第103話

文字数 5,228文字

 高雄…

 高雄悠(ゆう)…

 あの男は、一体、なにを考えていたのだろう?

 いや、

 それは、今も同じ…

 今、一体、なにを考えているのだろう?…

 謎がある…

 今度の一件で、高雄組は追い込まれた…

 が、

 政府から、40億円もの、杉崎実業に投資した株の金額を返却されることで、首の皮一枚で、繋がったとも言われる…

 しかし、それ以前に、あの稲葉五郎は、私に、

 「…兄貴を山田会から追放しようという動きがあって…」

 と、打ち明けた…

 それは、騒動の前…

 杉崎実業が、中国に、製品を不正輸出させていた事実が、世間にバレる前のことだ…

 あの松尾聡(さとし)率いる、松尾会との抗争で、松尾会と、うまく抗争を終結させることができなかった高雄組組長の手腕に、山田会内部から、疑問の声が上がったのだ…

 元々は、高雄組組長は、経済ヤクザ…

 金融が中心というか、得意分野の人間…

 その人間に、抗争=ケンカを収めるのは、得意ではないのは、素人でもわかる…

 あの松尾会との争いの発端は、末端の組員同士が、ささいなことで、繁華街で、殴り合ったのが、始まりだった…

 それを起こした組員が、山田会でも、稲葉一家の系列に所属する一派だった…

 末端の組事務所が、山田会の上層部に連絡したが、出たのは、高雄組の一派の組長だった…

 だから、騒動を収める上で、上に連絡しようかどうか、悩んだ…

 山田会は、古賀会長が亡くなって、事実上、稲葉五郎と、高雄組組長の二つの派閥に割れている…

 自分が連絡しない方が、いいのではないか?

 同じ山田会でも、派閥が違うのだから、放っておけば、いいのではないか?

 その方が、自分の派閥に有利になるのではないか?

 そんな考えが、脳裏に浮かんで、連絡が遅れ、結果的に、大騒動になった…

 そして、それをテレビの報道で、知った、稲葉五郎が、急遽、動き、騒動を鎮静化させた…

 自分に属する組の人間に命じて、対処したのだ…

 これは、結果的に、稲葉五郎の実力を見せつけた…

 同時に、高雄組長の力のなさを見せつけた…

 あの一件を境に、山田会でも、高雄組組長に対する視線が冷ややかになった…

 山田会で、高雄組組長と、稲葉五郎は、双璧…

 しかし、山田会と松尾組の抗争で、その抗争を収められないことで、高雄組組長の力のなさを、周囲に見せつけた…

 元々、高雄組組長は、経済ヤクザ…

 抗争は、得意ではない…

 そもそも、抗争の得意でない高雄組組長に、騒動を収めることは、難しい…

 騒動=抗争に不得手なのだ…

 それが、対処するのは、やはり無理があるというか…

 うまくいかないことが、わかっていると断言できるとまでは、言わないが、うまくいかないことがあっても、仕方がないだろうとも、思う…

 だが、やはり、ヤクザはケンカが強いのが、命…

 そして、いったん抗争が起きれば、どんなことがあっても、負けることはできない…

 負ける=弱い、だからだ…

 弱いヤクザはいらない…

 ヤクザは、強くなければ、ならない…

 結果的に、稲葉五郎は、その存在価値を見せつけ、真逆に、高雄組組長は、その存在価値を低下させた…

 思えば、あの一件が、すべての始まりだった気がする…

 この騒動のきっかけだった気がする…

 杉崎実業の一件もそうだが、それ以前に、山田会内部の次期会長レースの行方を決定づけた気がする…

 高雄組組長の凋落の始まりだった気がする…

 と、

 そこまで、考えて、ふと、気付いた…

 私は、稲葉五郎を知っている…

 何度も会った…

 そして、高雄組組長や、山田会の抗争相手だった松尾会会長…

 さらには、あの大場小太郎代議士にも会った…

 ただし、

 ただし、だ…

 私は、稲葉五郎と会うときは、いつも、稲葉五郎を相手にするだけ…

 真逆に、他の3人…

 高雄組組長、

 松尾会会長、

 大場小太郎、

 この3人と会ったときは、それぞれ、一人ずつで、会ったときもあれば、2人のときもあったし、3人、いっしょに会ったときもある…

 これは、果たして、偶然なのだろうか?

 私は、考える…

 が、

 結果として、稲葉五郎と、大場小太郎は、勝ち残り、高雄組組長と、松尾会会長は、負けた…

 普通ならば、稲葉五郎と、残りの3人の対決に思える…

 なぜなら、稲葉五郎が、他の3人といっしょに、いたことは、一度もないからだ…

 稲葉五郎だけ、はずれている…

 見方を変えれば、稲葉五郎だけ、いつも一人なのだ…

 松尾会長は、

 「…山田会の次期会長は、稲葉さんです…」

 と、明言し、

 高雄組組長も、それに答え、

 「…次の会長は、五郎です…」

 と、松尾会長に告げている…

 しかし、そこに、稲葉五郎の姿はない…

 だから、見方を変えれば、大場小太郎はヤクザではないから、除外するとして、松尾会長と、高雄組組長は、共闘しているようにも、見える…

 お互いが、がっちりと手を握って、稲葉五郎に対抗しようとしているようにも見える…

 なぜなら、あの場に稲葉五郎がいないからだ…

 だから、もしかしたら、当初は、あの3人が組んで、稲葉五郎を追放しようとした?

 あるいは、そこまで、いかなくても、稲葉五郎の、力を削ごうとした…

 ふと、そんなことを思った…

 稲葉五郎は、山田会で、武闘派として、知られている…

 圧倒的な知名度がある…

 山田会内部で、一番の実力者だ…

 その力を削ごうとした?

 ふと、その可能性に気付いた…

 高雄組組長にとって、稲葉五郎は目の上のたんこぶのような存在だ…

 次期山田会会長候補のライバル…

 だが、高雄組組長では、稲葉五郎に対抗できない…
 
 なにより、高雄組組長は、武闘派ではない…

 金はあるが、力はないからだ…

 経済ヤクザの高雄組組長が稲葉五郎に対抗するのは、他の武闘派の力を借りること…

 そして、その力を借りるのに、松尾会長は、ちょうどいい…

 なにしろ、松尾会長は、亡くなった古賀会長と五分の盃を交わした兄弟分…

 高雄組長にとっては、叔父さんだ…

 稲葉五郎の力を削ぐのに、組むのに、ちょうどいい相手だ…

 そして、それに、大場小太郎が加わった…

 大場小太郎は、稲葉五郎と親しいが、クルマのガレージに発砲されるほど、仲が悪くなった…

 アレは、稲葉五郎と、大場代議士が、直接、言葉を交わさずとも、お互いが、お互いの立場を踏まえた上で、暗黙の了解のうえ、行動したお芝居だ…

 そう、大場小太郎も、娘の敦子も、私に断言したが、真実は、怪しい…

 互いの立場の違いから、仕方のない行動だが、面白いことではない…

 愉快なことではない…

 だから、高雄組組長と、松尾会長に、大場小太郎は、加担したのではないか?

 目的は、同じ…

 山田会内部で、稲葉五郎の力を落とすこと…

 しかし、それが、途中で、大場小太郎が、稲葉五郎に寝返ったとしたら?

 そして、その結果、稲葉五郎と、大場小太郎が、勝ち、高雄組長と、松尾会長が負けたとしたら?

 その可能性は、十分考えられる…

 もしかしたら、稲葉五郎もまた、最初から、あの3人が組んでいるのだと、気付いているとしたら?

 もし、気付いているとしたら、当然、対抗策を取るだろう…

 手を打つに違いない…

 だが、その対抗策とは一体、どんなものだろう?

 私は、考えた…

 ひょっとして?

 それは、ひょっとして、私に関わることではないだろうか?

 私、竹下クミに関わるものでは、ないだろうか?

 なぜだか、わからないが、私は、稲葉五郎とも、他の3人とも接点がある…

 なぜ、私が、双方の陣営が大切にするのかは、わからない…

 私が、死んだ古賀会長の血筋を引く者だからだと、稲葉五郎は言った…

 しかし、死んだ古賀会長の血筋を引く者だとして、それが、一体、次期山田会会長の行方に、どんな影響を与える力があるのだろう…

 さっぱり、わからない…

 私は、江戸時代の大名ではない…

 血筋だけで、誰かに担がれる人間ではない…

 仮に、私が、本当に、古賀会長の血筋を引く者だとしても、どれだけの力があるのだろうか?

 山口組の三代目である田岡組長の血筋を引く者たちも、現在の山口組と、なんの関係もないだろう…

 それが、ただ、亡くなった古賀会長の血筋を引くというだけで、これだけ、大切にされるのだろうか?

 謎が残る…

 私は、考える…

 考え続ける…

 結局、山田会は、稲葉五郎の一人勝ち…

 政界では、にわかに、大場小太郎代議士の存在感が増した…

 際立った…

 それまで、大場派の領袖として、次期総理総裁候補の筆頭だったにも、かかわらず、大場小太郎は、影が薄かった…

 長身で、容姿端麗、おまけに、東大卒…生まれも育ちも超一流にもかかわらず、影が薄かった…

 それは、単純に、存在感が乏しいからだった…

 いかに、容姿が優れていても、目立たない人間は男女ともいる…

 存在する…

 なぜ、目立たないかと言えば、一言でいって、華がないのだ…

 美男美女でも、華がないから、目立たない…

 よく見れば、オマエもイケメンなのにな…

 あるいは、

 美人なのにな…

 と、言われてしまう…

 たしかに、一つ一つのパーツを見れば、目鼻立ち一つ一つが優れているが、まとまって見ると、華がない…

 だから、思ったほど、目立たない…

 異性にモテない…

 そんな残念な人間が、男女とも稀にいる…

 大場小太郎は、そんな残念な人間の一人だった…

 ただ、能力は抜きんでており、実績もある…

 それゆえ、派閥の領袖なのだ…

 大場派の会長なのだ…

 だが、華がない…

 それが、今度の一件で、知名度を上げた…

 政治家は、華がなければ、務まらない…

 目立たなければ、務まらない…

 その言動が、世間の耳目を集めなければ、ならない…

 その行動が、世間から注目されなければ、ならない…

 それは、ちょうど、芸能人に似ている…

 お互いが、究極のところ、人気商売だからだ…

 私は、考える…

 そして、私は、一つの可能性を考えた…

 もし、大場小太郎が、高雄組組長と、松尾会長と、行動を共にしていれば、どうなったか? を、考えた…

 …負け組…

 私の脳裏に、とっさに、その言葉が浮かんだ…

 なにしろ、高雄組組長が実質支配下にあった杉崎実業は、中国への不正輸出で、事実上、倒産に近い形になった…

 政府が資金を投入して、事実上の国有化で、生き残ることはできたが、先行きは怪しい…

 ただ、高雄組が、杉崎実業のへの株を買い占めるにあたって、投資した額は、ある程度、回収できた…

 全額ではないが、40億円は、政府が、高雄組に返還した…

 これは、考えてみれば、あり得ない厚遇だろう…

 いかに、投資したとはいえ、暴力団に、40億円もの、金を返還したのだ…

 高雄組は、山田会で、稲葉五郎との争いに負けたとは、いえ、十二分に面子が立ったのでは、ないだろうか?

 なにしろ、日本政府が、高雄組に40億円の金額を返還したのだ…

 繰り返すが、日本政府が、だ…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 日本政府、日本政府、と、連呼しているが、その日本政府だって、当たり前だが、人間が作っている…

 日本人が、構成している…

 当然、誰かが、決定している…

 決めている…

 最高決定者は、総理大臣だが、総理大臣といえども、なにもかも一人で、決めるわけでは、あるまい…

 当然、誰かの意見を聞いている…

 例えば、今度の一件で、高雄組に40億円もの大金を返すのにも、いろんな人間の意見を聞いているに決まっている…

 と、すると、どうだ?

 その意見を言う中に、大場小太郎の名前がある可能性はないか?

 ふと、思った…

 大場小太郎は、次期総理総裁候補の筆頭…

 総理とも近い関係だ…

 つまりは、大場小太郎の口利きで、高雄組に、40億円もの大金が、返還された可能性が高い…

 いや、

 高いのではなく、それが、真実に近いのではないか?

 そうなると、どうだ?

 大場小太郎の立ち位置は、どうなる?

 稲葉五郎の側でもない…

 高雄組組長の側でもない…

 ちょうどいい、立ち位置…

 どっちが、勝っても、泥をかぶらないというか…

 どっちが勝っても、恨まれない、立ち位置だ…

 結果的に、高雄組組長は、負けたが、40億円もの大金が戻ってきた…

 それに尽力したといえば、高雄組組長もまた、大場小太郎に感謝こそすれ、文句は言えまい…

 大場小太郎の尽力あってこそ、40億円もの大金が、戻ってきたのだ…

 つまり、大場小太郎は、恨まれない…

 もし、高雄組長を裏切って、稲葉五郎の側についていたとしても、恨まれない…

 そういうことになる…

 いや、

 そうではないのかもしれない…

 違うかもしれない…

 大場小太郎は、稲葉五郎と高雄組組長を両天秤にかけていたのかもしれない…

 どっちが、勝とうと負けようと、構わないように、両方と、うまく付き合っていたのかもしれない…

 そう考えると、にわかに、私の中で、大場小太郎の存在が大きくなった…

 圧倒的なまでに、大きくなった…

                  
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