第71話 ブカブカパンツの女子こと、執念の女子

文字数 2,236文字

 緊急事態宣言が解除された当日の今日。
 新宿の街には何時もより多くの人出。
 これは期待出来る、と、昨日からこのエッセイに書くネタが枯渇していた私は、胸を弾ませて数時間に及び新宿の街を彷徨い歩いた。
 ところがそう言う時に限って、ネタらしいネタが何も拾えない。
 骨折り損の草臥れ儲けである。

 遂に今日こそ番外編で繋ぐしかないか。
 と、諦めて夕方の5時半頃チェーンのコーヒーショップに入ったのであった。
 ブレンドコーヒーを乗せたトレーを持って一番奥の二人掛けの席へ。
 一人掛けの席も空いていたが、歩き疲れた私はゆっくりしたかったので迷わずそこに。
 コーヒーを2〜3回啜ったであろうか、暫くして二人組の女性が入って来た。
 二人は10代後半〜20代前半と言った処。
 或いは女子、と、言うべきか。
 一人はミニスカート、一人はショートパンツの、スタイルの良いギャル系の二人。
 着けているマスクも一人が赤で一人が黒と言った具合で、典型的なギャル系。
 その二人組が席を物色していたのだが、何と言っても二人掛けは満席だ。
 緊急事態宣言中には結構空席が有ったのだが、解除された途端にこれか。
 とは言え幸い一人掛けの席は空いていた。
 私は彼女達に、「どうぞ」、と、小さく声を掛け一人掛けの席に移動。
 ギャル二人組はぺこりとこちらに頭を下げ、私の座っていた席へ。

 直後ショートパンツの女子の方が言った。
「ちょっとトイレではいてくる」、と。

 聴き耳を立てずとも、彼女達の会話は充分に聴こえてくる距離だ。
 私はこの時の彼女の「はいてくる」を、「吐いてくる」、と、思ったのである。
 多少イントネーションに違和感は有ったが、
トイレに行くのだから当然「はく」=「吐く」だろう、と、高を括っていた。
 但しその割には顔色は悪く無かったのだが。
 やがてショートパンツの女子がトイレから出て来た時に、私の感じた違和感が気のせいではなかった事が証明された。
 何故ならショートパンツの女子の、「はく」は「吐く」ではなく、「履く」だったからだ。
 何とロングバンツを履いて出て来たのだ。
 しかもサイズが大き過ぎるのか、ブカブカでズレ落ちる寸前になっている。
 その有様と来たらブカブカのロングパンツがズリ落ちないように、彼女が自身の片手で吊り上げて持っている状態なのだ。
 その意図たるや全くの謎ではないか。

 コーヒーを飲み終えた私は店を出るべくトレーを手に立ち上がり掛けていたのだが、俄然興味が湧いて来たので再び腰を下ろした。
 それでこそ席を譲った甲斐があると言うものだ、と、私はスマホを弄るふりをして二人の話に聴き入った。

 ブカブカのロングパンツの女子が席に戻ると、連れの女子が苦笑混じりに言った。
「マジでやる気なの?」
 即応するブカブカパンツの女子。
「当たり前でしょ。
 あんな男絶対許せないから」
 今度はあからさまに笑う連れの女子。
「てか、脱げちゃうよ」
 口元を揺める連れの女子に反し、真剣な表情のブカブカパンツの女子。
「大丈夫ショーパン履いたままだから。
 何処で脱げても平気」

 と、以下に以降の二人の会話を要約する。

 緊急事態宣言の解除された今日、満を持して合コンが開催されるらしいのだが、そこにはブカブカパンツの女子の元彼が来るのだそうだ。
 何とブカブカパンツの女子は、ダイエットの結果35キロ減に成功したらしい。
 元彼と別れた理由迄は聞けなかったが、恐らく彼女が太っていた事が原因なのだろう。
 10日程前連れの女子に合コンの話が舞い込んだらしく、その相手の中にブカブカパンツの女子の元彼が居る事を連れの女子が発見。
 ところが元彼はブカブカパンツの女子がダイエットに成功した事を知らない。
 そこで合コンの女子側幹事である連れの女子にブカブカパンツの女子が指示を出し、彼女の痩せた姿の写真を合コンメンバーとして男子側の幹事に送ったらしい。
 すると元彼が、「その娘可愛いね」、とか、口が避けても言ってはならない事を言っていたらしい事が判明。  
 その上彼女が元カノだとは全く気付かなかったのだそうた。
 それを聴いて怒り狂ったブカブカパンツの女子は、彼女が元カノだと元彼に知らせずに合コンに参加する事を決意。
 予定では元彼に会ったら、昔プレゼントされたブカブカパンツをその場で脱いで彼の顔面に投げ付け、「それ返すわ」、と、吐き捨てて帰るのだそうだ。
 無論元彼はその事を何も知らない。
 今から男子側メンバーと共にこの店へ来るらしい。

 彼女達の話を聴いた私は興奮し過ぎて、スマホのバッテリーが切れ掛けているのに気付かなかった程だ。
 と、ややあって連れの女子に電話があり、元彼達は一足先に現地の居酒屋さんに行っているとの事。
 まぁ、ブカブカパンツを投げ付ける現場を見られなかったのは残念だが、今日もこうしてエッセイが書けたのもブカブカパンツの女子のお蔭、否、元彼のお蔭か。
 やがて二人のギャルの処へもう二人のギャル系女子が合流し、後から来た二人はドリンクも何も注文せずに四人で席を立ったのである。
 私は四人が店を出て行くのを見送った。
 その際一番後ろのブカブカパンツの女子が、パンツの内側に安全ピンを打ちながら出て行くのが印象的だった。

 と、ここで一つ。
 気に恐ろしきは女の執念である。
 今回は「女の執念岩をも通す」の理ならぬ、「女の執念LLサイズだったのにSサイズをも通す」、の理は確かに有る、と、恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。
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