第107話

文字数 5,907文字

…なにか、大きな動きがあるかも?…

 私は、林との電話を終えて、考えた…

 たしかに、あの高雄悠(ゆう)は、なにか、画策していたに、決まっている…

 私に近付いたのも、なにか、下心があったのは、わかる…

 もちろん、この場合の下心は、エッチなことではない(笑)…

 いや、そもそも、エッチな下心があるならば、私に近付くことは、なかったに違いない…

 私は、取り立てて、美人でも、なんでもない…

 しいて言えば、クラスで、3番目に、かわいい女のコ…

 まあ、アレも、かわいいの部類に入れておいて、あげよう…

 そう、男たちが、囁くレベルのかわいい、だ(苦笑)…

 だから、ルックスのいい、高雄が、そっち方面の下心を、私に持つはずはないからだ…

 私は、考える…

 そして、それ以上、考えるのは、止めた…

 いくら、考えても、わからないものは、わからない…

 そういうことだ(笑)…

 
 事実、林の電話があって、まもなく、動きがあった…

 と、言っても、それは、想定内の動き…

 あの稲葉五郎が、近々、山田会会長に就任するという記事が、ネットに載っていたのだ…

 こんな記事は、当たり前だが、朝日や読売のような一般紙や、テレビでは、見れない…

 コンビニの棚のヤクザの話題をメインに扱う実話系の雑誌の表紙に掲載されているぐらいだ…

 が、ネットでは、載っている(笑)…

 そういう意味では、便利だ…

 ヤクザになんの関係がない、私でも簡単に知ることができた(笑)…

 だが、これが、今度の一件に関係があるのだろうか?

 私は、思った…

 稲葉五郎の山田会会長就任は、既定路線だと、高雄組組長も、松尾会長も言っていた…

 だから、驚くことではない…

 いや、

 関係がある…

 関係があるに、決まっている…

 稲葉五郎と高雄組組長はライバル…

 次期山田会会長を巡って、ライバルだと言われていた…

 高雄組組長は、謙遜するが、次期会長の座を狙っていたのは、初めて、私に会ったとき、

 「…この私にも、ようやくチャンスが巡ってきました…」

 と、私に言ったことからも、明らかだ…

 疑いようがない…

 松尾会長の前では、

 「…五郎が次の山田会会長です…」

 と、宣言していたが、やはり、心の底では、自分も、未練があったと言うと、言い過ぎだが、色気があったのだろう…

 もしかしたら、オレが、山田会次期会長かも…

 そう考えていても、不思議ではない…

 高雄組組長の真意は、どうあれ、現実に、山田会内部で、稲葉五郎に対抗する一派に、担がれていた…

 事実上、山田会の双璧だった…

 それが、今度の杉崎実業の一件で、その地位は失墜した…

 高雄組組長は、その座から、転げ落ちた…

 山田会から、追放されるか、どうかは、わからないが、元の位置に戻ることはないだろう…

 逆に言えば、今度の一件があって、稲葉五郎は、ライバルの高雄組組長の追い落としに成功したというと、言い過ぎだが、今度の一件があって、晴れて、堂々と、山田会の次期会長の座に就くことができる…

 ライバル不在だからだ…

 しかし、この展開は、稲葉五郎の真意だろうか?

 稲葉五郎が、望んだ展開だろうか?

 疑問が残る…

 なぜなら、私が会った、稲葉五郎は、高雄組組長を、決して、嫌ってなかった…

 むしろ、高雄組組長に好意を持っていたようにも、感じる…

 あれは、私の思い違いだろうか?

 いや、

 決して、思い違いではない…

 稲葉五郎の言動を見る限り、明らかに、稲葉五郎は、高雄組組長に、好意を持っていた…

 もし、そうでないならば、それは、演技…

 演技=お芝居に他ならない…

 実際は、嫌っていたが、それをおくびにも出さなかったということだ…

 だが、そんなことがあるだろうか?

 …ある!…

 これは、断言できる…

 自信を持って、断言できる…

 本当は嫌いな人間こそ、表面上は、好いているように、振る舞う…

 そんな事例は案外多いと、以前、心理学の本で、読んだことがある…

 本当は、大嫌いなのだが、それが、相手にバレると、困る…

 だから、必要以上に、親しく振る舞う…

 親しく振る舞うことで、オマエが大嫌いだという本音を隠すことができるからだ…

 これは、以前、父も言っていたが、会社でも、学校でも同じだそうだ…

 とりわけ、会社で、相手が権力を持つ場合は、その傾向が強いそうだ…

 これは、ある意味、当たり前…

 相手が偉いのに、オレはオマエが大嫌いだと言うことはできない…

 昇進や査定に影響するからだ…

 挙句に、このご時世、リストラされたり、僻地(へきち)に転勤で、飛ばされでもしたら、大変だ…

 だから、嫌いな人間の前でも、好きなフリをするに、限る…

 これは、学校も同じ…

 同じクラスのカースト=階級が、低い人間が、階級の上の人間に、ハッキリと、オマエは嫌いだと言うことはできない…

 なにをされるか、わからないからだ…

 つまり、学校でも、会社でも、皆、人間は同じだと言うことだ(笑)…

 集団の中で、同じように、振る舞うということだ…

 だが、それは、あの稲葉五郎にも、当てはまるのだろうか?

 あの稲葉五郎も、本当は、高雄組組長のことを、毛嫌いしていたのだろうか?

 わからない…

 疑問が残る…

 一方で、これは、高雄組組長もまた、同じだった…

 高雄の父である、高雄組組長もまた、稲葉五郎を嫌っているようには、見えなかった…

 むしろ、好いていた…

 これも、また、演技だろうか?

 演技=お芝居だろうか?

考える…

 悩む…

 が、

 ここで、ただ一つ、気付いたことがある…

 稲葉五郎は、高雄組組長を好いていたが、最初から、あの高雄悠(ゆう)を、好いていなかった…

 ハッキリと嫌悪していたというほどではない…

 だが、何度も、私に

 「…悠(ゆう)は、見た目と違う…」

 と、警告した…

 あるいは、

 忠告した…

 いずれも、言葉を変えれば、その真意は、

 「…悠(ゆう)の見た目に騙されるな!…」

 と、言うことだ…

 悠(ゆう)は、図書館や花屋が似合うおとなしめの男子…

 しかも、長身で、イケメン…

 だが、その外見に騙されるな! と、稲葉五郎は私に警告したのだ…

 今、考えると、稲葉五郎は、まるで、私の父親みたいだ…

 娘が、悠(ゆう)に、恋心を抱いたら、困る…

 好きになっては、困る…

 だから、そんなふうに、私に言った…

 見た目に騙されるな! 

 と、注意した…

 つまり、稲葉五郎は、高雄悠(ゆう)を好いてない…

 そして、それは、嫌っているのではない…

 むしろ、警戒していると言っていいのかもしれない…

 オレの大事な娘が、あんな男にたぶらかされたら、困る…

 そんな感じだ(笑)…

 そして、おそらく、それは、当たっている…

 的を得ている…

 なぜなら、ヤクザ者である、高雄組組長は、逮捕されず、堅気の悠(ゆう)が、今、逮捕された…

 当然、なにか、理由があるに違いないからだ…

 私は、思った…


 国会では、あの大場小太郎がまさに、絶頂期を迎えていた…

 ひとり、国会で、気を吐いていた…

 それまでの、地味な印象が一変した…

 元々、自民党大場派の領袖で、次期総理総裁に、最も近い男と言われながら、影が薄かった…

 明らかに、生まれながらの政界のサラブレッドで、物腰も柔らかく、印象も悪くない…

 当然、頭もいい…

 しかし、存在感がなかった…

 大勢の人間の中に入れば、真っ先に埋もれる人物…

 失礼ながら、政治家も、芸能人も同じ、人気商売…

 大勢の人間がいれば、真っ先に、目立たなかければならない仕事だ…

 つまり、存在感が、どうしても、必要になる…

 頭の良さや、政治家としての能力は、二の次、三の次…

 そんなものは、身近に接していなければ、わからないからだ…

 大場小太郎がスポットライトを浴びて、その本来、抜きん出た能力が、開花したと言えば、大げさだが、スポットライトを浴びることで、大場小太郎の優れた能力が、世間に注目されることになった…

 元々、政治家としての能力は、抜きん出ている…

 それゆえ、自民党、大場派の領袖なのだ…

 ただ、これまでは、存在感が薄いゆえに、その存在が、世間に知られているとは、あまり言えない状況だった…

 総裁選に出馬した経験があるにも、限らず、世間的な知名度は、イマイチだった…

 正直、影が薄かったのだ…

 それが、今度の杉崎実業の一件で、一変した…

 杉崎実業が、中国へ不正に製品を輸出した一件で、真っ先に動いた…

 今、中国は、全世界で、覇権を得ようとしている…

 アメリカを凌いで、全世界のリーダーシップを取ろうと目論んでいる…

 他国は、それに、指を咥えて、眺めている状況だ…

 大場小太郎は、その状況に鑑みて、現実的な政策に終始した…

 要するになかったことにしようとしたのだ…

 中国を非難するのは、たやすい…

 しかし、当然、相手=中国も反発する…

 それゆえ、国会で、あくまで、他国からの脅威があった場合と、中国の名指しを避けた…

 ことを荒立てたくなかったからだ…

 そして、中国もまた、すぐざま、それに反応した…

 いわく、

 「…中国は、いかなる場合も積極的に他国に紛争を求めない…」

 と、報道官が、言及した…

 要するに、杉崎実業が、中国に製品を不正に輸出していたのが、バレたが、日本が、ことを必要以上に荒立てたくないというメッセージを送っていると、判断した中国が、これもまた、それに応じて、必要以上に、ことを荒立てないと、約束したのだ…

 ただし、そうは言いながらも、日本政府は、自衛隊を、尖閣諸島などに、いつも以上の、艦船を派遣して、有事に備えた…

 そして、なにより、アメリカやイギリス等に、連絡して、同じように、日本海に、空母を派遣してもらった…

 前代未聞のことだった…

 中国を脅すためだ…

 それを見て、中国政府は、白旗を揚げた…

 今回は、ことをこれ以上、大きくするのは、得策ではないと、判断したのだ…

 いわゆる、硬軟併せ持った施策で、日本政府は、危機を乗り切ったと言える…

 そして、それを積極的に推進したのは、大場小太郎だった…

 現実的な政策に終始した…

 誰もが、中国に、不正に製品を輸出したのは、許すことができない…

 しかしながら、ことを荒立てれば、必要以上に、相手=中国も大げさに反応する…

 だから、あまり騒がないが、一方で、艦船を尖閣諸島に派遣して、領土を守る姿勢を示した…

 なにより、日本だけでは、対抗できないので、アメリカやイギリスに協力してもらい、日本海に艦船を派遣してもらった…

 政治は力であり、力とは、最終的に、軍事力に他ならない…

 戦争は政治の延長であると、言った人間がいたが、けだし名言である…

 まさに、本質を突いている…

 大場小太郎は、自らが活躍する舞台=国会で、中心人物の一人として、論戦を繰り広げ、一方で、次期総理総裁候補としての存在感を示した…

 まさに、国会は、大場小太郎の独擅場だった…

 
 世間は、そんな状況だったが、私はというと、相変わらず、コンビニで、バイトに励んでいた…

 正直、なにも変わらなかった(涙)…

 内定がもらえず、やっと内定がもらえた杉崎実業は、事実上の倒産…

 今さら、就活ができる時期ではない…

 だから、今年の就活は終了…

 留年して、来年の就活に賭けるか、このまま、就職先も決まらずに、大学を卒業するか、の二択…

 が、

 その二択のうちのどちらかにするかを、決めるのも嫌だった…

 だから、バイトに励んだ…

 正直、もっと、時給のいいバイト先を探そうと、考えたこともあったが、就職先同様、バイト先を探すのも億劫だった…

 なにより、就職先で、内定が一社も見つからず、凹んでいるのに、バイト先を見つけるのも、また嫌だった…

 このご時世、バイト先の面接をいくつも受けて、全滅でもすれば、私のメンタルも崩壊寸前になることは、明らか…

 就職も、バイト先も見つからない事態になれば、平常心を保つことも難しい…

 だから、仕方なく、これまで通り、コンビニで、バイトに励んだ…

 別に、辞めろと、言われたわけでも、なんでもないからだ…

 ここ、しかなかった…

 ここで、働くしかなかった…

 このコンビニで、葉山や当麻と働くしかなかった…

 ハッキリ言って、葉山や当麻と働くのは、嫌ではない…

 ただ、時給が安いのは、嫌だった…

 コンビニは、どうしても、他のバイトに比べ、時給が安い…

 だから、本当は、他のバイトに切り替えたいのだが、今も言ったように、他のバイト先の面接を受けて、受からないことを考えれば、恐怖だった…

 恐怖以外の何物でもなかった…

 会社もバイトも決まらない…

 ハッキリ言って、世の中に必要とされていない…

 そう考えれば、底なし沼にはまったような恐怖だった…

 誰からも、必要とされない恐怖だった…

 その恐怖から逃れるために、コンビニのバイトに精を出した…

 いつも以上に、必死になって、働いた…

 そんなときだった…

 「…おっ…竹下さん…いつも以上に、仕事に精を出しているね…」

 と、葉山が声をかけた…

 「…ハイ…」

 私は、即答する。

 「…稼がなきゃ、ならないんで…」

 「…稼ぐ?…」

 「…杉崎実業の内定も消し飛んで、就職先もなくなった…だから、とりあえず、バイトに精を出して、お金を稼ごうと思って…」

 私の言葉に、葉山は、

 「…」

 と、絶句した…

 なにも言わなかった…

 かける言葉が、なかったのかもしれない…

 ただ、やはり、なにも言わないと、おかしいと思ったのか、葉山は、

 「…焦らないことだよ…竹下さん…人生は長い…」

 と、言った…

 「…人生は長い…」

 「…たとえ、スタート時点で、けつまずいて、転んでも、長ければ、挽回できる可能性も高い…人生は、50メートル走や、100メートル走じゃないからね…」

 …うまいことを言う…

 私は、思った…

 …たしかに、今、就職先が、決まらずとも、そう考えれば、焦ることはない…

 「…人生は、なにが起きるか、わからない…一寸先は闇だよ…」

 「…闇?…」

 「…誰もが、未来はわからないということさ…」

 葉山が言う。

 私は、それを聞いて、

 …葉山は、一般論を言ったのだろうか?…

 …それとも?…

 考え込んだ…

 すると、ちょうど、そのときに、コンビニのドアが開いた…

 葉山が、

 「…いらっしゃいませ…」

 と、儀礼的に、言葉を投げる。

 私も、機械的に、なにげなく、ドア付近を見た…

 どんなお客様が、やって来たか、見たのだ…

 そして、私は、その顔を見て、驚いた…

 思わず、絶句した…

 やって来たのは、

 …大場…

 …大場敦子だった…

                
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み