第103話
文字数 5,228文字
高雄…
高雄悠(ゆう)…
あの男は、一体、なにを考えていたのだろう?
いや、
それは、今も同じ…
今、一体、なにを考えているのだろう?…
謎がある…
今度の一件で、高雄組は追い込まれた…
が、
政府から、40億円もの、杉崎実業に投資した株の金額を返却されることで、首の皮一枚で、繋がったとも言われる…
しかし、それ以前に、あの稲葉五郎は、私に、
「…兄貴を山田会から追放しようという動きがあって…」
と、打ち明けた…
それは、騒動の前…
杉崎実業が、中国に、製品を不正輸出させていた事実が、世間にバレる前のことだ…
あの松尾聡(さとし)率いる、松尾会との抗争で、松尾会と、うまく抗争を終結させることができなかった高雄組組長の手腕に、山田会内部から、疑問の声が上がったのだ…
元々は、高雄組組長は、経済ヤクザ…
金融が中心というか、得意分野の人間…
その人間に、抗争=ケンカを収めるのは、得意ではないのは、素人でもわかる…
あの松尾会との争いの発端は、末端の組員同士が、ささいなことで、繁華街で、殴り合ったのが、始まりだった…
それを起こした組員が、山田会でも、稲葉一家の系列に所属する一派だった…
末端の組事務所が、山田会の上層部に連絡したが、出たのは、高雄組の一派の組長だった…
だから、騒動を収める上で、上に連絡しようかどうか、悩んだ…
山田会は、古賀会長が亡くなって、事実上、稲葉五郎と、高雄組組長の二つの派閥に割れている…
自分が連絡しない方が、いいのではないか?
同じ山田会でも、派閥が違うのだから、放っておけば、いいのではないか?
その方が、自分の派閥に有利になるのではないか?
そんな考えが、脳裏に浮かんで、連絡が遅れ、結果的に、大騒動になった…
そして、それをテレビの報道で、知った、稲葉五郎が、急遽、動き、騒動を鎮静化させた…
自分に属する組の人間に命じて、対処したのだ…
これは、結果的に、稲葉五郎の実力を見せつけた…
同時に、高雄組長の力のなさを見せつけた…
あの一件を境に、山田会でも、高雄組組長に対する視線が冷ややかになった…
山田会で、高雄組組長と、稲葉五郎は、双璧…
しかし、山田会と松尾組の抗争で、その抗争を収められないことで、高雄組組長の力のなさを、周囲に見せつけた…
元々、高雄組組長は、経済ヤクザ…
抗争は、得意ではない…
そもそも、抗争の得意でない高雄組組長に、騒動を収めることは、難しい…
騒動=抗争に不得手なのだ…
それが、対処するのは、やはり無理があるというか…
うまくいかないことが、わかっていると断言できるとまでは、言わないが、うまくいかないことがあっても、仕方がないだろうとも、思う…
だが、やはり、ヤクザはケンカが強いのが、命…
そして、いったん抗争が起きれば、どんなことがあっても、負けることはできない…
負ける=弱い、だからだ…
弱いヤクザはいらない…
ヤクザは、強くなければ、ならない…
結果的に、稲葉五郎は、その存在価値を見せつけ、真逆に、高雄組組長は、その存在価値を低下させた…
思えば、あの一件が、すべての始まりだった気がする…
この騒動のきっかけだった気がする…
杉崎実業の一件もそうだが、それ以前に、山田会内部の次期会長レースの行方を決定づけた気がする…
高雄組組長の凋落の始まりだった気がする…
と、
そこまで、考えて、ふと、気付いた…
私は、稲葉五郎を知っている…
何度も会った…
そして、高雄組組長や、山田会の抗争相手だった松尾会会長…
さらには、あの大場小太郎代議士にも会った…
ただし、
ただし、だ…
私は、稲葉五郎と会うときは、いつも、稲葉五郎を相手にするだけ…
真逆に、他の3人…
高雄組組長、
松尾会会長、
大場小太郎、
この3人と会ったときは、それぞれ、一人ずつで、会ったときもあれば、2人のときもあったし、3人、いっしょに会ったときもある…
これは、果たして、偶然なのだろうか?
私は、考える…
が、
結果として、稲葉五郎と、大場小太郎は、勝ち残り、高雄組組長と、松尾会会長は、負けた…
普通ならば、稲葉五郎と、残りの3人の対決に思える…
なぜなら、稲葉五郎が、他の3人といっしょに、いたことは、一度もないからだ…
稲葉五郎だけ、はずれている…
見方を変えれば、稲葉五郎だけ、いつも一人なのだ…
松尾会長は、
「…山田会の次期会長は、稲葉さんです…」
と、明言し、
高雄組組長も、それに答え、
「…次の会長は、五郎です…」
と、松尾会長に告げている…
しかし、そこに、稲葉五郎の姿はない…
だから、見方を変えれば、大場小太郎はヤクザではないから、除外するとして、松尾会長と、高雄組組長は、共闘しているようにも、見える…
お互いが、がっちりと手を握って、稲葉五郎に対抗しようとしているようにも見える…
なぜなら、あの場に稲葉五郎がいないからだ…
だから、もしかしたら、当初は、あの3人が組んで、稲葉五郎を追放しようとした?
あるいは、そこまで、いかなくても、稲葉五郎の、力を削ごうとした…
ふと、そんなことを思った…
稲葉五郎は、山田会で、武闘派として、知られている…
圧倒的な知名度がある…
山田会内部で、一番の実力者だ…
その力を削ごうとした?
ふと、その可能性に気付いた…
高雄組組長にとって、稲葉五郎は目の上のたんこぶのような存在だ…
次期山田会会長候補のライバル…
だが、高雄組組長では、稲葉五郎に対抗できない…
なにより、高雄組組長は、武闘派ではない…
金はあるが、力はないからだ…
経済ヤクザの高雄組組長が稲葉五郎に対抗するのは、他の武闘派の力を借りること…
そして、その力を借りるのに、松尾会長は、ちょうどいい…
なにしろ、松尾会長は、亡くなった古賀会長と五分の盃を交わした兄弟分…
高雄組長にとっては、叔父さんだ…
稲葉五郎の力を削ぐのに、組むのに、ちょうどいい相手だ…
そして、それに、大場小太郎が加わった…
大場小太郎は、稲葉五郎と親しいが、クルマのガレージに発砲されるほど、仲が悪くなった…
アレは、稲葉五郎と、大場代議士が、直接、言葉を交わさずとも、お互いが、お互いの立場を踏まえた上で、暗黙の了解のうえ、行動したお芝居だ…
そう、大場小太郎も、娘の敦子も、私に断言したが、真実は、怪しい…
互いの立場の違いから、仕方のない行動だが、面白いことではない…
愉快なことではない…
だから、高雄組組長と、松尾会長に、大場小太郎は、加担したのではないか?
目的は、同じ…
山田会内部で、稲葉五郎の力を落とすこと…
しかし、それが、途中で、大場小太郎が、稲葉五郎に寝返ったとしたら?
そして、その結果、稲葉五郎と、大場小太郎が、勝ち、高雄組長と、松尾会長が負けたとしたら?
その可能性は、十分考えられる…
もしかしたら、稲葉五郎もまた、最初から、あの3人が組んでいるのだと、気付いているとしたら?
もし、気付いているとしたら、当然、対抗策を取るだろう…
手を打つに違いない…
だが、その対抗策とは一体、どんなものだろう?
私は、考えた…
ひょっとして?
それは、ひょっとして、私に関わることではないだろうか?
私、竹下クミに関わるものでは、ないだろうか?
なぜだか、わからないが、私は、稲葉五郎とも、他の3人とも接点がある…
なぜ、私が、双方の陣営が大切にするのかは、わからない…
私が、死んだ古賀会長の血筋を引く者だからだと、稲葉五郎は言った…
しかし、死んだ古賀会長の血筋を引く者だとして、それが、一体、次期山田会会長の行方に、どんな影響を与える力があるのだろう…
さっぱり、わからない…
私は、江戸時代の大名ではない…
血筋だけで、誰かに担がれる人間ではない…
仮に、私が、本当に、古賀会長の血筋を引く者だとしても、どれだけの力があるのだろうか?
山口組の三代目である田岡組長の血筋を引く者たちも、現在の山口組と、なんの関係もないだろう…
それが、ただ、亡くなった古賀会長の血筋を引くというだけで、これだけ、大切にされるのだろうか?
謎が残る…
私は、考える…
考え続ける…
結局、山田会は、稲葉五郎の一人勝ち…
政界では、にわかに、大場小太郎代議士の存在感が増した…
際立った…
それまで、大場派の領袖として、次期総理総裁候補の筆頭だったにも、かかわらず、大場小太郎は、影が薄かった…
長身で、容姿端麗、おまけに、東大卒…生まれも育ちも超一流にもかかわらず、影が薄かった…
それは、単純に、存在感が乏しいからだった…
いかに、容姿が優れていても、目立たない人間は男女ともいる…
存在する…
なぜ、目立たないかと言えば、一言でいって、華がないのだ…
美男美女でも、華がないから、目立たない…
よく見れば、オマエもイケメンなのにな…
あるいは、
美人なのにな…
と、言われてしまう…
たしかに、一つ一つのパーツを見れば、目鼻立ち一つ一つが優れているが、まとまって見ると、華がない…
だから、思ったほど、目立たない…
異性にモテない…
そんな残念な人間が、男女とも稀にいる…
大場小太郎は、そんな残念な人間の一人だった…
ただ、能力は抜きんでており、実績もある…
それゆえ、派閥の領袖なのだ…
大場派の会長なのだ…
だが、華がない…
それが、今度の一件で、知名度を上げた…
政治家は、華がなければ、務まらない…
目立たなければ、務まらない…
その言動が、世間の耳目を集めなければ、ならない…
その行動が、世間から注目されなければ、ならない…
それは、ちょうど、芸能人に似ている…
お互いが、究極のところ、人気商売だからだ…
私は、考える…
そして、私は、一つの可能性を考えた…
もし、大場小太郎が、高雄組組長と、松尾会長と、行動を共にしていれば、どうなったか? を、考えた…
…負け組…
私の脳裏に、とっさに、その言葉が浮かんだ…
なにしろ、高雄組組長が実質支配下にあった杉崎実業は、中国への不正輸出で、事実上、倒産に近い形になった…
政府が資金を投入して、事実上の国有化で、生き残ることはできたが、先行きは怪しい…
ただ、高雄組が、杉崎実業のへの株を買い占めるにあたって、投資した額は、ある程度、回収できた…
全額ではないが、40億円は、政府が、高雄組に返還した…
これは、考えてみれば、あり得ない厚遇だろう…
いかに、投資したとはいえ、暴力団に、40億円もの、金を返還したのだ…
高雄組は、山田会で、稲葉五郎との争いに負けたとは、いえ、十二分に面子が立ったのでは、ないだろうか?
なにしろ、日本政府が、高雄組に40億円の金額を返還したのだ…
繰り返すが、日本政府が、だ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
日本政府、日本政府、と、連呼しているが、その日本政府だって、当たり前だが、人間が作っている…
日本人が、構成している…
当然、誰かが、決定している…
決めている…
最高決定者は、総理大臣だが、総理大臣といえども、なにもかも一人で、決めるわけでは、あるまい…
当然、誰かの意見を聞いている…
例えば、今度の一件で、高雄組に40億円もの大金を返すのにも、いろんな人間の意見を聞いているに決まっている…
と、すると、どうだ?
その意見を言う中に、大場小太郎の名前がある可能性はないか?
ふと、思った…
大場小太郎は、次期総理総裁候補の筆頭…
総理とも近い関係だ…
つまりは、大場小太郎の口利きで、高雄組に、40億円もの大金が、返還された可能性が高い…
いや、
高いのではなく、それが、真実に近いのではないか?
そうなると、どうだ?
大場小太郎の立ち位置は、どうなる?
稲葉五郎の側でもない…
高雄組組長の側でもない…
ちょうどいい、立ち位置…
どっちが、勝っても、泥をかぶらないというか…
どっちが勝っても、恨まれない、立ち位置だ…
結果的に、高雄組組長は、負けたが、40億円もの大金が戻ってきた…
それに尽力したといえば、高雄組組長もまた、大場小太郎に感謝こそすれ、文句は言えまい…
大場小太郎の尽力あってこそ、40億円もの大金が、戻ってきたのだ…
つまり、大場小太郎は、恨まれない…
もし、高雄組長を裏切って、稲葉五郎の側についていたとしても、恨まれない…
そういうことになる…
いや、
そうではないのかもしれない…
違うかもしれない…
大場小太郎は、稲葉五郎と高雄組組長を両天秤にかけていたのかもしれない…
どっちが、勝とうと負けようと、構わないように、両方と、うまく付き合っていたのかもしれない…
そう考えると、にわかに、私の中で、大場小太郎の存在が大きくなった…
圧倒的なまでに、大きくなった…
高雄悠(ゆう)…
あの男は、一体、なにを考えていたのだろう?
いや、
それは、今も同じ…
今、一体、なにを考えているのだろう?…
謎がある…
今度の一件で、高雄組は追い込まれた…
が、
政府から、40億円もの、杉崎実業に投資した株の金額を返却されることで、首の皮一枚で、繋がったとも言われる…
しかし、それ以前に、あの稲葉五郎は、私に、
「…兄貴を山田会から追放しようという動きがあって…」
と、打ち明けた…
それは、騒動の前…
杉崎実業が、中国に、製品を不正輸出させていた事実が、世間にバレる前のことだ…
あの松尾聡(さとし)率いる、松尾会との抗争で、松尾会と、うまく抗争を終結させることができなかった高雄組組長の手腕に、山田会内部から、疑問の声が上がったのだ…
元々は、高雄組組長は、経済ヤクザ…
金融が中心というか、得意分野の人間…
その人間に、抗争=ケンカを収めるのは、得意ではないのは、素人でもわかる…
あの松尾会との争いの発端は、末端の組員同士が、ささいなことで、繁華街で、殴り合ったのが、始まりだった…
それを起こした組員が、山田会でも、稲葉一家の系列に所属する一派だった…
末端の組事務所が、山田会の上層部に連絡したが、出たのは、高雄組の一派の組長だった…
だから、騒動を収める上で、上に連絡しようかどうか、悩んだ…
山田会は、古賀会長が亡くなって、事実上、稲葉五郎と、高雄組組長の二つの派閥に割れている…
自分が連絡しない方が、いいのではないか?
同じ山田会でも、派閥が違うのだから、放っておけば、いいのではないか?
その方が、自分の派閥に有利になるのではないか?
そんな考えが、脳裏に浮かんで、連絡が遅れ、結果的に、大騒動になった…
そして、それをテレビの報道で、知った、稲葉五郎が、急遽、動き、騒動を鎮静化させた…
自分に属する組の人間に命じて、対処したのだ…
これは、結果的に、稲葉五郎の実力を見せつけた…
同時に、高雄組長の力のなさを見せつけた…
あの一件を境に、山田会でも、高雄組組長に対する視線が冷ややかになった…
山田会で、高雄組組長と、稲葉五郎は、双璧…
しかし、山田会と松尾組の抗争で、その抗争を収められないことで、高雄組組長の力のなさを、周囲に見せつけた…
元々、高雄組組長は、経済ヤクザ…
抗争は、得意ではない…
そもそも、抗争の得意でない高雄組組長に、騒動を収めることは、難しい…
騒動=抗争に不得手なのだ…
それが、対処するのは、やはり無理があるというか…
うまくいかないことが、わかっていると断言できるとまでは、言わないが、うまくいかないことがあっても、仕方がないだろうとも、思う…
だが、やはり、ヤクザはケンカが強いのが、命…
そして、いったん抗争が起きれば、どんなことがあっても、負けることはできない…
負ける=弱い、だからだ…
弱いヤクザはいらない…
ヤクザは、強くなければ、ならない…
結果的に、稲葉五郎は、その存在価値を見せつけ、真逆に、高雄組組長は、その存在価値を低下させた…
思えば、あの一件が、すべての始まりだった気がする…
この騒動のきっかけだった気がする…
杉崎実業の一件もそうだが、それ以前に、山田会内部の次期会長レースの行方を決定づけた気がする…
高雄組組長の凋落の始まりだった気がする…
と、
そこまで、考えて、ふと、気付いた…
私は、稲葉五郎を知っている…
何度も会った…
そして、高雄組組長や、山田会の抗争相手だった松尾会会長…
さらには、あの大場小太郎代議士にも会った…
ただし、
ただし、だ…
私は、稲葉五郎と会うときは、いつも、稲葉五郎を相手にするだけ…
真逆に、他の3人…
高雄組組長、
松尾会会長、
大場小太郎、
この3人と会ったときは、それぞれ、一人ずつで、会ったときもあれば、2人のときもあったし、3人、いっしょに会ったときもある…
これは、果たして、偶然なのだろうか?
私は、考える…
が、
結果として、稲葉五郎と、大場小太郎は、勝ち残り、高雄組組長と、松尾会会長は、負けた…
普通ならば、稲葉五郎と、残りの3人の対決に思える…
なぜなら、稲葉五郎が、他の3人といっしょに、いたことは、一度もないからだ…
稲葉五郎だけ、はずれている…
見方を変えれば、稲葉五郎だけ、いつも一人なのだ…
松尾会長は、
「…山田会の次期会長は、稲葉さんです…」
と、明言し、
高雄組組長も、それに答え、
「…次の会長は、五郎です…」
と、松尾会長に告げている…
しかし、そこに、稲葉五郎の姿はない…
だから、見方を変えれば、大場小太郎はヤクザではないから、除外するとして、松尾会長と、高雄組組長は、共闘しているようにも、見える…
お互いが、がっちりと手を握って、稲葉五郎に対抗しようとしているようにも見える…
なぜなら、あの場に稲葉五郎がいないからだ…
だから、もしかしたら、当初は、あの3人が組んで、稲葉五郎を追放しようとした?
あるいは、そこまで、いかなくても、稲葉五郎の、力を削ごうとした…
ふと、そんなことを思った…
稲葉五郎は、山田会で、武闘派として、知られている…
圧倒的な知名度がある…
山田会内部で、一番の実力者だ…
その力を削ごうとした?
ふと、その可能性に気付いた…
高雄組組長にとって、稲葉五郎は目の上のたんこぶのような存在だ…
次期山田会会長候補のライバル…
だが、高雄組組長では、稲葉五郎に対抗できない…
なにより、高雄組組長は、武闘派ではない…
金はあるが、力はないからだ…
経済ヤクザの高雄組組長が稲葉五郎に対抗するのは、他の武闘派の力を借りること…
そして、その力を借りるのに、松尾会長は、ちょうどいい…
なにしろ、松尾会長は、亡くなった古賀会長と五分の盃を交わした兄弟分…
高雄組長にとっては、叔父さんだ…
稲葉五郎の力を削ぐのに、組むのに、ちょうどいい相手だ…
そして、それに、大場小太郎が加わった…
大場小太郎は、稲葉五郎と親しいが、クルマのガレージに発砲されるほど、仲が悪くなった…
アレは、稲葉五郎と、大場代議士が、直接、言葉を交わさずとも、お互いが、お互いの立場を踏まえた上で、暗黙の了解のうえ、行動したお芝居だ…
そう、大場小太郎も、娘の敦子も、私に断言したが、真実は、怪しい…
互いの立場の違いから、仕方のない行動だが、面白いことではない…
愉快なことではない…
だから、高雄組組長と、松尾会長に、大場小太郎は、加担したのではないか?
目的は、同じ…
山田会内部で、稲葉五郎の力を落とすこと…
しかし、それが、途中で、大場小太郎が、稲葉五郎に寝返ったとしたら?
そして、その結果、稲葉五郎と、大場小太郎が、勝ち、高雄組長と、松尾会長が負けたとしたら?
その可能性は、十分考えられる…
もしかしたら、稲葉五郎もまた、最初から、あの3人が組んでいるのだと、気付いているとしたら?
もし、気付いているとしたら、当然、対抗策を取るだろう…
手を打つに違いない…
だが、その対抗策とは一体、どんなものだろう?
私は、考えた…
ひょっとして?
それは、ひょっとして、私に関わることではないだろうか?
私、竹下クミに関わるものでは、ないだろうか?
なぜだか、わからないが、私は、稲葉五郎とも、他の3人とも接点がある…
なぜ、私が、双方の陣営が大切にするのかは、わからない…
私が、死んだ古賀会長の血筋を引く者だからだと、稲葉五郎は言った…
しかし、死んだ古賀会長の血筋を引く者だとして、それが、一体、次期山田会会長の行方に、どんな影響を与える力があるのだろう…
さっぱり、わからない…
私は、江戸時代の大名ではない…
血筋だけで、誰かに担がれる人間ではない…
仮に、私が、本当に、古賀会長の血筋を引く者だとしても、どれだけの力があるのだろうか?
山口組の三代目である田岡組長の血筋を引く者たちも、現在の山口組と、なんの関係もないだろう…
それが、ただ、亡くなった古賀会長の血筋を引くというだけで、これだけ、大切にされるのだろうか?
謎が残る…
私は、考える…
考え続ける…
結局、山田会は、稲葉五郎の一人勝ち…
政界では、にわかに、大場小太郎代議士の存在感が増した…
際立った…
それまで、大場派の領袖として、次期総理総裁候補の筆頭だったにも、かかわらず、大場小太郎は、影が薄かった…
長身で、容姿端麗、おまけに、東大卒…生まれも育ちも超一流にもかかわらず、影が薄かった…
それは、単純に、存在感が乏しいからだった…
いかに、容姿が優れていても、目立たない人間は男女ともいる…
存在する…
なぜ、目立たないかと言えば、一言でいって、華がないのだ…
美男美女でも、華がないから、目立たない…
よく見れば、オマエもイケメンなのにな…
あるいは、
美人なのにな…
と、言われてしまう…
たしかに、一つ一つのパーツを見れば、目鼻立ち一つ一つが優れているが、まとまって見ると、華がない…
だから、思ったほど、目立たない…
異性にモテない…
そんな残念な人間が、男女とも稀にいる…
大場小太郎は、そんな残念な人間の一人だった…
ただ、能力は抜きんでており、実績もある…
それゆえ、派閥の領袖なのだ…
大場派の会長なのだ…
だが、華がない…
それが、今度の一件で、知名度を上げた…
政治家は、華がなければ、務まらない…
目立たなければ、務まらない…
その言動が、世間の耳目を集めなければ、ならない…
その行動が、世間から注目されなければ、ならない…
それは、ちょうど、芸能人に似ている…
お互いが、究極のところ、人気商売だからだ…
私は、考える…
そして、私は、一つの可能性を考えた…
もし、大場小太郎が、高雄組組長と、松尾会長と、行動を共にしていれば、どうなったか? を、考えた…
…負け組…
私の脳裏に、とっさに、その言葉が浮かんだ…
なにしろ、高雄組組長が実質支配下にあった杉崎実業は、中国への不正輸出で、事実上、倒産に近い形になった…
政府が資金を投入して、事実上の国有化で、生き残ることはできたが、先行きは怪しい…
ただ、高雄組が、杉崎実業のへの株を買い占めるにあたって、投資した額は、ある程度、回収できた…
全額ではないが、40億円は、政府が、高雄組に返還した…
これは、考えてみれば、あり得ない厚遇だろう…
いかに、投資したとはいえ、暴力団に、40億円もの、金を返還したのだ…
高雄組は、山田会で、稲葉五郎との争いに負けたとは、いえ、十二分に面子が立ったのでは、ないだろうか?
なにしろ、日本政府が、高雄組に40億円の金額を返還したのだ…
繰り返すが、日本政府が、だ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
日本政府、日本政府、と、連呼しているが、その日本政府だって、当たり前だが、人間が作っている…
日本人が、構成している…
当然、誰かが、決定している…
決めている…
最高決定者は、総理大臣だが、総理大臣といえども、なにもかも一人で、決めるわけでは、あるまい…
当然、誰かの意見を聞いている…
例えば、今度の一件で、高雄組に40億円もの大金を返すのにも、いろんな人間の意見を聞いているに決まっている…
と、すると、どうだ?
その意見を言う中に、大場小太郎の名前がある可能性はないか?
ふと、思った…
大場小太郎は、次期総理総裁候補の筆頭…
総理とも近い関係だ…
つまりは、大場小太郎の口利きで、高雄組に、40億円もの大金が、返還された可能性が高い…
いや、
高いのではなく、それが、真実に近いのではないか?
そうなると、どうだ?
大場小太郎の立ち位置は、どうなる?
稲葉五郎の側でもない…
高雄組組長の側でもない…
ちょうどいい、立ち位置…
どっちが、勝っても、泥をかぶらないというか…
どっちが勝っても、恨まれない、立ち位置だ…
結果的に、高雄組組長は、負けたが、40億円もの大金が戻ってきた…
それに尽力したといえば、高雄組組長もまた、大場小太郎に感謝こそすれ、文句は言えまい…
大場小太郎の尽力あってこそ、40億円もの大金が、戻ってきたのだ…
つまり、大場小太郎は、恨まれない…
もし、高雄組長を裏切って、稲葉五郎の側についていたとしても、恨まれない…
そういうことになる…
いや、
そうではないのかもしれない…
違うかもしれない…
大場小太郎は、稲葉五郎と高雄組組長を両天秤にかけていたのかもしれない…
どっちが、勝とうと負けようと、構わないように、両方と、うまく付き合っていたのかもしれない…
そう考えると、にわかに、私の中で、大場小太郎の存在が大きくなった…
圧倒的なまでに、大きくなった…