第59話
文字数 6,171文字
しかし、
しかし、だ…
この戸田の言うことは、わかる…
理解できる…
しかし、ふと疑問が残る…
それは、高雄と大場の関係…
なぜなら、私は、大場から、高雄悠(ゆう)に連絡を取ってくれと言われて、高雄に連絡を取ろうとした…
だが、高雄の実家に電話をかけたが、高雄は不在…
それゆえ、仕方なく、稲葉五郎の元に出向いた…
いや、稲葉五郎と会うのは、怖かったから、あの街中華の女将さんの店に行った…
つまりは、稲葉五郎の周辺に出向けば、高雄悠(ゆう)と、連絡が取れると、睨んだのだ…
だが、今、冷静に考えてみると、一つの疑惑が浮上する…
そもそも、私は、大場に頼まれ、高雄悠(ゆう)と、連絡を取ろうとして、それができないから、この稲葉一家の事務所の周辺にやって来た…
逆に言えば、最初から、高雄悠(ゆう)と、連絡が取れれば、この稲葉一家の事務所の周辺にやって来なかったということだ…
と、いうことは?
と、いうことは、もしかしたら、最初から、大場と高雄悠(ゆう)は、グルの可能性がある…
組んでいる可能性がある…
最初から、高雄に私から連絡があった場合は、居留守を使うか、あるいは、連絡が取れないことを、あらかじめ、決めていて、それを実行した疑惑がある。
私は、その可能性に気付いた…
いや、可能性ではない…
おそらく、事実に違いない…
だが、
そうだとしたら、どうだ?
もし、高雄が、大場に協力したとする…
そうすれば、自分の父親と、稲葉五郎の仲が険悪になる可能性が高い…
それが、わかっていて、大場に協力するだろうか?
いや、
協力するかもしれない…
以前、稲葉五郎は、高雄悠(ゆう)について、悠(ゆう)は、見た目と中身が違う…
だから、警戒するように、と、私に忠告した…
あのときの稲葉五郎の態度から、察するに、私を思って言っていたことが、わかった…
見て取れた…
それは、見せかけでもなんでもなく、心の底から、思ってる様子だった…
誰もが、そうだが、口先だけで言っているのか、心の底から、心配して言っているのかは、わかるものだ…
稲葉五郎は、心の底から、私のことを心配している様子だった…
なぜだかは、わからない…
私のことを、自分の娘か、あるいは、娘以上に、明らかに心配していた…
やはり、それは、私が、死んだ古賀会長の探していた娘だと誤解しているせいだろうか?
私は、思った…
そして、やはり、疑惑の中心は、高雄になった…
高雄悠(ゆう)になった…
高雄は、どうして、父親に不利なことをするのだろうか?
疑問が残る…
高雄の目的は、一体なんだろうか?
たしか、以前、林は、高雄の目的が、脱ヤクザだと言っていた…
ハリウッドの映画、ゴッドファーザーを例に挙げ、高雄は、高雄組を土台に、いずれは、脱ヤクザを目指すようなことを言っていた…
私は、それを聞いて、夢物語だと思った…
空想というか、妄想と言うか…
できもしない絵空事だと思った…
映画と現実をはき違えていると思った…
映画の中で、できたことと、現実は違う…
そう思った…
そして、考えた…
高雄の父は、あの杉崎実業に投資した…
いや、買収した…
それを林は、脱ヤクザの第一歩だと評した…
が、
稲葉五郎は違った…
あの杉崎実業は、ウチも狙っていたんだが、筋が悪いようなことを言った…
筋が悪い=つまり、さまざまな勢力が入り組んでいて、手を出すのが、厄介というか…
現に、林は、杉崎実業は、中国政府と繋がっているようなことを言っていた…
だから、稲葉五郎は、杉崎実業の買収を考えたが、断念した…
そして、高雄の父が、杉崎実業を買収したのを、
「…よく、アニキは、あの会社に手を出した…」
と、驚嘆としたというか、呆れたと言うか…
ともかく、意外だと言ったように、呟いた…
私は、それを思い出していた…
いずれにしろ、高雄は、高雄の父親とも、違う…
高雄の父の杉崎実業の乗っ取りは、要するに、金儲けだが、高雄の場合は、裏に別の思惑がありそうだ…
あくまで、父親の力を借りて、いずれは、脱ヤクザを目指すようなことを言っていた…
できもしない、夢物語を語っていた…
私は、失礼ながら、そう思った…
そう判断した…
そして、それは、今も変わっていない…
私は、この戸田の話を聞いて、今さらながら、高雄に不審を抱いた…
一体、なにを考えているのか?
なにを目指しているのかが、わからない…
もしかしたら、自分の父親と、稲葉五郎が、抗争を起こしても、構わないのだろうか?
自分の父親が、所属する暴力団の内部抗争の引き金を引いても、構わないのだろうか?
私は、考える。
そして、やはりというか、戸田を見た…
やはり、戸田に聞くことにした(笑)…
「…戸田さん…お聞きしてもいいでしょうか?…」
「…なんですか? お嬢?…」
「…高雄…高雄悠(ゆう)さんを、戸田さんは、ご存じのようですが、どんな方なんですか?…」
「…どんな方? …お嬢…なんで、オレにそんなことを聞くんですか?…」
「…いえ、さっき、戸田さんは、大場さんが、私を動かすことで、稲葉さんと高雄さんのお父様が、反目し合うというか、仲が悪くなって、ケンカになるかもしれないと、おっしゃいました…」
「…」
「…ですが、そもそもの発端は、大場さんが、私に高雄悠(ゆう)さんに、連絡を取ってくれと、言って、高雄さんに、連絡が取れなかったのが、原因です…つまり、最初から、すんなり、高雄さんに、連絡が取れれば、私は、今日この場所にやって来ることもなければ、今こうして、戸田さんと話すこともなかったわけです…私が、今日ここにやって来たのは、街中華の女将さんに、稲葉さんの連絡先を聞いて、稲葉さんから、高雄悠(ゆう)さんの連絡先を聞こうと思ったからです…それで、この近くを歩いていたら、戸田さんに会って…」
私は説明する。
戸田は、私の話に考え込んだ…
「…それは、つまり、あっちゃんと、悠(ゆう)さんが、グルってことでしょうか? 最初から、お嬢が悠(ゆう)さんに連絡を取ろうとしても、取れないように細工して、お嬢が、ここにやって来るように、仕向けた…」
私は、戸田の言葉に、黙って首を縦に振って、頷いた…
私が、戸田の言葉に、同意したのを見て、戸田が、考え込んだ…
「…そんな…そんなことって?…」
戸田が絶句する…
「…初めから、高雄悠(ゆう)さんに、連絡が取れれば、私は、今日、ここにやって来ませんでした…」
私は、ダメ押しをした…
私の言葉に、戸田は、動揺した…
どう対応していいか、わからない様子だった…
私は、そんな戸田を見ながら、
「…戸田さんの推測が正しいとしたら、私が動くことで、稲葉さんと高雄さんのお父様が、敵対する可能性が高いです…いえ、お二人とも、山田会の次期会長候補と言われているそうですから、どうしても、仲が悪くなる可能性が高い…でも、私が動けば、それに輪をかけて、険悪になる可能性が高いわけです…それが、わかっていて、どうして、悠(ゆう)さんは、大場さんに力を貸したのでしょう?…」
私は、戸田に聞いた…
いや、
聞いたのではない…
むしろ、自分自身に問うていた…
…一体なぜ、自分の父親に不利になる行動をするのだろう…
しかも、これは、選挙ではない…
大場の父親のように、選挙に落選すれば、代議士ではなくなるが、殺されるわけではない…
ところが、高雄の場合は、父親がヤクザ…
下手をすれば、内部抗争が勃発して、父親が命を落とす可能性すらある…
いや、大物ヤクザだから、命を取られる心配はないかもしれないが、それにしても、内部抗争は困るだろう…
なにより、その結果、自分の父親がどうなるか、わからない…
会社ではないが、抗争の結果、昇格ではなく、降格もあるかもしれない…
つまり、今いる自分の地位よりも、はるかに、地位が下になる可能性すらあるわけだ…
高雄は、当然、それが、わかっている…
わかっていて、やっている…
私を動かすことに、協力している…
一体、高雄はなにを考えているのだろう?
自分の父親が、窮地に陥る可能性すらある…
そんなことに、どうして、手を貸したのだろう…
いや、そもそも、それがわかってやっている以上、問題は、父親と高雄の関係だ…
普通の父親と息子の関係ではないのかもしれない…
私は、突然、思った…
もしかしたら、憎悪というと、大げさだが、高雄は父親に対して、そんな感情があるのかもしれない…
以前、高雄は、私に、子供の頃は、別の家庭で育ったと言っていた…
途中で、今の家庭に移ったと…
要するに、家庭環境が、複雑なのだろう…
だが、だとしたら、どうだ?
高雄が父親に対して持っている感情…
おそらくは、反感が、父親に対して、あるに違いない…
それを、父親が気付いていないはずはない…
高雄組組長が気付いていないはずはない…
高雄の父親は、息子が自分に対して、反感を抱いていることを、どう思っているだろう…
そのときだった…
ポツリと、戸田が、口を開いた…
「…悠(ゆう)さんは、見かけとは違う…」
私は、戸田の言葉に、慌てて、戸田を見返した…
「…これは、オヤジが、時々、口にすることです…前にも、言いましたが、オヤジは、高雄のオジキと、昔から仲が良く、悠(ゆう)さんを、子供の頃から知っています…だから、悠(ゆう)さんが、どんな人間かをわかっている…」
たしかに、この戸田が言うように、以前、稲葉五郎が、言いにくそうに、私に、
「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」
と、忠告した…
そして、この場合の見かけとは違うという言葉は、ネガティブな意味…
なぜなら、高雄悠(ゆう)は、図書館や花屋が、似合うおとなしめの男子…
そして、なにより、誠実そうな男子だからだ…
それが、見かけとは違うということは、ずばり、陰険とか、性格が悪いということ…
まさか、性格が悪いということは、言えないので、見かけとは、違うと婉曲に表現しているに過ぎない(笑)…
これが、真逆に、見るからに性格が悪そうとか…陰険に見えて、
「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」
と、言われれば、ポジティブというか、プラスの意味…
要するに、見かけは、悪いが、中身はいいヤツだよ、となる…
しかし、高雄悠(ゆう)の場合は、真逆…
見かけは、誠実そうだが、中身は、腹黒いと言いたいのだろう…
さすがに、そうは言えないから、稲葉五郎は、
「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」
と、婉曲に表現したわけだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お嬢…悠(ゆう)さんには、気を付けて下さい…」
戸田が、いきなり、私に忠告した…
私は、慌てて、戸田を見た…
「…お嬢にこんなことを言うのは、差し出がましいことかもしれませんが、悠(ゆう)さんは、なにを考えているのか、わかりません…」
「…なにを考えているか、わからない?…」
「…ハイ…そして、なにを考えているか、わからない人間ほど、恐ろしいことはありません…」
「…」
「…ひとは、誰でも、なにを考えているか、わかれば、ある意味、安心できます…要するに、どんな人間か、わかるからです…ですが、真逆に、なにを考えているか、わからない人間は、恐ろしい…いきなり、こちらが、考えてもいないことをやらかすかもしれないからです…」
戸田が、説明する。
「…それが、悠(ゆう)さんの怖さです…」
戸田が、ダメ押しをした…
私は、戸田の言うことがわかった…
戸田の言うことが、理解できた…
…たしかに、なにを考えているか、わからない人間は、恐ろしい…
…なにをしでかすか、わからないからだ…
…いきなり、なにをやらかすか、わからない…
…だから、こちらも対策の立てようがない…
私が、ビックリして、ある意味、尊敬の眼差しで、戸田を見た…
すると、戸田も私の尊敬の眼差しに気付いたのだろう…
「…お嬢…そんな目で、オレを見ないでください…受け売りですよ、受け売り…」
「…受け売り?…」
「…オヤジの言葉の受け売りです…」
「…稲葉さんの?…」
「…オヤジは、高卒で、学はありませんが、間違いなく優秀です…コレは、悠(ゆう)さんに対してのオヤジの評価ですが、高雄のオジキにも、当てはまります…」
「…高雄さんにも?…」
「…ハイ…高雄のオジキが、杉崎実業を買収したのを知って、オヤジは、驚愕しました…オジキは、石橋を叩いて渡るタイプの男で、無茶はしない性格だと知っていたにもかかわらず、筋の悪い杉崎実業を買収しました…アレで、オヤジのオジキを見る目も変わりました…」
そういえば、以前、稲葉五郎は、高雄の父親が、杉崎実業を買収したのを知って、
「…アニキも勝負に出たな…」
と、言っていたような記憶がある…
アレは、単純に、山田会の次期会長を目指す上での勝負に出たというような言葉と、私は思っていたが、違っていたのかもしれない…
今、この戸田が言うように、石橋を叩いて渡るような慎重な人間と思われた、高雄の父が、リスクのある会社を買収するような真似をしたことで、それまで、自分が、思っていた人間と、高雄の父が、違うと、感じたのかもしれない…
…だから、余計に、高雄の父を怖いというか、警戒したのかもしれない…
私は、思った…
私がなにを考えてるか、もしかしたら、この戸田もわかったのかもしれない…
「…オヤジが言いました…」
突然、言った…
「…なにをですか?…」
「…やっぱり、アニキは、悠(ゆう)の父親…血は争えないって…」
「…それって、なにをやり出すか、わからないっていう意味ですか?…」
「…お嬢の言う通りです…」
あっさり、戸田が、私の発言を肯定した…
そして、その日、戸田は私が、電車に乗るのを、無事、見届けるように、私を駅のホームまで見送った…
まるで、恋人同士の別れのようだった…
戸田は、稲葉五郎の命令を忠実に守ったのだ…
私を守ったのだ…
それから、まもなくだった…
テレビのニュースで、山田会の内部抗争が勃発したのを知った…
しかし、だ…
この戸田の言うことは、わかる…
理解できる…
しかし、ふと疑問が残る…
それは、高雄と大場の関係…
なぜなら、私は、大場から、高雄悠(ゆう)に連絡を取ってくれと言われて、高雄に連絡を取ろうとした…
だが、高雄の実家に電話をかけたが、高雄は不在…
それゆえ、仕方なく、稲葉五郎の元に出向いた…
いや、稲葉五郎と会うのは、怖かったから、あの街中華の女将さんの店に行った…
つまりは、稲葉五郎の周辺に出向けば、高雄悠(ゆう)と、連絡が取れると、睨んだのだ…
だが、今、冷静に考えてみると、一つの疑惑が浮上する…
そもそも、私は、大場に頼まれ、高雄悠(ゆう)と、連絡を取ろうとして、それができないから、この稲葉一家の事務所の周辺にやって来た…
逆に言えば、最初から、高雄悠(ゆう)と、連絡が取れれば、この稲葉一家の事務所の周辺にやって来なかったということだ…
と、いうことは?
と、いうことは、もしかしたら、最初から、大場と高雄悠(ゆう)は、グルの可能性がある…
組んでいる可能性がある…
最初から、高雄に私から連絡があった場合は、居留守を使うか、あるいは、連絡が取れないことを、あらかじめ、決めていて、それを実行した疑惑がある。
私は、その可能性に気付いた…
いや、可能性ではない…
おそらく、事実に違いない…
だが、
そうだとしたら、どうだ?
もし、高雄が、大場に協力したとする…
そうすれば、自分の父親と、稲葉五郎の仲が険悪になる可能性が高い…
それが、わかっていて、大場に協力するだろうか?
いや、
協力するかもしれない…
以前、稲葉五郎は、高雄悠(ゆう)について、悠(ゆう)は、見た目と中身が違う…
だから、警戒するように、と、私に忠告した…
あのときの稲葉五郎の態度から、察するに、私を思って言っていたことが、わかった…
見て取れた…
それは、見せかけでもなんでもなく、心の底から、思ってる様子だった…
誰もが、そうだが、口先だけで言っているのか、心の底から、心配して言っているのかは、わかるものだ…
稲葉五郎は、心の底から、私のことを心配している様子だった…
なぜだかは、わからない…
私のことを、自分の娘か、あるいは、娘以上に、明らかに心配していた…
やはり、それは、私が、死んだ古賀会長の探していた娘だと誤解しているせいだろうか?
私は、思った…
そして、やはり、疑惑の中心は、高雄になった…
高雄悠(ゆう)になった…
高雄は、どうして、父親に不利なことをするのだろうか?
疑問が残る…
高雄の目的は、一体なんだろうか?
たしか、以前、林は、高雄の目的が、脱ヤクザだと言っていた…
ハリウッドの映画、ゴッドファーザーを例に挙げ、高雄は、高雄組を土台に、いずれは、脱ヤクザを目指すようなことを言っていた…
私は、それを聞いて、夢物語だと思った…
空想というか、妄想と言うか…
できもしない絵空事だと思った…
映画と現実をはき違えていると思った…
映画の中で、できたことと、現実は違う…
そう思った…
そして、考えた…
高雄の父は、あの杉崎実業に投資した…
いや、買収した…
それを林は、脱ヤクザの第一歩だと評した…
が、
稲葉五郎は違った…
あの杉崎実業は、ウチも狙っていたんだが、筋が悪いようなことを言った…
筋が悪い=つまり、さまざまな勢力が入り組んでいて、手を出すのが、厄介というか…
現に、林は、杉崎実業は、中国政府と繋がっているようなことを言っていた…
だから、稲葉五郎は、杉崎実業の買収を考えたが、断念した…
そして、高雄の父が、杉崎実業を買収したのを、
「…よく、アニキは、あの会社に手を出した…」
と、驚嘆としたというか、呆れたと言うか…
ともかく、意外だと言ったように、呟いた…
私は、それを思い出していた…
いずれにしろ、高雄は、高雄の父親とも、違う…
高雄の父の杉崎実業の乗っ取りは、要するに、金儲けだが、高雄の場合は、裏に別の思惑がありそうだ…
あくまで、父親の力を借りて、いずれは、脱ヤクザを目指すようなことを言っていた…
できもしない、夢物語を語っていた…
私は、失礼ながら、そう思った…
そう判断した…
そして、それは、今も変わっていない…
私は、この戸田の話を聞いて、今さらながら、高雄に不審を抱いた…
一体、なにを考えているのか?
なにを目指しているのかが、わからない…
もしかしたら、自分の父親と、稲葉五郎が、抗争を起こしても、構わないのだろうか?
自分の父親が、所属する暴力団の内部抗争の引き金を引いても、構わないのだろうか?
私は、考える。
そして、やはりというか、戸田を見た…
やはり、戸田に聞くことにした(笑)…
「…戸田さん…お聞きしてもいいでしょうか?…」
「…なんですか? お嬢?…」
「…高雄…高雄悠(ゆう)さんを、戸田さんは、ご存じのようですが、どんな方なんですか?…」
「…どんな方? …お嬢…なんで、オレにそんなことを聞くんですか?…」
「…いえ、さっき、戸田さんは、大場さんが、私を動かすことで、稲葉さんと高雄さんのお父様が、反目し合うというか、仲が悪くなって、ケンカになるかもしれないと、おっしゃいました…」
「…」
「…ですが、そもそもの発端は、大場さんが、私に高雄悠(ゆう)さんに、連絡を取ってくれと、言って、高雄さんに、連絡が取れなかったのが、原因です…つまり、最初から、すんなり、高雄さんに、連絡が取れれば、私は、今日この場所にやって来ることもなければ、今こうして、戸田さんと話すこともなかったわけです…私が、今日ここにやって来たのは、街中華の女将さんに、稲葉さんの連絡先を聞いて、稲葉さんから、高雄悠(ゆう)さんの連絡先を聞こうと思ったからです…それで、この近くを歩いていたら、戸田さんに会って…」
私は説明する。
戸田は、私の話に考え込んだ…
「…それは、つまり、あっちゃんと、悠(ゆう)さんが、グルってことでしょうか? 最初から、お嬢が悠(ゆう)さんに連絡を取ろうとしても、取れないように細工して、お嬢が、ここにやって来るように、仕向けた…」
私は、戸田の言葉に、黙って首を縦に振って、頷いた…
私が、戸田の言葉に、同意したのを見て、戸田が、考え込んだ…
「…そんな…そんなことって?…」
戸田が絶句する…
「…初めから、高雄悠(ゆう)さんに、連絡が取れれば、私は、今日、ここにやって来ませんでした…」
私は、ダメ押しをした…
私の言葉に、戸田は、動揺した…
どう対応していいか、わからない様子だった…
私は、そんな戸田を見ながら、
「…戸田さんの推測が正しいとしたら、私が動くことで、稲葉さんと高雄さんのお父様が、敵対する可能性が高いです…いえ、お二人とも、山田会の次期会長候補と言われているそうですから、どうしても、仲が悪くなる可能性が高い…でも、私が動けば、それに輪をかけて、険悪になる可能性が高いわけです…それが、わかっていて、どうして、悠(ゆう)さんは、大場さんに力を貸したのでしょう?…」
私は、戸田に聞いた…
いや、
聞いたのではない…
むしろ、自分自身に問うていた…
…一体なぜ、自分の父親に不利になる行動をするのだろう…
しかも、これは、選挙ではない…
大場の父親のように、選挙に落選すれば、代議士ではなくなるが、殺されるわけではない…
ところが、高雄の場合は、父親がヤクザ…
下手をすれば、内部抗争が勃発して、父親が命を落とす可能性すらある…
いや、大物ヤクザだから、命を取られる心配はないかもしれないが、それにしても、内部抗争は困るだろう…
なにより、その結果、自分の父親がどうなるか、わからない…
会社ではないが、抗争の結果、昇格ではなく、降格もあるかもしれない…
つまり、今いる自分の地位よりも、はるかに、地位が下になる可能性すらあるわけだ…
高雄は、当然、それが、わかっている…
わかっていて、やっている…
私を動かすことに、協力している…
一体、高雄はなにを考えているのだろう?
自分の父親が、窮地に陥る可能性すらある…
そんなことに、どうして、手を貸したのだろう…
いや、そもそも、それがわかってやっている以上、問題は、父親と高雄の関係だ…
普通の父親と息子の関係ではないのかもしれない…
私は、突然、思った…
もしかしたら、憎悪というと、大げさだが、高雄は父親に対して、そんな感情があるのかもしれない…
以前、高雄は、私に、子供の頃は、別の家庭で育ったと言っていた…
途中で、今の家庭に移ったと…
要するに、家庭環境が、複雑なのだろう…
だが、だとしたら、どうだ?
高雄が父親に対して持っている感情…
おそらくは、反感が、父親に対して、あるに違いない…
それを、父親が気付いていないはずはない…
高雄組組長が気付いていないはずはない…
高雄の父親は、息子が自分に対して、反感を抱いていることを、どう思っているだろう…
そのときだった…
ポツリと、戸田が、口を開いた…
「…悠(ゆう)さんは、見かけとは違う…」
私は、戸田の言葉に、慌てて、戸田を見返した…
「…これは、オヤジが、時々、口にすることです…前にも、言いましたが、オヤジは、高雄のオジキと、昔から仲が良く、悠(ゆう)さんを、子供の頃から知っています…だから、悠(ゆう)さんが、どんな人間かをわかっている…」
たしかに、この戸田が言うように、以前、稲葉五郎が、言いにくそうに、私に、
「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」
と、忠告した…
そして、この場合の見かけとは違うという言葉は、ネガティブな意味…
なぜなら、高雄悠(ゆう)は、図書館や花屋が、似合うおとなしめの男子…
そして、なにより、誠実そうな男子だからだ…
それが、見かけとは違うということは、ずばり、陰険とか、性格が悪いということ…
まさか、性格が悪いということは、言えないので、見かけとは、違うと婉曲に表現しているに過ぎない(笑)…
これが、真逆に、見るからに性格が悪そうとか…陰険に見えて、
「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」
と、言われれば、ポジティブというか、プラスの意味…
要するに、見かけは、悪いが、中身はいいヤツだよ、となる…
しかし、高雄悠(ゆう)の場合は、真逆…
見かけは、誠実そうだが、中身は、腹黒いと言いたいのだろう…
さすがに、そうは言えないから、稲葉五郎は、
「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」
と、婉曲に表現したわけだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お嬢…悠(ゆう)さんには、気を付けて下さい…」
戸田が、いきなり、私に忠告した…
私は、慌てて、戸田を見た…
「…お嬢にこんなことを言うのは、差し出がましいことかもしれませんが、悠(ゆう)さんは、なにを考えているのか、わかりません…」
「…なにを考えているか、わからない?…」
「…ハイ…そして、なにを考えているか、わからない人間ほど、恐ろしいことはありません…」
「…」
「…ひとは、誰でも、なにを考えているか、わかれば、ある意味、安心できます…要するに、どんな人間か、わかるからです…ですが、真逆に、なにを考えているか、わからない人間は、恐ろしい…いきなり、こちらが、考えてもいないことをやらかすかもしれないからです…」
戸田が、説明する。
「…それが、悠(ゆう)さんの怖さです…」
戸田が、ダメ押しをした…
私は、戸田の言うことがわかった…
戸田の言うことが、理解できた…
…たしかに、なにを考えているか、わからない人間は、恐ろしい…
…なにをしでかすか、わからないからだ…
…いきなり、なにをやらかすか、わからない…
…だから、こちらも対策の立てようがない…
私が、ビックリして、ある意味、尊敬の眼差しで、戸田を見た…
すると、戸田も私の尊敬の眼差しに気付いたのだろう…
「…お嬢…そんな目で、オレを見ないでください…受け売りですよ、受け売り…」
「…受け売り?…」
「…オヤジの言葉の受け売りです…」
「…稲葉さんの?…」
「…オヤジは、高卒で、学はありませんが、間違いなく優秀です…コレは、悠(ゆう)さんに対してのオヤジの評価ですが、高雄のオジキにも、当てはまります…」
「…高雄さんにも?…」
「…ハイ…高雄のオジキが、杉崎実業を買収したのを知って、オヤジは、驚愕しました…オジキは、石橋を叩いて渡るタイプの男で、無茶はしない性格だと知っていたにもかかわらず、筋の悪い杉崎実業を買収しました…アレで、オヤジのオジキを見る目も変わりました…」
そういえば、以前、稲葉五郎は、高雄の父親が、杉崎実業を買収したのを知って、
「…アニキも勝負に出たな…」
と、言っていたような記憶がある…
アレは、単純に、山田会の次期会長を目指す上での勝負に出たというような言葉と、私は思っていたが、違っていたのかもしれない…
今、この戸田が言うように、石橋を叩いて渡るような慎重な人間と思われた、高雄の父が、リスクのある会社を買収するような真似をしたことで、それまで、自分が、思っていた人間と、高雄の父が、違うと、感じたのかもしれない…
…だから、余計に、高雄の父を怖いというか、警戒したのかもしれない…
私は、思った…
私がなにを考えてるか、もしかしたら、この戸田もわかったのかもしれない…
「…オヤジが言いました…」
突然、言った…
「…なにをですか?…」
「…やっぱり、アニキは、悠(ゆう)の父親…血は争えないって…」
「…それって、なにをやり出すか、わからないっていう意味ですか?…」
「…お嬢の言う通りです…」
あっさり、戸田が、私の発言を肯定した…
そして、その日、戸田は私が、電車に乗るのを、無事、見届けるように、私を駅のホームまで見送った…
まるで、恋人同士の別れのようだった…
戸田は、稲葉五郎の命令を忠実に守ったのだ…
私を守ったのだ…
それから、まもなくだった…
テレビのニュースで、山田会の内部抗争が勃発したのを知った…