第122話
文字数 5,290文字
…高雄組組長が、私のバイトする店に?…
私は、驚いた…
というより、圧倒されたというか…
まさか…
まさか、高雄組組長が、私のバイトするコンビニに現れるとは、思わなかった…
あまりの衝撃に金縛りにあった…
一瞬、金縛りにあったように、カラダが動かなかった…
…どうして?…
…一体、どうして、高雄組組長が、私のバイトするコンビニに現れるんだ?…
私の頭が混乱する…
…一体、なぜ?…
めまぐるしく頭を回転させた…
が、
当然、答えが出るはずもない…
わずか、10秒、いや、20秒で、答えが出るはずもない…
私が、焦って、答えを見つけている間に、ツカツカと、高雄組組長が、私の前にやってきた…
私は、焦る…
どうして、いいか、わからないほど、焦りまくった…
その焦る私の前で、
「…お嬢さん…お久しぶりで、ございます…」
と、高雄組組長が、丁寧に、その長身を折って、私に頭を下げた…
すでに、コメディか、ホラーの世界だ…
役者でいえば、松重豊が、森七菜に、丁寧に頭を下げたようなもの…
誰もが、何事かと、思わず見てしまう…
二度見してしまう(笑)…
190㎝近い長身の五十男が、160㎝の22歳の子供っぽい女に頭を下げるのだ…
そんな迫力があった…
「…あの…私は、お嬢さんじゃ…」
私は、遠慮しながら、小さな声で、抗議した…
ホントは、大きな声で、抗議したいが、それはできない…
なぜ、できないと言えば、私は、チャレンジャーではない…
大物ヤクザに、
「…私は、お嬢さんじゃ、ありません!…」
と、大きな声で言えるほど、チャレンジャーというか、身の程知らずではない…
そういうことだ(笑)…
だから、私は、小さな声で、
「…あの…これから、私、この店で、バイトに入るので…」
と、抗議した…
それに対して、
「…わかってます…」
と、高雄組組長が、即答した…
「…この前と同じく、外で、クルマの中で、待たせて頂きます…」
「…でも、これから、バイトに入るから、終わるのは、4時間後です…」
「…それでもです…いきなり、お嬢さんの元に、押しかけた自分が、悪いんです…」
高雄組組長が、丁寧に腰を折ったまま、私に告げる…
店の中では、偶然、居合わせた他のお客様が、何事かと、目を見開いて、私を見ていた…
いや、
お客様だけではない…
気付くと、バイト仲間の当麻さえ、唖然とした表情で、私を見ていた…
…一体なにが起こったんだ?…
という目で、私を見ていた…
私は、どうしていいか、わからなかった…
衆人環視の中で、しかも、私のバイトするコンビニの中で、高雄組組長に頭を下げられるとは、思わなかったからだ…
私は、どうしていいか、わからず、その場に固まっていると、
「…竹下さん…どうしたの?…」
と、雇われ店長の葉山が、私の元にやってきた…
「…お客様、この娘がなにか?…この娘はウチで、バイトしているコで…」
葉山が、口を開く。
「…いえ、このお嬢さんに用事があったんですが、今日、これから、バイトに入ると言うので、終わるまで、外のクルマの中で、待っていると、言ったんですが…」
「…でも、お客様、この竹下が、バイトが終わるのは、4時間後ですよ…」
「…それでも、構いません…」
「…だったら、竹下さん…構わないんじゃ…」
「…でも…」
「…お客様が、こう言って下さるんだ…竹下さんが、OKするか、どうか、だよ…」
葉山が、強く主張する。
葉山にこう言われては、渋々だが、私もOKするしかなかった…
まさか、高雄組組長の頼みを断れないからだ…
「…バイトが、終わるまで、待っていて下さい…それでいいなら…」
「…ありがとうございます…」
高雄組組長は、またも、丁寧に腰を折って、私に礼を言った…
それから、葉山に向かって、
「…店長もお口添え頂き、ありがとうございました…」
と、丁寧に頭を下げた。
そして、その後、
「…どこかで、会った覚えが…」
と、高雄組組長が、続ける。
「…他人の空似でしょう…世の中、似ているひとは、いっぱいいますから…」
葉山が言う…
その言葉に、高雄組組長は、一瞬、戸惑ったが、
「…そうですね…その通りかもしれません…」
と、返答した…
葉山は、いち早く、その場を去った…
その後ろ姿を、高雄組組長が、鋭い眼光で、睨んだ…
私は、それを見逃さなかった…
私は、着替えるために、一度バックルームに入り、それから、コンビニのユニホームを着て、店内に出た…
すると、バイト仲間の当麻が、私に近寄ってきて、
「…竹下さん…実は、凄い生まれなんですね? 驚きました…」
と、言った…
当麻は、明らかに驚いていた…
そして、崇拝の目で、私を見た…
女神を見るような目で、私を見た…
「…ようやく、気付いたか?…」
私は、重々しく言った…
「…実は、私は、皇族出身だ…」
「…エーッ、竹下さんが?…」
「…そうだ…私のお爺ちゃんの、そのまたお爺ちゃんの、そのまた、お爺ちゃんが、皇族の閑院宮家で、庭師をしていた縁で…」
「…庭師?…」
当麻が当惑する。
「…バカ…冗談だ…本気にするヤツがいるか?…あのひとは、ただの知り合いだ…誤解しているだけだ…」
「…誤解?…」
私は、当麻を、無視して、コンビニで、バイトを始めた…
…一体、どうして、高雄組組長が、私のバイトするコンビニにやってきた?…
当たり前だが、その疑問があった…
やはり、今でも、高雄組組長は、私が、古賀会長の血筋を受け継ぐ、人間だと思っているのだろうか?
だから、さっき、私のことを、
「…お嬢さん…」
と、重々しく、呼んだのだろうか?
あの言い方は、私をからかっているような感じでは、まったくなかった…
明らかに、敬意といえば、大げさだが、私を、軽く扱ってなかった…
そして、それは、恐ろしいことだった…
なにしろ、私は、人間が軽い…
ちょうど、重々しさの真逆にある人間だ…
だから、これまで、どんな人間も、私と親しくなると、
「…クミ…」
とか、
「…竹下…」
とか、軽く扱った…
それは、当麻がいい例だ…
当麻は、2歳年下だから、
「…竹下さん…」
と、一応、さんづけで呼ぶが、私を尊敬している姿は、どこにもなかった…
つまり、そういうことだ(涙)…
そして、それが、私の日常だった…
私、竹下クミの置かれた、状況だった…
それが、あの高雄組組長は、私に敬意を表した…
…なにか、あるのか?…
…やはり、なにか、あるのか?…
私は、コンビニのバイトに励みながら、一生懸命、考えた…
考え続けた…
あるときは、レジ打ちをしながら、また、あるときは、バックルームから、品出しをしながら、めまぐるしく考え続けた…
…やはり、あの高雄組組長は、いまだに、私を、亡くなった古賀会長の血筋を引く者と、誤解しているのか?…
それとも、
すでに、稲葉五郎の娘だと、気付いているのか?
さっぱり、わからない…
だが、巷(ちまた)の噂によると、すでに、勝負は決したのが、通説というか…
山田会の後継者争いは、高雄組組長と、稲葉五郎の争いだったが、結果は、稲葉五郎の圧勝に終わった…
だとすれば、もしかしたら、高雄組組長の中で、私の扱いは、変わらないのかもしれない…
ふと、思った…
古賀会長の血筋を引く者にしろ、稲葉五郎の娘にしろ、失礼ながら、今の高雄組組長にとっては、どちらも、自分より上の人間の娘ということにある…
ならば、どっちにしろ、私の扱いは、変わらないのかも?…
高雄組組長の中では、変わらないのかも?
とも、思った…
考えた…
そして、それを考えてから、ようやく本命というか…
高雄悠(ゆう)のことを、思った…
高雄悠(ゆう)は、今、大場代議士を刺して、どこかに、逃走中…
身を隠した…
当然、親である、高雄組組長は、心配しているに違いない…
心配?
いや、
心配どころではないのかもしれない…
なにしろ、血が繋がってないとはいえ、息子が、次期首相の呼び声が高い、大場小太郎代議士を刺したのだ…
そして、それは、すでに新聞ダネになっている…
ネットでも、沸騰している…
はっきりいえば、炎上している…
そして、この事実は、高雄組組長にとって、不利…
とてつもない不利な状況に他ならないのではないか?
高雄組=高雄総業は、今回の杉崎実業が、中国へ、不正に製品を輸出した件で、思いのほか、穏便な結果に、胸をなでおろしたに違いなかった…
なにしろ、杉崎実業は、実質、高雄組のフロント企業…
高雄組の実質、子会社だ…
その杉崎実業を、普通ならば、潰せるはずだったが、政府は、それをしなかった…
ことを荒立てたくなかったからだ…
それは、中国もまた同じだった…
それゆえ、大場小太郎が実質音頭を取り、杉崎実業を潰すことはせず、杉崎実業の株を政府が、買い取り、実質国有化することにした…
杉崎実業のような中堅の世間的に無名な商社にとっては、まさに、異例の厚遇だった…
過去には、ダイエーや日産のように、政府が、直接あるいは、間接に、企業に資金を融通して、倒産を免れることはあったが、それは、日本中に名の知られた大企業であり、倒産すれば、関連会社や、取引先を含めて、多くの人間が失業して、路頭に迷う危険があったから、救ったに過ぎない…
この場合の間接というのは、政府が直接、企業に金を貸し付けたわけではなく、政府系の金融機関を通じて、融資したということだ…
いずれにしろ、高雄組=高雄総業は、杉崎実業を国有化するにあたり、高雄総業が、保有していた、杉崎実業の株を、40億円で、政府が買い取った…
これは、破格…
ありえない厚遇だった…
高雄組=高雄総業が、暴力団であり、それを政府が、知った上で、なお、高雄総業が、持っていた、杉崎実業の株を政府が、買い取ったのだ…
実質的には、政府が、堂々と、暴力団に40億円もの大金を支払ったことになる…
これもまた、大場小太郎の尽力があっての話だった…
いわば、高雄組にとって、大場代議士は、恩人のはずだった…
それを、高雄組組長の息子である悠(ゆう)が刺した…
どういう理由があるにあれ、これが、いいはずがない…
下手をすれば、まさかとは、思うが、高雄組に支払う40億円の金が、取り消されるかもしれない…
まさか、そんなことは、ありえないと思うが、世の中、なにが、どうなるか、わからない…
一寸先は闇というか…
私は、そんなことを、思った…
そんなことを、考え続けた…
そして、
そして、今、高雄組組長は、逃亡中の高雄悠(ゆう)が、どこにいるか、知っているのだろうか?
それを、考えた…
いや、
居場所だけではない…
悠(ゆう)が、おそらく、大場敦子といっしょにいる事実を知っているのだろうか?
悠(ゆう)が刺した大場代議士の娘と、いっしょにいることを知っているのだろうか?
私は、考える…
高雄組組長は、大物ヤクザ…
これまで、数々の修羅場をくぐってきたに違いない…
でも、きっと、今回のような修羅場に遭遇したことは、ないに違いない…
銃弾や札束が飛び交う修羅場に遭遇したことは、一度や二度ではないかもしれないが、さすがに、今回のような事態に遭遇することはありえないだろう…
だが、だからといって、高雄組組長が、私に相談にくるとかは、当然、考えられない…
あり得ない(苦笑)…
…だったら、一体、なんのために、私の元へ?…
私は、考え続ける…
そして、そんなことを、考え続けながら、バイトに精をだしていると、4時間なんて、あっという間に、過ぎだ…
呆気ないほど、すぐにやってきた…
私は、
「…店長…今日はこれで、上がります…」
と、葉山に声をかけると、葉山が、
「…お疲れ様…」
と、返した…
いわゆる、社交辞令というか…
バイトが上がるときにする、挨拶だ…
私は、バックルームに入ると、
「…フーッ…」
と、大きく息を吐きだした…
一体、これから、どうなるのか?
一体、これから、どんな展開が待っているのか、皆目見当もつかなかった…
それゆえ、その不安を拭うために、大きく息をした…
深呼吸をした…
一体これから、どうなるのか、自分でも不安だった…
まさか、拉致されたり、殺されたりするようなことは、ないに違いないが、とにかく、これから、なにが、起こるか、私の頭では、想像すら出来なかった…
不安で、不安で仕方がなかった…
しかし、逃げることはできない…
だから、どうすることもできない…
私は、泣きそうになった…
が、
泣くわけには、いかない…
泣いて、どうなるものでもない…
私は、仕方なく、コンビニのユニホームを脱いで、トボトボと、バックルームから出た…
正直、メチャクチャ、気が重かった…
帰りたくなかった…
このまま、店を出たくなかった…
すると、私の目の前に、誰かが、立ちふさがっているのが、わかった…
店長の葉山だった…
私は、驚いた…
というより、圧倒されたというか…
まさか…
まさか、高雄組組長が、私のバイトするコンビニに現れるとは、思わなかった…
あまりの衝撃に金縛りにあった…
一瞬、金縛りにあったように、カラダが動かなかった…
…どうして?…
…一体、どうして、高雄組組長が、私のバイトするコンビニに現れるんだ?…
私の頭が混乱する…
…一体、なぜ?…
めまぐるしく頭を回転させた…
が、
当然、答えが出るはずもない…
わずか、10秒、いや、20秒で、答えが出るはずもない…
私が、焦って、答えを見つけている間に、ツカツカと、高雄組組長が、私の前にやってきた…
私は、焦る…
どうして、いいか、わからないほど、焦りまくった…
その焦る私の前で、
「…お嬢さん…お久しぶりで、ございます…」
と、高雄組組長が、丁寧に、その長身を折って、私に頭を下げた…
すでに、コメディか、ホラーの世界だ…
役者でいえば、松重豊が、森七菜に、丁寧に頭を下げたようなもの…
誰もが、何事かと、思わず見てしまう…
二度見してしまう(笑)…
190㎝近い長身の五十男が、160㎝の22歳の子供っぽい女に頭を下げるのだ…
そんな迫力があった…
「…あの…私は、お嬢さんじゃ…」
私は、遠慮しながら、小さな声で、抗議した…
ホントは、大きな声で、抗議したいが、それはできない…
なぜ、できないと言えば、私は、チャレンジャーではない…
大物ヤクザに、
「…私は、お嬢さんじゃ、ありません!…」
と、大きな声で言えるほど、チャレンジャーというか、身の程知らずではない…
そういうことだ(笑)…
だから、私は、小さな声で、
「…あの…これから、私、この店で、バイトに入るので…」
と、抗議した…
それに対して、
「…わかってます…」
と、高雄組組長が、即答した…
「…この前と同じく、外で、クルマの中で、待たせて頂きます…」
「…でも、これから、バイトに入るから、終わるのは、4時間後です…」
「…それでもです…いきなり、お嬢さんの元に、押しかけた自分が、悪いんです…」
高雄組組長が、丁寧に腰を折ったまま、私に告げる…
店の中では、偶然、居合わせた他のお客様が、何事かと、目を見開いて、私を見ていた…
いや、
お客様だけではない…
気付くと、バイト仲間の当麻さえ、唖然とした表情で、私を見ていた…
…一体なにが起こったんだ?…
という目で、私を見ていた…
私は、どうしていいか、わからなかった…
衆人環視の中で、しかも、私のバイトするコンビニの中で、高雄組組長に頭を下げられるとは、思わなかったからだ…
私は、どうしていいか、わからず、その場に固まっていると、
「…竹下さん…どうしたの?…」
と、雇われ店長の葉山が、私の元にやってきた…
「…お客様、この娘がなにか?…この娘はウチで、バイトしているコで…」
葉山が、口を開く。
「…いえ、このお嬢さんに用事があったんですが、今日、これから、バイトに入ると言うので、終わるまで、外のクルマの中で、待っていると、言ったんですが…」
「…でも、お客様、この竹下が、バイトが終わるのは、4時間後ですよ…」
「…それでも、構いません…」
「…だったら、竹下さん…構わないんじゃ…」
「…でも…」
「…お客様が、こう言って下さるんだ…竹下さんが、OKするか、どうか、だよ…」
葉山が、強く主張する。
葉山にこう言われては、渋々だが、私もOKするしかなかった…
まさか、高雄組組長の頼みを断れないからだ…
「…バイトが、終わるまで、待っていて下さい…それでいいなら…」
「…ありがとうございます…」
高雄組組長は、またも、丁寧に腰を折って、私に礼を言った…
それから、葉山に向かって、
「…店長もお口添え頂き、ありがとうございました…」
と、丁寧に頭を下げた。
そして、その後、
「…どこかで、会った覚えが…」
と、高雄組組長が、続ける。
「…他人の空似でしょう…世の中、似ているひとは、いっぱいいますから…」
葉山が言う…
その言葉に、高雄組組長は、一瞬、戸惑ったが、
「…そうですね…その通りかもしれません…」
と、返答した…
葉山は、いち早く、その場を去った…
その後ろ姿を、高雄組組長が、鋭い眼光で、睨んだ…
私は、それを見逃さなかった…
私は、着替えるために、一度バックルームに入り、それから、コンビニのユニホームを着て、店内に出た…
すると、バイト仲間の当麻が、私に近寄ってきて、
「…竹下さん…実は、凄い生まれなんですね? 驚きました…」
と、言った…
当麻は、明らかに驚いていた…
そして、崇拝の目で、私を見た…
女神を見るような目で、私を見た…
「…ようやく、気付いたか?…」
私は、重々しく言った…
「…実は、私は、皇族出身だ…」
「…エーッ、竹下さんが?…」
「…そうだ…私のお爺ちゃんの、そのまたお爺ちゃんの、そのまた、お爺ちゃんが、皇族の閑院宮家で、庭師をしていた縁で…」
「…庭師?…」
当麻が当惑する。
「…バカ…冗談だ…本気にするヤツがいるか?…あのひとは、ただの知り合いだ…誤解しているだけだ…」
「…誤解?…」
私は、当麻を、無視して、コンビニで、バイトを始めた…
…一体、どうして、高雄組組長が、私のバイトするコンビニにやってきた?…
当たり前だが、その疑問があった…
やはり、今でも、高雄組組長は、私が、古賀会長の血筋を受け継ぐ、人間だと思っているのだろうか?
だから、さっき、私のことを、
「…お嬢さん…」
と、重々しく、呼んだのだろうか?
あの言い方は、私をからかっているような感じでは、まったくなかった…
明らかに、敬意といえば、大げさだが、私を、軽く扱ってなかった…
そして、それは、恐ろしいことだった…
なにしろ、私は、人間が軽い…
ちょうど、重々しさの真逆にある人間だ…
だから、これまで、どんな人間も、私と親しくなると、
「…クミ…」
とか、
「…竹下…」
とか、軽く扱った…
それは、当麻がいい例だ…
当麻は、2歳年下だから、
「…竹下さん…」
と、一応、さんづけで呼ぶが、私を尊敬している姿は、どこにもなかった…
つまり、そういうことだ(涙)…
そして、それが、私の日常だった…
私、竹下クミの置かれた、状況だった…
それが、あの高雄組組長は、私に敬意を表した…
…なにか、あるのか?…
…やはり、なにか、あるのか?…
私は、コンビニのバイトに励みながら、一生懸命、考えた…
考え続けた…
あるときは、レジ打ちをしながら、また、あるときは、バックルームから、品出しをしながら、めまぐるしく考え続けた…
…やはり、あの高雄組組長は、いまだに、私を、亡くなった古賀会長の血筋を引く者と、誤解しているのか?…
それとも、
すでに、稲葉五郎の娘だと、気付いているのか?
さっぱり、わからない…
だが、巷(ちまた)の噂によると、すでに、勝負は決したのが、通説というか…
山田会の後継者争いは、高雄組組長と、稲葉五郎の争いだったが、結果は、稲葉五郎の圧勝に終わった…
だとすれば、もしかしたら、高雄組組長の中で、私の扱いは、変わらないのかもしれない…
ふと、思った…
古賀会長の血筋を引く者にしろ、稲葉五郎の娘にしろ、失礼ながら、今の高雄組組長にとっては、どちらも、自分より上の人間の娘ということにある…
ならば、どっちにしろ、私の扱いは、変わらないのかも?…
高雄組組長の中では、変わらないのかも?
とも、思った…
考えた…
そして、それを考えてから、ようやく本命というか…
高雄悠(ゆう)のことを、思った…
高雄悠(ゆう)は、今、大場代議士を刺して、どこかに、逃走中…
身を隠した…
当然、親である、高雄組組長は、心配しているに違いない…
心配?
いや、
心配どころではないのかもしれない…
なにしろ、血が繋がってないとはいえ、息子が、次期首相の呼び声が高い、大場小太郎代議士を刺したのだ…
そして、それは、すでに新聞ダネになっている…
ネットでも、沸騰している…
はっきりいえば、炎上している…
そして、この事実は、高雄組組長にとって、不利…
とてつもない不利な状況に他ならないのではないか?
高雄組=高雄総業は、今回の杉崎実業が、中国へ、不正に製品を輸出した件で、思いのほか、穏便な結果に、胸をなでおろしたに違いなかった…
なにしろ、杉崎実業は、実質、高雄組のフロント企業…
高雄組の実質、子会社だ…
その杉崎実業を、普通ならば、潰せるはずだったが、政府は、それをしなかった…
ことを荒立てたくなかったからだ…
それは、中国もまた同じだった…
それゆえ、大場小太郎が実質音頭を取り、杉崎実業を潰すことはせず、杉崎実業の株を政府が、買い取り、実質国有化することにした…
杉崎実業のような中堅の世間的に無名な商社にとっては、まさに、異例の厚遇だった…
過去には、ダイエーや日産のように、政府が、直接あるいは、間接に、企業に資金を融通して、倒産を免れることはあったが、それは、日本中に名の知られた大企業であり、倒産すれば、関連会社や、取引先を含めて、多くの人間が失業して、路頭に迷う危険があったから、救ったに過ぎない…
この場合の間接というのは、政府が直接、企業に金を貸し付けたわけではなく、政府系の金融機関を通じて、融資したということだ…
いずれにしろ、高雄組=高雄総業は、杉崎実業を国有化するにあたり、高雄総業が、保有していた、杉崎実業の株を、40億円で、政府が買い取った…
これは、破格…
ありえない厚遇だった…
高雄組=高雄総業が、暴力団であり、それを政府が、知った上で、なお、高雄総業が、持っていた、杉崎実業の株を政府が、買い取ったのだ…
実質的には、政府が、堂々と、暴力団に40億円もの大金を支払ったことになる…
これもまた、大場小太郎の尽力があっての話だった…
いわば、高雄組にとって、大場代議士は、恩人のはずだった…
それを、高雄組組長の息子である悠(ゆう)が刺した…
どういう理由があるにあれ、これが、いいはずがない…
下手をすれば、まさかとは、思うが、高雄組に支払う40億円の金が、取り消されるかもしれない…
まさか、そんなことは、ありえないと思うが、世の中、なにが、どうなるか、わからない…
一寸先は闇というか…
私は、そんなことを、思った…
そんなことを、考え続けた…
そして、
そして、今、高雄組組長は、逃亡中の高雄悠(ゆう)が、どこにいるか、知っているのだろうか?
それを、考えた…
いや、
居場所だけではない…
悠(ゆう)が、おそらく、大場敦子といっしょにいる事実を知っているのだろうか?
悠(ゆう)が刺した大場代議士の娘と、いっしょにいることを知っているのだろうか?
私は、考える…
高雄組組長は、大物ヤクザ…
これまで、数々の修羅場をくぐってきたに違いない…
でも、きっと、今回のような修羅場に遭遇したことは、ないに違いない…
銃弾や札束が飛び交う修羅場に遭遇したことは、一度や二度ではないかもしれないが、さすがに、今回のような事態に遭遇することはありえないだろう…
だが、だからといって、高雄組組長が、私に相談にくるとかは、当然、考えられない…
あり得ない(苦笑)…
…だったら、一体、なんのために、私の元へ?…
私は、考え続ける…
そして、そんなことを、考え続けながら、バイトに精をだしていると、4時間なんて、あっという間に、過ぎだ…
呆気ないほど、すぐにやってきた…
私は、
「…店長…今日はこれで、上がります…」
と、葉山に声をかけると、葉山が、
「…お疲れ様…」
と、返した…
いわゆる、社交辞令というか…
バイトが上がるときにする、挨拶だ…
私は、バックルームに入ると、
「…フーッ…」
と、大きく息を吐きだした…
一体、これから、どうなるのか?
一体、これから、どんな展開が待っているのか、皆目見当もつかなかった…
それゆえ、その不安を拭うために、大きく息をした…
深呼吸をした…
一体これから、どうなるのか、自分でも不安だった…
まさか、拉致されたり、殺されたりするようなことは、ないに違いないが、とにかく、これから、なにが、起こるか、私の頭では、想像すら出来なかった…
不安で、不安で仕方がなかった…
しかし、逃げることはできない…
だから、どうすることもできない…
私は、泣きそうになった…
が、
泣くわけには、いかない…
泣いて、どうなるものでもない…
私は、仕方なく、コンビニのユニホームを脱いで、トボトボと、バックルームから出た…
正直、メチャクチャ、気が重かった…
帰りたくなかった…
このまま、店を出たくなかった…
すると、私の目の前に、誰かが、立ちふさがっているのが、わかった…
店長の葉山だった…