第25話

文字数 5,834文字

 「…要するに、カッコをつけたいだけなのもしれません…」

 高雄の父が告白する。

 「…本当は、女にモテたいのに、女に興味がないようなフリをする…男なら、誰でもある経験です…」

 「…」

 「…実は、この歳になっても、それは変わりません…ただ、以前よりは、カッコをつけなくなっただけです…」

 私は、高雄の父の告白に、どう言っていいか、わからないので、

 「…」

 と、黙った…

 「…でも、やはりカッコをつけるのを、止めることはできません…実は、今、私にチャンスが巡ってきています…」

 「…チャンスが?…」

 「…要するに、昇進のチャンスですね…」

 私は、高雄の父の言葉に、考え込んだ…

 たしか、高雄の父親は、日本で二番目に大きな山田会の跡目争い=後継者争いの真っただ中…

 高雄の父は、次期の山田会の会長の有力候補…

 そして、そのライバルは、たしか稲葉一家と、聞いた覚えがある…

 つまり、高雄の父のいう昇進のチャンスとは、山田会の次期会長になれるか、どうかのことだろう…

 おそらく、それを言ってるのだろう…

 私は思った…

 私は、それゆえ、つい、

 「…高雄さんのお父様のライバルって、どんな方ですか?…」

 と、聞いてしまった…

 やはり、日本で、二番目に大きなヤクザ組織の後継者争いというと、なんとなく気になったからだ…

 私の言葉に、高雄の父は、キョトンとした表情になった…

 「…ライバル?…」

 「…だって、今、高雄さんのお父様は、昇進のチャンスがあるとおっしゃったでしょ? …だったら、誰かと、競うはずです…」

 私は、自信を持って、断言した…

 私の言葉に、高雄の父は、しばし、考え込んだ…

 「…たしかに、お嬢さんの言う通りです…」

 と、ポツンと呟いた。

 「…でも、ライバルという言葉は、思いつかなかった…」

 「…どうしてですか?…」

 「…いえ、個人的な考えですが、どうしても、ライバルというと、スポーツ選手を想像してしまうんです…例えば、野球選手とか…」

 たしかに、高雄の父親の言うことは、わかる…

 ライバルというと、勉強よりも、スポーツの例が多い…

 大相撲で、言えば、白鵬と稀勢の里だろう…

 はっきり言って、白鵬と稀勢の里では、同じ横綱でも、実績がまるで、違う…

 稀勢の里は、白鵬の足元にも、及ばない…

 ただし、稀勢の里と白鵬の対戦だけに見ると、また違ってくる…

 要するに、実力は、白鵬が文句なく上だが、こと対戦相手が稀勢の里となると、実力が伯仲する…

 というか、単純に白鵬が、稀勢の里が苦手なのだろう…

 私は、そんなことを考えた。

 そんなことを、考えてると、

 「…いい男ですよ…」

 と、高雄の父が続けた。

 「…いい男?…誰がですか?」

 と、私。

 「…誰って、私のライバルですよ…」

 と、高雄の父が楽しそうに言った…

 「…私とは、タイプが違うが、いい男であることは、間違いないです…」

 「…間違いない?…」

 「…ハイ…間違いないです…っていうか、私ぐらいの年齢で、自分でいうのもなんですが、昇進レースを繰り広げるのは、狙ったポストがデカいです…デカいポストを狙う人間は、当然、人格的にも優れています…下の人間からも慕われてます…だから、当然、いい男で間違いはないです…」

 高雄の父が楽しそうに言う。

 私は、それを見て、

 「…高雄さんのお父様って、変わってますね…」

 と、遠慮なく言った。

 この言葉は、高雄の父にとって、意外だったようだ…

 「…変わってる? …どこが変わってるんですか?…」

 「…だって、そうでしょ? 自分のライバルを褒めるなんて…」

 「…褒める? …違います…」

 「…違う?…」

 「…客観的に、相手を評価しているだけです…」

 高雄の父が言う。

 「…自分のライバルを足蹴にするバカは、どこの世界でも、成功はできませんよ…はばかりながら、この私のライバルと言われた男です…いい男でなければ、なりません…」

 私は高雄の父の言葉に、強烈な自負を感じた…

 文字通り、強烈な自負…自信を感じた…

 ただ、単純に、自分のライバルを褒めているのではない…

 冷静に相手の実力を見極めているのだろう…

 もっとも、それができなければ、山田会の次期会長候補になれるはずもない…

 日本で、二番目の大きなヤクザ組織のトップになるかもしれないのだ…

 当たり前だが、能力は抜きん出ている…

 会社であれ、ヤクザであれ、トップに上り詰めるほどの人間は、持って生まれた才能が秀でている…

 他人がない能力を持って生まれている…

 どこの世界でも、能力が抜きん出ていなければ、トップにはなれない…

 当たり前のことだ…

 「…いい男です…実に、いい男です…」

 高雄の父親が繰り返した。

 「…私が、彼と争うのは、運命かもしれない…」

 「…運命?…」

 私は、思わず、声を荒げた。

 運命なんて、そんな大げさな言葉が出るとは、思わなかったからだ…

 私の言葉に、高雄の父が、

 「…お嬢さん…そんなに声を荒げないでください…自分でも、運命なんて、言葉を使って、恥ずかしいんです…」

 と、照れたように、言った…

 「…はばかりながら、この高雄、自分で言うのもなんですが、スマートな男で、売ってます…なにか、芝居じみた言葉を話すと、自分でも恥ずかしいんです…」

 高雄の父が、身の置き所がないように、言った。

 事実、高雄の父は、はた目にも、照れていた…

 テレが出ていた…

 「…ですが、彼と争うのは、運命と思ったことに、ウソはありません…」

 断言する。

 「…彼も、おそらく、そう思っているんじゃないかな…」

 「…そう、思ってる?…」

 「…もう何十年も前からの、古い付き合いです…だから、なにか、あの男と争うと、言うと…」

 と、それ以上は、高雄の父は、話さなかった…

 私に話す話ではないと、思ったのかもしれない…

 そして、気付いた…

 一体、高雄の父は、どうして、私を待っていたのか?

 そんな当たり前のことに、気付いた…

 なにか、私を待っていた理由があるはずだ…

 なにしろ、4時間は、私を待っていたのだ…

 このキャデラックで、待っていたのだ…

 普通、誰もが、そんなことをするはずがない…

 いかに、息子の恋人でも、するはずがない…

 いや、するはずがないとは言わないが、する人間は、稀だろう…

 息子?

 そう言えば、さっきから話しているが、息子の悠の話題は、まだ出ていない…

 当たり前だが、高雄の父は、息子のために、私に会いに来たはずだ…

 それが、まだ話題にしていないと言うのは?

 私は、考えた。

 と、そこまで、考えたとき、

 「…今日は、お嬢さんを引き止めて、私のつまらない話に付き合わせて、申し訳なかった…」

 と、突然、言った。

 「…今日は、私もお嬢さんと、お話して、楽しかった…勉強になりました…」

 と、言って、車中で、私に頭を下げた…

 と、当時に、高雄の父が、私に用事がなくなったことに、気付いた…

 用事は済んだのだ…

 「…辺りは、暗い…気を付けて、お帰り下さい…」

 そう言って、高雄の父は、キャデラックから、わざわざ降りて、反対側の、私の席のドアを開けた…

 私は、驚いたが、キャデラックから、降りるしかなかった…

 高雄の父が、わざわざ、私のいる席のドアを開けてくれているのだ…

 例え、高雄の父が、有力ヤクザでなくても、降りるしかなかった…

 自分の父親と同世代の人間が、わざわざ、クルマのドアを開けて、降りてくれと言っているのだ…

 降りるしかないだろう…

 私は、

 「…スイマセン…」

 と、頭を下げて、キャデラックから降りた…

 「…お嬢さん…お気を付けて、下さい…」

 高雄の父は言った。

 「…ハイ…大丈夫です…バイトの帰りは、いつも、この時間ですから…」

 私は、高雄の父に、頭を下げて言った…

 「…いえ、それもそうですが…」

 高雄の父が、言いづらそうに、言った…

 「…お嬢さんの身が心配です…」

 「…私の身?…」

 思いがけない高雄の父の言葉だった…

 私は、思わず、高雄の父の顔を見た…

 凝視した…

 すると、高雄の父は、とっさに、私の視線をはずして、

 「…一般論です…深い意味はありません…」

 と、告げた。

 私は、その言葉に疑問を持ったが、さりとて、高雄の父を問い詰めることはできない…

 私は、

 「…今日は、ありがとうございました…」

 と、だけ言って、頭を下げ、高雄の父の元を去った…

 キャデラックの後部座席に、再び乗り込んだ、高雄の父は、

 「…出してくれ…」

 と、運転する男性に言った…

 当然のことながら、高雄の父は、後部座席で、座ったまま…

 私が、コンビニのバイトを終えるまで、このキャデラックの後部座席に座ったまま、運転手の男性と二人だけで、ジッと待っていたのだろう…

 「…では、お嬢さん…お気を付けて…」

 車中から、私に軽く頭を下げると、運転手の男性が、わざわざ、運転席から降りて、私が降りた、クルマのドアを閉めた…

 まるで、会社の社長とか、皇族のような扱いだ…

 私は、思った。

 そして、それは、おそらく高雄の父の意思とは、関係ないのでは?

 と、直感した…

 会社でもなんでも、ある程度の地位にいる人間には、演出が必要だ…

 はっきり言って、能力や地位は、外見ではわからない…

 仮に、大会社のトップでも、普通に街を歩いていても、大半は誰も気付かないだろう…

 誰もが、おやっと振り返って見るような、オーラを持っている人間は、普通はいない…

 トップ芸能人ならば、それがあるのだろうが、大会社の社長といえども、会社の経営能力とは、まったく違うものだからだ…

 だから、演出が必要になる…

 今回の例で言えば、高雄の父が、自分で、ドアを閉めればいいものを、わざわざ運転手が、外に出て、ドアを閉める…

 そうすることで、クルマの後部座席に乗る人間が、大物であることを、周囲に悟らせるというか…

 逆に言えば、誰もが演出がないと、大物感が出ないと言える…

 しかし、これは、周囲の耳目を引く、美男美女でもない限りは、仕方のないことなのかもしれない…

 ルックスが優れていれば、周囲の耳目を引く=目立つが、普通は、そんな人間は、少ないからだ…

 私は、コンビニで、バイトをして、多くのお客様を見ているが、同性の女で言えば、美人と、周囲が思わず、目を引く美女は、大体三千人に一人ぐらい…

 ただし、その三千人は、例えば、二十五歳以下限定…

 歳を取れば、どうしても、ルックスは、衰えるからだ…

 若くて、キレイ…

 これが、原則だ…

 だから、当然、絶対数が少ない…

 当たり前のことだ…

 40歳でも、美人はいるが、同じような顔立ちの20歳の美人には、勝てない…

 仮に40歳の美人が、20歳に戻れば、その20歳の美人と、肩を並べる、甲乙つけがたい美人かもしれないが、40歳になれば、若さが衰える…

 その結果、20歳の美人に勝てない…

 これも、当たり前のことだ…

 と、ここまで、考えて、ふと、高雄を思った…

 今さっき別れた、高雄の父ではない…

 息子の悠(ゆう)の方だ…

 どうして、高雄悠のことを思ったのか?

 理由は、簡単だ…

 高雄悠は、ハッと周囲の人目を惹く美男子だからだ…

 変な話、高雄の父親は、キャデラックの運転手に、後部座席のドアを閉めさせることで、威厳を持たすと言うか、周囲に重要人物と思わせるが、息子の悠には、それが、必要ない…

 悠は、誰もが、ハッと振り返るほどの美男子だからだ…

 それを思った時、

 ふと、

 …会いたい!…

 と、思った…

 高雄悠に会いたい…

 たった今、別れた父親の方ではなく、息子の悠に会いたい…

 衝動的に思った…

 そして、気付いた…

 私が、杉崎実業の内定を辞退しない理由…

 やはり、それは、高雄が関係する…

 高雄は、私たち五人の杉崎実業の内定者の中の一人と結婚すると、断言した…

 これは、運命なのだと…

 つまり、運命婚…

 運命によって、決められた結婚だと…

 私は、内心、バカバカしいと思いながらも、それを拒否することができなかった…

 理由は、高雄が、あまりにも、魅力的だからだ…

 それに、杉崎実業に内定した私以外の四人の女…

 その素性を知るにつけ、余計に自分には、チャンスがないと思い知った…

 あの林を例に取れば、わかるように、とんでもない、お金持ち…

 しかも、林以外の他の三人も同様に、お金持ちらしい…

 正直、私に勝ち目があるとは、思えない…

 この平凡な竹下クミに、勝ち目があるとは、どうしても思えない…

 しかし、

 しかし、だ…

 この平凡な竹下クミも、五人の内定者の一人…

 おそらく、なにかの間違いで、選ばれたに決まっているが、選ばれた以上、チャンスはある…

 この竹下クミにも、高雄と結婚できるチャンスはある!

 私は、今さらながら、その事実に気付いた…

 気付いたのだ…

 おそらくは、宝くじを買って、一億円当たるような確率しかないかもしれないが、チャンスはある…

 そう思った…

 そう、思うことで、あらためて、杉崎実業の内定を辞退することを、やめようと、思った…

 内定を辞退すれば、高雄との結婚の可能性は消滅するからだ…

 運命婚…

 一億円の宝くじに当たる確率しか、ないかもしれないが、私は高雄との結婚を夢見た…

 高雄との結婚に掛けてみることにした…

                
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み