第94話

文字数 5,090文字

 …高雄…

 …高雄悠(ゆう)…

 摩訶不思議な男だ…

 図書館や花屋が似合う、おとなしめの男子のくせに、実は、大物ヤクザの息子…

 しかも、血は繋がってない…

 長身の、イケメンで、暴力とは、真逆…

 いわゆる、ヤンキー臭さは微塵もない…

 だから、信頼できる…

 信用できる…

 だが、本当にそうか?

 たしかに、一見して、高雄は信用できる…

 しかし、犯罪者ではないが、叩けば叩くほど、ほこりが出てくると言うか…

 知れば知るほど、当初、抱いた高雄のイメージが、崩れてゆく…

 いや、

 崩れてゆくのではない、覆(くつがえ)されるのだ…

 いわゆる、当初、抱いたイメージと真逆の真実を知ることになる…

 だから、これは、逆効果…

 知れば知るほど、信用できなくなる…

 信頼できなくなる…

 つまりは、高雄悠(ゆう)という存在は、プラスではなく、マイナスになる…

 高雄悠(ゆう)は、それをわかっているのだろうか?

 いや、

 もし、最初から、わかって、行動していたとしたら?

 さまざまな考えが、脳裏をよぎる…

 色々、考えさせられる…

 私は、考える…

 考え続ける…

 私が、最初、高雄と会ったのは、あの杉崎実業の内定のとき…

 あのとき、人見人事部長から、杉崎実業の取締役として、高雄悠(ゆう)を紹介された…

 そして、それ以前に、たしか、大場が、この会社は、暴力団のフロント企業うんぬんと、口走った…

 いや、

 アレは、林だったか?

 いずれにしろ、あの時点で、すでに、あの二人は、杉崎実豪が、高雄組のフロント企業であることを知っていたことになる…

 が、

 残りの二人…

 柴野と野口は、たぶん、知らなかった…

 あるいは、知っていたかもしれないが、そういう発言は、一切していない…

 なにより、発言の口火を切っていない…

 口火を切ったのは、大場と林だ…

 だが、本当のところは、わからない…

 ただ、あの発言の後、高雄悠(ゆう)は、急いで、私を追って来た…

 私が、帰る電車の中で、私に話しかけ、その後、駅のプラットフォームに途中下車して、私に、杉崎実業の内定を蹴らないで、欲しいと、懇願した…

 頼み込んだ…

 私は、なぜ、高雄がそんなことを、私にするのか、わからなかった…

 が、

 高雄は、昔、子供の頃、会った、女のコがいて、その女のコが、この会社に入社して、いずれは、ボクと結婚して、会社を乗っ取ろうとしている…

 しかしながら、ボクは、真逆に、自分が、別の女のコを手に入れることで、ボク自身が、パワーアップするというか、会社が発展するようなことを、私に言っていた…

 だが、その会社は暴力団…

 高雄組のことだと、私は思った…

 以前、高雄に電話して、高雄の実家が高雄組であることを知っていたからだ…

 要するに、杉崎実業の5人の内定者の女のコの中に、敵と味方がいるというか…

 この場合の敵とは、高雄組の対立組織…

 高雄悠(ゆう)と結婚することで、高雄組に入り、内部から、高雄組を乗っ取ろうとしている…

 真逆に、味方とは、高雄悠(ゆう)と、結婚することで、高雄が、有利になる、人物…

 そういうことだ…

 私は、それを聞いたとき、面白いと思った…

 だから、高雄の話に乗った…

 高雄の力になりたい…

 純粋に、そう思った…

 高雄のようなイケメンに気に入られたい…

 好かれたいと、思ったのだ…

 女なら、誰もが、そう思うことだ(笑)…

 だが、

 今、考えると、それも眉唾物…

 どこまでが、本当なのか、わからない…

 ただ、高雄が、私を大事に思ってることは、確かだ…

 大場が言ったように、なぜかはわからないが、私がキーマンなのだろう…

 だから、私に似た4人の女を集めた…

 いや、

 もしかしたら、それも違うかもしれない…

 キーマンは、私と大場、林の3人だ…

 3人とも、なんとなく似ている…

 顔も背格好も、似ている…

 姉妹だと言われても、驚かない…

 違和感がない…

 それほど、印象が似ている…

 目鼻立ちひとつひとつは、微妙に違うが、全体から受ける印象が同じなのだ…

 ということは、どうだ?

 私たち3人に合わせるために、残りの二人を選んだのでは、ないのか?

 柴野と野口を選んだのでは、ないのか?

 突然、そう思った…

 たしか、林は、柴野は、一橋大…
 
 野口は、東京外語大と、言った…

 これは、ウソではあるまい…

 だが、同時に林は、大場、柴野、野口は、私以上のお金持ちと言った…

 が、

 これは、眉唾物だ…

 大場は、大場小太郎代議士の娘だから、林以上ではないが、お金持ちに違いない…

 だが、他の二人は、違うのではないか?

 柴野と野口は違うのではないか?

 ふと、思った…

 というか、ブラフ…

 ブラフ=はったりの類い…

 いや、

 それどころか、最初から、高雄、林、大場の3人は、組んでいた可能性が高い…

 単純に、柴野と野口は、私たち3人に似ている…

 つまり、私、竹下クミ、林、大場の3人と、顔や背格好が似ているから、選ばれたのではないか?

 そして、高雄は、私に噓八百を教え込んだ…

 私を引き込むためだ…

 私を利用するためだ…

 事実、大場は高雄と以前から面識があると認めていた…

 おそらく、林も、同じだろう…

 林は、父親の命で、杉崎実業に入社しようとした…

 が、

 それ以前に、なんらかの形で、高雄と知り合った可能性が高い…

 そして、彼ら3人で、今回のシナリオを練った可能性が高い…

 私は、思った…

 だから、林は、以前、私をあの豪邸に招いたとき、

 「…高雄さんは、映画のゴッドファーザーのように、ヤクザから堅気になろうとしている…暴力団を普通の会社にしようとしている…」

 と、言ったのではないか?

 最初から、高雄に、それを告げられていたのではないか?

 そして、それは、高雄の父も、認めていた…

 だから、その言葉にウソはあるまい…

 あるいは、そう告げることで、林を味方に引き入れようとした…

 いや、いや、疑えば、切りがない…

 どこまでが、真実か、わからなくなる…

 真相が、見えなくなる…

 ただ、今、私が、考えたこと…

 思いついたことに、間違いが、それほど、あるとは、思えない…

 つまり、高雄と、林、大場の3人が、最初から、組んでいたのは、明らかだ…

 そう考えれば、色々、納得がいく。

 最初、杉崎事業の内定で、私たち5人が会ったとき、たしか、大場が、この杉崎実業は、暴力団のフロント企業と、口走った…

 それを契機に、林が、反論して、大場と林のバトルに発展した…

 口論というか、口喧嘩になった…

 だが、今、考えてみれば、あれは、ヤラセだったのではないか?

 ヤラセ=お芝居だったのではないか?

 そう、考えれば、納得がいく…

 最初から、打ち合わせて、ケンカをしているように、見せかけたかったのではないか?

 そうすることで、お互いの繋がりを隠したかったのはないか?

 そう、思った…

 誰もが、言い争った人間同士が、陰で、手を結んでいるとは、テレビや映画でない限り、信じない…

 思わない…

 二人は、それを狙ったのではないか?

 ただ、二人、いや、高雄悠(ゆう)を加えて、三人は、皆、一枚岩ではない…

 言葉は悪いが、同床異夢…

 それぞれが、自分たちの打算で、トリオ(3人組)を組んでいるに、過ぎない…

 その目的は、林は、自分の家の再建と言うか、苦境からの脱出…

 大場は、父、大場小太郎代議士からの指示…

 そして、

 そして、あの高雄…

 高雄悠(ゆう)は、父の、高雄組組長からの指示と言いたいところだが、それは、ありえないというか…

 正直、微妙…

 高雄組組長の指示で、今回のシナリオを考えたとは、思えない…

 事実、高雄悠(ゆう)は、私の前で、育ての親である、高雄組組長と争った…

 アレが、お芝居とは、どうしても、思えない…

 また、林が言った、

 「…高雄さんは、映画のゴッドファーザーのように、暴力団を堅気の会社にさせようとしているの…」

 という言葉も、ウソとは、思えない…

 事実、暴力団は、先細り…

 将来的に衰退してゆくのは、誰の目にも明らか…

 また、高雄組組長は、経済ヤクザ…

 暴力団にもかかわらず、暴力をウリにしていない…

 だから、高雄組組長の指示で、将来的に、堅気の会社に生まれ変わりたいと、考えても、不思議ではない…

 だが、どうしても、そうは思えない…

 どうして、そう思うのか?

 なにか、証拠があるのかと問われれば、言葉に詰まるが、これは、女の直感というか…

 それ以外にない(笑)…

 高雄悠(ゆう)が、高雄組組長の指示で、動いているとは、どうしても思えない…

 いや、

 指示はあるかもしれない…

 だが、その指示を大きく超えて、独断で動いてる感じがする…

 それとも?

 とっさに、思った…

 それとも、高雄の背後に誰かいるのか?

 とっさに、気付いた…

 高雄悠(ゆう)自身が、誰かに操られている?

 あるいは、誰かの指示で動いているのか?

 とっさに、思いついた…

 ただ、操られているのと、指示で動いているのとは、違う…

 操られてるのは、高雄本人が、気付かないうちに、誰かの思うように、動かされてるということだ…

 指示を受けているというのは、ただただ、本人の考えはなく、ただ指示する人間の思う通りに、動いていることに、他ならない…

 そこに、自分の考えは、なにもないからだ…

 そして、もし、誰かに操られているとしたら?

 それは、おそらく、高雄悠(ゆう)の希望を利用されているということだろう…

 高雄が、高雄組を将来的に、堅気の会社に変貌させたいと、考える希望を利用されているということだろう…

 高雄が、高雄組を堅気の会社に変えたいという気持ちにウソ偽りはないと思う…

 また、高雄は、育ての親の高雄組組長と争っているように、見えるが、嫌ってはいないと思う…

 父子とはいえ、互いが嫌っていれば、それは、誰の目にもわかるものだ…

 むしろ、高雄は、父の思いに、答えたかったのではないか?

 血が繋がっていないにもかかわらず、自分の世話をしてくれる高雄組組長の恩に答えたかったというか…

 おそらくは、高雄組組長の真意というか、希望は、以前、聞いたように、三井や三菱のような大企業に就職して、出世すること…

 それが、叶わずに、ヤクザになった…

 そして、経済ヤクザとして、成功した…

 しかし、高雄悠(ゆう)は、高雄組組長を身近に見て、その希望を捨てることができない姿を、感じ取ったのではないか?

 経済ヤクザとして、成功して、押しも押されぬ大物ヤクザと呼ばれた今も、本当は、大企業に就職して、出世したかった…

 そんなふうに、感じたのではないか?

 そんなふうに、思ったのではないか?

 高雄悠(ゆう)が、その夢を叶えさせたかったと感じたのは、穿(うが)ちすぎだろうか?

 私の考え過ぎだろうか?

 だが、少なくとも、高雄悠(ゆう)と、高雄組組長の間に父子の断絶があるとは、思えない…

 確執があるとは、思えない…

 信頼し合っているとまではいえないが、嫌っているようには、どうしても思えない…

 むしろ、今も高雄悠(ゆう)は、育ての親である、高雄組組長に恩を返そうとしているように見える…

 高雄組を将来的に、普通の会社に変貌させることで、高雄組組長を喜ばせようしているように見える…

 だが、その目的を誰かに利用されているとしたら?

 それは、文字通り、高雄悠(ゆう)は、操られていることになる…

 本人が意図せずとも、誰かに操られているように見える…

 だが、もし、高雄悠(ゆう)が、操られているとしたら?

 操る人間は、誰か?

 おそらく、私の知っている人間に違いない…

 高雄悠(ゆう)の身近にいる人間に違いない…

 高雄悠(ゆう)を操る人間…

 それは、誰か?

 中国政府?

 とっさに思った…

 考えられないことではない…

 山田会の古賀会長は、中国政府の後ろ盾で、山田会を大きくした…

 その古賀会長が亡くなった今、中国政府が、代わりの人間を探すのは、道理にかなっているというか…

 ひどく当たり前に思える…

 しかも、高雄悠(ゆう)は、高雄組組長の息子…

 血が繋がってないとはいえ、父子だ…

 いわば、山田会の中枢に近い人間…

 その高雄悠(ゆう)を操って、山田会をコントロールしようと考えるのは、ひどく当たり前だ…

 私は、思った…

 だが、

 それは、あくまで、可能性…

 ひとつの可能性に過ぎない…

証拠もなにもない…

 だから、本当のところは、さっぱりわからない…

 ただ、高雄悠(ゆう)の背後には、誰かいるのではないか?

 漠然と、そう思った…

                
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