第19話

文字数 4,326文字

 …山田会の会長が死去した…

 それは、激震だった…

 日本の極道会において、山田会は、あまりにも大きく、有名だった…

 当たり前だ…

 山田会は、日本で、二番目に大きな組織…

 その会長が亡くなれば、当然、騒動になる…

 そう思っていたし、事実、騒動になった…

 しかしながら、その騒動は、期待したほど、大きくはなかった…

 いや、期待したといっては、語弊があるが、ヤクザ映画ではないが、もっとドンパチの抗争があって、血を血で洗うといえば、オーバーだが、少なくとも、そんなド派手な抗争が繰り広がれるものと思っていた…

 だが、違った…

 ネットや週刊誌で、話題になったのは、やはりというか、山田会の次期会長は、稲葉一家か高雄組のどちらかの組長だろうということばかりで、抗争のこの字もなかった…

 これは、以外と言うか…

 やはり、今のご時世、抗争は御法度…

 そんなことをすれば、ヤクザは生き残れないと、世間で、言われている通りなのだろう…

 私は、思った…

 当然、私、竹下クミは、一般人…

 ヤクザのヤの字も知らないし、ヤクザの業界の事情なんて、もってのほか…

 全然、知らない(笑)…

 だから、実際には、テレビやネット、新聞等で、話題にならないだけで、小さな抗争は起きているのかもしれないが、そんなことは、私には、わからない…

 当たり前だ(笑)…

 ただ、私にわかったというか、興味を引いたのは、高雄組の組長という人物の写真を見れたことだ…

 今回以外でも、ネットを探せば、すぐに、高雄組の組長の写真を探すことはできるだろうが、正直、そこまではしなかった…

 関心がないわけではないが、なんとなく、そこまでするのは、ちょっと? と、思ってしまっていた…

 ちょうど、怖いもの見たさの反対…

…真逆の感情といっては、おかしいのかもしれないが、高雄組の組長の写真を見ることで、なんとなくではあるが、より、高雄と親密になると言うか? …近付くというか?…

 高雄は好きだが、そこまですることで、より私、竹下クミが、高雄に距離が近付き、いずれは、高雄と結婚ということにもなるかもしれない…

 だが、それは、困る…

 高雄は好きだが、結婚は困る…

 いや、高雄自身は、好きだが、ヤクザの組長の息子では、困るということだ…

 だから、高雄の父親の写真を、ネットで探さなかった…

 これ以上、高雄を好きになるのは、困る…

 困るのだ…

 ゆえに自分にブレーキをかける意味でも、高雄の父親の写真をネットで探すような真似はするべきではない…

 そう、思った…

 そう、考えた…

 もしかしたら、高雄は将来、高雄組の組長になるかもしれない…

 私は、自分の夫が、ヤクザになることは、嫌だ…

 なにしろ、私、竹下クミにとって、ヤンキーやヤクザは、大の苦手…

 蛇も、ムカデも苦手だが、ヤンキーもヤクザも苦手だった…

 とにかく、暴力が苦手なのだ…

 もっといえば、暴力の匂いのする相手が、苦手なのだ…

 これは、男女の区別なく、苦手だった…

 とても、この平凡な竹下クミに、対抗できる相手ではないからだ…

 だから、私は、高雄の父親の写真も見なかった…

 これもまた、私が高雄の父親の写真をネットで、探さない理由のひとつだった…

 きっと、ゴツイ、ゴリラのような、いかにも獰猛というか、悪そうな顔をした男に違いないからだ…

 しかし、偶然、目にした姿は、まったく違っていた…

 テレビで、偶然、目にした姿は、すらりとした、長身のサラリーマン風の男だった…

 暴力のぼの字もない…

 むしろ、穏やかと言うか、優しそうな雰囲気の男だった…

 そして、その穏やかな雰囲気は、どこか、高雄に似ていた…

 無論、他人のそら似ではない…

 最初から、高雄の父親と、知らなければ、高雄と比べることもなかっただろう…

 だから、当然、気付かなかった…

 だが、高雄の父親と知ってみれば、どこか、共通点を探してしまう…

 当然のことだ…

 その長身と、優しく穏やかな表情は、やはり高雄の面影があった…

 やはり、父子だ…

 血の繋がりは、隠せない…

 同時に、こんな穏やかな雰囲気の男が、ヤクザなんて? と、思った…

 あまりにも、これまで、私が思い描いてきたヤクザとは、違った…

 私が、想像したヤクザとは、違った…

 ヤクザといえば、もっとゴツイ、凶暴な男だと思っていた…

 これが、今風のヤクザなのかなとも、思った…

 やはり、ヤクザも時代の雰囲気は読むと言うか、掴む…

 いや、ヤクザだけではない…

 どんな業界もそうだろう…

 時代は変わる…

 世の中は、変わる…

 その中で、変わることで、世の中で、生き残るものと、変わらないことで、世の中で、生き残るものがある…

 世の中の大多数は、変わることで、生き残る…

 ヤクザも例外ではないのだろう…

 しかし、ごく少数だが、変わらないことで、生き残るものもある…

 その代表が、相撲や歌舞伎、茶道や、華道だろう…

 いつの時代でも、変わらないことで、大衆の人気を集めることができる…

 また、下手に変われば、大衆から見捨てられる…

 例えば、大相撲に人気に陰りが出たときに、現代風のラップの音楽でもかけて、入場したりするとしよう…

だが、それでは、まるで、プロレスだ…

 仮に、そんなことをすれば、一時は、目新しさに、観客が増えるかもしれないが、それまで大相撲を支えてきた大多数のファンが離れ、いずれ、消滅の危機を迎えることになるに違いない…

 私は、思った…

 ただ、ヤクザに関して言えば、いわゆる、シノギ=収入を得る手段も、変化しているのだろう…

 昔と今とは、違う…

 その代表が、いわゆるフロント企業だろう…

 ヤクザが、自分の名前を表に出さす、企業を経営する…

 高雄組が、杉崎実業を実質、経営しているのも、それだろう…

 そして、今、杉崎実業を舞台に、なんらかの騒動が起きる気配がある…

 その代表が、あの林だろう…

 あんな大金持ちの超がつく、お嬢様が、世間的に無名な杉崎実業に入社しようとしているのが、その証拠だろう…
 
 私は、考える。

 そして、思った…

 やはり、このまま、来春、あの杉崎実業に入社してもいいのか、どうか、迷った…

 やはり、ヤクザが関係していると思うと、怖い…

 それが、偽らざる本音だった…

 と、同時に、興味も沸いた…

 あんな世間で、無名な杉崎実業なんて、会社に、あんな林のような大金持ちの娘が入社するという…

 しかも、

 しかも、だ…

 林に言わせれば、自分=林以上のお金持ちも、残りの三人の中にいるという…

 一体、それは、どういうことだ?

 林が言うには、杉崎実業には、密かに、中国ルートというか、中国政府と繋がっているルートがあって、それを皆、密かに狙っているという…

 そう言われれば、納得できる話でもある…

 そして、実は、私、竹下クミは、そんな話に興味津々というか、非常に惹かれる…

 心惹かれるのだ…

 だって、そうだろう?…

 杉崎実業なんて、世間的に無名の会社に、林のような大金持ちの娘が入社して、しかも、それ以上の大金持ちが、残りの三人の中には、いるという…

 しかも、杉崎実業を舞台に、ヤクザ業界、№2の山田会の次期会長になるかもしれない、高雄組が絡んでいる…

 これ以上、血沸き肉躍る展開はない…

 私は、ヤクザやヤンキーは苦手だが、ボクシングも、ホラー映画も苦手ではない…

 いや、

 苦手どころか、好き…

 ハッキリいって、バトルが好き…

 戦いを見るのが、好きだ…

 暴力やケンカは嫌いだが、テレビで、格闘技を見るのは好き…

 それも、超がつくぐらい好きだ(笑)…

 そして、思った。

 自分勝手な理屈だが、私が、来春、杉崎実業に入社しても、私に害は及ばないのでは?と、思った…

 なぜなら、私以外の四人は、あの林を筆頭に超がつくお嬢様…

 お金持ちのお嬢様だ…

 その四人が、入社するのだ…

 まさか、身の危険を感じるかもしれないのに、入社するわけがない…

 親が、入社させるわけがない…

 当然、当時者である、私と同じ内定者4人は、難しいことは、わからないかもしれないが、四人を入社させようとした親は、わかっているに違いない…

 そもそも、自分の娘に危険が及ぶかもしれないのに、入社させる親はいない…

 別の言い方をすれば、自分の娘に危害が及ばないとわかっているからこそ、入社させるに違いないということだ…

 すると、どうだ?

 私は、思った…

 もしかしたら、私は、最前線で、その争いを見ることができるのではないのだろうか?

 ボクシングでいえば、リングサイドの特等席で、その争いを見ることができるのではないか?

 不意に、気付いた…

 そして、それは、私にとって、願ってもない出来事…

 大好きなボクシングを見るように、リングサイドの特等席で、ボクシングを生で、見ることができるのだ…

 これ以上、楽しいことはない…

 それに、もしかしたら…

 私は気付いた…

 何度も言うように、私以外の四人の杉崎実業の内定者は、お金持ち…

 だから、入社後に仲良くなれば、杉崎実業よりも、もっと大きな会社を紹介してくれるかもしれない…

 私は、その可能性に気付いた…

 …承知!…

 そこまで、考えた私は、来春、杉崎実業に入社することを決めた…

 だから、声に出して、

 …承知!…

 と、呟いた…

 考えに考えた結果、杉崎実業に入社することは、メリットだらけで、デメリットは、なにもないことに、気付いたからだ…

 これは、もしかしたら?

 もしかしたら、私に大きな風が吹いている…

 とんでもなく、大きな風が、吹いている…

 私のカラダに幸福の風を吹いている…

 私のカラダを、その大きな風が、どこか、幸運の地に、一気に運ぶかもしれない…

 突如、そんな気がした…
 
 それから、まもなくだった…

 私の身に、幸運の風が吹いた。

 文字通り、幸運の風が吹いた…

 あの高雄が、私にプロポーズをしたのだ…

                
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