第3話 志穂美写真集おじさんこと、俺も写真集出してるぜおじさん

文字数 1,156文字

 去年のクリスマスに新宿迄行った時のこと。
 滅茶苦茶変なおじさんが大声で何かを喚き散らしながら歩いていた。
 恐らくアル中で頭の線が切れた人だと思う。
 まあ、そんな変な人が何を言っているかを聞き取っていたのも自分だけだとは思うのだが、何とも内容が奮っていた。
 黒縁眼鏡で野球帽を被り滅茶苦茶汚れた服を着ていて、浮浪者か或いは単に暫く風呂に入っていないのか定かではないが、とにかく挙動不審なのだ。
 年齢は60代後半から70代で、その変なおじさんの大声で曰く。
「志穂美悦子が写真集出してるけどよぉ、俺だって出してんだよ。写真集くらいわよぉ!」
 これは、凄い。
 その変なおじさんだが、どう見ても写真集を出せる容姿ではない。
 強制的に風呂に入れ垢を落とし眼鏡を取ってみた処で、それは同じだろう。
 またお若い方は志穂美悦子をご存知無いかもしれないが、長渕剛の奥さんで現在65歳。
 確かに写真集は出していたのだろうが、それって何年前の話なのか?
 軽く見積って30〜40年前の話だ。
 ひょっとするとその変なおじさんの記憶は、30〜40年前で止まっているのだろうか。
 或いは記憶の中では自身が写真集を出したことになってしまっているのだろうか。
 そしてその妄想と現実が入り混じって混線してしまった記憶を、30〜40年もの長きに亘って言い続けているのだろうか、と、思った。
 街行く人は皆避けて通っていた。
 無論自分もだ。
 と、その変なおじさんから遠ざかって暫く経ったとき、或ることがふと脳裏を過ぎった。
 その変なおじさんが今コロナに感染したらどうなるのだろうか、と。
 勿論マスクなどしていなかったし、先ずは重症感染者になり、やがては・・・・・、と、考えると、凄く怖くなった。
 助けて上げるべきか。
 警察に言って保護して貰った方が良いのか、どうしよう、と・・・・・。
 そんな事を考えながら再びその変なおじさんの処迄、再び急いで駆け戻った。
 するとそこにはまだその変なおじさんが居て、あいも変わらず、「志穂美悦子が写真集出してるけどよぉ、俺だって出してんだよ。写真集くらいわよぉ!」、と、大声で喚いている。
 同じことを喚きながら、同じ場所を何度も周回しているのだった。
 やはり周囲には誰もいない。
 してみると、それ以上のソーシャルディスタンスは無いではないか。
 それにアル中のせいかもだが血色も良い。
 元気そうだ。
 通報するのは止めた。
 しかし気になるのはおじさんの写真集だ。
 過去はイケメンで写真集を出したモデルか俳優だったとしたら・・・・・否、それは無い。
 うーん。
 今の私としてはその写真集の存在より、先ずはあの変なおじさんの自宅が存在するのかどうか、或いは存在するとしたらそれが何処なのか、その方がずっと気になる。
 全く以て謎だ。
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