第90話 ペーパーバッグをブラブラさせる女性こと、助けざるを得ない女性

文字数 1,704文字

 今日の事である。
 明日からまん延防止等重点措置が適用される東京23区では、またぞろ飲食店が午後8時の閉店になってしまう。
 せめても午後9時迄居れる今夜、日曜の夜であっても新宿の街には相応の人出があった。
 感染対策上褒められた事では無いが、情に於いては忍び無い事と言えよう。

 そんな今夜私は何時ものように、新宿の百貨店でタイムセールの弁当を買いに行った。
 日曜は買い物ポイントが2倍付くのだから、行かぬ手は有るまい。
 その復路での事、時間は午後7時を少し過ぎた頃だったと思う。

 と或る商業ビルの玄関で一組のカップルと対峙するようにして、20代と思しき女性がペーパーバッグを手にブラブラさせていた。
 振り回す程では無かったものの、ペーパーバッグにはかなりの負荷が掛かっているのが見て取れた。
 手持ち無沙汰を紛らす為なのだろうが、何とも危なっかしい。
 女友達が彼氏と居る処にでも出会したのだろうか。
 してみるとそんなに早く立ち去る訳にも行かないが、逆に長居して邪魔になるのも嫌だと言った処か。
 ペーパーバッグのブラブラは、その事をボディランゲージに表したようでもある。

 と、私が擦れ違った刹那、その20代と思しき女性のブラブラさせていたペーパーバッグが突然破れ、バラバラと音を立てて辺りに勢い良く中身が散らばったのだ。
 私は為す術も無く立ち止まるばかり。
 直後カップルと20代女性の3人で、辺りに散らばった中身を拾い始めた。
 が、しかし、ペーパーバッグに入っていた中身が多過ぎて、その女性が肩から提げていたショルダーバッグにはとても収まりそうに無い。

 暫く眺めていた私であったが、実はタイムセールの弁当を買いに行く際手提げバッグの中には常に、「某ベルギー産有名チョコレートメーカー」のペーパーバッグを忍ばせているのだ。
 女子にも人気のお洒落系ペーパーバッグで、私はエコバッグの代わりにしているのである。
 しかし今日は小さめの弁当を購入した為、ペーパーバッグは未使用なのだ。
 ここはペーパーバッグを差し出すしかない。

 断っておくがそのペーパーバッグを破った女性がスタイル抜群で、マスク越しにも美形だから、私のペーパーバッグを差し出そうと思った訳では無い。
 単に人助けなのである。

 私は散らばった中身を拾い終わるタイミングで、ペーパーバッグを差し出しながらその女性に言った。

「よかったら、これ使って下さい。
 自分は今日使う用事がないんで」

 中腰の彼女は私を見上げながら応じた。
「えっ、でも悪いです」

 私はペーパーバッグを差し出したまま、彼女の言葉に押し被せた。
「大丈夫です、どうぞ」

 直後傍に居たカップルが声を揃えて言った。
「お言葉に甘えたら」

 微笑んだ彼女は立ち上がりながら応えた。
「ありがとうございます。
 本当に助かります」

 私はペーパーバッグを手渡した後に告げた。
「そんな気にしないで下さい」
 そうして私は颯爽とその場を去った。
 やはり、と、言うか、ペーパーバッグを手渡した時の彼女は、マスク越しにも美しかった。

 その後スーパーに立ち寄った時の事。
 当初は単に人助けなのであると豪語していた私だが、あれが「頭の禿げ上がったオジさん」であったなら、果たしてペーパーバッグを差し出したであろうか、と、考えると、多分そんな事はせず通り過ぎていたのかも知れない。
 否、かも知れないではなく、絶対通り過ぎていた。
 何故なら私がペーパーバッグを手渡した美形の女性に対して、「自分は今日使う用事がないんで」、と、言った事は嘘だったからである。
 スーパーに寄る予定があったのだ。
 つまりエコバッグ代わりのペーパーバッグが無ければ、3円出してレジ袋を買わなければならないのは自明だったからである。
 連絡先を訊けた訳でも無く、次に会う約束をした訳でも無いのに、唯格好付ける為にだけみすみす3円損をしたのだ。
 阿呆な自身を呪うしかない私なのであった。

 と、ここで一つ。
 お出掛けの際エコバッグやペーパーバッグの類いは、必ず2つ以上持って行かれる事をお薦めする。
 重ねて備え有れば憂い無しなのである、と、恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。

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