第16話

文字数 5,695文字

 …叶わない!…

 あらためて、思った…

 私と林では、能力に差があり過ぎる…

 ひょっとすると、私の方が、頭は良いかもしれない…

 高校や大学の偏差値は、高いかもしれない…

 だが、ただ、それだけだ…

 眼前の林のように、モノを考えることは、私には、できない…

 思いつかない…

 私は、考えた。

 それから、思った…

 …どうする?…

 …これから、どうする?…

 私は、これから、林にどう接する?

 林に、どう対応する?

 私は、必死に考えた。

 私の思考は、そこに集中した。

 そんな私の考えを知ってか、知らずか、林が、私をまっすぐに見た…

 直視した…

 そして、言った。

 「…同じ顔の女が、五人…」

 静かに、呟いた。

 「…身長も同じ…でも、性格は違う…」

 「…性格が違う?…」

 「…なにを基準に採用したかは、知らないけど、目的があるのは、見え見え…」

 林が、これも静かに、呟いた…

 …気付いている!…

 私は、とっさに思った…

 林は、気付いている…

 以前、高雄は、私に、今回の採用は、お嫁さん選び…

 自分は、この五人の中から、お嫁さんを選ぼうとしている…

 そう断言した…

 しかしながら、この五人の中には、真逆に、高雄に選ばれることで、高雄の嫁として、高雄の家に入り込み、高雄の会社を乗っ取ろうとしている…

 そんな女がいると、高雄は私に言った…

 私は、それを思い出した。

 林が、どこまで、気付いているかは、わからない…

 ただ、なんらかの目的があって、あの五人の女に杉崎実業が、内定を出したのは、わかっているに違いない…

 いや、ひょっとすると、すべて、気付いている可能性もある…

 で、なければ、私を含め、自分以外の4人の人間に連絡を取ろうとは、しないのではないだろうか?

 と、そこまで、考えたとき、

 「…竹下さんって、得よね…」

 と、いきなり、林は、私に言った…

 「…得? …どうして?…」

 …一体、私のなにが得なんだ?…

 …さっぱり、わからない…

 「…竹下さんって、誰からも好かれるでしょ?…」

 …好かれる?…

 …私が?…

 …どうして?…

 「…きっと今もパパに、私が実の娘でなければ、私と竹下さんのどちらかを選べと言われれば、躊躇なく竹下さんを選ぶ…」

 …私を選ぶ?…

 …そんなバカな?…

 …似たような顔で、同じ身長…

 …その中で、どうして、私を選ぶんだ?…

 「…好かれる人間は、どこに行っても、誰からも好かれる…嫌われる人間は、どこへ行っても、誰からも嫌われる…嫌われる人間を好きなのは、同じように、誰からも嫌われる人間…同じ嫌われ者同士だから、波長が合う…もちろん、波長が合わない場合もあるけど…」

 林が笑った…

 「…竹下さんは、私なんかと違って、誰からも好かれる…一目見て、誰もが、私でなく、竹下さんを選ぶ…」

 私は、林が冗談を言っているのだと思った…

 だから、私は、林の顔を凝視した…

 だが、眼前の林は、真剣だった…

 それゆえ、この同じ部屋にいる、もう一人の人間…

 林の父親を見た。

 丸顔で、和服を着た林の父親は、やはり真剣な表情で、私を見ていた…

 「…竹下さん…私が冗談を言っていると思っているでしょ?…」

 「…」

 「…でも、冗談じゃない!…」

 林が語気を強めた…

 「…誰にも好かれる人間は、みんなを味方にすることができる…一人では、できないことを、大勢の人間に助けてもらうことができる…生きていて、これほど楽なことはない…私には、竹下さんの真似はできない…羨ましい…」

 …羨ましい?…

 …冗談でしょ?…

 …こんな大きなお屋敷に住み、あんな大きな高級車を持った林が、私を羨ましい?…

 …ウソだ!…

 …ウソに決まってる!…

 私は、叫び出したい気持ちだった…

 こんな大きな家のお嬢様が、私を羨ましいなんて…

 冗談にも、ほどがある…

 私は、思った…

 考えた…

 「…ひとは、誰でも、自分にないものを、羨ましがるものです…」

 林の父親が、ゆっくりと、口を開いた…

 「…康子は、ただの金持ちのお嬢様です…金がなければ、ただの平凡な娘です…」

 これもまた、ゆっくりと、林の父親が続けた…

 「…だから、竹下さんを、羨ましいんです…一目見て、誰からも、愛されるであろう竹下さんが、羨ましいんです…」

 「…私が羨ましい?…」

 私は、つい口に出した…

 「…そんなバカな…」

 これも、つい口に出した…

 私は、平凡…

 絵に描いたような、平凡な人間だ…

 平凡な家庭に生まれ、ルックスも人並み…

 自分では、ほどほどの美人と思っているが、それだけだ…

 幼いころから、男にチヤホヤされたこともない…

 至って、平凡な人生を歩んできた女…

 それが、私だ…

 「…竹下さんは、自分が平凡だと、思ってるでしょ?…」

 林の父親が、私に訊いた…

 「…ハイ…思ってます…」

 私は即答した。

 「…たしかに、竹下さんは、平凡です…ですが、愛される平凡です…」

 「…愛される…平凡…ですか?…」

 私は、林の父親に訊いた…

 「…人間は、誰もが平凡な人間が大半です…手前みそで、恐縮ですが、私の家はお金持ちです…ですが、ただそれだけです…とりたてて、他人様に比べて、優れてるものは、なにひとつありません…これは、美人やイケメンに生まれても、同じでしょう…このひとたちの場合は、ルックスがいいだけです…中身は、大半が平凡でしょう…頭もそう…例えば、今、一年間に生まれる出生数が、百万人だと仮定しましょう…その中で、優れているものは、百人に過ぎないとすれば、残りは、皆、平凡です…」

 「…皆、平凡…」

 「…だから、誰もが、平凡の中で、競争しなくてはいけない…すると、ひとと違う武器が必要になる…そして、竹下さんには、それがある…」

 「…私に武器がある?…」

 「…誰かも愛される…それが、竹下さんの武器よ…」

 林が、口を出した。

 「…高雄さんも、それに気付いた…」

 …気付いた?…

 …どういうことだ?…

 「…高雄さんは、真っ先に、竹下さんに接触したでしょ?…」

 …私に接触?…

 私は、驚いて、林を見た…

 「…高雄さんは、真っ先に偶然を装って、竹下さんと、同じ電車に乗り、竹下さんと接触した…」

 …まさか?…

 …この女、あの光景を見ていたのか?…

 …いや、仮に見ていなくても、これほどの金持ちだ…誰か、探偵のようなひとを雇うか、なにかして、高雄を見張っていたに違いない…

 私は、それに気付いた…

 「…私にとって、驚いたというか、問題だったのは、高雄さんが、誰に最初に接触するかということ…高雄さんは、真っ先に、竹下さんに接触した…それが、一番、驚いた…」

 「…どうして、一番、驚いた?…」

 「…誰もが、同じでしょ? 誰に真っ先にアプローチするか、それが、問題というか、それを見ている…それに注目している…」

 「…」

 「…同じ顔…同じ身長の五人の女…なにか、目的があって、選んだのは、わかるというか、想像がつく…」

 「…でも、それは、ただ単に私が話しやすいんじゃ…私は、この通り…自分で言うのも、なんだけど、軽いし…だから、高雄さんも、真っ先に、私に声をかけたんじゃ…」

 「…それも、考えた…」

 短く、林が答えた…

 「…でも、それだけじゃない…やっぱり、竹下さんには、魅力があるということ…それは、あの大場さんも認めていた…」

 「…大場?…」

 思わず、声に出した。

 あの大場は、あの内定に集まった五人の中で、一番、強烈というか、キャラクターが立っていた(笑)…

 あの大場が、私を認めていたとは?

 しかも、

 しかも、だ…

 あの日、大場とやりあったのは、この林…

 林だ…

 にも、かかわらず、あの大場とも、すでに連絡をとっていたとは?

 恐れ入るというか?

 感服する…

 この林の行動力と、洞察力に、感服する…

 私には、できない…

 無理…

 無理筋だ…

 それを考えると、やはり、今、この瞬間、私を愛されキャラと断言した、この林父子は、油断できない…

 私を愛されキャラと持ち上げて、私を油断させて、うまく操ろうとする疑惑は拭いきれない…

 なにしろ、私自身が、元々、この林の足元にも、及ばない能力しかないことは、今の林の言葉で、証明済みだ…

 何度も言うが、私は、あの杉崎実業の内定に集まった五人の女…

 私を含めた五人の女の素性を調べようとする発想すらなかった…

 たしかに、私は、林のように、お金持ちでもなんでもないから、もしかしたら、林は、探偵かなにを雇って、高雄の行動を監視したり、あるいは、私を含めた、他の四人の素性を調べ上げたのかもしれない…

 しかし、お金のあるなしに関わらず、私は、そんなことは、思いつきもしなかった…

 林を含めた、私以外の四人の素性を調べ上げようなんて、考えもしなかった…

 まして、内定者同士、連絡を取り合うなんて、発想は、皆無…

 思いつきもしなかった…

 だから、私と林の能力の違いは、天と地ぐらい、歴然と差がある…

 その事実を、自分自身忘れないように、しないと、大変なことになる…

 愛されキャラとおだてられ、元々思慮分別が浅い、私が、この林父子に、容易に、利用されたり、はしごを外されかねない…

 裏切られかねない…

 だから、油断はできない…

 …承知!…

 私は、心の中で、叫んだ!

 自分自身に叫んだ!

 うっかり、おだてに乗りかねない、自分自身に警告する意味で、林父子に警戒しろ、と、自分自身に、言い聞かせた…

 それをしないと、容易に利用されかねない…

 それは、この林父子だけではない…

 あの杉崎実業の内定に集まった残りの3人の女…

 そして、高雄にも、だ…

 誰が、なにを狙っているかは、わからないが、おそらくは、あの中で、一番、とろいのが、この私、竹下クミに違いない…

 それを自分自身に言い聞かせないと、大変なことになる…

 大変なこととは、なんなのかは、今の時点でわからないが、とにかく、良い状況でないことは、確かだ…

 私は、あらためて、自分自身に言い聞かせた…

 「…どうしたの? 竹下さん?…」

 林が、聞いたことで、私は思考を停止した…

 私は、一瞬、考えたが、素直に、

 「…いや、林さんって、あの内定に集まった五人の中で、大場さんとやりあったというか、口論したから、その大場さんと、連絡を取っていたというのは、意外というか…」

 「…ああ…それ…」

 林は、軽く言って、ケラケラと笑った…

 「…確かに、あのときは、やりあった…でも、私も大場も大人だから、自分たちの目的が同じならば、協調すると言うか、助け合うと言うか…」

 「…目的?…」

 「…要するに、内定に集まった女たちの素性…そして、高雄悠の正体…」

 「…高雄の正体?…」

 「…高雄は、ヤクザの息子よ…間違いはないわ…」

 林が、当たり前のように言った…

 「…ヤクザの息子?…」

 わかっていたことだが、林から、その事実を告げられると、やはり動揺した…

 「…高雄総業っていう、大きな組の息子さん…高雄総業は、あの杉崎実業を乗っ取ったの…だから、あの若さで、親会社の専務なの…」

 「…」

 「…どうしたの? 驚かないの?…」

 林が、楽しそうに、私に言った…

 楽しそうと言うより、むしろ私をからかうかのようだ…

 私は、林にどう言っていいか、わからないので、黙っていた…

 うっかり、不用意なことを言うのは、避けるべきだ、という勘が働いた…

 うっかり、口をすべらせて、それを林が、どう感じるかは、わからないからだ…

 「…まあ、そんなことは、竹下さんも、驚かないわね…あの内定に集まった全員が、承知済み…」

 「…」

 「…そして、それは、あの高雄悠も承知済み…」

 「…高雄さんも承知済み?…」

 「…そう…」

 「…だったら、高雄の目的って、なんだ? …いや、林さんの目的は? 大場さんの目的は? いや、大場だけじゃない…あの内定に集まった女たちの目的は?…」

 「…杉崎実業の業務…」

 「…業務?…」

 「…杉崎実業は、中国政府に食い込んでる噂があるの…だから、それを皆、狙っている…」

 「…」

 「…いわば、飯のタネというか、儲けのタネを持っている…」

 「…だったら、高雄は、高雄の目的は?…」

 「…それはわからない…ただ一つだけ、確かというか、わかっていることは、ある…」

 「…なに?…」

 「…高雄さんは、おそらくヤクザではない道を模索していると思う…」

 「…どういうこと?…」

 「…お父様は、有名なヤクザだけれど、自分は、ヤクザから離れ、独り立ちするか、あるいは、マフィアではないけれど、いずれは、会社を正業に衣替えしようとしている…」

 「…会社の衣替え?…」

 「…つまりは、今はヤクザだけれど、いずれは、ヤクザを辞めたいと言うか、ゴッドファーザーの最後がそうだったのよ…それを目指しているというか…」

 「…」

 「…要するに、高雄組全員が足を洗ってヤクザを辞めて、いずれは、まっとうな会社に衣替えさせようしている…」

 「…そんなこと…」

 私は絶句した。

                
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