第59話

文字数 6,171文字

 しかし、

 しかし、だ…

 この戸田の言うことは、わかる…

 理解できる…

 しかし、ふと疑問が残る…

 それは、高雄と大場の関係…

 なぜなら、私は、大場から、高雄悠(ゆう)に連絡を取ってくれと言われて、高雄に連絡を取ろうとした…

 だが、高雄の実家に電話をかけたが、高雄は不在…

 それゆえ、仕方なく、稲葉五郎の元に出向いた…

 いや、稲葉五郎と会うのは、怖かったから、あの街中華の女将さんの店に行った…

 つまりは、稲葉五郎の周辺に出向けば、高雄悠(ゆう)と、連絡が取れると、睨んだのだ…

 だが、今、冷静に考えてみると、一つの疑惑が浮上する…

 そもそも、私は、大場に頼まれ、高雄悠(ゆう)と、連絡を取ろうとして、それができないから、この稲葉一家の事務所の周辺にやって来た…

 逆に言えば、最初から、高雄悠(ゆう)と、連絡が取れれば、この稲葉一家の事務所の周辺にやって来なかったということだ…

 と、いうことは?

 と、いうことは、もしかしたら、最初から、大場と高雄悠(ゆう)は、グルの可能性がある…

 組んでいる可能性がある…

 最初から、高雄に私から連絡があった場合は、居留守を使うか、あるいは、連絡が取れないことを、あらかじめ、決めていて、それを実行した疑惑がある。

 私は、その可能性に気付いた…

 いや、可能性ではない…

 おそらく、事実に違いない…

 だが、

 そうだとしたら、どうだ?

 もし、高雄が、大場に協力したとする…

 そうすれば、自分の父親と、稲葉五郎の仲が険悪になる可能性が高い…

 それが、わかっていて、大場に協力するだろうか?

 いや、

 協力するかもしれない…

 以前、稲葉五郎は、高雄悠(ゆう)について、悠(ゆう)は、見た目と中身が違う…

 だから、警戒するように、と、私に忠告した…

 あのときの稲葉五郎の態度から、察するに、私を思って言っていたことが、わかった…

 見て取れた…

 それは、見せかけでもなんでもなく、心の底から、思ってる様子だった…

 誰もが、そうだが、口先だけで言っているのか、心の底から、心配して言っているのかは、わかるものだ…

 稲葉五郎は、心の底から、私のことを心配している様子だった…

 なぜだかは、わからない…

 私のことを、自分の娘か、あるいは、娘以上に、明らかに心配していた…

 やはり、それは、私が、死んだ古賀会長の探していた娘だと誤解しているせいだろうか?
 
 私は、思った…

 そして、やはり、疑惑の中心は、高雄になった…

 高雄悠(ゆう)になった…

 高雄は、どうして、父親に不利なことをするのだろうか?

 疑問が残る…

 高雄の目的は、一体なんだろうか?

 たしか、以前、林は、高雄の目的が、脱ヤクザだと言っていた…

 ハリウッドの映画、ゴッドファーザーを例に挙げ、高雄は、高雄組を土台に、いずれは、脱ヤクザを目指すようなことを言っていた…

 私は、それを聞いて、夢物語だと思った…

 空想というか、妄想と言うか…

 できもしない絵空事だと思った…

 映画と現実をはき違えていると思った…

 映画の中で、できたことと、現実は違う…

 そう思った…

 そして、考えた…

 高雄の父は、あの杉崎実業に投資した…

 いや、買収した…

 それを林は、脱ヤクザの第一歩だと評した…

 が、

 稲葉五郎は違った…

 あの杉崎実業は、ウチも狙っていたんだが、筋が悪いようなことを言った…

 筋が悪い=つまり、さまざまな勢力が入り組んでいて、手を出すのが、厄介というか…

 現に、林は、杉崎実業は、中国政府と繋がっているようなことを言っていた…

 だから、稲葉五郎は、杉崎実業の買収を考えたが、断念した…

 そして、高雄の父が、杉崎実業を買収したのを、

 「…よく、アニキは、あの会社に手を出した…」

 と、驚嘆としたというか、呆れたと言うか…

 ともかく、意外だと言ったように、呟いた…

 私は、それを思い出していた…

 いずれにしろ、高雄は、高雄の父親とも、違う…

 高雄の父の杉崎実業の乗っ取りは、要するに、金儲けだが、高雄の場合は、裏に別の思惑がありそうだ…

 あくまで、父親の力を借りて、いずれは、脱ヤクザを目指すようなことを言っていた…

 できもしない、夢物語を語っていた…

 私は、失礼ながら、そう思った…

 そう判断した…

 そして、それは、今も変わっていない…

 私は、この戸田の話を聞いて、今さらながら、高雄に不審を抱いた…

 一体、なにを考えているのか?

 なにを目指しているのかが、わからない…

 もしかしたら、自分の父親と、稲葉五郎が、抗争を起こしても、構わないのだろうか?

 自分の父親が、所属する暴力団の内部抗争の引き金を引いても、構わないのだろうか?

 私は、考える。

 そして、やはりというか、戸田を見た…

 やはり、戸田に聞くことにした(笑)…

 「…戸田さん…お聞きしてもいいでしょうか?…」

 「…なんですか? お嬢?…」

 「…高雄…高雄悠(ゆう)さんを、戸田さんは、ご存じのようですが、どんな方なんですか?…」

 「…どんな方? …お嬢…なんで、オレにそんなことを聞くんですか?…」

 「…いえ、さっき、戸田さんは、大場さんが、私を動かすことで、稲葉さんと高雄さんのお父様が、反目し合うというか、仲が悪くなって、ケンカになるかもしれないと、おっしゃいました…」

 「…」

 「…ですが、そもそもの発端は、大場さんが、私に高雄悠(ゆう)さんに、連絡を取ってくれと、言って、高雄さんに、連絡が取れなかったのが、原因です…つまり、最初から、すんなり、高雄さんに、連絡が取れれば、私は、今日この場所にやって来ることもなければ、今こうして、戸田さんと話すこともなかったわけです…私が、今日ここにやって来たのは、街中華の女将さんに、稲葉さんの連絡先を聞いて、稲葉さんから、高雄悠(ゆう)さんの連絡先を聞こうと思ったからです…それで、この近くを歩いていたら、戸田さんに会って…」

 私は説明する。

 戸田は、私の話に考え込んだ…

 「…それは、つまり、あっちゃんと、悠(ゆう)さんが、グルってことでしょうか? 最初から、お嬢が悠(ゆう)さんに連絡を取ろうとしても、取れないように細工して、お嬢が、ここにやって来るように、仕向けた…」

 私は、戸田の言葉に、黙って首を縦に振って、頷いた…

 私が、戸田の言葉に、同意したのを見て、戸田が、考え込んだ…

 「…そんな…そんなことって?…」

 戸田が絶句する…

 「…初めから、高雄悠(ゆう)さんに、連絡が取れれば、私は、今日、ここにやって来ませんでした…」

 私は、ダメ押しをした…

 私の言葉に、戸田は、動揺した…

 どう対応していいか、わからない様子だった…

 私は、そんな戸田を見ながら、

 「…戸田さんの推測が正しいとしたら、私が動くことで、稲葉さんと高雄さんのお父様が、敵対する可能性が高いです…いえ、お二人とも、山田会の次期会長候補と言われているそうですから、どうしても、仲が悪くなる可能性が高い…でも、私が動けば、それに輪をかけて、険悪になる可能性が高いわけです…それが、わかっていて、どうして、悠(ゆう)さんは、大場さんに力を貸したのでしょう?…」

 私は、戸田に聞いた…

 いや、

 聞いたのではない…

 むしろ、自分自身に問うていた…

 …一体なぜ、自分の父親に不利になる行動をするのだろう…

 しかも、これは、選挙ではない…

 大場の父親のように、選挙に落選すれば、代議士ではなくなるが、殺されるわけではない…

 ところが、高雄の場合は、父親がヤクザ…

 下手をすれば、内部抗争が勃発して、父親が命を落とす可能性すらある…

 いや、大物ヤクザだから、命を取られる心配はないかもしれないが、それにしても、内部抗争は困るだろう…

 なにより、その結果、自分の父親がどうなるか、わからない…

 会社ではないが、抗争の結果、昇格ではなく、降格もあるかもしれない…

 つまり、今いる自分の地位よりも、はるかに、地位が下になる可能性すらあるわけだ…

 高雄は、当然、それが、わかっている…

 わかっていて、やっている…

 私を動かすことに、協力している…

 一体、高雄はなにを考えているのだろう?

 自分の父親が、窮地に陥る可能性すらある…

 そんなことに、どうして、手を貸したのだろう…

 いや、そもそも、それがわかってやっている以上、問題は、父親と高雄の関係だ…

 普通の父親と息子の関係ではないのかもしれない…

 私は、突然、思った…

 もしかしたら、憎悪というと、大げさだが、高雄は父親に対して、そんな感情があるのかもしれない…

 以前、高雄は、私に、子供の頃は、別の家庭で育ったと言っていた…

 途中で、今の家庭に移ったと…

 要するに、家庭環境が、複雑なのだろう…

 だが、だとしたら、どうだ?

 高雄が父親に対して持っている感情…

 おそらくは、反感が、父親に対して、あるに違いない…

 それを、父親が気付いていないはずはない…

 高雄組組長が気付いていないはずはない…

 高雄の父親は、息子が自分に対して、反感を抱いていることを、どう思っているだろう…

 そのときだった…

 ポツリと、戸田が、口を開いた…

 「…悠(ゆう)さんは、見かけとは違う…」

 私は、戸田の言葉に、慌てて、戸田を見返した…

 「…これは、オヤジが、時々、口にすることです…前にも、言いましたが、オヤジは、高雄のオジキと、昔から仲が良く、悠(ゆう)さんを、子供の頃から知っています…だから、悠(ゆう)さんが、どんな人間かをわかっている…」

 たしかに、この戸田が言うように、以前、稲葉五郎が、言いにくそうに、私に、

 「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」

 と、忠告した…

 そして、この場合の見かけとは違うという言葉は、ネガティブな意味…

 なぜなら、高雄悠(ゆう)は、図書館や花屋が、似合うおとなしめの男子…

 そして、なにより、誠実そうな男子だからだ…

 それが、見かけとは違うということは、ずばり、陰険とか、性格が悪いということ…

 まさか、性格が悪いということは、言えないので、見かけとは、違うと婉曲に表現しているに過ぎない(笑)…

 これが、真逆に、見るからに性格が悪そうとか…陰険に見えて、

 「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」

 と、言われれば、ポジティブというか、プラスの意味…

 要するに、見かけは、悪いが、中身はいいヤツだよ、となる…

 しかし、高雄悠(ゆう)の場合は、真逆…

 見かけは、誠実そうだが、中身は、腹黒いと言いたいのだろう…

 さすがに、そうは言えないから、稲葉五郎は、

 「…悠(ゆう)は見かけとは違う…」

 と、婉曲に表現したわけだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…お嬢…悠(ゆう)さんには、気を付けて下さい…」

 戸田が、いきなり、私に忠告した…

 私は、慌てて、戸田を見た…

 「…お嬢にこんなことを言うのは、差し出がましいことかもしれませんが、悠(ゆう)さんは、なにを考えているのか、わかりません…」

 「…なにを考えているか、わからない?…」

 「…ハイ…そして、なにを考えているか、わからない人間ほど、恐ろしいことはありません…」

 「…」

 「…ひとは、誰でも、なにを考えているか、わかれば、ある意味、安心できます…要するに、どんな人間か、わかるからです…ですが、真逆に、なにを考えているか、わからない人間は、恐ろしい…いきなり、こちらが、考えてもいないことをやらかすかもしれないからです…」

 戸田が、説明する。

 「…それが、悠(ゆう)さんの怖さです…」

 戸田が、ダメ押しをした…

 私は、戸田の言うことがわかった…

 戸田の言うことが、理解できた…

 …たしかに、なにを考えているか、わからない人間は、恐ろしい…

 …なにをしでかすか、わからないからだ…

 …いきなり、なにをやらかすか、わからない…

 …だから、こちらも対策の立てようがない…

 私が、ビックリして、ある意味、尊敬の眼差しで、戸田を見た…

 すると、戸田も私の尊敬の眼差しに気付いたのだろう…

 「…お嬢…そんな目で、オレを見ないでください…受け売りですよ、受け売り…」

 「…受け売り?…」

 「…オヤジの言葉の受け売りです…」

 「…稲葉さんの?…」

 「…オヤジは、高卒で、学はありませんが、間違いなく優秀です…コレは、悠(ゆう)さんに対してのオヤジの評価ですが、高雄のオジキにも、当てはまります…」

 「…高雄さんにも?…」

 「…ハイ…高雄のオジキが、杉崎実業を買収したのを知って、オヤジは、驚愕しました…オジキは、石橋を叩いて渡るタイプの男で、無茶はしない性格だと知っていたにもかかわらず、筋の悪い杉崎実業を買収しました…アレで、オヤジのオジキを見る目も変わりました…」

 そういえば、以前、稲葉五郎は、高雄の父親が、杉崎実業を買収したのを知って、

 「…アニキも勝負に出たな…」

 と、言っていたような記憶がある…

 アレは、単純に、山田会の次期会長を目指す上での勝負に出たというような言葉と、私は思っていたが、違っていたのかもしれない…

 今、この戸田が言うように、石橋を叩いて渡るような慎重な人間と思われた、高雄の父が、リスクのある会社を買収するような真似をしたことで、それまで、自分が、思っていた人間と、高雄の父が、違うと、感じたのかもしれない…

 …だから、余計に、高雄の父を怖いというか、警戒したのかもしれない…

 私は、思った…

 私がなにを考えてるか、もしかしたら、この戸田もわかったのかもしれない…

 「…オヤジが言いました…」

 突然、言った…

 「…なにをですか?…」

 「…やっぱり、アニキは、悠(ゆう)の父親…血は争えないって…」

 「…それって、なにをやり出すか、わからないっていう意味ですか?…」

 「…お嬢の言う通りです…」

 あっさり、戸田が、私の発言を肯定した…

 そして、その日、戸田は私が、電車に乗るのを、無事、見届けるように、私を駅のホームまで見送った…

 まるで、恋人同士の別れのようだった…

 戸田は、稲葉五郎の命令を忠実に守ったのだ…

 私を守ったのだ…

 それから、まもなくだった…

 テレビのニュースで、山田会の内部抗争が勃発したのを知った…

                

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