第110話

文字数 5,480文字

 …面白い…

 ふと、思った…

 自分でも、あまりに、意外な自分の反応に、驚いた…

 ヤクザやヤンキーが、大の苦手…

 暴力が苦手…

 危険なことが、なにより苦手な私が、危険極まりない状態に自分が、陥るかもしれないのに、その状況を楽しんでいる…

 自分でも、ありえない、心の動きだった…

 安全志向と言うか…

 とにかく、危険なことは、避ける、いつもの自分は、どこへいったのか? とも、思う…

 自分でも、自分がわからなかった…

 自分の心の動きに仰天した…

 そんな内心が、表情に現れたのだろう…

 「…どうしたの? 竹下さん、そんな顔して…」

 と、葉山が聞いた…

 「…なんでも、ありません…」

 私は即答する…

 葉山の正体が、公安のスパイかもしれないと、気付いた今、葉山に容易に、話せない…

 簡単に言えない…

 考えて話さなければ、葉山に、私の行動がバレバレになる…

 私の返答に、葉山は、

 「…」

 と、なにも、言わなかった…

 少し考え込んだ様子だった…

 それから、

 「…竹下さん?…」

 と、私に声をかけた…

 「…なんですか?…」

 私の返答に、葉山は少し躊躇ったが、考え込むように言った…

 「…竹下さんは、少し向こう見ずなところがある…気を付けることだよ…」

 「…向こう見ず?…」

 あまり、言われたことのない言葉だった…

 「…捨て鉢っていうのかな…やけのやんぱちって言葉があるけど、今の竹下さんに当てはまるような…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…ほら…竹下さん…失礼だけど、就活に失敗しただろ? …それで、落ち込んで、気分転換になにか、これまで経験したことのないような刺激を求めているような…」

 図星だった…

 あまりに、自分の心の内が、バレバレなので、驚いた…

 「…どうして、そんなことがわかるんですか?…」

 つい、聞いてしまった(笑)…

 「…簡単だよ…誰もが、失礼だけど、竹下さんの立場ならば落ち込むに違いない…だから、憂さ晴らしというか…」

 言いにくそうに、私に言った…

 そう言われてみれば、二の苦も告げなかった…

 まさに、その通りだったからだ…

 「…人間誰しも、同じさ…同じような境遇になれば、同じような行動を取る…」

 意味深な言葉だった…

 そして、その言葉は意味深でもなんでもなかった…

 後でなってわかったが、まもなく、この言葉が、証明されることになる…

 私は、このときは、気付かなかったが、後になって、わかった…

 葉山は、私になにが起きるかを、予想していたのだ…

 「…とにかく、気を付けることだよ…」

 葉山は、そう言い残して、私の前から去った…

 
 私は、その後、何事もなかったように、コンビニのバイトに励んだ…

 いつも以上に、一生懸命、バイトに励んだ…

 なぜか、葉山の言葉が、私の胸に沁みた…

 葉山は、一般論を言ったに過ぎないかもしれないが、私の心に沁みた…

 やけのやんぱち…

 自暴自棄…

 なにもかもうまくいってない人間は、捨て鉢な気分になる…

 当たり前だが、気分がむしゃくしゃしてくる…

 これが、若い男のひとなら、ヤクザではないが、誰彼ともなく、わざと相手にケンカを吹っ掛けるような…

 そんな憂さ晴らしをしたくなる…

 そんな心境になる…

 そして、そんな心境にあった私の心の内を、葉山は見抜いた…

 やはり、私の行動を見ると、そんなふうに、見えるのだろうか?

 そう考えると、我ながら、落ち込んだ…

 たしかに、就活は、失敗した…

 だから、この後、どうしていいか、わからない…

 来年、大学を留年して、また就活をするか?

 それとも、このまま、就職先も決まらずに、大学を卒業するか?

 その二択だ…

 そして、そんなことで、日々悩んでいる私の身近に、

 なぜか、

 次期総理大臣や

 次期山田会会長、

 と、いった大物政治家や、大物ヤクザがいる…

 にもかかわらず、私の就職になにも関係がない…

 こんな日本を代表する業界の代表が、身近にいるにもかかわらず、私自身は、就職先ひとつ決まらない…

 考えてみれば、これ以上の皮肉はない…

 まさに、格差…

 格差社会が、ここに現れている(涙)…

 同じ空気を吸い、同じものを食べたことがあるにも、かかわらず、こういった格差がある…

 これは、笑うべきか?

 それとも、怒るべきか?

 悩ましい…

 実に悩ましい…

 私は、せっせと、バイトに励みながら、ずっと、そんなことを考えていた…

 大げさに言えば、自分の身分とか、そんなことを考えていた…

 私は、これまで、自分自身になんの不満もなかった…

 平凡な家庭、

 平凡な両親、

 そして、

 平凡な私、

 と、絵に描いたような平凡な人生を送っていた…

 そして、それを私自身、嫌だったことは、一度もない…

 私は、自分自身の置かれた環境に、十分に満足している…

 これは、今も変わらない…

 大場や林のように、有名政治家の娘や大金持ちの娘と、知り合っても、だ…

 あるいは、これは、私が少しばかり、変わっているのかもしれない…

 世の中には、自分より、お金持ちの家に生まれたり、あるいは、自分より、学歴が高かったり、頭が良かったり、ルックスが、良かったりするだけで、信じられないほど、相手を妬んだりする人間が存在する…

 どう背伸びしても、まったく歯が立たないにも、かかわらず、相手を妬む…

 嫉妬する…

 そして、それがエスカレートすると、相手を集団でイジメたり、相手の足を引っ張ろうとする…

 私自身、そんな事例を、学校や、バイト先で、見たこともあるし、父や母からも、聞いたことがある…

 要するに、学校や会社に限らず、人間が集まると、同じことが起きるのだろう…

 私自身は、そんな人間を深く嫌悪するし、ああはなりたくないと、心の底から、思った…

 思えば、それが、防衛本能となっているのか、自分より、優れた人間を見ても、凄いと憧れることはあっても、妬んだり、羨ましいと、思ったことは、一度もない…

 そもそも、生まれた境遇が、まるで、違うのだから、妬んだり、羨ましがっても仕方がない…

 私が、どう背伸びしても、佐々木希さんのような、美人にはなれないし、どんなに一生懸命勉強をしても、東大には入れない…

 そういうことだ…

 それが、私、竹下クミが、この世に、生まれるにあたって、神様から与えられた能力であり、それを恨んでも仕方がない…

 ここに挙げた佐々木希さんだって、失礼ながら、歳を取れば、若いときほど、モテなくなるし、周囲からチヤホヤされなくなるだろう…

 東大に入学しても、上には上がいるだろう…

 自分が、東大で、一番になることは、普通、ありえない…

 さらに言えば、東大を出ても、会社で、出世できたり、するのは別…

 学歴=出世ではないし、

 学歴=安定した人生でもない…

 そんなことを、幼い頃より、無造作に、父や母から教えられてきて、これまで、生きてきたからかもしれない…

 だから、私は、大場や林を前にしても、変に妬んだり、劣等感を感じなかったのかもしれない…

 コンビニで、一生懸命働きながら、一方で、そんなことを考え続けた…

 
 2時間後、私はバイト先のコンビニを出た…

 そして、真っ先に、大場の姿を探した…

 どこかで、待っているに違いないからだ…

 大場は、さっき、

 「…クルマよ…クルマ…クルマの中で、待っている…」

 と、言ったが、以前、私も乗せてもらった、あのベンツGクラスは、駐車場になかった…

 あったのは、普通のクルマばかりだった…

 とりたてて、なんの変哲もない、普通の国産車…

 どこにでもあるし、どこででも見かける、平凡なクルマばかりだった…

 …一体、大場は、どこにいるのだろう?…

 私が思っていると、その中の一台のドアが突然開いて、人が出てきた…

 私は、その人物を見た…

 やはり、大場だった…

 私が、コンビニのバイトを終えて、この駐車場にやって来たのを、クルマの中から、見ていたのだろう…

 クルマの中から、見張っていたのだろう…

 そして、私は、今さらながら、やはり、以前、最初に大場に会ったときに、あのベンツGクラスに、大場が乗ってやって来たのは、演出だと思った…

 演出だと、確信した…

 私、竹下クミをビビらせるために、わざと、あんな大きく、ワイルドなクルマに乗って、やって来たと、確信した…

 ヤンキーを気取るためだ…

 ヤンキーが大の苦手な私、竹下クミをビビらせるために、わざと、あんなワイルドなクルマに乗って来たに違いない…

 そして、今、あのワイルドなクルマに乗って来なかったのは、すでに、虚勢を張る必要がなくなったからだ…

 虚勢=ヤンキーを気取る必要がなくなったからだ…

 だから、今日やって来た服装は、以前会ったときのように、革ジャンにサングラスでもなんでもなく、普通の格好…

 普通にジーンズを穿いている…

 どこにもいる平凡な女子大生の格好だ…

 すでに、私を脅す必要がなくなったからだ…

 大場が私を見て、

 「…やっと、バイトが終わったね…」

 と、喜んだ…

 が、私は、それに答えることもなく、

 「…今日、乗って来たクルマは、以前のあの大きなジープじゃないんだ?…」

 と、聞いた…

 大場は、私の質問が、意外だったのだろう…

 「…別に、いつも、あのクルマに乗っているわけじゃない…」

 と、とっさに言った…

 だが、私は追及を緩めなかった…

 「…でも、どうして、今日は、あのクルマに乗って来なかったの?…」

 「…どうしてって?…」

 大場は戸惑った…

 「…別に、なにか、理由があるわけじゃないけど、今日は、あのクルマはいいかなと、思って…」

 大場が説明する…

 私は、その大場の説明を信じなかった…

 あまりにも、あのときと、落差があり過ぎるのだ…

 あのとき会った大場と、今、目の前にいる大場は、まるっきり別人のように、ファッションが違う…

 だから、当たり前だが、あのときは、なにか意図があって、あんな格好をしたのでは?  
と、詮索してしまう…

 疑ってしまう…

 そして、その意図とは何度も言うように、私、竹下クミを脅すためだ…

 脅して、自分が、優位に立つためだ…

 今日、あのときと、同じ格好をしないのは、すでに、その必要がなくなったからに、他ならない…

 私は、そう思った…

 そう、確信した…

 「…どんなクルマに乗ろうが、私の勝手でしょ?…」

 大場は、口を尖らせて、抗弁する…

 私は、大場のその言い訳に、

 「…」

 と、なにも、言わなかった…

 なにを言っても、大場が、本当のことを言うはずがないからだ…

 代わりに、

 「…どこに行くの?…」

 と、聞いた…

 当たり前だ…

 大場が、私と話をしたいと、いい、このクルマの中で、私を待っていたのだ…

 当たり前だが、これから、このクルマに乗って、私をどこかへ連れてゆくつもりだろう…

 「…それは、内緒…着いてからのお楽しみ…」

 大場が笑いながら、私に告げた…

 …内緒って?…

 そんな言い草は、ないんじゃない?

 私は、思った…

 大場が昔からの知り合い…

 幼馴染(おさななじみ)か、なにかだったら、いい…

 しかし、最近、知り合ったばかり…

 あの杉崎実業の内定で、知り合ったに過ぎない関係だ…

 そんな、言わば、浅い関係の大場に、

 …内緒…

 と、言われて、内心、ムッとした…

 と、同時に、さっき、葉山が言った、

 「…竹下さん、むしゃくしゃして、自暴自棄になっているというか…」

 そんなふうな言葉を思い出した…

 自分でも気づかないが、自分自身が、

 …尖っているのかもしれない…

 …戦闘的になっているのかもしれない…

 ふと、気付いた…

 普段の私ならば、大場が、

 …内緒…

 と、言っても、ヘラヘラ笑っているか、なんとも思わないに違いない…

 それが、過剰に反応する…

 …どうして、アンタのように、知り合って、まもない人間に、そんなこと言われなきゃ、ならないんだ!

 と、つい、言いたくなる…

 まるで、イライラした子供だ…

 誰でもいいから、八つ当たりしたくなる…

 ケンカを売りたくなる…

 葉山に言われて、自分でも、考えてもいない、心の内が、わかった…

 …危ない!…

 …危ない!…

 自分でも、自分が、不安になった…

 やはり、イライラしているのだ…

 自分でも気づかないうちに、イライラが募っていたのだ…

 あるいは、やはり、今、目の前に、大場が…大場敦子がいるのが、いけないのかもしれない…

 次期総理総裁にもっとも近い、大場小太郎の娘がいるのが、いけないかもしれない…

 どうしても、比べてしまう…

 限りなく平凡で、しかも、就職先も、決まらない、私と、比べてしまう…

 これまで、22年、生きてきて、自分が、他人と比べて、劣っているとか、思っても、相手を羨んだり、妬んだりすることは、なかった…

 一度もなかったとは言わないが、滅多になかった…

 それが、今、猛烈に、大場が羨ましいと思った…

 まさに負の感情だった…

 私自身、滅多に経験したことのない、負の感情だった…

 …ヤバイ!…

 …マズい!…

 そんな感情を抱いた自分に、もう一人の私が警告した…

 …もっと、冷静でいろ!…

 …他人を羨むな!…

 そう、もう一人の自分が、必死になって、私に警告を発し続けた…

 …わかった…

 …わかった…

 私は、もう一人の自分に言う…

 …だから、心配するな…

 …私は、大丈夫だ…

 そう、もう一人の自分を納得させる…

 おかげで、私は、冷静になった…

 大場がこれから、どこへ連れてゆくか、わからないが、冷静に対応できる…

 そんな精神状態になった…

                

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