第20話 ハイキング帰りの母娘こと、実はプラスワンな母娘
文字数 2,191文字
昨年の秋口だったと思う。
コロナ禍とは言えその日は秋晴れの日曜と言う事で、私の乗ったメトロの車内にはデニムにスニーカーと言った出で立ちの人がチラホラ。
とは言えコロナ禍に加えて日曜と言う事も有り、車内はほぼガラガラと言った状態。
労せずして殆どの乗客が着席出来ていた。
無論私も座っていたし、向かいのシートにはペアルックであろう色違いのセーターを着た母娘と思しき二人が並んで座っていて、仲良く談笑していた。
足元も同じブランドの色違いのスニーカーを履いているし、ご丁寧に縁ありの帽子迄同じ感じなのだ。
ハイキング返りのように見受ける。
そんな母娘をたとえば30代の母親と小学生の二人、と、思われた方も多数いらっしゃるかと思う。
しかしもしそうだと思っているなら、残念。
私のエピソードにそんな微笑ましい母娘が登場する訳はないのである。
実際は50代〜60代の母親と20代後半から30代の娘、と、言ったところか。
マスク越しで顔こそ分からないものの、目許で凡その年齢は分かる。
それにその互いの目許こそが、彼女達を明らかに母娘だと決定付ける証拠となっていた。
しかしこれは由々しき事態なのである。
何が言いたいかと言うと、娘の方はとっくに片付いていてもおかしくない年齢なのに、秋晴れの日曜に彼や旦那とではなく、母親とペアルックでピクニックをしているのだから、これ以上の由々しき事態は無いのだ。
何となれば適齢期を既に過ぎた娘が、今母親とペアルックでピクニックをしている危機的状況をその母親自身が危機と認識しておらず、しかも娘も母親と同様能天気にもその母親と談笑しているのだから。
私の本業の職場に居る、一番仕事が出来てキャリアも一番の女性に以前聴いた事がある。
容姿もいい彼女が一人身だと知り、何故独身なのかが不思議でその事を訊くと、理由は到ってシンプルだが納得の行くものだった。
「母と仲が良過ぎるんですよね、私って。
それに実家から出た事ないんですよ。
買い物やら何やらついつい一緒に過ごしちゃって、で、こんななっちゃったんです」、と。
理由はそれだけでは無いにしても、至極納得の行くシンプルな理由だ。
確かにネット検索してみても、上手く「母」と「娘」の関係を保てず、母親が心配性の女友達化している実家女子の場合、娘が結婚出来ないケースが多いらしい。
その仕事の出来る彼女の曰く。
「でも、良い事もありますよ。
将来オレオレ詐欺に合う事はないですから」
と、二人で大笑いしたのだが、良く良く考えるとそれって笑っていいのか、と、言う自虐ネタではないか。
その仕事の出来る女性同様、将来オレオレ詐欺に合う事のなさそうな娘が、今私の眼の前でその事を知らずに談笑しているのだ。
何とした事か。
思うに実家暮らしなのだろう。
うーん。
そうしてその母娘の事で複雑な心境の私。
と、その時である。
突然今迄気付かなかった風変わりな人が、私の視界の中に飛び込んで来たのだ。
向かいのシートに座るその母娘からかなり離れた距離にポツンと一人座っている男性が居たのだが、その人が履いていた黒いウエスタンブーツの泥をポンポン、と、払ったのである。
視界に飛び込んで来た理由は泥を払った事と言うより、その黒いウエスタンブーツとそれを履いている男性の年齢に、余りにもギャップを感じたからである。
マスク越しにも優に60歳は越えているだろう事が分かる。
或るいは60代後半かも知れない。
それなのに黒いウエスタンブーツなのだ。
況してやライダースジャケットにデニムの出で立ちで、髪の毛は染めているのだろうか黒々としている。
凄くロックなおじさんなのだ。
或る意味格好良い。
見渡せば向かいのシートに座っているのは、母娘とそのロックなおじさんだけてはないか。
よくもまあこんなにもジャンルの違う人達が、同じシートに並んだものだ、と、感心する事頻り。
と、良く見るとウエスタンブーツに付いた泥と同じような泥が、仲良し母娘のスニーカーにも付いているではないか。
その際『まさかなぁ、まさかロックなおじさんは、この母娘と関係ないよなぁ』、と、胸中に呟いた私。
直後銀座駅に着いたのか車内アナウンスと共に、駅の構内の風景が私の視界にも開けて来るのを見て取った。
と、その時である。
立ち上がった娘がそのロックなおじさんに視線を送り、離れた場所から告げた。
「お父さん降りるよ」、と。
私は唯々、『えーっ、マジでぇっ!』、と、胸中に呟き、眼を点にしたままでプラスワンな母娘が扉から出て行くのを見送った。
扉が閉まり車両が駅を離れ出した時の事。
『しまった! 後を付ければ小説のネタを拾えたかも知れないのに』、と、胸中で後悔する事頻り。
と、そんな不思議な母娘、否、親子3人に出会った私であった。
しかし、まぁ、母娘が仲良しなのは良いとして、せめてお父さんとの距離をもう少しだけ詰めて戴けないものか。
もし娘が独身なのだとしたら、それは母娘の仲が良過ぎるからではなく、お父さんとの距離にあると思う。
何故ならもし自分が婿なら、ロックなお父さんと母娘の距離に、将来の自分と嫁や娘との距離を見出すからだと思うのだが、如何か。
あぁー、とは言えやはり悔やまれる。
あの時、あの親子の後を付けていたら、と。
正に後悔先に立たずである。
コロナ禍とは言えその日は秋晴れの日曜と言う事で、私の乗ったメトロの車内にはデニムにスニーカーと言った出で立ちの人がチラホラ。
とは言えコロナ禍に加えて日曜と言う事も有り、車内はほぼガラガラと言った状態。
労せずして殆どの乗客が着席出来ていた。
無論私も座っていたし、向かいのシートにはペアルックであろう色違いのセーターを着た母娘と思しき二人が並んで座っていて、仲良く談笑していた。
足元も同じブランドの色違いのスニーカーを履いているし、ご丁寧に縁ありの帽子迄同じ感じなのだ。
ハイキング返りのように見受ける。
そんな母娘をたとえば30代の母親と小学生の二人、と、思われた方も多数いらっしゃるかと思う。
しかしもしそうだと思っているなら、残念。
私のエピソードにそんな微笑ましい母娘が登場する訳はないのである。
実際は50代〜60代の母親と20代後半から30代の娘、と、言ったところか。
マスク越しで顔こそ分からないものの、目許で凡その年齢は分かる。
それにその互いの目許こそが、彼女達を明らかに母娘だと決定付ける証拠となっていた。
しかしこれは由々しき事態なのである。
何が言いたいかと言うと、娘の方はとっくに片付いていてもおかしくない年齢なのに、秋晴れの日曜に彼や旦那とではなく、母親とペアルックでピクニックをしているのだから、これ以上の由々しき事態は無いのだ。
何となれば適齢期を既に過ぎた娘が、今母親とペアルックでピクニックをしている危機的状況をその母親自身が危機と認識しておらず、しかも娘も母親と同様能天気にもその母親と談笑しているのだから。
私の本業の職場に居る、一番仕事が出来てキャリアも一番の女性に以前聴いた事がある。
容姿もいい彼女が一人身だと知り、何故独身なのかが不思議でその事を訊くと、理由は到ってシンプルだが納得の行くものだった。
「母と仲が良過ぎるんですよね、私って。
それに実家から出た事ないんですよ。
買い物やら何やらついつい一緒に過ごしちゃって、で、こんななっちゃったんです」、と。
理由はそれだけでは無いにしても、至極納得の行くシンプルな理由だ。
確かにネット検索してみても、上手く「母」と「娘」の関係を保てず、母親が心配性の女友達化している実家女子の場合、娘が結婚出来ないケースが多いらしい。
その仕事の出来る彼女の曰く。
「でも、良い事もありますよ。
将来オレオレ詐欺に合う事はないですから」
と、二人で大笑いしたのだが、良く良く考えるとそれって笑っていいのか、と、言う自虐ネタではないか。
その仕事の出来る女性同様、将来オレオレ詐欺に合う事のなさそうな娘が、今私の眼の前でその事を知らずに談笑しているのだ。
何とした事か。
思うに実家暮らしなのだろう。
うーん。
そうしてその母娘の事で複雑な心境の私。
と、その時である。
突然今迄気付かなかった風変わりな人が、私の視界の中に飛び込んで来たのだ。
向かいのシートに座るその母娘からかなり離れた距離にポツンと一人座っている男性が居たのだが、その人が履いていた黒いウエスタンブーツの泥をポンポン、と、払ったのである。
視界に飛び込んで来た理由は泥を払った事と言うより、その黒いウエスタンブーツとそれを履いている男性の年齢に、余りにもギャップを感じたからである。
マスク越しにも優に60歳は越えているだろう事が分かる。
或るいは60代後半かも知れない。
それなのに黒いウエスタンブーツなのだ。
況してやライダースジャケットにデニムの出で立ちで、髪の毛は染めているのだろうか黒々としている。
凄くロックなおじさんなのだ。
或る意味格好良い。
見渡せば向かいのシートに座っているのは、母娘とそのロックなおじさんだけてはないか。
よくもまあこんなにもジャンルの違う人達が、同じシートに並んだものだ、と、感心する事頻り。
と、良く見るとウエスタンブーツに付いた泥と同じような泥が、仲良し母娘のスニーカーにも付いているではないか。
その際『まさかなぁ、まさかロックなおじさんは、この母娘と関係ないよなぁ』、と、胸中に呟いた私。
直後銀座駅に着いたのか車内アナウンスと共に、駅の構内の風景が私の視界にも開けて来るのを見て取った。
と、その時である。
立ち上がった娘がそのロックなおじさんに視線を送り、離れた場所から告げた。
「お父さん降りるよ」、と。
私は唯々、『えーっ、マジでぇっ!』、と、胸中に呟き、眼を点にしたままでプラスワンな母娘が扉から出て行くのを見送った。
扉が閉まり車両が駅を離れ出した時の事。
『しまった! 後を付ければ小説のネタを拾えたかも知れないのに』、と、胸中で後悔する事頻り。
と、そんな不思議な母娘、否、親子3人に出会った私であった。
しかし、まぁ、母娘が仲良しなのは良いとして、せめてお父さんとの距離をもう少しだけ詰めて戴けないものか。
もし娘が独身なのだとしたら、それは母娘の仲が良過ぎるからではなく、お父さんとの距離にあると思う。
何故ならもし自分が婿なら、ロックなお父さんと母娘の距離に、将来の自分と嫁や娘との距離を見出すからだと思うのだが、如何か。
あぁー、とは言えやはり悔やまれる。
あの時、あの親子の後を付けていたら、と。
正に後悔先に立たずである。