第108話

文字数 4,476文字

 …大場敦子…

 当たり前だが、人違いではない…

 本人に決まっている…

 私は、驚いた…

 と、同時に、

 「…なにか、動きがあるかも…」

 と、言った、林の言葉を思い出した…

 …これが、動きなのか?…

 私は、思った…

 そして、即座に、

 …そんなバカなことはない…

 と、思い直した…

 単純に、大場が私に会いに来ただけだろう…

 私は、思った…

 なにを目的に、私に会いに来たのかは、さっぱり、わからないが、そうに決まっている…

 私は、そう思いながら、大場を見た…

 大場もまた、急いで、店内を探すのが、わかった…

 あからさまに、キョロキョロして、店内を見回していたわけではないが、人を探しているのは、誰の目にもわかった…

 そして、私を見つけるのだが、その寸前というか、一瞬…わずかだが、ちょっと、驚いたような顔をした…

 が、

 それは、一瞬…

 よく見ていなければ、気付かないほどの一瞬だった…

 私は、大場が、このコンビニにやって来たときから、大場の動静を見守っていたから、わかる…

 注視していたから、わかるのだ…

 私は、大場が、なにを見て、驚いたのか、考えた…

 私の近くにいる人間といえば、葉山…

 店長の葉山しかいない…

 今、このコンビニには、他に、店員は、当麻のみ…

 三人の店員で、店を回している…

 が、当麻は、今、私たちと離れた場所=レジで、作業している…

 また、今現在、店にお客様はいなかった…

 まさか、葉山?

 やはり、葉山に他ならない…

 私は、考える…

 そんなことを、考えていると、当の大場が、迷うことなく、私に向かって、歩いてきた…

 「…竹下さん…お久しぶり…元気?…」

 明るく、私に声をかける…

 その表情には、暗さが微塵もなかった…

 当たり前だ…

 大場の父、大場小太郎は、今、絶頂期…

 国会で、圧倒的なまでの存在感を放っている…

 これまでの地味な印象が激変…

 次の首相になるのは、間違いないだろう…

 「…ちょっと、お客様…申し訳ありませんが、この竹下は、今、バイト中なので…」

 葉山が、私に声をかける大場に言った…

 「…あら、スイマセン…でも、すぐに終わるので…」

 「…それなら、いいですが、手短にお願いします…」

 「…わかりました…」

 大場が冷たく答える…

 その二人のやりとりを見て、やはり、私がさっき感じた違和感は間違っていたというか…

 この大場が、葉山を見て、わずか一瞬だが、驚いた表情を見せたことは、誤りだったのかもと、考えた…

 どう見ても、二人が、知り会いであるような素振りは、なにもなかったからだ…

 店長の葉山は、私と大場に気をきかして、その場を離れた…

 「…どうしたの? …大場さん…いきなり、やって来て…」

 「…なんだか、突然、竹下さんに、会いたくなっちゃって…」

 大場が言う。

 だが、果たして、それは、本音だろうか?

 私は思った…

 いや、

 誰が考えても、本音であるはずがない…

 なにしろ、私には、なにもない…

 この平凡な竹下クミには、なにもないのだ…

 大場のように、父親が、有名政治家でも、林のように、大金持ちでもない…

 にも、かかわらず、この大場は、今、この私に、わざわざ会いに来ている…

 この平凡な竹下クミに会いに来ている…

 いみじくも、林が指摘したように、私自身、気付いていないが、私になにか、あるのかもしれない…

 それゆえ、それを利用しようとして、この大場は近付いてきたに違いない…

 私は、考えた…

 「…竹下さん…今日、このバイトの後、時間、ある?…」

 「…それは、あるけど…」

 「…だったら、ちょっと、お話ししない? …竹下さんに話したいことがあるんだ…」

 私は、大場の申し出に、一瞬悩んだ…

 躊躇した…

 まさか、この私を誘拐するんじゃ?

 一瞬、

 ほんの一瞬だが、そんな考えが、脳裏をかすめた…

 だが、

 しかし、だ…

 そんなわけはない!

 そんなこと、できるはずがない!

 大場敦子は、あの大場小太郎の娘だ…

 次期首相候補の本命の娘だ…

 そんな大場が、私を誘拐するはずがない…

 明らかに考え過ぎだ…

 私は、思った…

 あの林が、この前、

 …竹下さんには、なにかある?…

 …自分でも気付いていない、なにかが?…」

 そう、私に断言したことが、トラウマになっている…

 だから、必要以上に、ナーバスになっている…

 大場敦子は、次期首相候補の大場小太郎の娘なのだから、私をどうこうするわけがない…

 そんなことをすれば、父親の顔に傷をつける…

 父親の足を引っ張りかねない…

 だから、私になにか、するわけがない…

 私は、そこまで、考えた…

 と、同時に思った…

 私は、すでに、稲葉五郎や高雄組組長という大物ヤクザと知り合っている…

 それが、ただの娘というか…

 有名政治家の娘で、身元が、一番しっかりしている大場の誘いに乗るか、どうか、悩むなんて…

 我ながら、バカげてる…

 そう、思った…

 稲葉五郎や、高雄組組長に会うのは、怖くなく、有名政治家の娘の誘いが怖いなんて…

 誰が、考えても、どうか、している…

 考え過ぎだ…

 私は、今さらながら、思った…

 「…わかった…でも、バイトが終わるまで、時間がかかるよ…」

 「…別に構わない…終わったら、ケータイで、連絡して、その辺にいるから…」

 「…その辺って?…」

 「…クルマよ…クルマ…まさか、コンビニの外で、立って、待っているわけにはいかないでしょ?…」

 大場は、あっけらかんと、そういうと、今度は、葉山の元へ、歩いて行った…

 「…終わりました…お時間を頂いて、ありがとうございました…」

 葉山に、そう言って、ペコリと頭を下げて、コンビニを出て行った…

 私は、無言で、大場の後ろ姿を見守った…

 と、同時に、考えた…

 最初、大場と会ったときと、印象が違う…

 ふと、気付いた…

 最初、大場と会ったときは、誰にでも、上から目線のヤンキーだった…

 私と、同じ顔、同じ身長の大場…

 ただ、その素顔は、ヤンキーだった…

 そして、私は、ヤンキーが、大の苦手…

 はっきり言って、恐怖を覚える…

 ただ、大場と接するうちに、その素顔が、だんだんと、マイルドな印象に変わっていった…

 最初、出会ったとき…

 あの杉崎実業の内定で、初めて出会ったときは、率先して、杉崎実業が、高雄組のフロント企業うんぬんを、口に出して、騒いだ…

 だから、私は、恐怖した…

 ヤクザのフロント企業も、怖かったが、大場も怖かった…

 とにかく、私、竹下クミは、暴力が苦手…

 暴力の匂いのする相手が苦手なのだ…

 だから、ヤンキーやヤクザが、大の苦手なのだ…

 だが、今、私に会いにやって来た大場は、最初、会ったときのように、暴力の匂いがしなかった…

 ヤンキー臭さが、微塵もなかった…

 これは、一体どうしてだろう?

 考える…

 まさか?

 もしかしたら?

 お芝居をしていたのかも?

 私は、気付いた…

 わざと、ヤンキーのフリをして、私の反応を窺ったのかも?

 考えた…

 私が、ヤンキーやヤクザが大の苦手なことを知り、わざと、ヤンキーのフリをしたのかも?

 思った…

 要するに、ハッタリだ…

 最初、私は強いよ、と、相手に見せる…

 相手をビビらせるためだ…

 自分が主導権を握るためだ…

 そして、私と付き合う…

 距離を縮める…

 私と、交流を持つことで、徐々に本来のマイルドな素顔を見せる…

 晒す…

 私と、交流を持つことが、当初からの目的であり、その目的は、果たしたからだ…

 要するに、すべては、自分主導で、この竹下クミと親しくなるのが、目的…

 目標に他ならなかった…

 あの大きなクルマ…

 ベンツのGクラスとかいった、あの大きなジープも、そのための小道具だったのかもしれない…

 ヤンキーを気取る、小道具だったのかもしれない…

 だから、最初、私を誘ったときは、まるで、ロック歌手のような、革ジャンを着て、私の前に現れた…

 すべては、ヤンキーを演出するためだ…

 私は、思った…

 そして、そこまで、考えて、また、思った…

 案外、私が、ヤンキーやヤクザが、大の苦手だというようなことを、大場に吹き込んだと言うか、教えた人間がいるのではないか、ということを、だ…

 私と付き合いのある、人間は、皆、私が、ヤンキーやヤクザが苦手だということを知っている…

 いわゆる、暴力の匂いがする人間が、男女を問わず、苦手だということを知っている…

 と、そこまで、考えたとき、偶然、葉山の姿が、私の視界に入った…

 そういえば、以前、やはり、大場と会ったとき、私は、葉山に相談したことがあった…

 どこで、会うか、相談したのだ…

 お互いが、どこに住んでいるか、知らないいし、自宅まで、来てもらうのも、気が引ける…

 そんなことを口にすると、

 「…このコンビニで、待ち合わせれば、いいじゃないか?…」

 と、葉山が提案した…

 私は、最初、戸惑ったが、すぐに、それが、ベストだと、気付いた…

 コンビニは、ある意味待ち合わせに最適の場所だからだ…

 住所と店名を言えば、簡単に探せる…

 私は、葉山に礼を言い、その通りにした…

 が、

 今思えば、それが、葉山の罠だとしたら、どうだ?

 いや、

 罠と言っては言い過ぎだが、そもそも、なぜ、私と大場との待ち合わせ場所を、このコンビニに指定したのか?

 もしかしたら、大場が以前から、このコンビニを知っていたからではないか?

 いや、

 このコンビニを知っていたのではない!

 葉山を知っていたのではないか?

 だから、葉山は自分の勤務する、このコンビニを待ち合わせ場所に指定したのではないか?

 そうすれば、簡単に、このコンビニを見つけることができる…

 いや、それだけではない…

 そもそも、私が、ヤンキーやヤクザが大の苦手だと、大場に伝えたのは、この葉山ではないのか?

 だから、大場は、私が、苦手なヤンキーのフリをしていたのではないか?

 そうすれば、たやすく、私の上に立てる…

 ヤクザやヤンキーが苦手な、私は、すぐに白旗を掲げて、相手に従うからだ…

 それが、わかっているからこそ、竹下クミの前では、ヤンキーのフリをしろ、と、アドバイスしたのではないか?

 つまり、葉山と大場は知り会い…

 だから、さっき、大場が見せた表情…

 葉山を見て、一瞬、見せた表情は、知っているのに、知らないフリをするためのものだったのではないか?

 そう考えれば、さっきの表情の納得がゆく…

 説明がつく…

 私は、考える…

 そして、なにより、このコンビニを選んだ、理由がわかる…

 そして、大場が、私を親しくなるにつけ、ヤンキーの仮面というか、それを、脱ぎ捨て、徐々に素顔を晒した理由がわかる…

 そして、それが、わかるのは、なにより、今現在、大場がこのコンビニに現れた格好だ…

 以前のようなロック歌手のような革ジャンでもなんでもなく、普通の格好…

 どこにでもある私服だった…

 ヤンキー臭さがなにもない私服だった…

 私は、考える。

 私の中で、大場と葉山は知り会いに違いない…

 それが、決定した瞬間だった…

                
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