第122話

文字数 5,290文字

 …高雄組組長が、私のバイトする店に?…

 私は、驚いた…

 というより、圧倒されたというか…

 まさか…

 まさか、高雄組組長が、私のバイトするコンビニに現れるとは、思わなかった…

 あまりの衝撃に金縛りにあった…

 一瞬、金縛りにあったように、カラダが動かなかった…

 …どうして?…

 …一体、どうして、高雄組組長が、私のバイトするコンビニに現れるんだ?…

 私の頭が混乱する…

 …一体、なぜ?…

 めまぐるしく頭を回転させた…

 が、

 当然、答えが出るはずもない…

 わずか、10秒、いや、20秒で、答えが出るはずもない…

 私が、焦って、答えを見つけている間に、ツカツカと、高雄組組長が、私の前にやってきた…

 私は、焦る…

 どうして、いいか、わからないほど、焦りまくった…

 その焦る私の前で、

 「…お嬢さん…お久しぶりで、ございます…」

 と、高雄組組長が、丁寧に、その長身を折って、私に頭を下げた…

 すでに、コメディか、ホラーの世界だ…

 役者でいえば、松重豊が、森七菜に、丁寧に頭を下げたようなもの…

 誰もが、何事かと、思わず見てしまう…

 二度見してしまう(笑)…

 190㎝近い長身の五十男が、160㎝の22歳の子供っぽい女に頭を下げるのだ…

 そんな迫力があった…

 「…あの…私は、お嬢さんじゃ…」

 私は、遠慮しながら、小さな声で、抗議した…

 ホントは、大きな声で、抗議したいが、それはできない…

 なぜ、できないと言えば、私は、チャレンジャーではない…

 大物ヤクザに、

 「…私は、お嬢さんじゃ、ありません!…」

 と、大きな声で言えるほど、チャレンジャーというか、身の程知らずではない…

 そういうことだ(笑)…

 だから、私は、小さな声で、

 「…あの…これから、私、この店で、バイトに入るので…」

 と、抗議した…

 それに対して、

 「…わかってます…」

 と、高雄組組長が、即答した…

 「…この前と同じく、外で、クルマの中で、待たせて頂きます…」

 「…でも、これから、バイトに入るから、終わるのは、4時間後です…」

 「…それでもです…いきなり、お嬢さんの元に、押しかけた自分が、悪いんです…」

 高雄組組長が、丁寧に腰を折ったまま、私に告げる…

 店の中では、偶然、居合わせた他のお客様が、何事かと、目を見開いて、私を見ていた…

 いや、

 お客様だけではない…

 気付くと、バイト仲間の当麻さえ、唖然とした表情で、私を見ていた…

 …一体なにが起こったんだ?…

 という目で、私を見ていた…

 私は、どうしていいか、わからなかった…

 衆人環視の中で、しかも、私のバイトするコンビニの中で、高雄組組長に頭を下げられるとは、思わなかったからだ…

 私は、どうしていいか、わからず、その場に固まっていると、

 「…竹下さん…どうしたの?…」

 と、雇われ店長の葉山が、私の元にやってきた…

 「…お客様、この娘がなにか?…この娘はウチで、バイトしているコで…」

 葉山が、口を開く。

 「…いえ、このお嬢さんに用事があったんですが、今日、これから、バイトに入ると言うので、終わるまで、外のクルマの中で、待っていると、言ったんですが…」

 「…でも、お客様、この竹下が、バイトが終わるのは、4時間後ですよ…」

 「…それでも、構いません…」

 「…だったら、竹下さん…構わないんじゃ…」

 「…でも…」

 「…お客様が、こう言って下さるんだ…竹下さんが、OKするか、どうか、だよ…」

 葉山が、強く主張する。

 葉山にこう言われては、渋々だが、私もOKするしかなかった…

 まさか、高雄組組長の頼みを断れないからだ…

 「…バイトが、終わるまで、待っていて下さい…それでいいなら…」

 「…ありがとうございます…」

 高雄組組長は、またも、丁寧に腰を折って、私に礼を言った…

 それから、葉山に向かって、

 「…店長もお口添え頂き、ありがとうございました…」

 と、丁寧に頭を下げた。

 そして、その後、

 「…どこかで、会った覚えが…」

 と、高雄組組長が、続ける。

 「…他人の空似でしょう…世の中、似ているひとは、いっぱいいますから…」

 葉山が言う…

 その言葉に、高雄組組長は、一瞬、戸惑ったが、

 「…そうですね…その通りかもしれません…」

 と、返答した…

 葉山は、いち早く、その場を去った…

 その後ろ姿を、高雄組組長が、鋭い眼光で、睨んだ…

 私は、それを見逃さなかった…

 私は、着替えるために、一度バックルームに入り、それから、コンビニのユニホームを着て、店内に出た…

 すると、バイト仲間の当麻が、私に近寄ってきて、

 「…竹下さん…実は、凄い生まれなんですね? 驚きました…」

 と、言った…

 当麻は、明らかに驚いていた…

 そして、崇拝の目で、私を見た…

 女神を見るような目で、私を見た…

 「…ようやく、気付いたか?…」

 私は、重々しく言った…

 「…実は、私は、皇族出身だ…」

 「…エーッ、竹下さんが?…」

 「…そうだ…私のお爺ちゃんの、そのまたお爺ちゃんの、そのまた、お爺ちゃんが、皇族の閑院宮家で、庭師をしていた縁で…」

 「…庭師?…」

 当麻が当惑する。

 「…バカ…冗談だ…本気にするヤツがいるか?…あのひとは、ただの知り合いだ…誤解しているだけだ…」

 「…誤解?…」

 私は、当麻を、無視して、コンビニで、バイトを始めた…

 …一体、どうして、高雄組組長が、私のバイトするコンビニにやってきた?…

 当たり前だが、その疑問があった…

 やはり、今でも、高雄組組長は、私が、古賀会長の血筋を受け継ぐ、人間だと思っているのだろうか?

 だから、さっき、私のことを、

 「…お嬢さん…」

 と、重々しく、呼んだのだろうか?

 あの言い方は、私をからかっているような感じでは、まったくなかった…

 明らかに、敬意といえば、大げさだが、私を、軽く扱ってなかった…

 そして、それは、恐ろしいことだった…

 なにしろ、私は、人間が軽い…

 ちょうど、重々しさの真逆にある人間だ…

 だから、これまで、どんな人間も、私と親しくなると、

 「…クミ…」

 とか、

 「…竹下…」

 とか、軽く扱った…

 それは、当麻がいい例だ…

 当麻は、2歳年下だから、

 「…竹下さん…」

 と、一応、さんづけで呼ぶが、私を尊敬している姿は、どこにもなかった…

 つまり、そういうことだ(涙)…

 そして、それが、私の日常だった…

 私、竹下クミの置かれた、状況だった…

 それが、あの高雄組組長は、私に敬意を表した…

 …なにか、あるのか?…

 …やはり、なにか、あるのか?…

 私は、コンビニのバイトに励みながら、一生懸命、考えた…

 考え続けた…

 あるときは、レジ打ちをしながら、また、あるときは、バックルームから、品出しをしながら、めまぐるしく考え続けた…

 …やはり、あの高雄組組長は、いまだに、私を、亡くなった古賀会長の血筋を引く者と、誤解しているのか?…

 それとも、

 すでに、稲葉五郎の娘だと、気付いているのか?

 さっぱり、わからない…

 だが、巷(ちまた)の噂によると、すでに、勝負は決したのが、通説というか…

 山田会の後継者争いは、高雄組組長と、稲葉五郎の争いだったが、結果は、稲葉五郎の圧勝に終わった…

 だとすれば、もしかしたら、高雄組組長の中で、私の扱いは、変わらないのかもしれない…

 ふと、思った…

 古賀会長の血筋を引く者にしろ、稲葉五郎の娘にしろ、失礼ながら、今の高雄組組長にとっては、どちらも、自分より上の人間の娘ということにある…

 ならば、どっちにしろ、私の扱いは、変わらないのかも?…

 高雄組組長の中では、変わらないのかも?

 とも、思った…

 考えた…

 そして、それを考えてから、ようやく本命というか…

 高雄悠(ゆう)のことを、思った…

 高雄悠(ゆう)は、今、大場代議士を刺して、どこかに、逃走中…

 身を隠した…

 当然、親である、高雄組組長は、心配しているに違いない…

 心配?

 いや、

 心配どころではないのかもしれない…

 なにしろ、血が繋がってないとはいえ、息子が、次期首相の呼び声が高い、大場小太郎代議士を刺したのだ…

 そして、それは、すでに新聞ダネになっている…

 ネットでも、沸騰している…

 はっきりいえば、炎上している…

 そして、この事実は、高雄組組長にとって、不利…

 とてつもない不利な状況に他ならないのではないか?

 高雄組=高雄総業は、今回の杉崎実業が、中国へ、不正に製品を輸出した件で、思いのほか、穏便な結果に、胸をなでおろしたに違いなかった…

 なにしろ、杉崎実業は、実質、高雄組のフロント企業…

 高雄組の実質、子会社だ…

 その杉崎実業を、普通ならば、潰せるはずだったが、政府は、それをしなかった…

 ことを荒立てたくなかったからだ…

 それは、中国もまた同じだった…

 それゆえ、大場小太郎が実質音頭を取り、杉崎実業を潰すことはせず、杉崎実業の株を政府が、買い取り、実質国有化することにした…

 杉崎実業のような中堅の世間的に無名な商社にとっては、まさに、異例の厚遇だった…

 過去には、ダイエーや日産のように、政府が、直接あるいは、間接に、企業に資金を融通して、倒産を免れることはあったが、それは、日本中に名の知られた大企業であり、倒産すれば、関連会社や、取引先を含めて、多くの人間が失業して、路頭に迷う危険があったから、救ったに過ぎない…

 この場合の間接というのは、政府が直接、企業に金を貸し付けたわけではなく、政府系の金融機関を通じて、融資したということだ…

 いずれにしろ、高雄組=高雄総業は、杉崎実業を国有化するにあたり、高雄総業が、保有していた、杉崎実業の株を、40億円で、政府が買い取った…

 これは、破格…

 ありえない厚遇だった…

 高雄組=高雄総業が、暴力団であり、それを政府が、知った上で、なお、高雄総業が、持っていた、杉崎実業の株を政府が、買い取ったのだ…

 実質的には、政府が、堂々と、暴力団に40億円もの大金を支払ったことになる…

 これもまた、大場小太郎の尽力があっての話だった…

 いわば、高雄組にとって、大場代議士は、恩人のはずだった…

 それを、高雄組組長の息子である悠(ゆう)が刺した…

 どういう理由があるにあれ、これが、いいはずがない…

 下手をすれば、まさかとは、思うが、高雄組に支払う40億円の金が、取り消されるかもしれない…

 まさか、そんなことは、ありえないと思うが、世の中、なにが、どうなるか、わからない…

 一寸先は闇というか…

 私は、そんなことを、思った…

 そんなことを、考え続けた…

 そして、

 そして、今、高雄組組長は、逃亡中の高雄悠(ゆう)が、どこにいるか、知っているのだろうか?

 それを、考えた…

 いや、

 居場所だけではない…

 悠(ゆう)が、おそらく、大場敦子といっしょにいる事実を知っているのだろうか?

 悠(ゆう)が刺した大場代議士の娘と、いっしょにいることを知っているのだろうか?

 私は、考える…

 高雄組組長は、大物ヤクザ…

 これまで、数々の修羅場をくぐってきたに違いない…

 でも、きっと、今回のような修羅場に遭遇したことは、ないに違いない…

 銃弾や札束が飛び交う修羅場に遭遇したことは、一度や二度ではないかもしれないが、さすがに、今回のような事態に遭遇することはありえないだろう…

 だが、だからといって、高雄組組長が、私に相談にくるとかは、当然、考えられない…

 あり得ない(苦笑)…

 …だったら、一体、なんのために、私の元へ?…

 私は、考え続ける…

 そして、そんなことを、考え続けながら、バイトに精をだしていると、4時間なんて、あっという間に、過ぎだ…

 呆気ないほど、すぐにやってきた…

 私は、

 「…店長…今日はこれで、上がります…」

 と、葉山に声をかけると、葉山が、

 「…お疲れ様…」

 と、返した…

 いわゆる、社交辞令というか…

 バイトが上がるときにする、挨拶だ…

 私は、バックルームに入ると、

 「…フーッ…」

 と、大きく息を吐きだした…

 一体、これから、どうなるのか?

 一体、これから、どんな展開が待っているのか、皆目見当もつかなかった…

 それゆえ、その不安を拭うために、大きく息をした…

 深呼吸をした…

 一体これから、どうなるのか、自分でも不安だった…

 まさか、拉致されたり、殺されたりするようなことは、ないに違いないが、とにかく、これから、なにが、起こるか、私の頭では、想像すら出来なかった…

 不安で、不安で仕方がなかった…

 しかし、逃げることはできない…

 だから、どうすることもできない…

 私は、泣きそうになった…

 が、

 泣くわけには、いかない…

 泣いて、どうなるものでもない…

 私は、仕方なく、コンビニのユニホームを脱いで、トボトボと、バックルームから出た…

 正直、メチャクチャ、気が重かった…

 帰りたくなかった…

 このまま、店を出たくなかった…

 すると、私の目の前に、誰かが、立ちふさがっているのが、わかった…

 店長の葉山だった…

               
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