第9話 マジむかついてるOLさんこと、冨永愛に似てますね、と、言われたOLさん

文字数 2,888文字

 今朝一旦早く起きたのだが10時頃迄寝過ごしてしまった私は、入浴を済ませ昼前に新宿副都心(歌舞伎町とは反対側の西新宿方面)へと出掛けた。
 何の為かと言うと以前チケットショップで購入した株主優待券(額面より安く購入出来てお得)があった事を思い出し、若干高級志向のファミレスに1人ランチをしに行ったのである。
 元々は早起きして朝食を食べるつもりだったのだが、寝坊した為ランチに切り替えたのだ。
 また何故新宿副都心のその店にしたのかと言うと、以前バイトしていた勤務先の近くに有り、何を隠そうお昼時には美人OL達で一杯になる評判の店だったからだ。
 以前の昼時には盛況過ぎて席が空くのを待ったものだが、しかしコロナ禍の今待つ程ではなく全然スンナリと席に着けた。
 その店はソーシャルディスタンスが叫ばれる以前から一般のファミレスと違い、席と席が結構離れており凄く快適で過ごし易い。
 私のようにお一人様なら尚の事である。
 そうして席に着きステーキセットを注文した直後の事、OLさんらしき二人組が入って来て隣の席に座った。
 そして座るなり腕組みをしたショートカットの女性が、向かいに座る連れの女性と話し始めたのである。

「マジむかつくんだけど!」
「どした?」
「私、あの娘に何かした訳?」
「分かんないけど。で、何言われたの?」

 と、刺激的内容の会話が始まったのだが、私はスマホを弄るフリをして聴き耳を立てた。
 以前から席と席が離れているので、注意して聴かないと隣席の声が届かないその店の事。
 マスク越しの声に必死に耳を澄ませた結果、何とか会話を盗み聴きする事に成功。
 話を要約すると以下のようになる。
 
 そのショートカットの女性がお昼に外へ出ようとしているところへ後輩かやって来て、「昨日オー・マイ・ボスってドラマ見てたら冨永愛が出て来て、私先輩の事思い出したんです。 私、冨永愛のファンなんですよ。先輩って冨永愛みたいですよね。凄くスタイル良いし、私なんかちっちゃくて。先輩が羨ましいです」、と、言ったと言う。
 それも目立つように笑顔を振り撒きながら近寄って来て、廻りに聴かせたいのかワザと高い声を出して言ったらしいのである。
 しかもその時課長が近くに居て、ショートカットの女性は後輩に対して腹が立ったが、思うように反論出来なかったらしい。
 で、仕方なく、「ありがとう」、と、その後輩に涼しい顔で返したのだそうだ。
 で、そのショートカットの女性の曰く、「つか、褒める気なら菜々緒に似てるってなるでしょ、普通。私もオー・マイ・ボス見てたけど、あれ菜々緒も出てたし。嫌味だよあれ、絶対。そんなに私って富永愛並みに酷い訳?」、と。
 で、連れの女性も、「まあ、確かに冨永愛は無いよね。つか、相当恨み持ってるんだよあの娘。で、あんた何したの?」、と。
 その際私は冨永愛の事を失念しており、その場でググった処元パリコレモデルらしい。
 で、どんな顔だったか画像を見た処誰かに似てるなぁ、と、思って再びググると、草彅剛似とか、俳優の吹越満似とか言われており、要するに男顔なのだ。
 まあ、日本人の場合、幾らスタイルが良くても男顔の冨永愛より、面長美人の菜々緒の方がウケは良いだろうな、とは思う。
 しかし宝塚の男役みたいで好きな人も居そうなものだが、その二人の話では圧倒的に菜々緒優勢なのである。
 そこで再びググると、ブス判定で92%の人が冨永愛をブスだと判定していた。
 うーん。
 と、なると、ショートカットの女性の気持ちが分からないでもない。
 まあ、しかし何と言っても、その女性がショートカットだった事もあるが、食事の際マスクを取った顔を見ると私の眼から見ても、やはり菜々緒と言うよりは冨永愛なのだ。
 腕組みをして話している処といい、態度がデカイ処も断然冨永愛なのである。
 それにショートカットの女性が、デカっ、と、思ったのは何も態度だけではない。
 実際にデカいのだ。
 店に入って来た処を見ておらず座っていたから分からなかったのだが、凄くデカかった。
 そのショートカットの女性が途中トイレに向かうべく席を立ったのだが、ヒールを履いていたせいも有って見た処では身長180cmは下らない。
 その刹那彼女に対して絶対に直接言ってはならない言葉である、「デカっ」、と、言う言葉が脳裏を過ぎった事は言う迄もない。
 まあ確かにそこ迄デカい女性に対しては身長には敢えて触れずに、「凄くスタイル良いですね」、とか、「モデルさんみたいですね」、とか、「どんな服でも似合いますよね」、とかの、曖昧な言葉で逃げるべきである。
 間違っても「先輩って冨永愛みたいですよね」、とか、特定のデカい芸能人に似ていると言うべきではない。
 たとえ、「私、冨永愛のファンなんですよ」、と、前置詞を付け、尚且つ、「凄くスタイル良いし、私なんかちっちゃくて。先輩が羨ましいです」、と、その言葉の後に付け足したとしてもである。
 否、むしろ、「凄くスタイル良いし、私なんかちっちゃくて。先輩が羨ましいです」、は、余計である。
 そんな田中みな実の如くアザと神経な言葉は、彼女を余計にデカく思わせてしまうだけではないか。
 本気で褒めるつもりなら絶対に、「私ちっちゃいから先輩の事が羨ましいです」、とは言わない筈だ。 
 そこには悪意さえ感じる。
 と、その刹那私は我知らず肯いていた。
 そして胸中に、「確かに敵は褒めているふりをして、貴女を思い切りディスっている」、と、確信の言葉を呟いた。
 何故なら彼女の言う通り、課長に聴こえる距離では彼女が反論出来ないからだ。
 総てを計算した上でその事をやってのけたその後輩は、悪魔だ。
 否、悪魔以外の何者でもない。
 たとえその際ショートカットの女性が反論してもその悪魔の後輩に、「何か気分悪くさせちゃったみたいで、ごめんなさい。でも、私本当に先輩に憧れてるんです」、とか、涙混じりに言われようものなら、今度はディスられた彼女が悪者になってしまう。
 悪魔の後輩恐るべしである。
 と、そこで私は或る事に思い到った。
 もし「デカい」女性に「デカっ」、と、言ってその女性を傷付けてしまったら、それは一体何ハラになるのだろうか、と、言う事に。
 それってやっぱり「デカハラ」か?
 否、否、だとすると、その「デカハラ」、と、言う言葉自体がハラスメントではないか。
 では何と言うべきか。
 うーん。
 じゃ、「ごっつハラ」?
 しかしそれだと「デカハラ」よりハラスメント具合が酷い。
 ま、兎に角この話を、今後女性に対して冨永愛に似てるとか、デカっとか、そんな事には絶対触れてはならないと言う教訓にして欲しい。
 しかし今回の件で「菜々緒」に似ている、と、言うのは喜ばれる事が判明した。
 なので今後身長の高い女性には、「菜々緒に似てるね」、で、難を逃れる事とする。
 間違っても、「冨永愛」、と、「デカい」は禁句なのである。
 と、恐惶謹言させて戴く。
 しかしあのショートカットの女性は後輩に何をして、そこ迄の反撃を喰らったのだろうか。
 全く以て謎である。
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