第6話

文字数 5,207文字

と、そのときだった…

 あの人見人事部長が、この部屋を出て、杉崎実業の人間が、誰もいなくなっていたから、私たち五人は、騒いでいたが、それも束の間…

 ドアが開いて、別の人間が、入って来た…

 それは、女だった…

 一目見て、セクシーという言葉が似合う女…

 スリットの入ったスカート…

 なにより、ナイスバディの女だった…

 私たち五人は、その女を見て、目を見張った…

 なぜって、私たち五人は、皆、そこそこの美人…

 身長も160㎝と、同じくらい…

 顔も、こういっては、なんだが、どれも似たり寄ったり…

 しかし、今、現れた女は、明らかな美人だった…

 私たち五人とは、別次元の美人だった…

 身長も170㎝弱…

 歳は三十前後…

 顔は派手な美人顔だが、なにより、色っぽい…

 色気が全身から、ムンムンと溢れてくるタイプの女だった…

 私たち五人と比べると、大人と子供というか…

 一言で言って、比べ物にならない色気の持ち主だった(涙)…

 「…藤原と言います…」

 女が名乗った…

 「…人事部で、人見の下で、働いています…」

 私は、こう言ってはなんだが、これまで、この会社にやって来て、この会社が、ヤクザが運営しているのではと言われても、ピンと来なかった…

 しかし、この藤原という女性を見て、初めて、違和感を感じた…

 ピンときた!

 一言で言って、この藤原という女性が、会社員という設定が合わないのだ(笑)…

 水商売とまでは言わないが、モデルとか、芸能人とか、ハッキリ言って、そのナイスバディなカラダを使って、する仕事が合っている…

 この藤原という女性を見ると、昨日まで、銀座のお店にいましたと宣言するのが正しいという感じ(笑)…

 私が、そんな思いで、この女を見ていると、他の四人も同じだったようだ…

 なにげなく、他の四人を見ると、誰もが、唖然としていた…

 それも、まるで、子供がポカンと口を開けて、驚いて、見る感じだった…

 純粋に、この場に場違いな女が現れたと思った感じが表情に出ていた…

 私は、その四人の横顔を見て、ふいに気付いた…

 …似ている!…

 この四人、いや、私を含め、五人が似ているのだ…

 身長も同じくらい…

 顔立ちも、皆、似ている…

 これは、一体どういうことだ?

 偶然ではない…

 私は、気付いた…

 偶然、私たち五人がここに集められたわけではない…

 おそらく、それは、故意というか、必然…

 たぶん…

 たぶん、さっき人見人事部長が言った、ヤクザの娘がここにいると知っていると、ほのめかした…

 しかし、本当は、わからないのではないか?

 仮に敵対するヤクザの娘が、この杉崎実業に入社するとしても、それが、誰だか、わからないのではないか?

 だから、おそらくは、その娘に対して、得た情報…

 身長とか、顔立ちが、わかったので、とりあえずは、それに適応した女を選んだのではないか?

 私の脳裏に、そんな考えが、突然、浮かんだ…

 そして、その考えに、私は、自信を持った…

 なぜなら、そう考えると、私たち五人が、ここに集められた理由がわかる…

 似たような顔、そして、似たような身長の女五人が、集められた理由がわかる。

 つまりは、高雄総業にしても、手探り状態で、私たちの中の誰かが、ヤクザの娘であると、絞り込めてないのでは? と、考えた。

 ゆえに、集めた。

 と、そこまでは、わかった…

 しかし、そこまでだった…

 それと、あの高雄が、結婚を持ち出す理由がわからない…

 どうして、いきなり、結婚なのかが、わからない…

 私が、そんなことを、考え込んでいると、ふと、目の前に気配を感じた…

 「…お嬢ちゃん…」

 いきなり、私に話しかけた。

 「…なにを考えているの?…」

 私に、藤原と名乗った水商売風の女が、顔を近づけてきた。

 「…な、なにも…」

 私は、とっさに言った。

 「…なにも、考えてないです…」

 私は、答える。

 その私の答えに、

 「…お嬢ちゃん…ウソが下手ね…」

 と、藤原が続けた。

 「…誰が見ても、お嬢ちゃんは、思案中…
一目見て、わかるウソはいけないわ…」

 藤原が言う。

 私は、彼女の言葉に、

 「…」

 と、絶句した。

 …確かに、その通りだからだ…

 藤原は私から顔を離して、立ち上がった…

 それから、パンパンと自らの両手を叩いた。

 「…他の皆さんもそう…ウソはいけないわ…いえ、ウソがいけないんじゃない…誰が見ても、わかるウソをついちゃダメってこと…」

 藤原は言う。

 「…女はね…男に対しては、ウソをついてもいいの…でも、それは、相手もウソとわかっていて、いわば、男と女の間で、駆け引きをしているの…そんなウソはついていい…それはゲームだから…」

 藤原が言った…

 いかにも、ホステス上がりというのが、わかるセリフだった(笑)…

 圧倒的に説得力のあるセリフだった(笑)…

 「…でも、お嬢ちゃんたちには、まだ、ちょっと無理かな…色気が足りない…」

 色気ムンムンの藤原が言う。

 「…でも、色気が足りないのは、ご愛敬…若さで、補える…肝心なのは、若さが、なくなったときに、武器になる、なにかを身に着けること…女はこれが大事…」

 藤原先生は、断言する。

 うーむ…

 一見すると、ためになることを言っている…

 しかし、

 しかし、だ…

 これが一体、この杉崎事業の内定と、どういう関係があるのか?

 それが、一番の謎だった(笑)…

 私の疑問に、藤原先生は、気付いたのかもしれない…

 「…よーするに、わかるウソはついちゃダメってことよ…」

 藤原先生は、総括する。

 「…自分の実家が、なにをしていても、いいわ…でも、それを無理に隠そうとしていても、いずれ、バレる…だから、バレるウソはついちゃダメ…」

 藤原先生は言った…

 …そういうことか?…

 私は、気付いた…

 バレるウソは、ついちゃダメと言いつつ、たぶん、この五人の中の誰の実家が、ヤクザか、わからない…

 だから、話をそういう方向に持っていこうとしたのか?

 私は思った。

 そして、私同様、他の四人もその事実に気付いたに違いない…

 なんのことはない…

 この藤原先生は、男と女のゲームと言いつつ、本当は、誰が、ヤクザの娘かわからないから、この場で、自己申告しろ…

 告白しろ!

 と、誘導しているのだ…

 だが、そんなことも、わからない、この五人ではない…

 いずれも、藤原の口車には、乗らなかった(笑)…

 甘い…

 甘いぞ、藤原…

 私たち五人の女を舐めすぎているぞ…

 私は、思った。

 結局、その日は、藤原と名乗った女が、杉崎実業の内定に関して、書類を私たち五人に、配って、その書類の記入の仕方うんぬんを教えて、終わった…

 なんのことはない…

 あの人見人事部長が、退場して、実務面を、この藤原という女が担当しただけだった…

 要するに、あの人見は管理職で、この藤原は、その部下であり、実務面は、この藤原が、担当する役割なのだろう…

 私は、思った。

 私は、帰途に着きながら、電車の中で、吊り革に、摑まりつつ、考えた…

 このまま、杉崎実業に入社していいのか、心配になった…

 ヤクザのフロント企業かもしれない会社に入社しても、構わないのだろうか?

 誰もが、悩む。

 躊躇する…

 しかし、現実的な問題として、今だ、内定はゼロ…

 どこかに就職しなければ、ならない…

 杉崎実業は、一部上場企業…

 世間的には、無名だが、一部上場企業だ…

 世間様に胸を張れると言えば、大げさだが、恥ずかしくはないレベルだ…

 しかし、そんな会社が、ヤクザのフロント企業って?…

 一体、どうしたら、いいのか?

 杉崎実業に、就職すべきか?

 それとも、このまま就活を続けて、別の会社を探すべきか?

 でも、今のこの時期に、まだ募集している会社に、ろくな会社は、残ってないぞ…

 だとすれば、留年して、来年、就活をすべきか?

 いや、それでは、お金がかかって、仕方がない…

 一年間の授業料だって、バカにならない…

 ウチは、貧乏ではないが、決して、裕福ではない…

 簡単に、一年留年して、学費を払う余裕は、ウチにはない…

 だとすれば、私が、バイトして、全額、学費を払うしかない…

 だが、そんなことをして、来年、肝心の就職活動ができるのか?

 バイトに専念すれば、就活を続ける時間はないぞ…

 世の中、そんなに甘いものではない…

 それに、それに、だ…

 もし、仮に、留年して、来年、就活したとする…

 そうなれば、当然、企業は、どうして、留年したか、私に訊くだろう…

 私としては、当然、去年、就活がうまくいかなかったからとは、口が裂けても言えない…

 だから、適当な言い訳をするだろう…

 だが、相手が、それを信じるか?

 企業の人事担当は、当然、私よりも年上…

 人を見る目もあるだろう…

 それを騙すことができるか?

 それになにより、男なら、いざしらず、女の身で、留年までして、翌年、就活する…

 そんな女は、決して多くないだろう…

 いわば、少数派…

 かえって、就活が不利になるのではないか?

 私の中で、さまざまな思いが、よぎる…

 考える。

 まるで、メリーゴーランドのように、グルグルと、同じことを考え続けた。

 と、そのときだった…

 ポンと、誰かが、背後から、私の肩を叩いた…

 吊り革に摑まったままの私は、驚いた…

 まさか、電車に乗っていて、見知らぬ誰かに、ポンと肩を叩かれるとは、思わなかったからだ…

 …なんだ?…

 思いながら、背後を振り返った…
  
 と、そこにいたのは、あのイケメン…

…なんと、あのイケメンの高雄だった…

 …た、高雄?…

 …ウソだろ?…

 私は、驚いた。

 当然だ…

 電車の中だ…

 私は、吊り革を摑まったままだ…

 その私の背後に、まるで、映画スターのようなイケメンの高雄が…

 これでは、まるで、映画…

 映画のワンシーンだ!

 私は、絶叫したい気分だった…

 こんな偶然ってある?

 そう叫び出したい気分だった…

 こんな偶然って?

 偶然?

 ホントに、偶然、高雄が、私の背後にいたのか?

 それとも、私を追いかけて、来たのか?

 追いかけて?

 どうして、私を追いかけて、来たのか?

 だが、私を追いかけて、来た方が、理屈に合う…

 偶然、電車の中で、会うよりも、理屈に合う…

 私が、考え続けていると、

 「…こんにちは…」

 と、高雄が爽やかに、声を掛けた。

 「…偶然ですね…」

 高雄が続ける。

 …偶然?…

 …ホントに、偶然か?…

 …偶然なわけ、ないだろ?…

 私は、思った…

 しかし、高雄の顔を見ると、それを言うことができない…

 高雄の顔が、まぶしすぎるというか?

 あまりにも、爽やかで、その疑問を、直接高雄にぶつけることができない…

 …オマエ、ウソをつくな!…

 と、言いたいところだが、それを口にすることができない…

 それは、高雄が、イケメンだからだ…

 恐るべき、イケメンの魔力!

 私は、惚れ惚れと、間近で、高雄のイケメンの顔を見た…

 なにより、電車だ…

 吊り革に摑まった私の背後に、ピタッと、高雄のイケメンの顔がある…

 高雄のイケメンの顔がある…

 圧倒的な爽やかさ…

 この世の中に、高雄よりも、イケメンの男が、いるのは、わかっている…

 しかし、この高雄よりも、爽やかな男が、どれほどいるというのか?

 それがわからない…

 そう思えるほど、高雄の爽やかさは、圧倒的というか、凄まじかった…

 まるで、二次元の漫画の主人公や、イラストの主人公が、三次元に、立体化したような、そんな感じがあった…

 この世の中に、これほど、爽やかな男が、存在するのか…

 思わず、そう思えるほどだった…

 私が、うっとりとして、高雄を見上げていると、高雄が、私の耳元で、

 「…次の駅で降りませんか? お話ししたことがあります…」

 と、囁いた。

                
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