今夜、あなたは気が狂いそうだろうか

　今夜、あなたは気が狂いそうだろうか
　ぼくはそうでもないけれど
　いつかの夜は気が狂いそうだった
　明日の夜もそうかもしれない
　今夜、ぼくは気が狂いそうではない
　あなたはそうではないだろうか
　今夜、気が狂いそうなあなたは
　今夜、気が狂いそうではないだれかを
　軽蔑するだろうか
　そんな余裕もないかもしれない
　他者のことなど構ってはいられない
　他者との関係性における危機にしか構っていられない
　今夜、気が狂いそうなあなたに
　今夜、気が狂いそうではないぼくの言葉は
　まったく届かないかもしれない
　それでもいつかの夜は気が狂いそうだった
　明日の夜もそうかもしれない
　その残照と予感が与える陰影が
　ぼくの言葉に深みを刻んでくれるだろうなどという楽天的でいい気な自惚れは
　窓の外にでも投げ捨てておくけれど
　今夜、気が狂いそうなあなたに言葉が届くなら
　今夜、気が狂いそうではないぼくのいつかの夜の痛みにも
　なんらかの解釈と赦(ゆる)しを与えられるのではないかという自己本位な理由によって
　今夜、気が狂いそうなだれかに
　いつまでもなにかを語りつづけたい
　連綿と続く音楽のように
　過ぎ去らない静寂に寄り添う手助けをしてあげたい