第17話

文字数 5,043文字

…高雄はヤクザ?…

 …やっぱり、高雄はヤクザなのか?…

 私は、動揺した…

 みっともないほど、動揺した…

 あんな、おとなしそうで、真面目な高雄がヤクザだなんて…

 驚いた…

 ホントに、驚いた…

 世の中、なにがあるか、わかったものじゃない…

 私は考える。

 そんな私を見て、林が、

 「…竹下さん…どうしたの?…」

 「…どうしたもなにも、高雄がヤクザなんて…」

 私は息せき切って、言った…

 「…おかしな…竹下さん…」

 林が、笑った…

 「…最初に、高雄さんが、ヤクザの息子だと聞いたときは、少しも驚かなかったくせに…」

 林が指摘する。

 …言われてみれば、その通り…

 …その通りだ…

 さっき林に指摘されたときは、驚かなかった…

 それは、自分でいうのも、なんだが、以前、高雄の身元をネットで調べたときに、高雄総業がヒットして、それが、有名なヤクザであることを知っていたから…

 だから、驚きはなかった…

 なんとなく、気付いていたというのが、正しいというか…

 それに、高雄から渡された、電話番号に電話して、

 「…ハイ…こちら、高雄組です…」

 と、いかにも、その筋のひとのだみ声が、電話口から聞こえてきたこともあった…

 しかし、それが、やはりというか、林から、高雄の正体を聞かされて、最初こそ、以前から、薄々気付いていたから、さして、動揺はなかったが、次第に、やはり、大変なことだと、気付いた…

 この平凡で、ヤンキーが大の苦手な竹下クミが、そんな大物のヤクザの息子と接していたなんて…

 ありえないというか、信じられない出来事だった…

 時間が経って、徐々に、その重要性に気付いたというのが、真相だった…

 「…あの高雄さんが、ヤクザだなんて…」

 ポツリと、私は呟く。

 「…あんなに、真面目で、爽やかな高雄さんが、ヤクザだなんて…」

 私は、言いながら、ガッカリした…

 落ち込んだ…

 同時に、やはり、杉崎実業の内定は、辞退しようと、思った…

 いくら、他社から内定をもらえないとしても、ヤクザ関連の会社に勤めるのは、堪ったものではないからだ…

 内心、そう決意したときだった…

 「…高雄さんは、ヤクザじゃないわ…」

 意外なことを、林が言った…

 …ヤクザじゃない?…

 …どういうことだ?…

 私は、ビックリして、林を見た…

 「…高雄さんは、ヤクザじゃないって、どういうこと?…」

 「…ヤクザは、あくまで、高雄さんのお父様…高雄さんは、ヤクザじゃない…」

 「…ヤクザじゃない? でも、だったら、どうして、専務なんですか?…」

 「…それは、高雄さんのお父様の作った会社の重役をしているだけ…高雄さんは、ヤクザじゃない…」

 「…ヤクザじゃない…」

 私は、言いながら、少しホッとした…

 高雄は好きだ…

 あの優しそうなルックス…

 あの爽やかな外観…

 憧れる…

 そんな高雄が、ヤクザじゃないって、わかったことで、少しばかり、ホッとした…

 「…高雄さんは、おそらく、さっきも言ったように、将来的に、お父様の会社を正業にしたいのだと思う…」

 「…正業って?…」

 「…ヤクザじゃない、キチンとした堅気の会社…それを狙ってるのだと思う…」

 「…どうして、そんなことがわかるんですか?…」

 「…調べたからよ…」

 「…調べた?…」

 「…さっきも言ったように、高雄さんのことも、あの杉崎実業の内定者もことも…」

 意味深に林が言う。

 私は、黙って、林を見た…

 そして、林の父親を見た…

 それから、考えた…

 どこまで、本当のことを言っているのか、考えた…

 何度も言うように、私は思慮が浅い…

 だから、今も、林の言っていることを、鵜呑みにする危険がある…

 仮に林が、私にウソをつき、騙そうとしている可能性があるとする…

 思慮の浅い私は、簡単にそれに騙されかねない…

 私は、考えた…

 まるで、3歳児かなにかを騙すように、この竹下クミは、林にとって、簡単に騙せる相手なのかもしれないと、思った…

 そして、言った…

 話を変えようとしたのだ…

 「…さっき、ゴッドファーザーが、どうとかこうとか言ったけど…」

 「…ゴッドファーザーが、どうしたの?…」

 「…ゴッドファーザーって、なんだ?…」

 私は言った。

 林が、私の言葉に驚いた。

 私によく似た顔が、驚きに変わった…

 まるで、テレビや映画で見るように、わざとらしいまでに驚いた顔になった…

 そんな、わざとらしいまでに、驚いた顔を間近で見たのは、初めてだった…

 「…ゴッドファーザーを知らないの?…」

 林が、いきなり、素っ頓狂な声を上げた。

 「…知らない…」

 私は、小さく答えた。

 本当ならば、もっと、堂々と、大きな声で、言いたかったが、さすがに、この雰囲気では、言えなかった…

 「…まさか、ゴッドファーザーを知らないなんて…」

 林は、一転して、当惑した表情になった…

 「…それは、なに?…」

 私は訊いた。

 「…映画よ…」

 林が答える。

 「…映画?…」

 「…アメリカで、マフィアのことを描いた映画?…」

 「…マフィア? …マフィアって、なんだ?…」

 私は、聞いた。

 事実、私は、マフィアって、言葉は、これまで、聞いたことがなかった…

 「…マリファナかなにかか? それなら聞いたことがある…」

 私の言葉に、目の前の林が、まるで、発狂しそうな表情になった…

 今すぐ、頭を抱えんばかりの苦悩の表情になった…

 他人のそんな表情を、間近で見たのも、初めてだった…

 娘のそんな姿を見かねたのか、林の父親が、

 「…お嬢さん…マフィアというのは、日本のヤクザのようなものです…」

 「…ヤクザのようなもの?…」

 「…日本では、暴力団は、ヤクザと呼びますが、アメリカでは、当然そうではない…違う呼称と言うか、違う呼び名です…」

 林の父親が、優しく穏やかな口調で、丁寧に説明する。

 別の言い方をすれば、優しく子供に諭すようだった…

 「…それで、そのゴッドファーザーが、どうかしたんですか?…」

 「…その映画が、昔、大ヒットして、いくつもシリーズが作られました…ちょうど、今でいえば、名探偵コナンですね…実写とアニメの違いはありますが…」

 と、これも、林の父親が、穏やかに説明した。

 「…そのゴッドファーザーは今も言ったように、日本で言えば、ヤクザの物語なんです…ですが、そのゴッドファーザーのシリーズの最後で、主人公は、ヤクザを辞めて、日本で言えば、堅気の仕事に就こうとするんです…これは、主人公がヤクザを辞めて、堅気につくという話ではなく、要するに、組織全体で、ヤクザを辞めて、暴力団ではなく、真っ当な堅気の会社として、生まれ変わることを目指したわけです…」

 林の父親が、仰天の言葉を言った。

 なぜ、仰天の言葉かと言うと、林の父親が言った言葉は、到底現実にできることとは、思えないからだ…

 私は、

 「…それは、コメディかなにかですか?…」

 と、つい、言ってしまった。

 「…いえ、コメディではありません…」

 林の父親が、真顔で、返した。

 「…でも、そんなこと、できるわけ…」

 私はつい口を滑らせた。

 …できるわけがない…

 …この前まで、暴力団…ヤクザだった組織が、真っ当な堅気の会社に生まれ変われるわけがない…

 私は、思った…

 「…お嬢さんが、おっしゃることは、正しいというか、当たり前です…」

 林の父親が言った…

 「…ただ、やはりイマドキのお嬢さんだ…コメディと言うとは…」

 林の父親が苦笑する。

 それから、一転して、

 「…たしかに、コメディと言われれば、コメディかもしれない…誰もが、考えもしないことだ…ヤクザが生まれ変わって、正業に就く…それ自体は、目新しいものでもなんでもないが、いわゆる昨日まで暴力団だった組織が、簡単に、例えば、建設会社や、運送会社に衣替えできるわけがない…」

 林の父親が言った。

 「…でも、それを高雄さんは、目指しているわけ…」

 林が、口を挟んだ…

 「…ウソ?…」

 私は、これもつい言ってしまった…

 「…ホント…」

 林が短く答える。

 「…それって、本気?…」

 と、私。

 「…もちろんよ…」

 林が言った。

 私は、林の顔を見た。

 私によく似た、林の顔を見た。

 林は、本気だった…

 本気で、言っていた…

 私は、頭がおかしいのでは? と、思った…

 そんなこと、できるわけがない…

 そんなことを、本気でできるなんて、考えるのは、頭がおかしいに違いない…

 頭がどうかしているに、違いない…

 私は、思った。

 ということは、やはり、あの高雄と私は距離を置くべきか?

 やはり、自然と、話は、そこにいった…

 そんな、できもしないことを、本気で考える人間と、付き合うわけには、いかないからだ…

 まして、結婚するかもしれない…

 私を含めた五人の女の中の一人と結婚すると、断言した高雄…

 つまりは、私、竹下クミも高雄と結婚する可能性が、五分の一あるということだ…

 だが、そんな頭のおかしな人間とは、さっさと距離を置くに限る…

 いかに、爽やかで、性格が良く、ルックスもいい高雄でも、これ以上、付き合うわけには、いかない…

 付き合うわけには、いかないのだ…

 私は、頭の中で、繰り返した。

 そんな私の心の内を知ってか、知らずか、

 「…高雄さんは、高雄組を、すべて、衣替えして、正業にしたいわけじゃないと思う…」

 と、林が、口を出した。

 …なに?…

 …どういうことだ?…

 私は、慌てて、林を見た…

 「…高雄さんは、おそらく、ベンチャー企業を目指してるんだと思う…」

 「…ベンチャー企業? …どういうこと?…」

 「…つまりは、お父様からの資金の提供を受けて、会社を作る…それを、高雄組の事業の一環というよりは、高雄悠個人の設立した会社という立ち位置で、あくまで、会社は、高雄さんの個人事業というか…」

 「…」

 「…要するに、高雄さんにとって、父親は、スポンサーに過ぎないということ…」

 林が、断言する…

 …なるほど、辻褄は合う…

 私は、思った…

 たしかに、いわゆる暴力団=ヤクザが、衣替えして、正業に就く…

 つい昨日まで、高雄組と呼ばれたヤクザが、今日からは、全員が、高雄建設や高雄運送ですと、名乗れるほど、世の中は甘くないというか…

 だから、そんなことは、無理筋というよりも、ありえない選択…

 映画や、テレビ、漫画の中では、あっても、現実には、ありえない物語だ…

 そんなことは、この竹下クミにも、わかる…

 このとろい、竹下クミにもわかる…

 だから、ゴッドファーザーが、堅気になろうとするのは、コメディなのだ…

 画面では、いかに、重厚で、重々しく、見せようと、やってることは、まるで、バカ殿だ…

 そんなことは、一歩引いてみれば、誰にもわかることだ…

 それは、現実ではなく、架空の物語に過ぎない…

 ありえない話を、重々しく見せることで、いかにも、本当のことのように、見せているだけだ…

 世の中には、できることと、できないことがある…

 今も林が言った、高雄組全員が、堅気になって、高雄建設や高雄運送を名乗ることは、できないこと…

 しかしながら、高雄が、資金力のある、実の父親から、金を借りて、自分の会社を立ち上げて、独り立ちすることは、それほど荒唐無稽のことではない…

 それは、できることだからだ…

 ただし、いずれ、遅かれ早かれ、高雄組との繋がりは、世間にバレる…

 そのとき、高雄はどうするのだろうか? ということだ…

 私は思った。

 考えた…

                
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