第136話

文字数 5,420文字

 …大場がずばり、悪人に見えた…

 だから、警戒しなければ、ならない…

 とっさに、思った…

 肝に銘じた…

 固く心に誓った…

 そうしなければ、飲み込まれてしまうというか…

 流されてしまうというか…

 私が、そんなことを考えながら、シートベルトをセッティングしようとしていると、大場が、強引にクルマを動かした…

 私は、ドスンと、シートにカラダが叩きつけられた…

 頭にきて、ハンドルを握る、大場を睨んだ…

 すると、

 「…ごめん…ごめん…」

 と、大場が、私に謝った…

 「…このクルマに慣れてなくて…」

 「…慣れてない?…」

 「…このクルマは、パパが、メチャクチャ大事にして、家族の誰にも触らせないの…それが、今は入院しているでしょ? …だから、その隙を縫って、このクルマに乗ったんだけど、ちっとも、慣れなくて…」

 大場が説明する…

 私は、そういうものかと、思った…

 私自身、クルマの免許は持ってないから、わからない…

 「…それって、やっぱり、クルマの大きさが、違うから…」

 「…やっぱり、それが、大半かな…」

 大場が即答する。

 「…排気量が…エンジンの大きさが違うと、アクセルを踏んで、どう動くか、わからないというか…アクセルの踏み具合がわからない…ぶっちゃけ、どこまで、踏んでいいか、わからない…ほら、竹下さんも知ってるように、あのベンツGクラスとか、大きなクルマから、この軽に変わったから、アクセルを踏まないと、力が出ないと思って…それで、つい必要以上に、踏み過ぎてしまうっていうか…」

 大場が説明する。

 私は、そんなものかと、思った…

 たしかに、大場の説明は、わかる…

 大きなクルマに普段乗っていて、それが、今日のように、小さなクルマに乗り換える…

 すると、いつものように、アクセルを踏んだら、必要以上に、力が出てしまうと思って、わざと、アクセルを踏まない…

 結果、力が出ない…

 だから、今度は、必要以上に、アクセルを踏む…

 その結果、今度はアクセルを踏み過ぎる…

 そういうことだろう…

 私は、思った…

 すると、突然、大場が、

 「…何事も、やり過ぎって、まずいのよね…」

 と、言った…

 …どういうことだろう?…

 私は思った…

 だから、

 「…それって、どういう…」

 と、私が、大場に聞くと、

 「…鈍いな…竹下…」

 と、いきなり、呼び捨てにされた…

 「…鈍いって…」

 「…高雄よ…高雄…高雄悠(ゆう)…」

 苛立ったように、言う…

 「…パパを刺して、とんずら…挙句に私に助けを求めて、電話をかけてきたかと、思ったら、そこからも逃げ出して…ホント、お子ちゃま…手に負えない…」

 大場は憤懣やるかたない表情だった…

 私は、恐る恐る、

 「…大場さんって、高雄さんと、仲がいいの?…」

 と、聞いた…

 その質問に、大場が激怒というか、一気に怒りが爆発したというか…

 「…いいって、いえば、良かったときもあるし、よくなかったときもある…」

 まさに、激白した…

 が、

わかったような、わからないような答えだった…

 私が、戸惑っていると、

 「…要するに、付き合いが長いの…」

 と、一言、言った…

 「…子供の頃…ほんの2、3歳の頃から…いや、もっと前からかな…とにかく、親戚の子じゃないけど、気が付くと、周囲にいたっていうか…」

 大場が説明する。

 「…だから、好きとか、好きじゃないとかじゃなく、なんて言っていいのかな…幼馴染(おさななじみ)というだけじゃなく、もっと、言えば、身内っていうか…」

 大場が、じれったそうに、説明する…

 「…とにかく、そういう間柄よ…」

 大場が、面倒臭そうに、言った…

 「…子供の頃は、歳が離れているから、お兄ちゃんで、それが、中学生とかになると、親戚のカッコイイお兄ちゃんになり、それが、続いたけど、最近というか…今となっては、それも色褪せたって、言えば、正しいのかな…」

 「…どういうこと?…」

 「…自分の見たい夢と言うか、未来しか見ない…」

 「…見ない?…」

 「…できるとか、できないじゃなく、できると信じ込んでいる…どんなことも、できると思ってやらないと、できないことは、たしかだけど、それも可能性があってのこと…できない可能性が高いんじゃ…無理でしょ…」

 力を込めて言う…

 …それって、高雄組のことじゃ…

 私は、思った…

 高雄組を、いずれは、真っ当な会社にする…

 杉崎実業を買収したのを、契機に、正業に衣替えする…

 映画のゴッドファーザーのように、マフィアから足を洗い、正業に就く…

 それを高雄が、夢見ていたことは、わかった…

 だが、それが、できるか、否か…

 できないと考えるのが、大半だろう…

 映画と現実は違う…

 なにより、世間の目がある…

 元ヤクザ者が経営する会社が、堂々と、一般の企業に生まれ変われると考えるのは、愚の骨頂だろう…

 あり得ない話だからだ…

 「…でも、それを後押ししたひとが、いるんじゃ…」

 私は、遠慮がちに言った…

 「…ああ、パパね…」

 あっさりと、返した…

 「…竹下さんの目論見通りというか…パパは、私と悠(ゆう)さんが、結婚して、高雄組を継ぐっていうか…その上で、高雄組を解散して、投資会社か、なにかに衣替えして、もらいたかった…堅気になって、投資会社になれば、堂々と、パパの選挙を応援できる…資金もこれまで以上に、提供してもらえる…」

 「…これまで以上?…」

 「…バカね…政治家とヤクザがつるんで、お金の関係がないわけないじゃない…政治家は、公的存在だから、公共工事を、指定の業者に、発注させるのが、定番…ヤクザは、自分の息のかかった会社…土木とか、道路とか、を作るとき、その会社を使えと、依頼できるし、それで、いっしょに、自分も儲けてる…でも、高雄組の場合は、ヤクザを辞めれば、もっと堂々とできる…高雄組は、経済ヤクザだから、公共工事なんて、しみったれた、小さなことじゃなく、株を動かして、楽に、何十億って、稼ぐことができるから、その分け前と言うか…パパに渡る金も多いと思った…」

 大場が、あっけらかんと説明する…

 私は、唖然とした…

 そこまで、大場が、ぶっちゃけるとは、思わなかった…

 すでに、ほぼ、わかっていたことだが、大場の口から、それを直接聞くとは、思わなかった…

 一体、どうして?

 どうして、大場は、私にそんなことをぶっちゃけるんだろう

 …まさか?…

 …まさか?…

 この後、私を殺すとか?

 知り過ぎた女として、殺すとか?

 まさか、そんな?

 そんなバカなことが?

 私は、ゾッとした…

 杉崎実業に関わって、実に、色々なひとたちと知り合った…

 ヤクザの稲葉五郎、亡くなった高雄組組長…

 この大場や林もそうだ…

 その大場や林の父親たち…

 そして、高雄悠(ゆう)…

 あの女優の渡辺えりに似た、町中華の女将さんも、そうだ…

 そして、その共通点…

 それは、町中華の女将さんを除けば、みんなお金持ち…

 平凡な私のような家庭出身者は、見当たらない…

 誰もいない…

 だから、極論すれば、私は、シンデレラ…

 まるで、王子様に見初められたシンデレラだ…

 突然、思った…

 突然、気付いた…

 私は、高雄悠(ゆう)に見初められた、シンデレラだった…

 私は、高雄悠(ゆう)に見初められたことを、きっかけに、杉崎実業に関わったというか…

 そんな感じだった…

 そして、今、この大場があけすけに、内実を私に晒している…

 手の内を晒している…

 これは、見方を変えれば、私は、用済みというか…

 変な話、大場はシンデレラを妬む、シンデレラの継母とその娘たちと、同じ…

 私を憎んでいるのか?

 そうも、思った…

 もしかしたら、高雄悠(ゆう)は、私に気があり、それを、この大場が妬んでいるのか?

 そうも、思った…

 それもあって、用済みとなった私=シンデレラを殺す…

 そういうことだ…

 そう、考えると、ゾッとした…

 今すぐ、この場から逃げ出さなければ、ならない…

 そう、気付いた…

 すると、ハンドルを握る、大場が、

 「…竹下さん…なにを焦った顔をしているの? 別に竹下さんを取って食おうなんて、思ってない…」

 と、言って、爆笑した…

 「…思ってない?…」

 「…ええ、思ってない…もしかして、竹下さん、私が竹下さんに、なにかすると思った? …」

 直球の質問に、私は、無言のまま、首を縦に振って、頷いた…

 それを見た、大場が、

 「…竹下さん…考えすぎ…」

 と、笑った…

 「…でも、竹下さんが、そう思うのも、わからないわけじゃない…」

 一転して、真顔で言う…

 「…竹下さんの最大の庇護者、高雄組組長は、自殺してしまったもの…」

 …最大の庇護者?…

 …高雄組組長が、最大の庇護者?…

 それは、どういう意味だ?

 もし、私に庇護者がいるとすれば、それは、稲葉五郎…

 あの稲葉五郎のはず…

 稲葉五郎のはずだ…

 私は、思った…

 が、

 そんな私の思惑とは、別に、

 「…高雄さんは、ホントは、竹下さんと、悠(ゆう)さんを結婚させたかったんだと、思う…」

 思いがけない言葉を投げた…

 私は、唖然とした…

 思わず、

 「…ウソォ!…」

 と、呟いた…

 「…ホント…」

 大場が笑いながら、返す…

 だが、

 その笑いは、引きつっていた…

 「…稲葉さんの娘である、竹下さんと、高雄さんの養子である、悠(ゆう)さんが、結婚する…山田会の有力組長同士の子供が、結婚すれば、山田会をうまくまとめられるし、自分の地位も安泰…これも、また、亡くなった高雄さんの望んだ一つの夢だった…」

 私は、その話を聞きながら、どうして、あんなにも、高雄組組長が、私を大切にしたのか、わかった…

 自分の息子の嫁にしたいから、あそこまで、私を大事にしたんだ…

 大場の言葉から、そんな、高雄組組長の思惑と言うか、意図がわかった…

 「…なんてね…」

 大場がいきなり、笑った…

 「…冗談よ…冗談…」

 「…冗談?…」

 「…冗談に決まってるでしょ? …第一、竹下さんが、稲葉のオジサンの娘のわけがないじゃない…」

 大場が笑う…

 …試している?…

 私は、とっさに思った…

 私は、気付いた…

 私が、どこまで、知っているか、試している?…

 私は、考える…

 なにも、知らない人間が、たとえ冗談でも、私が稲葉五郎の娘だなんて、言うわけない…

 口にするわけがない…

 私が、どこまで、知っているか、試している?
 
 私の反応を見ている…

 そう、思った…

 しかし、

 しかし、だ…

 今、大場が言ったことが、本当だとすると、

 …高雄組組長は、私と高雄悠(ゆう)が結婚すればいい…

 そう、望んでいたことになる…

 それは、結果として、わかるというか…

 溺愛する悠(ゆう)と、稲葉五郎の娘である、私が、結婚すれば、さっきも言ったように、山田会は、まとまる…

 互いの娘と息子が結婚するのだ…

 政略結婚に他ならないが、これで、山田会がまとまるならば、文句はないはずだ…

 と、ここで、ひとつ気付いたことがある…

 ということは、どうだ?

 最初から、誰も、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引く者と、思ってなかったということか?

 その事実に気付いた…

 稲葉五郎も、高雄の父子も、口では、そう言いながら、本音では、誰も、そう信じてなかったということか?

 私は、思った…

 ということは、どうだ?

 そもそも、山田会において、古賀会長とは、一体なんだったのか?

 なにを言いたいかと言えば、稲葉五郎はもとより、私が、稲葉五郎の娘だと知って、高雄組組長も私に近づいてきた…

 ということは、誰も、古賀会長うんぬんは、最初から、思っていない…

 最初から、古賀会長は、スルー=無視されている…

 相手にされていないということだ…

 ということは、別の言い方をすれば、古賀会長は、山田会の最高権力者ではない…

 すでに、私が、稲葉五郎と、高雄組組長と知り合った時点で、事実上、失脚していた…

 あるいは、失脚はせずとも、山田会で、力がなくなっていたのではないか?

 名目上の会長に過ぎなくなっていたのではないか?

 私は、気付いた…

 ということは、どうだ?

 あの女優の渡辺えりに似た、町中華の女将さんだ…

 あの女将さんは、亡くなった古賀会長といっしょに、女将さんの祖父母が、命からがら、満州から、逃げ戻ってきたといっていた…

 それゆえ、家族…

 亡くなった古賀会長にとって、唯一、心を許せる家族だと言った…

 ということは、どうだ?

 あの女将さんにとって、大切なのは、稲葉五郎じゃない…

 古賀会長に決まっている…

 その古賀会長が、実は、ハブられてる…

 半端にされてる…

 山田会のトップであるにも、かかわらず、事実上、力を失っている…

 これが、愉快なはずはない…

 面白いはずはない…

 だから、あのとき、稲葉五郎を呼んで、私が、稲葉五郎の娘だと、暴露したのではないか?

 私は、突然、思った…

 要するに、敵対行為だ…

 あの町中華の女将さんが、稲葉五郎に対して、大げさにいえば、宣戦布告したのと、同じだ…

 それゆえ、

 「…稲葉五郎は、本名じゃない…宋国民という名前も偽名…アンタ…ホントは何者だい?…」

 と、問い詰めたに違いない…

 私は、気付いた…

 ということは、どうだ?

 あの女将さんは、最初から、稲葉五郎や高雄組組長と敵対していたのではないか?

 その可能性に気付いた…

               

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