第110話
文字数 5,480文字
…面白い…
ふと、思った…
自分でも、あまりに、意外な自分の反応に、驚いた…
ヤクザやヤンキーが、大の苦手…
暴力が苦手…
危険なことが、なにより苦手な私が、危険極まりない状態に自分が、陥るかもしれないのに、その状況を楽しんでいる…
自分でも、ありえない、心の動きだった…
安全志向と言うか…
とにかく、危険なことは、避ける、いつもの自分は、どこへいったのか? とも、思う…
自分でも、自分がわからなかった…
自分の心の動きに仰天した…
そんな内心が、表情に現れたのだろう…
「…どうしたの? 竹下さん、そんな顔して…」
と、葉山が聞いた…
「…なんでも、ありません…」
私は即答する…
葉山の正体が、公安のスパイかもしれないと、気付いた今、葉山に容易に、話せない…
簡単に言えない…
考えて話さなければ、葉山に、私の行動がバレバレになる…
私の返答に、葉山は、
「…」
と、なにも、言わなかった…
少し考え込んだ様子だった…
それから、
「…竹下さん?…」
と、私に声をかけた…
「…なんですか?…」
私の返答に、葉山は少し躊躇ったが、考え込むように言った…
「…竹下さんは、少し向こう見ずなところがある…気を付けることだよ…」
「…向こう見ず?…」
あまり、言われたことのない言葉だった…
「…捨て鉢っていうのかな…やけのやんぱちって言葉があるけど、今の竹下さんに当てはまるような…」
「…どういう意味ですか?…」
「…ほら…竹下さん…失礼だけど、就活に失敗しただろ? …それで、落ち込んで、気分転換になにか、これまで経験したことのないような刺激を求めているような…」
図星だった…
あまりに、自分の心の内が、バレバレなので、驚いた…
「…どうして、そんなことがわかるんですか?…」
つい、聞いてしまった(笑)…
「…簡単だよ…誰もが、失礼だけど、竹下さんの立場ならば落ち込むに違いない…だから、憂さ晴らしというか…」
言いにくそうに、私に言った…
そう言われてみれば、二の苦も告げなかった…
まさに、その通りだったからだ…
「…人間誰しも、同じさ…同じような境遇になれば、同じような行動を取る…」
意味深な言葉だった…
そして、その言葉は意味深でもなんでもなかった…
後でなってわかったが、まもなく、この言葉が、証明されることになる…
私は、このときは、気付かなかったが、後になって、わかった…
葉山は、私になにが起きるかを、予想していたのだ…
「…とにかく、気を付けることだよ…」
葉山は、そう言い残して、私の前から去った…
私は、その後、何事もなかったように、コンビニのバイトに励んだ…
いつも以上に、一生懸命、バイトに励んだ…
なぜか、葉山の言葉が、私の胸に沁みた…
葉山は、一般論を言ったに過ぎないかもしれないが、私の心に沁みた…
やけのやんぱち…
自暴自棄…
なにもかもうまくいってない人間は、捨て鉢な気分になる…
当たり前だが、気分がむしゃくしゃしてくる…
これが、若い男のひとなら、ヤクザではないが、誰彼ともなく、わざと相手にケンカを吹っ掛けるような…
そんな憂さ晴らしをしたくなる…
そんな心境になる…
そして、そんな心境にあった私の心の内を、葉山は見抜いた…
やはり、私の行動を見ると、そんなふうに、見えるのだろうか?
そう考えると、我ながら、落ち込んだ…
たしかに、就活は、失敗した…
だから、この後、どうしていいか、わからない…
来年、大学を留年して、また就活をするか?
それとも、このまま、就職先も決まらずに、大学を卒業するか?
その二択だ…
そして、そんなことで、日々悩んでいる私の身近に、
なぜか、
次期総理大臣や
次期山田会会長、
と、いった大物政治家や、大物ヤクザがいる…
にもかかわらず、私の就職になにも関係がない…
こんな日本を代表する業界の代表が、身近にいるにもかかわらず、私自身は、就職先ひとつ決まらない…
考えてみれば、これ以上の皮肉はない…
まさに、格差…
格差社会が、ここに現れている(涙)…
同じ空気を吸い、同じものを食べたことがあるにも、かかわらず、こういった格差がある…
これは、笑うべきか?
それとも、怒るべきか?
悩ましい…
実に悩ましい…
私は、せっせと、バイトに励みながら、ずっと、そんなことを考えていた…
大げさに言えば、自分の身分とか、そんなことを考えていた…
私は、これまで、自分自身になんの不満もなかった…
平凡な家庭、
平凡な両親、
そして、
平凡な私、
と、絵に描いたような平凡な人生を送っていた…
そして、それを私自身、嫌だったことは、一度もない…
私は、自分自身の置かれた環境に、十分に満足している…
これは、今も変わらない…
大場や林のように、有名政治家の娘や大金持ちの娘と、知り合っても、だ…
あるいは、これは、私が少しばかり、変わっているのかもしれない…
世の中には、自分より、お金持ちの家に生まれたり、あるいは、自分より、学歴が高かったり、頭が良かったり、ルックスが、良かったりするだけで、信じられないほど、相手を妬んだりする人間が存在する…
どう背伸びしても、まったく歯が立たないにも、かかわらず、相手を妬む…
嫉妬する…
そして、それがエスカレートすると、相手を集団でイジメたり、相手の足を引っ張ろうとする…
私自身、そんな事例を、学校や、バイト先で、見たこともあるし、父や母からも、聞いたことがある…
要するに、学校や会社に限らず、人間が集まると、同じことが起きるのだろう…
私自身は、そんな人間を深く嫌悪するし、ああはなりたくないと、心の底から、思った…
思えば、それが、防衛本能となっているのか、自分より、優れた人間を見ても、凄いと憧れることはあっても、妬んだり、羨ましいと、思ったことは、一度もない…
そもそも、生まれた境遇が、まるで、違うのだから、妬んだり、羨ましがっても仕方がない…
私が、どう背伸びしても、佐々木希さんのような、美人にはなれないし、どんなに一生懸命勉強をしても、東大には入れない…
そういうことだ…
それが、私、竹下クミが、この世に、生まれるにあたって、神様から与えられた能力であり、それを恨んでも仕方がない…
ここに挙げた佐々木希さんだって、失礼ながら、歳を取れば、若いときほど、モテなくなるし、周囲からチヤホヤされなくなるだろう…
東大に入学しても、上には上がいるだろう…
自分が、東大で、一番になることは、普通、ありえない…
さらに言えば、東大を出ても、会社で、出世できたり、するのは別…
学歴=出世ではないし、
学歴=安定した人生でもない…
そんなことを、幼い頃より、無造作に、父や母から教えられてきて、これまで、生きてきたからかもしれない…
だから、私は、大場や林を前にしても、変に妬んだり、劣等感を感じなかったのかもしれない…
コンビニで、一生懸命働きながら、一方で、そんなことを考え続けた…
2時間後、私はバイト先のコンビニを出た…
そして、真っ先に、大場の姿を探した…
どこかで、待っているに違いないからだ…
大場は、さっき、
「…クルマよ…クルマ…クルマの中で、待っている…」
と、言ったが、以前、私も乗せてもらった、あのベンツGクラスは、駐車場になかった…
あったのは、普通のクルマばかりだった…
とりたてて、なんの変哲もない、普通の国産車…
どこにでもあるし、どこででも見かける、平凡なクルマばかりだった…
…一体、大場は、どこにいるのだろう?…
私が思っていると、その中の一台のドアが突然開いて、人が出てきた…
私は、その人物を見た…
やはり、大場だった…
私が、コンビニのバイトを終えて、この駐車場にやって来たのを、クルマの中から、見ていたのだろう…
クルマの中から、見張っていたのだろう…
そして、私は、今さらながら、やはり、以前、最初に大場に会ったときに、あのベンツGクラスに、大場が乗ってやって来たのは、演出だと思った…
演出だと、確信した…
私、竹下クミをビビらせるために、わざと、あんな大きく、ワイルドなクルマに乗って、やって来たと、確信した…
ヤンキーを気取るためだ…
ヤンキーが大の苦手な私、竹下クミをビビらせるために、わざと、あんなワイルドなクルマに乗って来たに違いない…
そして、今、あのワイルドなクルマに乗って来なかったのは、すでに、虚勢を張る必要がなくなったからだ…
虚勢=ヤンキーを気取る必要がなくなったからだ…
だから、今日やって来た服装は、以前会ったときのように、革ジャンにサングラスでもなんでもなく、普通の格好…
普通にジーンズを穿いている…
どこにもいる平凡な女子大生の格好だ…
すでに、私を脅す必要がなくなったからだ…
大場が私を見て、
「…やっと、バイトが終わったね…」
と、喜んだ…
が、私は、それに答えることもなく、
「…今日、乗って来たクルマは、以前のあの大きなジープじゃないんだ?…」
と、聞いた…
大場は、私の質問が、意外だったのだろう…
「…別に、いつも、あのクルマに乗っているわけじゃない…」
と、とっさに言った…
だが、私は追及を緩めなかった…
「…でも、どうして、今日は、あのクルマに乗って来なかったの?…」
「…どうしてって?…」
大場は戸惑った…
「…別に、なにか、理由があるわけじゃないけど、今日は、あのクルマはいいかなと、思って…」
大場が説明する…
私は、その大場の説明を信じなかった…
あまりにも、あのときと、落差があり過ぎるのだ…
あのとき会った大場と、今、目の前にいる大場は、まるっきり別人のように、ファッションが違う…
だから、当たり前だが、あのときは、なにか意図があって、あんな格好をしたのでは?
と、詮索してしまう…
疑ってしまう…
そして、その意図とは何度も言うように、私、竹下クミを脅すためだ…
脅して、自分が、優位に立つためだ…
今日、あのときと、同じ格好をしないのは、すでに、その必要がなくなったからに、他ならない…
私は、そう思った…
そう、確信した…
「…どんなクルマに乗ろうが、私の勝手でしょ?…」
大場は、口を尖らせて、抗弁する…
私は、大場のその言い訳に、
「…」
と、なにも、言わなかった…
なにを言っても、大場が、本当のことを言うはずがないからだ…
代わりに、
「…どこに行くの?…」
と、聞いた…
当たり前だ…
大場が、私と話をしたいと、いい、このクルマの中で、私を待っていたのだ…
当たり前だが、これから、このクルマに乗って、私をどこかへ連れてゆくつもりだろう…
「…それは、内緒…着いてからのお楽しみ…」
大場が笑いながら、私に告げた…
…内緒って?…
そんな言い草は、ないんじゃない?
私は、思った…
大場が昔からの知り合い…
幼馴染(おさななじみ)か、なにかだったら、いい…
しかし、最近、知り合ったばかり…
あの杉崎実業の内定で、知り合ったに過ぎない関係だ…
そんな、言わば、浅い関係の大場に、
…内緒…
と、言われて、内心、ムッとした…
と、同時に、さっき、葉山が言った、
「…竹下さん、むしゃくしゃして、自暴自棄になっているというか…」
そんなふうな言葉を思い出した…
自分でも気づかないが、自分自身が、
…尖っているのかもしれない…
…戦闘的になっているのかもしれない…
ふと、気付いた…
普段の私ならば、大場が、
…内緒…
と、言っても、ヘラヘラ笑っているか、なんとも思わないに違いない…
それが、過剰に反応する…
…どうして、アンタのように、知り合って、まもない人間に、そんなこと言われなきゃ、ならないんだ!
と、つい、言いたくなる…
まるで、イライラした子供だ…
誰でもいいから、八つ当たりしたくなる…
ケンカを売りたくなる…
葉山に言われて、自分でも、考えてもいない、心の内が、わかった…
…危ない!…
…危ない!…
自分でも、自分が、不安になった…
やはり、イライラしているのだ…
自分でも気づかないうちに、イライラが募っていたのだ…
あるいは、やはり、今、目の前に、大場が…大場敦子がいるのが、いけないのかもしれない…
次期総理総裁にもっとも近い、大場小太郎の娘がいるのが、いけないかもしれない…
どうしても、比べてしまう…
限りなく平凡で、しかも、就職先も、決まらない、私と、比べてしまう…
これまで、22年、生きてきて、自分が、他人と比べて、劣っているとか、思っても、相手を羨んだり、妬んだりすることは、なかった…
一度もなかったとは言わないが、滅多になかった…
それが、今、猛烈に、大場が羨ましいと思った…
まさに負の感情だった…
私自身、滅多に経験したことのない、負の感情だった…
…ヤバイ!…
…マズい!…
そんな感情を抱いた自分に、もう一人の私が警告した…
…もっと、冷静でいろ!…
…他人を羨むな!…
そう、もう一人の自分が、必死になって、私に警告を発し続けた…
…わかった…
…わかった…
私は、もう一人の自分に言う…
…だから、心配するな…
…私は、大丈夫だ…
そう、もう一人の自分を納得させる…
おかげで、私は、冷静になった…
大場がこれから、どこへ連れてゆくか、わからないが、冷静に対応できる…
そんな精神状態になった…
ふと、思った…
自分でも、あまりに、意外な自分の反応に、驚いた…
ヤクザやヤンキーが、大の苦手…
暴力が苦手…
危険なことが、なにより苦手な私が、危険極まりない状態に自分が、陥るかもしれないのに、その状況を楽しんでいる…
自分でも、ありえない、心の動きだった…
安全志向と言うか…
とにかく、危険なことは、避ける、いつもの自分は、どこへいったのか? とも、思う…
自分でも、自分がわからなかった…
自分の心の動きに仰天した…
そんな内心が、表情に現れたのだろう…
「…どうしたの? 竹下さん、そんな顔して…」
と、葉山が聞いた…
「…なんでも、ありません…」
私は即答する…
葉山の正体が、公安のスパイかもしれないと、気付いた今、葉山に容易に、話せない…
簡単に言えない…
考えて話さなければ、葉山に、私の行動がバレバレになる…
私の返答に、葉山は、
「…」
と、なにも、言わなかった…
少し考え込んだ様子だった…
それから、
「…竹下さん?…」
と、私に声をかけた…
「…なんですか?…」
私の返答に、葉山は少し躊躇ったが、考え込むように言った…
「…竹下さんは、少し向こう見ずなところがある…気を付けることだよ…」
「…向こう見ず?…」
あまり、言われたことのない言葉だった…
「…捨て鉢っていうのかな…やけのやんぱちって言葉があるけど、今の竹下さんに当てはまるような…」
「…どういう意味ですか?…」
「…ほら…竹下さん…失礼だけど、就活に失敗しただろ? …それで、落ち込んで、気分転換になにか、これまで経験したことのないような刺激を求めているような…」
図星だった…
あまりに、自分の心の内が、バレバレなので、驚いた…
「…どうして、そんなことがわかるんですか?…」
つい、聞いてしまった(笑)…
「…簡単だよ…誰もが、失礼だけど、竹下さんの立場ならば落ち込むに違いない…だから、憂さ晴らしというか…」
言いにくそうに、私に言った…
そう言われてみれば、二の苦も告げなかった…
まさに、その通りだったからだ…
「…人間誰しも、同じさ…同じような境遇になれば、同じような行動を取る…」
意味深な言葉だった…
そして、その言葉は意味深でもなんでもなかった…
後でなってわかったが、まもなく、この言葉が、証明されることになる…
私は、このときは、気付かなかったが、後になって、わかった…
葉山は、私になにが起きるかを、予想していたのだ…
「…とにかく、気を付けることだよ…」
葉山は、そう言い残して、私の前から去った…
私は、その後、何事もなかったように、コンビニのバイトに励んだ…
いつも以上に、一生懸命、バイトに励んだ…
なぜか、葉山の言葉が、私の胸に沁みた…
葉山は、一般論を言ったに過ぎないかもしれないが、私の心に沁みた…
やけのやんぱち…
自暴自棄…
なにもかもうまくいってない人間は、捨て鉢な気分になる…
当たり前だが、気分がむしゃくしゃしてくる…
これが、若い男のひとなら、ヤクザではないが、誰彼ともなく、わざと相手にケンカを吹っ掛けるような…
そんな憂さ晴らしをしたくなる…
そんな心境になる…
そして、そんな心境にあった私の心の内を、葉山は見抜いた…
やはり、私の行動を見ると、そんなふうに、見えるのだろうか?
そう考えると、我ながら、落ち込んだ…
たしかに、就活は、失敗した…
だから、この後、どうしていいか、わからない…
来年、大学を留年して、また就活をするか?
それとも、このまま、就職先も決まらずに、大学を卒業するか?
その二択だ…
そして、そんなことで、日々悩んでいる私の身近に、
なぜか、
次期総理大臣や
次期山田会会長、
と、いった大物政治家や、大物ヤクザがいる…
にもかかわらず、私の就職になにも関係がない…
こんな日本を代表する業界の代表が、身近にいるにもかかわらず、私自身は、就職先ひとつ決まらない…
考えてみれば、これ以上の皮肉はない…
まさに、格差…
格差社会が、ここに現れている(涙)…
同じ空気を吸い、同じものを食べたことがあるにも、かかわらず、こういった格差がある…
これは、笑うべきか?
それとも、怒るべきか?
悩ましい…
実に悩ましい…
私は、せっせと、バイトに励みながら、ずっと、そんなことを考えていた…
大げさに言えば、自分の身分とか、そんなことを考えていた…
私は、これまで、自分自身になんの不満もなかった…
平凡な家庭、
平凡な両親、
そして、
平凡な私、
と、絵に描いたような平凡な人生を送っていた…
そして、それを私自身、嫌だったことは、一度もない…
私は、自分自身の置かれた環境に、十分に満足している…
これは、今も変わらない…
大場や林のように、有名政治家の娘や大金持ちの娘と、知り合っても、だ…
あるいは、これは、私が少しばかり、変わっているのかもしれない…
世の中には、自分より、お金持ちの家に生まれたり、あるいは、自分より、学歴が高かったり、頭が良かったり、ルックスが、良かったりするだけで、信じられないほど、相手を妬んだりする人間が存在する…
どう背伸びしても、まったく歯が立たないにも、かかわらず、相手を妬む…
嫉妬する…
そして、それがエスカレートすると、相手を集団でイジメたり、相手の足を引っ張ろうとする…
私自身、そんな事例を、学校や、バイト先で、見たこともあるし、父や母からも、聞いたことがある…
要するに、学校や会社に限らず、人間が集まると、同じことが起きるのだろう…
私自身は、そんな人間を深く嫌悪するし、ああはなりたくないと、心の底から、思った…
思えば、それが、防衛本能となっているのか、自分より、優れた人間を見ても、凄いと憧れることはあっても、妬んだり、羨ましいと、思ったことは、一度もない…
そもそも、生まれた境遇が、まるで、違うのだから、妬んだり、羨ましがっても仕方がない…
私が、どう背伸びしても、佐々木希さんのような、美人にはなれないし、どんなに一生懸命勉強をしても、東大には入れない…
そういうことだ…
それが、私、竹下クミが、この世に、生まれるにあたって、神様から与えられた能力であり、それを恨んでも仕方がない…
ここに挙げた佐々木希さんだって、失礼ながら、歳を取れば、若いときほど、モテなくなるし、周囲からチヤホヤされなくなるだろう…
東大に入学しても、上には上がいるだろう…
自分が、東大で、一番になることは、普通、ありえない…
さらに言えば、東大を出ても、会社で、出世できたり、するのは別…
学歴=出世ではないし、
学歴=安定した人生でもない…
そんなことを、幼い頃より、無造作に、父や母から教えられてきて、これまで、生きてきたからかもしれない…
だから、私は、大場や林を前にしても、変に妬んだり、劣等感を感じなかったのかもしれない…
コンビニで、一生懸命働きながら、一方で、そんなことを考え続けた…
2時間後、私はバイト先のコンビニを出た…
そして、真っ先に、大場の姿を探した…
どこかで、待っているに違いないからだ…
大場は、さっき、
「…クルマよ…クルマ…クルマの中で、待っている…」
と、言ったが、以前、私も乗せてもらった、あのベンツGクラスは、駐車場になかった…
あったのは、普通のクルマばかりだった…
とりたてて、なんの変哲もない、普通の国産車…
どこにでもあるし、どこででも見かける、平凡なクルマばかりだった…
…一体、大場は、どこにいるのだろう?…
私が思っていると、その中の一台のドアが突然開いて、人が出てきた…
私は、その人物を見た…
やはり、大場だった…
私が、コンビニのバイトを終えて、この駐車場にやって来たのを、クルマの中から、見ていたのだろう…
クルマの中から、見張っていたのだろう…
そして、私は、今さらながら、やはり、以前、最初に大場に会ったときに、あのベンツGクラスに、大場が乗ってやって来たのは、演出だと思った…
演出だと、確信した…
私、竹下クミをビビらせるために、わざと、あんな大きく、ワイルドなクルマに乗って、やって来たと、確信した…
ヤンキーを気取るためだ…
ヤンキーが大の苦手な私、竹下クミをビビらせるために、わざと、あんなワイルドなクルマに乗って来たに違いない…
そして、今、あのワイルドなクルマに乗って来なかったのは、すでに、虚勢を張る必要がなくなったからだ…
虚勢=ヤンキーを気取る必要がなくなったからだ…
だから、今日やって来た服装は、以前会ったときのように、革ジャンにサングラスでもなんでもなく、普通の格好…
普通にジーンズを穿いている…
どこにもいる平凡な女子大生の格好だ…
すでに、私を脅す必要がなくなったからだ…
大場が私を見て、
「…やっと、バイトが終わったね…」
と、喜んだ…
が、私は、それに答えることもなく、
「…今日、乗って来たクルマは、以前のあの大きなジープじゃないんだ?…」
と、聞いた…
大場は、私の質問が、意外だったのだろう…
「…別に、いつも、あのクルマに乗っているわけじゃない…」
と、とっさに言った…
だが、私は追及を緩めなかった…
「…でも、どうして、今日は、あのクルマに乗って来なかったの?…」
「…どうしてって?…」
大場は戸惑った…
「…別に、なにか、理由があるわけじゃないけど、今日は、あのクルマはいいかなと、思って…」
大場が説明する…
私は、その大場の説明を信じなかった…
あまりにも、あのときと、落差があり過ぎるのだ…
あのとき会った大場と、今、目の前にいる大場は、まるっきり別人のように、ファッションが違う…
だから、当たり前だが、あのときは、なにか意図があって、あんな格好をしたのでは?
と、詮索してしまう…
疑ってしまう…
そして、その意図とは何度も言うように、私、竹下クミを脅すためだ…
脅して、自分が、優位に立つためだ…
今日、あのときと、同じ格好をしないのは、すでに、その必要がなくなったからに、他ならない…
私は、そう思った…
そう、確信した…
「…どんなクルマに乗ろうが、私の勝手でしょ?…」
大場は、口を尖らせて、抗弁する…
私は、大場のその言い訳に、
「…」
と、なにも、言わなかった…
なにを言っても、大場が、本当のことを言うはずがないからだ…
代わりに、
「…どこに行くの?…」
と、聞いた…
当たり前だ…
大場が、私と話をしたいと、いい、このクルマの中で、私を待っていたのだ…
当たり前だが、これから、このクルマに乗って、私をどこかへ連れてゆくつもりだろう…
「…それは、内緒…着いてからのお楽しみ…」
大場が笑いながら、私に告げた…
…内緒って?…
そんな言い草は、ないんじゃない?
私は、思った…
大場が昔からの知り合い…
幼馴染(おさななじみ)か、なにかだったら、いい…
しかし、最近、知り合ったばかり…
あの杉崎実業の内定で、知り合ったに過ぎない関係だ…
そんな、言わば、浅い関係の大場に、
…内緒…
と、言われて、内心、ムッとした…
と、同時に、さっき、葉山が言った、
「…竹下さん、むしゃくしゃして、自暴自棄になっているというか…」
そんなふうな言葉を思い出した…
自分でも気づかないが、自分自身が、
…尖っているのかもしれない…
…戦闘的になっているのかもしれない…
ふと、気付いた…
普段の私ならば、大場が、
…内緒…
と、言っても、ヘラヘラ笑っているか、なんとも思わないに違いない…
それが、過剰に反応する…
…どうして、アンタのように、知り合って、まもない人間に、そんなこと言われなきゃ、ならないんだ!
と、つい、言いたくなる…
まるで、イライラした子供だ…
誰でもいいから、八つ当たりしたくなる…
ケンカを売りたくなる…
葉山に言われて、自分でも、考えてもいない、心の内が、わかった…
…危ない!…
…危ない!…
自分でも、自分が、不安になった…
やはり、イライラしているのだ…
自分でも気づかないうちに、イライラが募っていたのだ…
あるいは、やはり、今、目の前に、大場が…大場敦子がいるのが、いけないのかもしれない…
次期総理総裁にもっとも近い、大場小太郎の娘がいるのが、いけないかもしれない…
どうしても、比べてしまう…
限りなく平凡で、しかも、就職先も、決まらない、私と、比べてしまう…
これまで、22年、生きてきて、自分が、他人と比べて、劣っているとか、思っても、相手を羨んだり、妬んだりすることは、なかった…
一度もなかったとは言わないが、滅多になかった…
それが、今、猛烈に、大場が羨ましいと思った…
まさに負の感情だった…
私自身、滅多に経験したことのない、負の感情だった…
…ヤバイ!…
…マズい!…
そんな感情を抱いた自分に、もう一人の私が警告した…
…もっと、冷静でいろ!…
…他人を羨むな!…
そう、もう一人の自分が、必死になって、私に警告を発し続けた…
…わかった…
…わかった…
私は、もう一人の自分に言う…
…だから、心配するな…
…私は、大丈夫だ…
そう、もう一人の自分を納得させる…
おかげで、私は、冷静になった…
大場がこれから、どこへ連れてゆくか、わからないが、冷静に対応できる…
そんな精神状態になった…