第150話

文字数 5,146文字

 私の言葉に、他の二人…

 大場敦子と、女優の渡辺えりに似た、町中華の女将さんも、唖然とした…

 二人とも、驚いて、私の顔を見た…

 「…ちょっと…お嬢ちゃん…一体、なにを、わけのわからないことを…」

 町中華の女将さんが、私をたしなめるように、言った…

 「…お嬢ちゃん、いくらなんでも、失礼だよ…」

 町中華の女将さんが、言う…

 だが、

 私は、止めなかった…

 「…高雄さんは…悠(ゆう)さんは、大場さんの息子じゃないんですか?…」

 と、繰り返した…

 が、

 大場元議員は、なにも言わなかった…

 代わりに、娘の敦子が、

 「…竹下さん…なにを根拠に…」

 と、戸惑いながら、言った…

 あまりにも、突然と言うか、敦子にとって、考えられない…

 あるいは、考えもしない事態だったからだ…

 「…なにを、バカなことを言ってるの? …悠(ゆう)さんと、私は…」

 あまりの想定外の言葉に、大場敦子は、戸惑いながら、私に、抗議した…

 あまりにも、想定外の話だったので、どう反論していいか、わからない様子だった…

 これは、誰もが同じ…

 あまりにも、想定外の事態に陥ると、誰もが、どうして、いいか、わからない…

 過去に経験したことがないからだ…

 だから、対処のしようがない…

 「…ちょっと、お嬢ちゃん…」

 町中華の女将さんが、私を止めようとした…

 「…いい加減に…」

 女将さんが言いかけたところで、

 「…どうして、そう思うんですか?…」

 と、大場元議員が、ゆっくりと、口を開いた…

 「…お嬢さん…どうして、そう思うんですか? そう思う理由を聞かせて、頂けませんか?…」

 丁寧に、私に聞いた…

 だから、私も、

 「…大場さんは、悠(ゆう)さんを、優遇し過ぎるんです…」

 と、答えた…

 「…優遇…ですか?…」

 「…ハイ…優遇です…」

 「…それは、どういった優遇でしょうか?…」

 「…多忙な大場さんが、なぜ、悠(ゆう)さんのために、時間を割いたのか? それが、不思議だったんです…」

 「…不思議…ですか?…」

 「…ハイ…そうです…いくら、昔から知っている高雄組組長の息子さんでも、おかしいです…」

 「…それは、敦子に頼まれたから…」

 「…それでもです…いくらなんでも、優遇のし過ぎです…それに、そう考えれば、色々、納得します…」

 「…なにが、納得するんですか?…」

 「…杉崎実業の一件です…」

 「…杉崎実業?…」

 「…亡くなった高雄組組長は、100億円以上、お金を出して、杉崎実業の株を買ったと、私に言いました…ですが、それを、国会で、大場さんが、先頭に立って、高雄組に40億円返すことを決めました…本当ならば、中国へ不正に製品を輸出したことが、バレて、杉崎実業の株は、紙切れ同然にまで、価格が、下落しました…世間でも、どうして、暴力団に、40億円返さなければ、ならないんだと、話題になりました…大場さんは、中国との間に波風を立てたくないから、あえて、穏便に済ますんだと、あちこちで、説明していました…でも、本心は、高雄組組長に対する義理立てじゃないんですか? …自分の息子を育ててもらった恩義のために、世間が、どう批判しようと、金を返そうとしたんじゃ、ないんですか?…」

 私の言葉に、大場元議員は、

 「…」

 と、黙った…

 反論しなかった…

 考え込んでいる様子だった…

 私は、さらに、付け足した…

 「…そして、そう考えれば、どうして、敦子さんと、高雄組組長の息子である、悠(ゆう)さんと、結婚させようとしているか、わかるんですよ…敦子さんは、大場さんと血が繋がってない娘…そして、悠(ゆう)さんは、自分の血が繋がった実の息子…互いに、血縁関係はない…赤の他人…二人が結婚するのは、万々歳じゃないんですか?…」

 私の説明に、

 「…」

 と、大場元代議士は、反論しなかった…

 代わりに、娘の敦子が、

 「…バカなこと!…」

 と、文字通り、吐き捨てた…

 「…そんなバカなこと、あるわけない!…」

 敦子が激高した…

 「…悠(ゆう)さんが、パパの血が繋がった息子であるはずがない!…」

 「…DNA鑑定…」

 私は、言った…

 「…さっきも、話題になったDNA鑑定をすれば、わかります…」

 私の返事に、敦子は、一瞬、驚いたが、すぐに、その顔は、喜びに変わった…

 「…そうよ…パパ…DNA鑑定よ…DNA鑑定をすれば、竹下さんが、今、わけのわからないことを言ってるのが、ウソだと、断言できる…DNA鑑定よ、パパ…」

 が、

 大場元代議士は、

 「…」

 と、返事をしなかった…

 真逆に、深刻な表情に、変わった…

 「…どうしたの? パパ?…」

 敦子が、不安がった…

 それから、

 「…まさか、竹下さんが、言っていることが、本当じゃ…」

 敦子の言葉に、なおも、

 「…」

 と、大場元代議士は、沈黙を貫いた…

 「…どうしたの? …パパ…返事をして!…」

 敦子が、懇願する…

 その言葉で、ようやく、大場元代議士が、

 「…DNA鑑定は、困る…」

 と、弱々しく、言った…

 「…それは、できない…」

 「…それは、できないって…パパ…」

 大場が、激高した…

 「…どうして、できないの!…」

 大場が激しく、父親をなじった…

 「…どうして、できないの?…」

 「…だって、悠(ゆう)クンと、私が、血が繋がった父子だということが、バレてしまうじゃないか…」

 力なく、語った…

 その顔は、憔悴しきっていた…

 いや、

 憔悴と言うと、違うかもしれない…

 憔悴と言うと、随分前から、悩んでいるふうだが、これは、突然…

 突然の暴露だからだ…

 「…私が、高雄さんに遠慮というと、聞こえは悪いかもしれないが、高雄さんに配慮せざるを得なかったのは、その恩もあった…」

 大場元代議士が、穏やかに語った…

 「…悠(ゆう)は、私が若い時分に、遊びで、出来てしまった子供だ…相手の女が、私の身分を知り、強引に、認知しろ、と迫った…私は、それまで、その女性が、妊娠した事実も知らなかった…だから、幼い悠(ゆう)クンを連れて来られて、焦った…そして、どう対応しようか、悩んでいたところ、子供のいない高雄さんが、私の息子として、育てますと、仰ってくれた…だから、定期的に、息子の顔を見る意味もあって、高雄さんと悠(ゆう)クンと、我が家は、親しく付き合った…」

 「…ウソ?…」

 敦子が叫んだ…

 「…ウソよ…ウソに決まってる!…」

 「…これは、残念ながら、本当のことだ…」

 大場元議員が、力なく、語った…

 「…まあ、ホントは、対応に困った私は、古賀さんに、相談したんだ…すると、その席にいた高雄さんが、自分が、なんとかしますと、言って、女の元に乗り込んだ…それで、悠(ゆう)クンに会ったんだ…その悠(ゆう)クンに、高雄さんは、昔の自分を見たって、後に私に、言ってくれた…金がなく、大学に行くのを、断念した、若き日の自分を見たって…ホント、高雄さんは、私の恩人だった…」

 大場元議員が、しんみりと、呟く。

 「…私にとって、悠(ゆう)と、敦子の交際は、晴天の霹靂(へきれき)というか、思ってもみない話だった…でも、今、お嬢さんが、言ったように、敦子が、悠(ゆう)と、結婚することで、私が、高雄さんの財産を狙っていると、世間から、思われたとしたら、それもまた、皮肉と言うか…まさに、運命の皮肉だな…自分の蒔いた種を、高雄さんに、押し付けた報いなのかもしれない…」

 大場議員が、力なく語る…

 私は、驚いた…

 自分自身に驚いた…

 まさか…

 まさか…

 自分の言ったことが、こうも的を得ているとは、思わなかった…

 この、頼りない、竹下クミが、言ったことが、こうも的を得ているとは、思わなかった…

 まるで、別人…

 まるで、仮面ライダーか、ウルトラマンに変身したようだった…

 が、

 それは、あくまで、私について…

 大場は、違った…

 大場敦子は違った…

 明らかに、動揺していた…

 と、いうよりも、今の話を受け入れられない様子だった…

 「…悠(ゆう)さんが、パパの血の繋がった息子?…」

 敦子が呟く…

 「…あの悠(ゆう)さんが、パパの血の繋がった息子なんて…」

 どうしていいか、わからない様子だった…

 「…ありえない…」

 大場が叫ぶ…

 「…そんなこと、ありえない!…」

 大場が号泣した…

 「…悠(ゆう)さんは、好き…好きだった…でも、パパの血の繋がった息子だと知っていれば、好きにはならなかった…」

 「…あっちゃん…それは、どういう意味?…」

 町中華の女将さんが、口を挟んだ…

 「…私は、パパが嫌い…」

 敦子が断言した…

 「…この大場小太郎という人が嫌い…」

 敦子が憎々しげに、言った…

 「…家でも、私は、この大場小太郎に、ずっと差別されて、生きてきた…それが、今、悠(ゆう)さんが、大場小太郎の血が繋がった息子だと知って、一気に嫌いになった…」

 「…あっちゃん…それは、どういう…」

 町中華の女将さんが、遠慮しながら、聞く…

 「…この大場小太郎という人は、とにかく、自分の血が繋がった人間のみを、大事にする…私の弟も、妹も、自分と血が繋がっているから、大事にする…そして、今、悠(ゆう)さんが、やはり、自分と血が繋がった息子だから、大事にしたと、わかった…だから、余計にそれが、許せない…」

 敦子が、喚(わめ)いた…

 私も、女将さんも、どうしていいか、わからなかった…

 止められるのは、大場小太郎だけ…

 血が繋がってないとは、いえ、この敦子を止められるには、義理の父親である、大場小太郎だけだった…

 だから、私も、女将さんも、大場小太郎を見た…

 大場小太郎が、うまく、敦子を止めると、期待したのだ…

 が、

 そんな期待は、木っ端みじんに、吹き飛んだ…

 「…当たり前じゃないですか?…」

 大場小太郎が、あっさりと、言った…

 「…なにが、当たり前なの?…」

 と、女将さん…

 「…だって、血を分けた自分の子供ですよ…赤の他人とは、違います…」

 あっさりと、大場小太郎は告げた…

 私と女将さんは、呆気に取られた…

 たしかに、その通りだが、それを、ここで、口にするのは、マズい…

 まさか、そんなことを、あっさりと、口にするとは、思わなかった…

 大場敦子を見ると、鬼のような形相で、大場小太郎を睨んでいた…

 「…これは、おそらく、私の職業が、影響しているのでしょう…」

 「…どういう意味ですか?…」

 と、私。

 「…政治家という職業です…政治家は、代々、世襲制…血の継承です…だから、自分と血が繋がってない人間は、どうしても、信用できない…これが、私の子供の頃からの性(さが)と、なってます…」

 大場小太郎が、穏やかに説明する…

 「…だから、ハッキリ言って、敦子は嫌いではない…むしろ、好きです…でも、敦子から見れば、私の血が繋がった子供たちと、自分の扱いに差があると、思うのでしょう…私自身は、意識はしていませんが、こればかりは、仕方がありません…これは、私の本能です…」

 大場小太郎が、説明する…

 が、

 当たり前だが、敦子は納得しなかった…

 「…仕方ない…仕方ないって、そんな簡単に言わないでよ…」

 敦子が怒った…

 「…仕方ないって、そんな簡単な言葉で、差別される私は、堪ったものじゃない…」

 敦子が激高した…

 たしかに、敦子の怒りは、わかる…

 自分だけ、血が繋がってないから、差別されるのは、仕方がないと、自分の義理の父親が認めたのだ…

 たしかに、その通りなのだが、それを言っちゃ、おしまいと言おうか…

 だから、この大場小太郎も、大物政治家だが、中身は、思ったよりも、子供かもしれないと、思った…

 いくら、血が繋がってないとはいえ、父娘だ…

 父娘の関係で、言っていいことと、悪いことが、ある…

 まさか、その区別ができないとは、思えないが、それが、わかっていて、平然と口にするのが、やはり、お坊ちゃまというか…

 私は、思った…

 思いながら、ふと、気付いた…

 と、いうことは、どうだ?

 もし、私が、亡くなった古賀会長の精液を使って出来た子供だとすれば、私は、古賀会長の娘…

 血の繋がった娘となる…

 と、いうことは、私は、この女優の渡辺えりに似た、町中華の女将さんの家族になる…

 が、

 町中華の女将さんが、私を家族として扱っているかといえば、否…

 決して、悪い扱いではないが、家族ではない…

 すると、どうだ?

 そもそも、女将さんは、私を家族として見ていないということになる…

 それは、なぜ?

 それは、どうして?

 古賀さんが、女将さんの家族ならば、その娘の私も、女将さんの家族なのではないか?

 どうして、違うのか?

 ふと、疑問に思った…

               
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