第87話 エスカレーターを乗り違えた女子こと、おっちょこちょいにも程が有る女子

文字数 1,109文字

 昨日新宿での出来事だが、私は地下街から地上に出る為にエスカレーターに乗っていた。
 そこで滅多に出会さないような椿事に巡り合う事になった。
 地上に出る為なのだから、無論私の乗っていたのは上りエスカレーターである。
 そうして正に地上に到着しようとする刹那、10代後半〜20代と思しき女子が歩きスマホをしながらこちらに向かって来るのが見えた。
 地上からまっ直ぐに向かって来るのである。
 どうやら下りエスカレーターに乗ろうとしているようで、本人はと言うとスマホ弄りに夢中で、自分の乗ろうとしているエスカレーターが上りである事に全く気が付いていないのだ。
 幸いイヤホンはしていなかったので、私は取り敢えず、「あの」、と、声を出した。

 一瞬反射的に立ち止まり事の次第に気付いた彼女は、「あっ、ごめんなさい」、と、マスクの上の目許を緩ませると、こちらに対して一礼を返した。
 直後踵を返し横の階段を下り始めた彼女。
 
 しかし懲りもせずにまたぞろスマホ弄りをしながら階段を下りているのだから、始末に負えない事この上ない。
 と、ふと彼女の方を振り返った際に、スプリングコートの付属品と思しきベルトが2〜3段下の階段の処に落ちていた。
 更に階下に眼を遣れば、弄りスマホの女子のコートがベルトと同じ色・同じ素材である事が見て取れた。
 致し方無い。
 私はベルトを拾い上げて彼女を追い掛けた。
 地下街に降り立った処で追い付いたのだが、女子の肩や腕に触れる訳にもいかず、「あの、これそちらのじゃないですか?」と、背中に声を掛けた。
 直後振り返った彼女は、私がベルトを手にしているのを見ると、自らの腰の辺りに手をやって漸く気付いたのか、「あっ、私ったら、ごめんなさい。ありがとうございます」、と、こちらに対して一礼を返してはくれた。

 が、私はその時彼女が或る事を誤っているのを見て取ったのだが、言わずとも命に別状の有る事もなし、会釈だけをしてその場を去った。

 余程急いでいたのだろうか。
 それにしても「おっちょこちょいにも程がある」とは、彼女の為に有る言葉ではないか。
 歩きスマホでエスカレーターの上りと下りを間違えるわ、コートのベルトは落とすわで、本当におっちょこちょいだ。
 その上彼女はブラウスの釦を一つ掛け違えていたのである。
 そうなのだ。
 私はベルトを手渡した時彼女が或る事を誤っているのを見て取った、と、言ったが、その事とは釦を掛け違えている事だったのである。

 ここで一つ。
 自身の事を少しでもおっちょこちょいな処が有ると思っている方には、着替えた後釦を掛け違えていないかを、必ず確認してからお出掛け戴くよう恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。
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