第70話 マダムとJKのコンビこと、絶妙に息ピッタリなコンビ

文字数 1,695文字

 エピソードのネタが完全に枯渇し書くことが無くなった私は、最早番外編の笑えないネタを書くしかないと思い定めた今日。
 番外編を或る程度書いた私は、気晴らしに弁当でも買いに行くか、と、何時もの新宿の百貨店に向かった。
 元々雨に降られながらの往路であったが、新宿に着いた処で糠雨が豪雨へと変わり、私は駅から先へ進めず雨宿りを余儀なくされた。
 何時もの百貨店迄後少しの処だったので、雨に降られながらでも先へ進もうかと思ったのだが、どうにも先へ進めない程の豪雨。
 しかし何ともそれが幸いした。

 諦めて雨宿りをする私以外の数人の人達は、その商業施設の軒先でスマホを弄っていた。
 雨宿りをする人達を眺めていたのは私だけ。
 ネタが尽きた私は悪足掻きだと思いながらも、椿事の到来を乞い願っていたのである。
 と、そこへ雨の中だと言うのに、純白のシースルーのレースで全身を覆われた出で立ちの女性が、軒先の一番前で雨宿りを始めた。
 スカート丈が短いだけで宛らウェディングドレスのようでもある。
 着けているマスクでさえ、白に銀糸で刺繍の施されたお洒落マスクだった。
 後程ググってみて分かったのだが、そう言ったワンピースの事を、「シースルーワンピース」だとか、「チュールレースワンピース」、とか言うらしい。
 最近10代〜20代の女性が着ているのを街で良く見掛けるが、何と言っても今日は雨だ。
 余程先を急ぐのか雨足が緩むのを待ち切れない様子で、天を仰ぎながら今にも走り出しそうな勢いでハイヒールの脚でトントンと足踏みを始めた彼女。
 恐らくは彼氏と待ち合わせしているのだ。

 そんな中私の直ぐ前で雨宿りしていた70代と思しきマダムが、徐にハンドバッグから取り出した眼鏡を掛けた。
 マダムの横にはお孫さんなのか、恐らくはJK(女子高生)だろう女子の後ろ姿。
 と、白いワンピースの女性が突然ワンタッチの傘を開いたと思うや、全身を覆う純白のレースを揺らせながら雨の中へ飛び出して行った。

 すると私の直ぐ前に居たマダムの曰く。
「アラ、やだ私ったら。
 あのお嬢さんのドレスって、あぁ言うデザインだったのね」
 JKのお孫さんが優しく応じる。
「ん?あぁ、さっきのシースルーのワンピね」

 二人共マスク越しでの会話なので互いに耳元で話しているのだが、私は真後ろに居るので聴き耳を立てずとも思いの他良く聴こえた。

 マダムは苦笑混じりに続けた。
「最近また眼が遠くなって来たからかしら、私ったらずっとさぁ、釣り用の、ほら、虫除けの網あるでしょ。
 お爺さんが釣りの時に何時も被ってるのよ。
 あのお嬢さん何で虫除けの網なんか被ってるのかしらって、ずっと思ってたんだけどね。
 夏なら分かるんだけど今の季節には少し早いでしょ、虫除けのネットは?」
 爆笑した直後JKのお孫さんが即応する。
「お婆ちゃん、季節の問題じゃないし。
 第一虫除けネットじゃないから。
 怒られるよ」

 暫く堪えていたのだが、そのJKのお孫さんの強めの言葉が漫才の突っ込み宜しく、ついつい噴き出してしまった私。
 直後マダムとJKが私の方を振り返った。
 こうなるともうひと突っ込みしなければなるまい、と、私は返した。
「あと新宿だと釣り堀とかも無いんで、釣りは無理ですね」、と。
 直後三人で大爆笑した後小雨になったので、
私は一礼をしてマダムとJKのお孫さんと分かれた。
 
 その後ややあって私は今日の僥倖に感謝すると共に、何とも言い様の無い敗北感に打ち拉がれたのだ。
 そうなのである。
 ネタが枯渇し必死だった私とは対照的に、マダムは無意識に一瞬で大爆発を齎したのだ。
 何と言ってもチュールレースのワンピースを虫除けネットとは先ず連想出来ないし、何よりJKのお孫さんの突っ込みが絶妙。
 と、言って悔しがっても勝てる訳ないか。
 そこで今後は今日の二人に限らずマダムとお孫さんの二人組と見るや注視し、利用させて戴ける場合はとことん利用させて戴く事にする。

 ここで一つ。
 チュールレースのワンピースを着た女性と話す機会があったとして、間違っても虫除けネットとか言わないよう恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。
 
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