名前の世界

文字数 311文字

 名前の世界はきょうも平常運転
 わたしが垣間見た名前のない世界は
 すべて幻だったとでもいうように
 けれどわたしは確かに見た
 人にも物にも
 名前なんかなかった世界を

 ベンチに座って
 家に帰ろうとする人を眺めながら
 あの人はなぜ、こちらの建物ではなく
 あちらの建物に向かうのだろうと
 不思議に思った
 こちらの建物はあの人の家ではなく
 あちらの建物があの人の家だからだ
 そう思い込んでいるからだ
 そう決められているからだ
 なぜそうなのだろう?
 不思議だった
 不自然に思えた
 でもなにが不思議なのかを
 他人に伝える能力はなかった
 いまも

 名前の世界はきょうも予定調和
 わたしはそれを信じたふりを
 いつかやめることができるのだろうか
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