第7話

文字数 5,724文字

 …話したいこと?…

 私は、高雄に、訊き返したかった…

 …話したいことって、なんだ?…

 私は思った…

 当たり前だ…

 いかに、イケメンでも、この間、会ったばかり…

 出会ったばかりだ…

 それが、たぶん、私の後をつけ、ここにいるに違いない…

 私は、そう思って、高雄を見た…

 まっすぐに見た…

 高雄は、私の視線を、まっすぐ受け止めた…

 決して、たじろがなかった…

 爽やかに、私の視線を受け止めた…

 「…もちろん、竹下さんが、今日、これから用事があって、都合が悪いのであれば、仕方ありません…でも、ちょっと、時間をくれますか? 次の駅で、降りて、プラットフォームで構わないので、お話したいのです…電車の中では、ちょっと…」

 高雄が説明する。

 私は、考えた…

 高雄の言うことも、わからないわけではない…

 なにしろ、今は、二人とも電車の中だ…

 やはり、周囲の目もあるから、話したいことでも、話せないことがある…

 誰が聞いているか、わからないからだ…

 「…承知…」

 私は言った。

 私の言葉に、イケメンの高雄が、目を白黒させた…

 「…承知って?…」

 プッと、吹き出した。

 「…竹下さんって、面白いひとなんですね…」

 「…面白い人?…」

 「…だって、いきなり、時代劇のように、承知、なんて…」

 高雄が笑う。

 しかし、その笑いは、決して、私をバカにした笑いではなかった…

 むしろ、心底、楽しそうだった…

 だから、私は、高雄に笑われても、全然、嫌じゃなかった…

 真逆に、こんなイケメンが、私のことを笑ってくれるのが、嬉しかった…

 竹下クミ…22歳…

 率直に言って、これまで、高雄のようなイケメンと付き合った経験は皆無…

 一度もない…

 なにより、高雄は、イケメンだが、決して、ひとをバカにしたり、下に見たりすることがなかった…

 私自身は、やはり、高校や大学で、イケメンを遠目に見たことはあるが、皆やはり、そのルックスに自信があるせいか、どこか、他人を見下したりする人間が多かった…

 無論、全員ではない…

 多いだけだ…

 男も女も、ルックスや、学歴、なにか一つ秀でていると、どうしても、他人をバカにする人間が一定数存在する。

 私は、どうしても、そんな人間は、好きになれないし、そんな人間の近くにいくのも、嫌だった…

 でも、高雄には、それがない…

 爽やかで、真面目で、なにより、安心できる…

 ホッと、できる…

 「…じゃ、ボクも承知ってことで…」

 高雄が、楽しそうに、私に言った…

 私は、黙って、首をコクンと、縦に振って、頷いた…

 自分でも、顔が真っ赤になってないか、心配だった…

 いや、

 心配ではない…

 きぅと、真っ赤になっているに、決まっている…

 それから、私は、高雄と、黙って、電車が、次の駅に着くまで、待った…

 私は、吊り革に摑まりながら、その後ろに、長身の高雄が立つ…

 なんだか、無性に、ドキドキした…

 私の背後に、高雄のようなイケメンがいるなんて…

 これまで、考えたことのないシチュエーションだった…

 私は、心の中で、叫んだ…

 …早く、電車が次の駅に着かないか!…

 いつまでも、この姿勢でいると、心臓がドキドキして、破裂するかもしれないからだ…

 同時に気付いた…

 いや、そうじゃない…

 この状況が、永遠に続けば、いい…

 高雄のようなイケメンが、私の背後にいるのだ…

 ピタッと、身体を密着させて、いるのだ…

 こんなシチュエーションは、二度とないかもしれない…

 だから、永遠に続けば、いい…

 そう思い直した…

 いや、

 やはり、それでは、私の心臓がパンクしてしまう…

 だから、やはり、一刻も早く、電車が、次の駅に着いてもらわなければ、困る…

 私の心の中で、早くつけ、

 いや、

 着いちゃダメだ!

 そんな気持ちが代わる代わる、取って代わった…

 そして、そんなことを目まぐるしく考えているうちに、電車が、次の駅に着いた…

 「…降りましょう…」

 高雄が爽やかに、私に声をかけた。

 私は、黙って、コクンと、首を縦に振って、頷いた…

 「…とりあえず、あそこに座りましょう…」

 高雄が、駅のホームの椅子を指差した…

 私は、おそらく、真っ赤の顔のまま、高雄と、ホームに設けられた椅子に座った…

 私は、高雄のようなイケメンといるのが、嬉しいやら、恥ずかしいやら、どうして、いいか、わからなかった…

 こんな経験は、生まれて初めて…

 初めてだった…

 私だって、22歳…

 人並に、男とデートしたこともある。

 でも、言葉は悪いが、そのデートした男も、人並みだった…

 とりわけルックスが優れていたわけでもないし、頭も平凡だった…

 だが、高雄は違う…

 現に、今、私と高雄が、ホームの椅子に座っているのを見て、ホームにいる人間の中に、チラッと、高雄を見て、それから、私を見る人間が、多い…

 いや、多いではない…

 少なからず、いるという言葉が当てはまる…

 しかも、それは、男よりも女…

 女でありさえすれば、60代でも、十代の女子高生でも、チラリと高雄を見る…

 こんな美青年が、ここにいると、驚きを持って見る…

 それから、その美青年が、連れている相方というか、女…

 私を見る…

 そして、驚く…

 いや、正直に言って、ガッカリする…

 私が、あまりにも、平凡だからだ…

 私の頭の中で、そんな思いが湧いてきた…

 いや、出来上がっていた…

 もしかしたら、高雄は、そんな私の心の内に気付いたのかもしれない…

 「…どうしました?…」

 と、優しく、私に声をかけた。

 「…なんでもないさ…」

 と、言いたいところだが、それでは、ウソがバレバレだ…

 私は、少し考えたが、

 「…高雄さんは、ホントに、私たち5人の中の誰かと結婚するんですか?…」

 と、話を変えた。

 高雄は私の質問に、焦って、私を見た。

 まさか、いきなり、そんな話をするとは、思ってもみなかったのだろう…

 一瞬、慌てた表情だったが、

 「…しますよ…」

 と、冷静に、答えた。

 「…どうしてですか?…」

 「…どうしてって?…」

 「…どうして、初対面の私たち五人の誰かと、結婚するんですか?…」

 「…初対面ではありません…」

 高雄が、答えた。

 「…初対面じゃない? …だって、私は高雄さんと、これまで会ったことは、一度もありませんよ…」

 「…いえ、子供の頃に会いました…」

 「…子供の頃に会った?…」

 「…ハイ…物心つかないくらい小さな頃に…」

 「…物心つかないくらい小さな頃…」

 「…ハイ…それは、もしかしたら、竹下さんじゃないかもしれないし、竹下さんかもしれない…」

 「…」

 「…でも、五人の中で、誰かが、それに当てはまります…」

 「…その幼馴染(おさななじみ)と結婚するってことですか?…」

 「…幼馴染(おさななじみ)というほど、親しくはありません…でも、面識があります…この前も、竹下さんを含めて、五人の顔を見たけど、誰だか、わからなかった…」

 「…」

 私が高雄と二人きりで、小声で話していると、相変わらず、チラチラと、高雄と私を見る視線が、絶えなかった…

 しかも、その視線の主は、女が多い…

 高雄が、美男子であることもあるが、やはり、ルックスにこだわるというか、ルックスが気になるのは、女の方が多いのでは?とあらためて、実感した…

 「…だから…」

 私は言った。

 「…だから、私たち五人は、皆、似ているんですね…顔も身長も…そして、年齢も…」

 私の質問に、高雄は、

 「…」

 と、答えなかった…

 「…でも、どうして、そんな偶然…」

 「…偶然なんかじゃありませんよ…」

 「…偶然じゃない?…」

 「…杉崎実業に受かったのは、皆、竹下さんを含め、同じ顔、同じ身長の五人です…杉崎実業の面接で、顔や身長を基準に決めたんです…」

 私は、高雄の言葉に、

 「…」

 と、絶句した。

 しかし、冷静に考えれば、高雄の言う通り…

 要するに、顔や身長と言う外見を基準に選んだに決まっている…

 いや、これは、すでに、高雄に今言われる前に気付いていたことだ…

 ただ、肝心の高雄の口から聞いたから、驚いたに過ぎない…

 「…誰かが、ボクを狙っている…」

 「…狙っている?…」

 「…ハイ…実は、色々あって…」

 意味深に言う。

 …色々って、まさか、命を狙われてるとか?…

 私は考えた。

 だから、私は一瞬、言おうかどうか、考えたが、黙った…

 まさか、映画ではない…

 命を狙われてるの?

 と、真顔で聞けないからだ…

 私が、沈黙したものだから、

 「…どうしました?…」

 と、高雄が心配そうに、声をかけた。

 私は、迷ったが、

 「…まるで、ヤクザ映画ですね?…」

 と、答えた。

 「…ヤクザ映画?…」

 高雄は驚いた。

 「…だって、そうでしょう…誰かが、ボクを狙ってるなんて、まるで、ヤクザ映画や、スパイ小説かなにかみたい…」

 私が言うと、高雄は一瞬、考え込んだ…

 それから、少しして、プッと吹き出した。

 「…竹下さん、映画の見過ぎ?…」

 「…映画の見過ぎ?…」

 「…例えば、仮に、ボクが、ヤクザの息子でも、ボクがヤクザじゃない限り、抗争中でも、敵対する組織に、命を狙われるなんて、ありえないよ…」

 「…ありえない…だって、映画じゃ?…」

 「…だから、それが映画…仮にヤクザが、抗争を起こしたって、ルールって、ものがある…」

 「…ルール?…」

 「…そう、ルール…具体的には、ヤクザは、抗争中でも、敵対するヤクザの家族は襲わない…」

 「…家族は、襲わない? どうして?…」

 「…だって、ヤクザの家族は、ヤクザじゃないでしょ…」

 たしかに、言われてみれば、当たり前だ…

 「…だから、襲わない…それが、ルール…ほら、ボクシングとか、プロレスでも、皆、ルールがあるでしょ?…」

 「…ルール? …どんな?…」

 「…ボクシングならば、当然、足を使って、相手を蹴っちゃいけないし、プロレスでも、ルールがある…喧嘩じゃないんだから、当たり前…」

 「…でも、ヤクザでも、抗争で、敵と闘ってるんだから、勝つためには、ルールを破るものもいるんじゃ…」

 「…それじゃ、同じ業界にいられなくなっちゃうよ…」

 高雄が笑った…

 「…業界にいられなくなっちゃうって?…」

 「…要するに、つまはじきにされるとか、同じ業界の関係者に相手にされなくなっちゃう…だから、どんなヤクザもルールは守る…映画とは、違う…」

 「…映画とは違う…」

 私は、思わず、高雄の言葉を繰り返した。

 そして、そう口にしながら、なんで、高雄は、そんなことを知ってるんだ? という当たり前のことを考えた。

 …やっぱり、高雄は、ヤクザの息子なのか?…

 そう考えた。

 そして、思った。

 さっき、狙われてると、高雄は言ったが、アレは一体、どういう意味なんだ?

 命を狙われてるんじゃないとしたら、一体なにを狙われてるんだ?

 「…でも、さっき、高雄さんは、狙われてるって?…」

 私は、勇気を出して、口にした。

 「…ああ、それは、ボクが、この若さで、杉崎実業の親会社、高雄総業の取締役なんです…だから、こう言っては、傲慢に聞こえるかもしれないけど、ボクを狙ってる、女のひとがいるんです…」

 「…高雄さんを狙ってる、女のひとが?…」

 私は言った。

 言いながら、それは、当たり前のことじゃ、と、言いたかった…

 高雄ほどのイケメンだ…

 女なら、誰でも狙うだろう…

 「…でも、それは、高雄さんが、イケメンだからじゃ…」

 「…違います…」

 高雄がきっぱりと断言した…

 「…敵は、偶然を装って、ボクに近付いて、ボクと結婚して、ボクの父の会社を乗っ取ろうとしているんです…」

 「…高雄さんのお父さんの会社を乗っ取る?…」

 「…ボクと結婚して、親戚になり、ボクの父親の会社ごと、乗っ取ろうとしている…」

 高雄が繰り返す。

 私は、考えた。

 それって、つまり、さっき言った、ヤクザの抗争でも、相手の家族を標的にするのは、御法度…

 だから、息子の高雄と結婚して、父親の組織ごと、乗っ取ろうとしているってこと?

 そう考えれば、わかりやすい…

 このご時世、暴対法とかで、ヤクザの生活も大変と聞く…

 私は、当然、ヤクザに知り合いはいないが、ネットや週刊誌等で、報道されてる…

 だから、抗争はできない…

 抗争すれば、すぐに、警察に捕まって、刑務所に送られ、組は潰されると聞く。

 でも、やはり、水面下で、ゴタゴタはあるだろう…

 だって、それがヤクザだからだ…

 スーパーが、商品の質や価格で、お客さんを呼びこもうとするのに、対して、ヤクザの商品は、暴力…

 結局のところ、暴力に他ならない…
 
 だから、なにかあれば、最終的に、暴力に頼らざるを得ない…

 しかし、今の時代、暴力団といえども、簡単に抗争はできない…

 ならば、家族を取り込もうとしたのではないか?

 暴力の標的にするのではない…

 子供同士を結婚させて、自分の組織に引きずりこもうとしているのではないか?

 私は思った…

               
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