第69話
文字数 6,692文字
「…なんだ…そうだったんですか?って?…」
悠(ゆう)が、驚いた…
悠(ゆう)の父も、驚いて、大場小太郎代議士を見た。
その表情は、驚きに溢れていた…
「…それは、どういう…」
遠慮がちに、高雄の父が訊いた…
「…敦子から、報告を聞いていたんですが、どうにも、わからないことが多かった…それが、高雄さんと、息子さん?の会話で、だんだんわかってきた…」
大場代議士が、楽しそうに言う…
「…敦子が悠(ゆう)くんの誘いに、乗った甲斐があった…」
穏やかに、微笑んだ…
「…甲斐があった?…」
悠(ゆう)が、仰天した…
「…大場が一体なにを?…」
大場代議士は、悠(ゆう)の質問には、直接答えなかった…
ただ、
「…悠(ゆう)くん…アナタはモテないんですよ…自分が、思っているほど…」
と、短く言った…
「…モテない? …オレが?…」
大場代議士の指摘は、悠(ゆう)にとって、意外だったようだ…
「…悠(ゆう)くんは、長身で、イケメン…穏やかで、頭の回転も速く、誰もが、安心して、接する…男女を問わずにね…だが、それは、見せかけに過ぎない…」
「…見せかけに過ぎない?…」
「…高雄さんもおっしゃったが、悠(ゆう)くんは、ひとを下に見下す癖がある…だから、歳を取れば、取るほど、悠(ゆう)くんの本性に、女の人は気付く…」
「…」
「…男も女もそうだが、誰もが、二十歳のときは、気付かなかったことも、四十歳になれば、気付くものです…男も女も大抵は、若い頃は、ルックス重視(笑)…キレイだったり、カッコ良かったりする異性から、声をかけられれば、ポッとなる…そして、付き合い始めて、半年、一年と経って、ようやく相手の中身が見えてくるというか…それが、四十歳にでもなれば、結果は同じでも、相手の中身が見えてくる時間が、短くなる…二十歳の頃は、半年経って、ようやくわかったことが、一月もしないで、わかってくる…」
「…」
「…悠(ゆう)くんの本性に気付いた女の人は、悠(ゆう)くんから、離れてゆく…でも、おそらく、そんな現実に悠(ゆう)くん自身は、気付いてないんじゃないかな…悠(ゆう)くんは、女の人から、モテる…私なんかにすれば、羨ましいほどにね…だから、女をとっかえひっかえできるから、自分の元から去った女が、どうして、自分の元から去ったのか、考えもしないのが、現実でしょう…常に、両手に抱えきれないほどの薔薇の花があれば、その両手から、いくつもの薔薇の花がこぼれおちても、見向きもしない…そんな感じでしょう…どうして、自分の元から去ったのか、考えもしない…」
大場代議士の言葉に、悠(ゆう)は、
「…」
と、黙っていた…
反論できなかったのかもしれない…
それから、大場代議士は、高雄の父?に、向かって、
「…でも…高雄さん…アナタはひとつ、ウソをついてますよ…」
と、言った…
「…ウソですか? 私が?…」
大場代議士の言葉に、高雄の父は、当惑した様子だった…
「…そうです…」
自信たっぷりに、大場代議士が、答える。
「…それは、どんな…」
「…アナタが、この悠(ゆう)くんを、自分の血の繋がった息子ではないと知りながら、育てたのは、使えるからだと、おっしゃいました…でも、本当は、違うでしょ?…」
「…違う? …どう違うんですか?…」
「…本当に嫌いならば、誰も、自分の手元には、置きませんよ…嫌いな人間を、身近に置く人間はいない…高雄さんは、悠(ゆう)くんを、嫌ってはいない…あるいは、嫌いでも、心底嫌っているわけではない…いかに、能力があり、才能に溢れた人間でも、本当に嫌いならば、見るのも嫌なはずです…」
大場代議士の言葉に、今度は、
「…」
と、高雄の父? が無言だった…
「…敦子が言ってました…」
「…お嬢さんが? 一体なにを?…」
「…高雄さんは、不器用だと…」
「…不器用? …ですか?…」
「…いや、私に言わせれば、優しすぎるのかもしれない…」
「…優しい? …私が?…」
「…だって、そうでしょう? いくら、昔付き合った女から、アナタの息子だから、面倒を見てくれと、言われても、自分の息子じゃないと、わかれば、家から放り出します…具体的には、養護施設かなにかに、引き取ってもらいます…それが、できないのは、よく言えば、高雄さんの優しさ…悪く言えば、それが、できないから、失礼ながら、亡くなった古賀さんが、高雄さんを評価しなかったんでしょう…」
「…古賀会長が?…」
「…切るべき人間を切れない人間は、中途半端です…高雄さんの優しさは、高雄さんの弱さでもあります…それを、古賀さんは、見抜いていた…知っていたということです…」
大場代議士の言葉に、高雄の父?は、
「…」
と、一言もなかった…
「…そして、高雄さんの弱さは、私の弱さでもあります…」
「…大場さんの?…」
高雄の父が、驚いた…
「…次期総理総裁候補と呼ばれながら、決して、総理の座に手が届かない…失礼ながら、高雄さん同様、見る人は、私の能力をわかっているのでしょう…」
大場代議士が、自嘲気味に呟く。
「…ひとは、見てるものです…どんな人間か? どんな性格か? どんな能力を持っているのか? 見ているものです…そして、その評価は、大体八割方同じです…」
「…八割方…ですか? …」
思わず、私が、口を挟んだ…
「…そう…八割方です…お嬢さんは、まだ、お若いから、会社にいったことはないかもしれないから、学校を例に挙げましょう…中学でも、高校でも、大学でも、あのコは、美人だとみんなが言えば、美人だし、性格(たち)が悪いヤツだと、お嬢さんが、思えば、お嬢さんが、それを口にしないまでも、誰もが、心の底で、そう思っているものです…」
大場代議士が説明する。
事実、その通りだと、私も思った…
誰もが、思うことは、大抵同じだ…
…でも、八割というのは、残り、二割は違うのだろうか?…
私は、考える。
だから、
「…八割方というのは、残り二割は、違うんですか?…」
と、つい聞いてしまった(笑)…
が、
大場代議士は、私の質問に嫌な顔も少しもしないで、
「…違います…」
と、即答した…
「…例えば、失礼ながら、悠(ゆう)くんです…悠(ゆう)くんは、見た目ほど、モテないと、さっき、私は言いました…でも、なぜ、悠(ゆう)くんが、その事実に気付かないかと言えば、八割の人間が、悠(ゆう)くんの内面に気付いて、逃げ出すにもかかわらず、残りの二割の人間は、いつまでも、悠(ゆう)くんの本性に、気付かない…完璧なモテ男だと思って、付いて来る…そういうものです…」
大場代議士が、苦笑する。
私も、大場代議士の言葉に、賛同した…
バカの壁ではないが、わからないものは、いくら説得しても、わからないものだ…
アイツは、ルックスがいいが、見せかけだけだから、あんな男は、やめておけと、友人が、忠告するにも、かかわらず、その男と交際を続けて、泣きを見た、女も、私は、何人も、知っている…
…惚れた弱みとでもいえば、聞こえはいいが、実際は、その男の本性を見抜く力がないだけだろう…
が、
さすがに、それを口にすることはできない(笑)…
あるいは、
似た者同士…
性格が、悪い人間は、男女を問わず、性格が悪い人同士、つるむものだ…
行動を共にするものだ…
お互い似た者同士だから、気が合うのだ…
だから、相手の性格が悪いことに気付かない…
ただし、
自分たち当人は、決して、自分自身を性格の悪い人間だと、思っていない(笑)…
ここに、明らかに、周囲の人間との間に、ズレがある(笑)…
だが、
これは、ある意味、誰もが、同じだ…
そういうものだ(笑)…
大抵は、自分自身を過大評価する。
オマエは、性格が悪いと言われて、心の底から、その通りだと、認める人間は、皆無だろう…
ただし、その認識にあまりにズレがあるというか、かけ離れていると、おかしい…
他に、わかりやすい例でいえば、やはり、ルックスだろう…
美人でも、イケメンでもなんでもない人間で、自分は、モテると、勘違いしている輩(やから)が、稀にいるが、陰で、周囲から失笑ものになっている現実が、わからない…
ルックスが平凡でも、いい大学を出ていたり、家がお金持ちであったりすれば、わかるが、なにもない人間で、心底そう思っている輩(やから)がいる…
見せかけや、強がりならば、まだ許せるが、心底そう思っているとなると、やはり、その人間性と言うか、認識の違いに愕然とする(笑)…
ただただ、唖然とする…
私が、漠然と、そんなことを思っていると、
「…今日は、ご苦労様でした…」
という、高雄組組長の声が聞こえた…
「…わざわざ、お越し頂き、感謝に堪えません…」
と、直立不動で、大場代議士に、お辞儀をした…
「…高雄さん…そんな真似はしないでください…」
大場代議士が、言う。
「…高雄さんに、そんな真似をされると、こちらもどうしていいか、わからない…なにしろ、次期、山田会会長ですからね…」
意外なことを言った…
私の目が点になった…
だって、さっきまで、稲葉五郎が、この高雄組組長よりも、能力が抜きん出ていると、話したばかりだ…
それが、一体どうして?
私は、唖然として、高雄組組長を見た…
「…まだ、正式に決まったわけでは、ありません…」
高雄組組長が謙遜する。
「…ただ、五郎は、下手を打ちました…」
「…下手を打った? どういうことだ?…」
悠(ゆう)が、口を挟んだ…
「…この大場さんの家のクルマのガレージのシャッターに発砲した件だ…アレは、誰が見ても、五郎の大場さんに対する威嚇だ…アレが、山田会内部で、今、問題になってるんだ…」
高雄の父? が、説明する。
「…問題? なにが、問題なんだ?…」
悠(ゆう)が、問い詰める。
「…次期総理総裁候補に名を連ねる、大場さんの屋敷に、拳銃を打ち込んだんだ…下手をすれば、今の時代、政府や警察が、本気で、山田会を潰しにかかる可能性がある…そんな真似をしでかした五郎に、山田会の内部で、反感が強まってるんだ…」
高雄の父? が、淡々と説明した…
私は、驚いたが、同時に、納得もできた…
稲葉五郎は、昔ながらのヤクザそのものの行動で、自分と、大場代議士の関係が、週刊誌に暴露されたことで、その関係を断とうとした…
…大場代議士の自宅に、拳銃を打ち込むことで、大場代議士を脅した…
が、
それが、今の時代にあわなかったのだろう…
ヤクザが、暴力を使えないのは、驚くが、やはり、今の時代、稲葉五郎の行為は、一線を越えているのかもしれない…
現実に、山田会内部では、やり過ぎだとの声が出たに違いない…
どこまで、やるべきか?
どこまで、やっていいのか?
その線引きが、難しい…
実に、難しい…
稲葉五郎が、自分と繋がりの深い、大場代議士が、自分に都合が悪くなったから、自分との繋がりを切ろうとしたことに対して、ヤクザだから、拳銃を使って、威嚇したわけだ
…
しかし、おそらくは、そんなヤクザにとって、当たり前の行動が、山田会の内部で、問題になっているとは?
考えれば、考えるほど、驚くと言うか…
ヤクザにとって、ありえない現実かもしれない(笑)…
と、そこまで、考えたとき、
「…バカバカしい…」
と、悠(ゆう)が、呟いた。
「…バカバカしい? …なにが、バカバカしいんだ?…」
と、悠(ゆう)の父?
「…アンタ…ヤクザだろ? ヤクザが、暴力を使わないで、なにを使うんだ?…」
悠(ゆう)の言葉に、悠の父?である、高雄組組長は、
「…」
と、無言だった…
「…ヤクザが暴力を使わないのは、ライオンが、檻に入れられたようなものだ…いかに、檻の中から、吼えても、誰も恐れない…怖がらない…それじゃ、自分が、襲われることは、絶対ないからだ…」
「…」
「…今、アンタを、推しているのは、和平派というか、要するに、金勘定が、すべての連中ばかりだ…会社を経営したり、株を動かして、大金を稼いでいる…」
「…」
「…でも、稲葉五郎を推している連中は、違う…」
「…」
「…一言で言えば、ヤクザの本質がわかっている連中ばかりだ…自分たちの武器が、暴力で、逆に言えば、暴力以外なにもない現実に、だ…」
「…」
「…高雄組組長…結局のところ、アンタが、古賀の爺さんに、好かれなかったのは、それが、原因さ…ヤクザにとって、暴力が、基本というか、根底にあるにも、かかわらず、アンタは、金儲けに走った…そして、オレの見るところ、アンタは、ホントは、暴力が嫌いだ…」
「…暴力が嫌い?…」
思わず、私は、叫んだというか、言葉に出してしまった…
「…ヤクザが、暴力が嫌いって?…」
「…このひとは、根が優しいといえば、聞こえはいいが、そこまで、暴力に徹することができないのさ…そんな、アンタの優しさもまた、あの古賀の爺さんが、嫌うことだった…あの爺さんは、暴力を武器にのし上がってきた人間だ…そんな、爺さんにとって、アンタは、ヤクザとして、なんとも、中途半端に見えたんだろうよ…」
悠(ゆう)の指摘に、悠(ゆう)の父? は言葉もなかった…
…きっと、その通りだからだろう…
だが、
「…それで、よかったんじゃないですか?…」
と、いきなり、誰かが言った…
言った声の主は、大場代議士だった…
「…よかった? …なにが、よかったんだ?…」
悠(ゆう)が怒りを込めて、大場に食ってかかった…
「…悠(ゆう)くん、アナタにとって、よかったんです…」
「…オレにとって、よかった? どういう意味だ?…」
「…そんな、優しいヤクザだから、自分の子供でもないとわかった、悠(ゆう)くんの面倒を見た…それが、他のヤクザだったら、面倒を見ることもなかったでしょう…」
大場代議士の言葉に、
「…」
と、悠(ゆう)は、沈黙した…
これもまた、その通りだからだろう…
「…だけど、それじゃ食えないよ…」
悠(ゆう)が、反論する。
「…いくら、優しくとも、ヤクザとして、中途半端な、この高雄組組長じゃ、山田会は、まとめられない…残念ながら、それが、現実さ…」
悠(ゆう)は、断言すると、ゆっくりと、歩き出し、その場から、立ち去った…
おそらく、悠(ゆう)の言うことは、真実だろう…
優しいヤクザに、組織はまとめられない…
他団体になめられるからだ…
私は、思った…
そして、それを最後に、その日は、終わった…
私は、悠(ゆう)の父親? に、自宅近くまで、クルマで、送ってもらった…
高雄組の若い衆の運転するクルマに乗りながら、後部座席で、私と悠(ゆう)の父親は、並んで座った…
言葉は、一切交わさなかった…
ただ、クルマから降りるときに、高雄の父が、わざわざ、クルマから降りて、私に、
「…今日は、ご苦労様でした…」
と、直立不動で、まるで、会社の上司か、なにかにするように頭を下げただけだった…
家に帰った私は、自分の部屋で、考えた…
悠(ゆう)が、言ったことは、真実か否かは、わからない…
だが、自分の父?として、身近に見てきた人間の人物像に間違いがあるとも思えない…
そうも、思った…
事実、まもなく、それが、正しいか否か、証明されるときが、やって来た…
まるで、悠(ゆう)の言葉を、試すかのように、やって来た…
抗争が始まったのだ…
悠(ゆう)が、驚いた…
悠(ゆう)の父も、驚いて、大場小太郎代議士を見た。
その表情は、驚きに溢れていた…
「…それは、どういう…」
遠慮がちに、高雄の父が訊いた…
「…敦子から、報告を聞いていたんですが、どうにも、わからないことが多かった…それが、高雄さんと、息子さん?の会話で、だんだんわかってきた…」
大場代議士が、楽しそうに言う…
「…敦子が悠(ゆう)くんの誘いに、乗った甲斐があった…」
穏やかに、微笑んだ…
「…甲斐があった?…」
悠(ゆう)が、仰天した…
「…大場が一体なにを?…」
大場代議士は、悠(ゆう)の質問には、直接答えなかった…
ただ、
「…悠(ゆう)くん…アナタはモテないんですよ…自分が、思っているほど…」
と、短く言った…
「…モテない? …オレが?…」
大場代議士の指摘は、悠(ゆう)にとって、意外だったようだ…
「…悠(ゆう)くんは、長身で、イケメン…穏やかで、頭の回転も速く、誰もが、安心して、接する…男女を問わずにね…だが、それは、見せかけに過ぎない…」
「…見せかけに過ぎない?…」
「…高雄さんもおっしゃったが、悠(ゆう)くんは、ひとを下に見下す癖がある…だから、歳を取れば、取るほど、悠(ゆう)くんの本性に、女の人は気付く…」
「…」
「…男も女もそうだが、誰もが、二十歳のときは、気付かなかったことも、四十歳になれば、気付くものです…男も女も大抵は、若い頃は、ルックス重視(笑)…キレイだったり、カッコ良かったりする異性から、声をかけられれば、ポッとなる…そして、付き合い始めて、半年、一年と経って、ようやく相手の中身が見えてくるというか…それが、四十歳にでもなれば、結果は同じでも、相手の中身が見えてくる時間が、短くなる…二十歳の頃は、半年経って、ようやくわかったことが、一月もしないで、わかってくる…」
「…」
「…悠(ゆう)くんの本性に気付いた女の人は、悠(ゆう)くんから、離れてゆく…でも、おそらく、そんな現実に悠(ゆう)くん自身は、気付いてないんじゃないかな…悠(ゆう)くんは、女の人から、モテる…私なんかにすれば、羨ましいほどにね…だから、女をとっかえひっかえできるから、自分の元から去った女が、どうして、自分の元から去ったのか、考えもしないのが、現実でしょう…常に、両手に抱えきれないほどの薔薇の花があれば、その両手から、いくつもの薔薇の花がこぼれおちても、見向きもしない…そんな感じでしょう…どうして、自分の元から去ったのか、考えもしない…」
大場代議士の言葉に、悠(ゆう)は、
「…」
と、黙っていた…
反論できなかったのかもしれない…
それから、大場代議士は、高雄の父?に、向かって、
「…でも…高雄さん…アナタはひとつ、ウソをついてますよ…」
と、言った…
「…ウソですか? 私が?…」
大場代議士の言葉に、高雄の父は、当惑した様子だった…
「…そうです…」
自信たっぷりに、大場代議士が、答える。
「…それは、どんな…」
「…アナタが、この悠(ゆう)くんを、自分の血の繋がった息子ではないと知りながら、育てたのは、使えるからだと、おっしゃいました…でも、本当は、違うでしょ?…」
「…違う? …どう違うんですか?…」
「…本当に嫌いならば、誰も、自分の手元には、置きませんよ…嫌いな人間を、身近に置く人間はいない…高雄さんは、悠(ゆう)くんを、嫌ってはいない…あるいは、嫌いでも、心底嫌っているわけではない…いかに、能力があり、才能に溢れた人間でも、本当に嫌いならば、見るのも嫌なはずです…」
大場代議士の言葉に、今度は、
「…」
と、高雄の父? が無言だった…
「…敦子が言ってました…」
「…お嬢さんが? 一体なにを?…」
「…高雄さんは、不器用だと…」
「…不器用? …ですか?…」
「…いや、私に言わせれば、優しすぎるのかもしれない…」
「…優しい? …私が?…」
「…だって、そうでしょう? いくら、昔付き合った女から、アナタの息子だから、面倒を見てくれと、言われても、自分の息子じゃないと、わかれば、家から放り出します…具体的には、養護施設かなにかに、引き取ってもらいます…それが、できないのは、よく言えば、高雄さんの優しさ…悪く言えば、それが、できないから、失礼ながら、亡くなった古賀さんが、高雄さんを評価しなかったんでしょう…」
「…古賀会長が?…」
「…切るべき人間を切れない人間は、中途半端です…高雄さんの優しさは、高雄さんの弱さでもあります…それを、古賀さんは、見抜いていた…知っていたということです…」
大場代議士の言葉に、高雄の父?は、
「…」
と、一言もなかった…
「…そして、高雄さんの弱さは、私の弱さでもあります…」
「…大場さんの?…」
高雄の父が、驚いた…
「…次期総理総裁候補と呼ばれながら、決して、総理の座に手が届かない…失礼ながら、高雄さん同様、見る人は、私の能力をわかっているのでしょう…」
大場代議士が、自嘲気味に呟く。
「…ひとは、見てるものです…どんな人間か? どんな性格か? どんな能力を持っているのか? 見ているものです…そして、その評価は、大体八割方同じです…」
「…八割方…ですか? …」
思わず、私が、口を挟んだ…
「…そう…八割方です…お嬢さんは、まだ、お若いから、会社にいったことはないかもしれないから、学校を例に挙げましょう…中学でも、高校でも、大学でも、あのコは、美人だとみんなが言えば、美人だし、性格(たち)が悪いヤツだと、お嬢さんが、思えば、お嬢さんが、それを口にしないまでも、誰もが、心の底で、そう思っているものです…」
大場代議士が説明する。
事実、その通りだと、私も思った…
誰もが、思うことは、大抵同じだ…
…でも、八割というのは、残り、二割は違うのだろうか?…
私は、考える。
だから、
「…八割方というのは、残り二割は、違うんですか?…」
と、つい聞いてしまった(笑)…
が、
大場代議士は、私の質問に嫌な顔も少しもしないで、
「…違います…」
と、即答した…
「…例えば、失礼ながら、悠(ゆう)くんです…悠(ゆう)くんは、見た目ほど、モテないと、さっき、私は言いました…でも、なぜ、悠(ゆう)くんが、その事実に気付かないかと言えば、八割の人間が、悠(ゆう)くんの内面に気付いて、逃げ出すにもかかわらず、残りの二割の人間は、いつまでも、悠(ゆう)くんの本性に、気付かない…完璧なモテ男だと思って、付いて来る…そういうものです…」
大場代議士が、苦笑する。
私も、大場代議士の言葉に、賛同した…
バカの壁ではないが、わからないものは、いくら説得しても、わからないものだ…
アイツは、ルックスがいいが、見せかけだけだから、あんな男は、やめておけと、友人が、忠告するにも、かかわらず、その男と交際を続けて、泣きを見た、女も、私は、何人も、知っている…
…惚れた弱みとでもいえば、聞こえはいいが、実際は、その男の本性を見抜く力がないだけだろう…
が、
さすがに、それを口にすることはできない(笑)…
あるいは、
似た者同士…
性格が、悪い人間は、男女を問わず、性格が悪い人同士、つるむものだ…
行動を共にするものだ…
お互い似た者同士だから、気が合うのだ…
だから、相手の性格が悪いことに気付かない…
ただし、
自分たち当人は、決して、自分自身を性格の悪い人間だと、思っていない(笑)…
ここに、明らかに、周囲の人間との間に、ズレがある(笑)…
だが、
これは、ある意味、誰もが、同じだ…
そういうものだ(笑)…
大抵は、自分自身を過大評価する。
オマエは、性格が悪いと言われて、心の底から、その通りだと、認める人間は、皆無だろう…
ただし、その認識にあまりにズレがあるというか、かけ離れていると、おかしい…
他に、わかりやすい例でいえば、やはり、ルックスだろう…
美人でも、イケメンでもなんでもない人間で、自分は、モテると、勘違いしている輩(やから)が、稀にいるが、陰で、周囲から失笑ものになっている現実が、わからない…
ルックスが平凡でも、いい大学を出ていたり、家がお金持ちであったりすれば、わかるが、なにもない人間で、心底そう思っている輩(やから)がいる…
見せかけや、強がりならば、まだ許せるが、心底そう思っているとなると、やはり、その人間性と言うか、認識の違いに愕然とする(笑)…
ただただ、唖然とする…
私が、漠然と、そんなことを思っていると、
「…今日は、ご苦労様でした…」
という、高雄組組長の声が聞こえた…
「…わざわざ、お越し頂き、感謝に堪えません…」
と、直立不動で、大場代議士に、お辞儀をした…
「…高雄さん…そんな真似はしないでください…」
大場代議士が、言う。
「…高雄さんに、そんな真似をされると、こちらもどうしていいか、わからない…なにしろ、次期、山田会会長ですからね…」
意外なことを言った…
私の目が点になった…
だって、さっきまで、稲葉五郎が、この高雄組組長よりも、能力が抜きん出ていると、話したばかりだ…
それが、一体どうして?
私は、唖然として、高雄組組長を見た…
「…まだ、正式に決まったわけでは、ありません…」
高雄組組長が謙遜する。
「…ただ、五郎は、下手を打ちました…」
「…下手を打った? どういうことだ?…」
悠(ゆう)が、口を挟んだ…
「…この大場さんの家のクルマのガレージのシャッターに発砲した件だ…アレは、誰が見ても、五郎の大場さんに対する威嚇だ…アレが、山田会内部で、今、問題になってるんだ…」
高雄の父? が、説明する。
「…問題? なにが、問題なんだ?…」
悠(ゆう)が、問い詰める。
「…次期総理総裁候補に名を連ねる、大場さんの屋敷に、拳銃を打ち込んだんだ…下手をすれば、今の時代、政府や警察が、本気で、山田会を潰しにかかる可能性がある…そんな真似をしでかした五郎に、山田会の内部で、反感が強まってるんだ…」
高雄の父? が、淡々と説明した…
私は、驚いたが、同時に、納得もできた…
稲葉五郎は、昔ながらのヤクザそのものの行動で、自分と、大場代議士の関係が、週刊誌に暴露されたことで、その関係を断とうとした…
…大場代議士の自宅に、拳銃を打ち込むことで、大場代議士を脅した…
が、
それが、今の時代にあわなかったのだろう…
ヤクザが、暴力を使えないのは、驚くが、やはり、今の時代、稲葉五郎の行為は、一線を越えているのかもしれない…
現実に、山田会内部では、やり過ぎだとの声が出たに違いない…
どこまで、やるべきか?
どこまで、やっていいのか?
その線引きが、難しい…
実に、難しい…
稲葉五郎が、自分と繋がりの深い、大場代議士が、自分に都合が悪くなったから、自分との繋がりを切ろうとしたことに対して、ヤクザだから、拳銃を使って、威嚇したわけだ
…
しかし、おそらくは、そんなヤクザにとって、当たり前の行動が、山田会の内部で、問題になっているとは?
考えれば、考えるほど、驚くと言うか…
ヤクザにとって、ありえない現実かもしれない(笑)…
と、そこまで、考えたとき、
「…バカバカしい…」
と、悠(ゆう)が、呟いた。
「…バカバカしい? …なにが、バカバカしいんだ?…」
と、悠(ゆう)の父?
「…アンタ…ヤクザだろ? ヤクザが、暴力を使わないで、なにを使うんだ?…」
悠(ゆう)の言葉に、悠の父?である、高雄組組長は、
「…」
と、無言だった…
「…ヤクザが暴力を使わないのは、ライオンが、檻に入れられたようなものだ…いかに、檻の中から、吼えても、誰も恐れない…怖がらない…それじゃ、自分が、襲われることは、絶対ないからだ…」
「…」
「…今、アンタを、推しているのは、和平派というか、要するに、金勘定が、すべての連中ばかりだ…会社を経営したり、株を動かして、大金を稼いでいる…」
「…」
「…でも、稲葉五郎を推している連中は、違う…」
「…」
「…一言で言えば、ヤクザの本質がわかっている連中ばかりだ…自分たちの武器が、暴力で、逆に言えば、暴力以外なにもない現実に、だ…」
「…」
「…高雄組組長…結局のところ、アンタが、古賀の爺さんに、好かれなかったのは、それが、原因さ…ヤクザにとって、暴力が、基本というか、根底にあるにも、かかわらず、アンタは、金儲けに走った…そして、オレの見るところ、アンタは、ホントは、暴力が嫌いだ…」
「…暴力が嫌い?…」
思わず、私は、叫んだというか、言葉に出してしまった…
「…ヤクザが、暴力が嫌いって?…」
「…このひとは、根が優しいといえば、聞こえはいいが、そこまで、暴力に徹することができないのさ…そんな、アンタの優しさもまた、あの古賀の爺さんが、嫌うことだった…あの爺さんは、暴力を武器にのし上がってきた人間だ…そんな、爺さんにとって、アンタは、ヤクザとして、なんとも、中途半端に見えたんだろうよ…」
悠(ゆう)の指摘に、悠(ゆう)の父? は言葉もなかった…
…きっと、その通りだからだろう…
だが、
「…それで、よかったんじゃないですか?…」
と、いきなり、誰かが言った…
言った声の主は、大場代議士だった…
「…よかった? …なにが、よかったんだ?…」
悠(ゆう)が怒りを込めて、大場に食ってかかった…
「…悠(ゆう)くん、アナタにとって、よかったんです…」
「…オレにとって、よかった? どういう意味だ?…」
「…そんな、優しいヤクザだから、自分の子供でもないとわかった、悠(ゆう)くんの面倒を見た…それが、他のヤクザだったら、面倒を見ることもなかったでしょう…」
大場代議士の言葉に、
「…」
と、悠(ゆう)は、沈黙した…
これもまた、その通りだからだろう…
「…だけど、それじゃ食えないよ…」
悠(ゆう)が、反論する。
「…いくら、優しくとも、ヤクザとして、中途半端な、この高雄組組長じゃ、山田会は、まとめられない…残念ながら、それが、現実さ…」
悠(ゆう)は、断言すると、ゆっくりと、歩き出し、その場から、立ち去った…
おそらく、悠(ゆう)の言うことは、真実だろう…
優しいヤクザに、組織はまとめられない…
他団体になめられるからだ…
私は、思った…
そして、それを最後に、その日は、終わった…
私は、悠(ゆう)の父親? に、自宅近くまで、クルマで、送ってもらった…
高雄組の若い衆の運転するクルマに乗りながら、後部座席で、私と悠(ゆう)の父親は、並んで座った…
言葉は、一切交わさなかった…
ただ、クルマから降りるときに、高雄の父が、わざわざ、クルマから降りて、私に、
「…今日は、ご苦労様でした…」
と、直立不動で、まるで、会社の上司か、なにかにするように頭を下げただけだった…
家に帰った私は、自分の部屋で、考えた…
悠(ゆう)が、言ったことは、真実か否かは、わからない…
だが、自分の父?として、身近に見てきた人間の人物像に間違いがあるとも思えない…
そうも、思った…
事実、まもなく、それが、正しいか否か、証明されるときが、やって来た…
まるで、悠(ゆう)の言葉を、試すかのように、やって来た…
抗争が始まったのだ…