第32話 関西時代の友人こと、平気じゃないけど大丈夫な友人

文字数 1,963文字

 今日の昼頃所用で新大久保迄出掛けた。
 そうして街を歩いている際に、背後から私の手提げ鞄に自転車の前輪が当たる音がした。
 グシャ、と、言う音がして一瞬ハッとなったのだが、身体に別状はないようだ。
 と、思ったその刹那、背後から女性の声がしたのである。
「ごめん!」
 と、そう聴いた私は、刹那口元を歪めた。
 次いで普通、「ごめんなさい」か、「すみません」か、或るいはもっと言えば、「申し訳ありません」だろうが、と、その非礼な物言いに苛立ちを隠せずに振り返った。
 すると自転車に乗ったままの彼女は、頭を下げながら再び侘びた。
「ごめん、した!」、と。
 そうなのである。
 マスク越しにも眼元で分かった。
 恐らく、タイか、べドナム、或るいは今クーデター騒動の勃発しているミャンマーか、兎に角アジアの何処かの国の外国人女性で、日本人で無い事だけは確かだったのだ。
 私は直ぐ様頬を緩め肯きながら微笑んだ。
「大丈夫」、と。
 その外国人女性も笑顔で去って行った。
 外国人なら許すしかないもんな。
 私はそう胸中に呟いて家路に就いたのだが、その時ふと学生時代の4年間を過ごした、或る関西での出来事を思い出したのである。
 
 私が大学1年の時、否、関西の大学だったので1回生の時、と、言うべきか。
 その時私は初めて出来た友人と授業に遅れまじと学内を一緒に走っていて、見知らぬ学生とぶつかってしまい、無論謝罪したのだがその謝罪の言葉が有り得ないと言われ、友人に散々注意をされた時の事を思い出したのだ。
 私が相手に対し、「平気ですか?」、と訊いた後に立ち止まり、「ごめんなさい」、と、謝罪したのだが、友人が横から割り込んで来て、「大丈夫ですか? ほんま、すんません。こいつ関東から来たもんで、悪気はないんです。許したって下さい」、と、言ったのてある。
 その時の私は何がどういけないのか全く訳が分からず、その後で友人に訊くと以下のように諭されたのである。

「あのなぁ、お前さっき『平気』言うたやろ。
 その『平気』っちゅうのんはな、『平らな気分』と書く訳や。
 ほな何か、交通事故で頭から血流してる人に対して、平らな気分ですか、あんた平気ですか、て、そんな訊き方出来るちゅうんか?」
 そんな友人の言葉を聴いた私が、「ゲッ、マジで」、と、思った事は言う迄もない。
 そして私はその時、「そんな時はそう言わないよ。程度によるし、でもさっきのあの程度なら平気で良くないかぃ?」、と、訊き返した。
 すると彼の曰く。
「と、言うことわやな、お前が相手に対してそんなもん大した事ないやろ、て、そない言うてんのんと一緒やっちゅうこっちゃ。
 ほな相手にしてみぃな。
 こら、お前舐めとんか、て、なるやろ。
 そやよってに『大丈夫ですか』でええんや。
 これからは『平気』なんか言うなよ。
 喧嘩になってまうからな。
 まあ、早い事その関東訛りを治すこっちゃ」
  
 彼にそう言われた私が、「ゲッ、マジで」、と、再び思った事は言う迄もない。
 彼に言わせれば私の標準語は、「関東訛り」になってしまうのだ。
 私は横浜出身なのでなるべく「浜っ子」は使わないようにしていたつもりなのだが、それでもそう言われてしまうのである。
 しかも私はその後生まれて初めて、「お好み焼き定食」を友人に食べさせられたのだ。
 その際も私がお好み焼きと白米なんて炭水化物で炭水化物を食べる事が理解出来ない、と、言うと、彼は「何言うてんねん。お好み焼きはおかずや。ごちゃごちゃ言うてやんと、美味いから早よ食べろ」、と、一蹴されたのである。
 友人に悪気はないし凄くいい奴だったのであるが、私は学生時代の4年間ついぞ関西に馴染めず、外国に留学しているような気分のまま過ごした。

 今日私は外国人女性の乗る自転車と接触した訳だが、彼女と私の距離と関東人と関西人の距離を比べると、それは同じか或るいはそれ以上の開きがあるのではないか、と、しみじみ思ったのである。
 してみると関西「弁」ではなく、関西「語」とすべきなのではないだろうか。
 何より「お好み焼き定食」を食べる関西人なのである。
 あれこそ異国の食べ物とは言えまいか。
 それともう一つ「たこ焼き定食」も、然り。
 
 何れにしても私に取っては関西語を話す関西国人であったが、唯一つ関東とそっくりな出来事が一つ有った。
 それは「横浜出身」の私が「神奈川県人」なのに、出身何処と訊かれると、「神奈川」と言わずに「横浜」と言うのと同様、「神戸出身」の関西人が「兵庫県人」なのに、出身何処と訊かれると、絶対に「兵庫」と言わずに「神戸」と言う点だ。
 その点に於いて横浜出身の私としては、神戸出身者の気持ちが痛い程分かる。
 そうなのである。
 その点だけは譲れない、「浜っ子」と「神戸っ子」なのであった。
 
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