…

 私は、思った…

 高雄の父? は、自分が、優秀でないと言っているが、それは、自分を卑下しているだけ…

 本当は、紛れもなく、優秀だ…

 優れているに決まっている…

 そうでなければ、有力ヤクザであるはずがない…

 山田会の次期会長候補に名が挙がるわけがない…

 ただ、失礼ながら、稲葉五郎に比べると、劣っているというだけだ…

 単純に、誰が優れているかとか、劣っているかは、判断が難しい…

 東大卒ならば、日本人ならば、誰もが頭がいいと思うが、普通は、そういうわかりやすい例はあまりない…

 だから、通常は、特定の誰々と、誰々を比べれば、どっちが、優れているか、劣っているかで、判断する…

 その方が、簡単だし、わかりやすい…

 学歴やルックスは、その最たるものだろう…

 AさんとBさんを比べれば、どっちが、優れているか、劣っているか、誰にも、わかりやすいからだ…

 私が、そう考えたときに、

 「…なんだ…そうだったんですか…」

 と、いう声がした…

 私や、高雄の父、悠(ゆう)の3人が、その声の主を見た。

 大場小太郎代議士が笑っていた…

                
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