第100話 見知らぬマダムこと、実は聴き知った声の元先輩
文字数 1,356文字
ここ最近マスク着用が常態となった今、誰が誰なのかを判断する場合口許以外を見て、と、言う事になるのもまた常態である。
人違いをするのも当然だ。
何となればAIを駆使した顔認証システムでも無い限り、人間の眼でマスクを着けた人の完璧な判別はほぼ不可能だからである。
私なんぞは街で何人もの長澤まさみや、或いは綾瀬はるかを見掛けているのだから、何をか言わんやである。
況してや私よりも年嵩のマダムともなれば、人違いする事は必定、と、思っていた昨日迄。
しかし強ちそうでは無いのだ、と、分からされた今日の私であった。
新宿迄出掛けた今日の事である。
何時もの百貨店に、何時ものタイムセールの弁当を調達すべく、惣菜・弁当コーナーへ。
辿り着き弁当を物色していると、商品棚の向う側からこちらを凝視して来るマダムが居た。
見覚えの無いマダムである。
が、しかし、暫くすると、そのマダムがこちらに近寄って来たかと思うと、私の肩を叩いて来るではないか。
マダムは人違いしているのだろうと思い、マスクを外し私が自身の顔を見せて上げようとした、その時である。
「◯◯君だよね」、と、マダムが言ったのは。
その時「ゲッ、マジで」、と、思った私。
何故なら聴き知った声だったからである。
マダムがマスクをしていたと言う事もある。
しかしそれ以上に、彼女を知人だとは思え無い特別な理由があった。
彼女が現在私の休業中の会社の先輩だとは、思えない訳が・・・・・。
否、退職なさっているから、先輩では無く元先輩になるか。
兎に角私は咄嗟に元先輩に返した。
「あ、御無沙汰致しております。
マスクで△△さんだと分かりませんでした。
失礼致しました」、と。
元先輩は定年後に嘱託でいらっしゃったのだが、職場での私の師匠のような方であった。
そんな元先輩と最寄りの喫茶店に行って、小一時間ばかり話をした。
元先輩の息子さんやお孫さんの話を聴き、また逆に私の近況を話したりして過ごしたのだが、私からは最後迄言えなかった事がある。
実は職場でも元先輩はウィッグを着けていたのだが、そのウィッグが職場に居た頃とは全く違う種類の物に変っていて、全く違う髪型の全くの別人に見えてしまったのだ。
何より現役の頃も元先輩の髪がウィッグだと言う事について触れるのは、絶対的な禁忌だったのである。
それなのに私如きが言えようものか。
例えば「ウィッグ変えました?」、であるとか、「そのウィッグの方が前のよりもお似合いですよ」、等と。
結局元先輩だと気付かなかった事を、終始マスクのせいにした私であった。
そうして久し振りに色々と話をした私達であったが、愈々潮時となり席を立って最後の挨拶を交わした直後、その元先輩がぼそりと言ったのである。
「このウィッグ評判はいいんだけど、昔と全然感じが変わったって良く言われるのよ。
今度会った時は私って分かってよね」、と。
私は胸中で再度「ゲッ、マジで」、と、思いつつも、「はい」、と、だけ返して、元先輩と別れたのであった。
と、ここで一つ。
世に「知らぬは本人ばかりなり」、と、言う
言葉があるが、正に今日それを実体験した私であった。
やはり女性は、中でも殊にマダムは、何でもお見通しなのだ、と、恐惶謹言させて戴く。
かしこ。
人違いをするのも当然だ。
何となればAIを駆使した顔認証システムでも無い限り、人間の眼でマスクを着けた人の完璧な判別はほぼ不可能だからである。
私なんぞは街で何人もの長澤まさみや、或いは綾瀬はるかを見掛けているのだから、何をか言わんやである。
況してや私よりも年嵩のマダムともなれば、人違いする事は必定、と、思っていた昨日迄。
しかし強ちそうでは無いのだ、と、分からされた今日の私であった。
新宿迄出掛けた今日の事である。
何時もの百貨店に、何時ものタイムセールの弁当を調達すべく、惣菜・弁当コーナーへ。
辿り着き弁当を物色していると、商品棚の向う側からこちらを凝視して来るマダムが居た。
見覚えの無いマダムである。
が、しかし、暫くすると、そのマダムがこちらに近寄って来たかと思うと、私の肩を叩いて来るではないか。
マダムは人違いしているのだろうと思い、マスクを外し私が自身の顔を見せて上げようとした、その時である。
「◯◯君だよね」、と、マダムが言ったのは。
その時「ゲッ、マジで」、と、思った私。
何故なら聴き知った声だったからである。
マダムがマスクをしていたと言う事もある。
しかしそれ以上に、彼女を知人だとは思え無い特別な理由があった。
彼女が現在私の休業中の会社の先輩だとは、思えない訳が・・・・・。
否、退職なさっているから、先輩では無く元先輩になるか。
兎に角私は咄嗟に元先輩に返した。
「あ、御無沙汰致しております。
マスクで△△さんだと分かりませんでした。
失礼致しました」、と。
元先輩は定年後に嘱託でいらっしゃったのだが、職場での私の師匠のような方であった。
そんな元先輩と最寄りの喫茶店に行って、小一時間ばかり話をした。
元先輩の息子さんやお孫さんの話を聴き、また逆に私の近況を話したりして過ごしたのだが、私からは最後迄言えなかった事がある。
実は職場でも元先輩はウィッグを着けていたのだが、そのウィッグが職場に居た頃とは全く違う種類の物に変っていて、全く違う髪型の全くの別人に見えてしまったのだ。
何より現役の頃も元先輩の髪がウィッグだと言う事について触れるのは、絶対的な禁忌だったのである。
それなのに私如きが言えようものか。
例えば「ウィッグ変えました?」、であるとか、「そのウィッグの方が前のよりもお似合いですよ」、等と。
結局元先輩だと気付かなかった事を、終始マスクのせいにした私であった。
そうして久し振りに色々と話をした私達であったが、愈々潮時となり席を立って最後の挨拶を交わした直後、その元先輩がぼそりと言ったのである。
「このウィッグ評判はいいんだけど、昔と全然感じが変わったって良く言われるのよ。
今度会った時は私って分かってよね」、と。
私は胸中で再度「ゲッ、マジで」、と、思いつつも、「はい」、と、だけ返して、元先輩と別れたのであった。
と、ここで一つ。
世に「知らぬは本人ばかりなり」、と、言う
言葉があるが、正に今日それを実体験した私であった。
やはり女性は、中でも殊にマダムは、何でもお見通しなのだ、と、恐惶謹言させて戴く。
かしこ。