第104話 父から遺伝子を受け継ぐお嬢こと、最強のお嬢

文字数 1,470文字

 緊急事態宣言突入前日の昨日暫く外食も出来ないだろうからと、奮発して百貨店のレストラン街へと出向いた私。
 節約生活中なのだが昨日ばかりは許される筈と、喜び勇んで和食店へ。
 緊急事態宣言前とは言え、既にまん延防止等重点措置に対応中の都内であるからして、夜の閉店は8時と早きに過ぎる。
 因ってランチで我慢したのだ。

 入店してランチメニューの中から好みのランチセットを選び、注文している処で私と同世代と思しき御夫婦と、「JK」もしくは女子大生と思しき娘さんであろう3人が隣席に着いた。
 パーティション越しではあるが、クリアーなパーティションだったので、視覚的には見通せる環境である。
 私の隣のベンチシートにお父さんと思しき男性が腰掛け、向かい側にお母さんと思しき女性が居てお嬢は私の斜め向かいに。
 と、お嬢がお父さんに訊いた。

「あのさぁ、パパ。帽子脱がないの?」

 そう言われたお父さんは本当に帽子を脱ぐ事を失念していたのか、「あぁ、そっか。忘れてた」、と、頻りに首を縦に振って肯いた。
 そうしてお父さんが脱帽し終わった直後、お嬢は敢然と言い放った。
 
 「コロナは皮膚感染しないから、脱いでも平気だよ」

 確かにそうではある。
 それにしても変な事を言うお嬢だと私が思うのと同時に、お嬢の横に居たお母さんが、「それはそうね」、と、だけ、苦笑交じりに続けたのである。
 不審に思った私は、ちら、と、お父さんの方を見遣った。
 と、良く見ると何と頭頂部に、「髪の毛」が乗っかっていないではないか。
 無論の事お父さんもマスクを着けていたのだが、お嬢の言葉を聴いた後の事である。
 マスク越しにお父さんを見ると、可笑しさが倍増するのだ。
 直後私は込み上げて来る笑いに口許が緩むのを堪え切れず、俯いたまま3人の家族から顔を背けた。
 やがてお父さんがボソリ、と、言った。

「馬ぁ鹿~、俺は鰓(えら)呼吸してるから頭では呼吸しねえんだよ」

 その言葉を聴いた直後、笑いを抑えようとした反動で最早身体が小刻みに震えている私。
 そうなのである。
 お父さんはどちらかと言うとホームベース顔なのである。
 するとお嬢も笑っているのだろう。
 彼女は自身のマスクを抑えながら顔を突き出すと、お父さんに対して反駁の声を上げた。

「それって私に対するモラハラだかんね。
 誰かさんの遺伝子のせいで、小顔になれないんだからさぁ。
 一生髪をショートに出来ない可哀想な私」

 身悶える私に更に追い討ちを掛けたお嬢であったが、マスク越しでセミロングの彼女の顔は想像も付かないが、恐らくそうなのであろう。
 やがてお嬢が彼女の隣に座るお母さんに対して言った。

「ママ、一人だけ、私関係無いって顔で笑うの止めてくれる。
 マスクしてても笑ってるの分かるんだから。
 遺伝子上ママには関係なくても、私がショートに出来ない責任の一端はママに有るんだよ」
 
 直後お父さんがボソリ、と、言った。

「それはそうかもな」

 お父さんのその言葉が、身悶える私に対する止めの一撃となった。
 僅かではあるが笑い声が漏れてしまった。
 直後こちらの方を一斉に見る3人。
 私は致し方無く笑いながら謝罪した。

「すいません。
 ずっと我慢してたんですが、無理でした」

 直接4人で大笑いした。
 やがて運ばれて来たランチセットを食べるには食べたが、果たしてどんな味だったか。
 その事は失念してしまった私。

 と、ここで一つ。
 緊急事態宣言下の今マスクはきちんとすべきだが、コロナウイルスは皮膚感染も人間の鰓からの感染もしない、と、恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。



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