第7話 おにぎり女子こと、3時のヒロインかなでちゃん激似ゴスロリ女子

文字数 2,724文字

 年が明け今年の新年早々事務仕事に出勤する為の往路で、JRに乗った時の事である。
 車両の端に設置された3人掛けの優先座席に、1人で腰掛けているゴスロリ女子が居た。
 ガラ空きなら分かるのだがそこそこ混み合っているのに、1人とは何故か?
 厳密に言うと1番端には天井から仕切り棒が通っているので、流石にそのスペースに侵食する事は出来ないのだが、3人掛けシートの2人分のスペースを1人で占領していたのだ。
 それでなくても仕切り棒で仕切られた1人分のスペースは狭くて窮屈そうなのに、そのゴスロリ女子のせいでより窮屈に見えるのである。
 とにかくそのゴスロリ女子のポッチャリ具合が半端ではなく、あの3時のヒロインのかなでちゃんを彷彿とさせる。
 いや、かなでちゃんよりも尚ポッチャリしているのでは、と、思えた。 
 そこで私はそのゴスロリ女子がかなでちゃん本人なのかを確かめるべく咄嗟にスマホでググったのだが、画像によると髪の毛が現在のかなでちゃん本人よりも長く、顔も微妙に違った。
 お蔭でそのゴスロリ女子がかなでちゃん本人でない事は確認出来た。
 かなでちゃんの体重は105キロらしい。
 と、言う事は少なくとも105キロはある。
 またそのゴスロリ女子はピンクのコートを着て、フリフリのパニエが入ったようなスカートを履き、真っ赤なリボンの一杯散りばめられたニーハイソックスを履いていたのだ。
 そんな出で立ちのゴスロリ女子が、105キロ級のポッチャリさんなのである。
 なるほど窮屈そうな仕切り棒の向こう側に誰も座らない筈だ。 
 と、そこ迄確認した上で私は、ライターの性(さが)からなのか、或いはネタを追い求める者の好奇心からなのか、勇気を出して仕切り棒の向こう側に身体を滑り込ませた。
 丁度このエッセイを書こう、と、決意した直後だと言う事もあった。

 そして私はゴスロリの服屋さんって凄いな。

 と、思った。
 何となればかなでちゃんサイズも揃えているのだから。
 そうしてゴスロリ服のサイズの豊富さに感心する事頻り。
 私は感心しつつ横目でゴスロリ女子を注視し始めた。
 すると彼女はスマホを弄る手を片時も止めない事が判明。
 ラインなのかツイッターなのか、或いはインスタグラムか。
 恐らくSNSの類いであろう。
 ずっとスマホを弄り続けているのだ。
 それでは手も足も出ない。
 まさか画面を覗き込む訳にもいかず、大したハプニングも無いまま、その日の私の勤務先最寄り駅に着いてしまった。
 結局収穫なしか、と、席を立とうとした時、何とそのゴスロリ女子も降りようと席を立つではないか。
 これはツイている。
 勤務開始時間迄少し余裕があったので、私が少し離れた場所からツケようと決意した直後、彼女はエレベーターの前で立ち止まった。
 ホームから改札へと通じるエレベーターなのだが、お年寄りや子連れのお母さん達も居てかなりの人がエレベーターを待っている。
 それなのに彼女は・・・・・。
 20代で大きな荷物も無く、エレベーターを待っているのは彼女だけなのだ。
 私は胸中に呟いた。

「階段使おうよ。だから105キロなんだよねぇ」、と。

 しかしそこで諦める訳にもいかず私はそのゴスロリ女子と共に、彼女の真後ろでエレベーターを待つ事にした。
 エレベーターが到着し私の目の前で彼女が乗りこみ、次いで私もエレベーターの中に一歩足を踏み入れた時の事、刹那プーッと警告音のブザーが鳴ったのである。
 そうなのである。
 彼女にではなく、私に対して警告音が鳴ったのである。
 つまり彼女の重さで彼女に対してではなく、私に対して警告音が・・・・・。
 仕方なく私が降りると、エレベーターのドアは無情にも閉まった。
 その後直ぐに追い掛ければ良かったのだが、警告音に気を取られ、ボーッ、と、次にエレベーターが降りて来るのを待ってしまったのだ。
 ご存知の通りホームから改札口へのエレベーターは遅い。
 やがてゴスロリ女子を追い掛けていた事にハタと気付き、急いでエレベーターを待つ列から離れ、階段を駆け上がって改札口へ向かった。
 そして改札口迄到達しエレベーターの昇降口を見遣ったが、やはり時既に遅し。
 ポッチャリゴスロリ女子は影も形も無く、私は項垂れながら改札口近くの「おにぎり屋」さんへと向かう事にした。
 勤務先では弁当よりおにぎりの方が食べ良いし、何より私はそこの海老天のおにぎりが大好物なのである。
 私は溜息を吐きつつ、改札口の向こう側の「おにぎり屋」さんの方を見遣った。
 と、すると、何とあのピンクのコートが、その「おにぎり屋」さんの間口を席巻する勢いで屹立しているではないか。
 これは僥倖である。
 急いで改札口を駆け抜け、ピンクのコートの真後ろに並んだ。
 そして彼女の言葉に聞き耳を立てた。 
 すると彼女は、

「すいません。その海老天のおにぎり全部下さい」、と、言った。

 私は彼女に追い付いた事で希望に胸を弾ませていたので、彼女のその言葉の意味する処が暫く分からずに居た。
 その言葉を聴いた直後割と高い声だな、と、彼女の声のトーンばかりが気になったのだ。
 待つ事数分彼女が支払った金額を後ろで聴いていて、その金額に仰天した事もある。
「全部で3850円です」、と。
 ざっと勘定して10個以上の金額だ。
 え、家族何人居るの?
 つか、1人で食べるの?
 そして「おにぎり屋」さんの店員が、海老天おにぎりの前に札を立てる時に到り、私は漸く気付いたのだ。
 彼女のせいで私の好物の海老天おにぎりが総て売り切れた事を。
 そうなのである。
 立てられたのは「売切れ」の札だったのだ。
 何とした事か。
 会計を済ませた「おにぎり女子」がその場から立ち去り順番が廻って来た時、私は店員さんに海老天が欲しかったが売り切れたので買うのを止める旨を伝えた。
 申し訳なさそうに謝罪する店員さんに大丈夫です、と、告げた後、本来ならおにぎり女子を追うべきだったが、私は好物の海老天に有り付けないショックで「おにぎり女子」どころではなくなったのである。 
 最早あのかなでちゃん激似の「ゴスロリ女子」は、私に取って恨み募る「おにぎり女子」でしかないのだ
 やはり、と、言うか、必然的に、と、言うか、何時の間にか私は「おにぎり女子」を見失っていた。
 致し方なくコンビニでおにぎりを買うしかない、と、駅構内に在るコンビニに向かった。
 と、コンビニに入ると何と、そこにもまたあのピンクのコートが屹立しているではないか。
 居たのはやはりおにぎりコーナーであった。

 恐るべし「おにぎり女子」!

 その日の私の勤務先での夕食がサンドウィッチになった事は、言う迄もない事実である。

 
 
 
 
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