第60話 マスク万足し客こと、その万足しを忘れたお客

文字数 1,360文字

 今日熱帯魚屋さんに行く往路での事、自宅近くに施設された遊歩道を歩いていると、人魚のブロンズ像に誰か知らないがマスクを着けてやっていた。
 微笑ましくて何となく笑ってしまったのだが、しかしこれが昨年マスク不足で供給量が切迫している時であったら批判もあったろう。
 ところがマスク供給量が充分に需要を満たしている今、街中には到る処に、「これマスク着ける必要有る?」、と、首を傾げる事が往々にしてあるのだ。

 例えば小売店のショーウィンドウに飾られている縫いぐるみにマスクが着けられていたり、マスクショップでヘッドマネキンにマスクが着けられていたりするパターンである。
 まぁ、マスクショップでヘッドマネキンにマスクが着けられているのは理解出来る。
 何となれば必要性は無くとも、ディスプレイするにはそれが最適だからだ。
 
 ところが先日レディースのカジュアルウェアショップの店頭で、何とマスクをしたマネキンが動いたのである。
 偶然その前を通り掛かった私は、一瞬ハッ、と、なったが、良く見ればマネキンと同じ服を着たショップ店員さんだった。
 ホッ、と、胸を撫でおろした私だったが、その日はそれで済まなかったのである。
 
 熱帯魚屋さんで買い物を済ませた後、新宿でワイシャツを物色しようとスーツショップに立ち寄った時の事、何とマスクを着けているマネキンが居るではないか。
 しかも数有るマネキンの中で一体だけ。
 ひょっとするとトータルコーディネートか何かなのだろうか?
 何故そのマネキンにだけマスクが着けられているのか、その理由がどうにも知りたくて、私はそこの店員さんに訊いてみる事にした。
 と、女性店員さんの曰く。

「あっ、それウチがやったんじゃないんです。
 すいません。
 実はご試着の際に邪魔になるからと仰って、そのマネキンにマスクを着けられるお客様がいらっしゃるんです。
 調度良い場所なんでしょうかねぇ。
 別にその為に置いてる訳じゃないんですけれど、このマネキン何だかお客様に人気があるみたいで」、と。

 私に微笑み混じりでそう応じると、首を巡らせて辺りを見渡す女性店員さん。
 どうやら彼女は、マスクを着けたお客が居ないか探しているようだった。
 とは言え辺りには私以外の客は居ない。
 直後その女性店員さんはレジの処迄行き、ビニール袋を取って戻って来た。
 次いでマネキンからマスクを外すと、その持って来たビニール袋の中に綺麗に折り畳んで仕舞い込んだのである。
 訊けば忘れ物として数日預かった上で、持ち主が現れ無い事を確認してから捨てるらしい。

 何と念の入った対応。  
 感じ入った私は、元々物色するだけで買うつもり等無かったのだが、結局そこでワイシャツを買ってしまった。
 と、女性店員さんが包装してくれている間、マスクが着けられていたマネキンを改めて見てみると、マスクを預けておくのに何とも都合が良い場所に置かれているのである。
 誰かは知らないが、そのマネキンにマスクを着けたお客の気持ちは分かる。
 しかし忘れるのは良くない。
 店に取っては迷惑な話だ。

 ここで一つ。
 万引きは勿論犯罪であるが、万引きならぬ「万足し」も迷惑行為になる。
 仮にマスクの「万足し」をした人は、必ず忘れないように持って帰って貰うように、恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。
 
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