第6話 コソ泥おじさんこと、やり方分からんおじさん

文字数 1,899文字

 先日自宅近くのレンタルビデオ屋さんに行って、セルフレジでレンタル手続きをしていた時の事である。
 隣のセルフレジでおじさんが、「やり方が分からんのよ。もし間違ってたらねえ、それはねえ、やっぱり駄目でしょう。ねえ。あぁ、そうしてやるの。ふん、ふん」、と、わざわざ店員さんをカウンターから引き摺り出して来て、レンタル手続きを代行させていたのだ。
 と、その時、同じ光景を何度か見た事があるのを思い出した。
 しかもその過去に店員さんにレンタル手続きをさせていたのは、今正に隣で「やり方分からんのよ」、と、言っているおじさんその人だったのである。
 つまりそのおじさんは毎回セルフレジで店員さんにレンタル手続きをやらせているのだ。
 まあ、店員さんとしては、「それはセルフレジなので、ご自分でどうぞ」、とか、余計な事を言って苦情になるよりは、レンタル手続きを代行する方が無難だし、それに大した労力ではない。
 何はともあれレンタル手続きの手間を省く為のセルフレジなのである。
 このコロナ禍に店員さんと会話するリスクもないし、何より正確で早い。
 そんな風に手間を省き感染のリスクを軽減させる為にこそ、セルフレジは存在するのだ。 
 それを店員さんと会話し手続きを代行させていたのでは、面倒臭いわ時間掛かるわ、で、全く以て本末転倒なのである。
 無論機械が苦手で店員さんに訊ねている年配の方は何人か見掛けたし、その場合は本当にやり方分からないから突っ立っているだけだし、
女性客で店員さんに訊ねている場合は、その女性がやり方を覚えようと、真面目に聴いている様子がヒシヒシと伝わって来るものだ。
 ところがそのおじさんたるや、そうした態度が覗えないのだ。
 操作の仕方を全く覚えようとしていない。
 とは言えよどんなに機械音痴な人でも、1回説明を受ければそんなに必死にならなくても絶対に自分で出来るようになる筈だ。
 何だか腑に落ちない。
 何故毎回店員さんを引き摺り出すのか。
 と、直後私はその時に到って、初めて或る事を思い付いたのだ。
 実はやり方は分かっているのだが、店員さんにやらせる方が得だと思っているのではないのか、と。
 機械音痴で昔ながらの生き方しか出来ないおじさんは、店員さんにやらせなければ損だと思っているに違いない、と。
 何より腰に巻いたウエストポーチが怪しい。
 それに上下トレーニングウェアなのだが、かなりの期間洗濯していない様子で、凄く汚れていたのだ。
 そのクォリティたるや、新宿の大ガード下に或いはさっきまで寝ていたのでは、と、思わせる程なのである。
 私は胸中で叫んだ。

「絶対に自分でやる方が早いし得ですよ。それに貴方みたいな人が居るから、店側も今以上に人を減らせないんですよ。人が減らせたらレンタル料も下がるかも知れない。それで最終的には貴方も得をする。だから自分でやりましょうよ、その方が貴方の為にも良い」  

 と、言って分かる人なら、何度も店員を呼ばないか。
 そう思うと、我知らず溜息が出た。
 結局私の方がレジに着いたのが遅かったのに、帰るのはおじさんとほぼ同時になった。
 おじさんの方が出口に近かった為に、直ぐ後ろを私が追い掛ける格好になった。
 すると階段を下り切った入口付近に、キャンペーン用の抽選の景品を並べてある机があったのだが、何とそのおじさんが並べてあったウェットティッシュをスッと1パック、ポケットに突っ込んだのだった。
 その抽選コーナーに店員さんが居なかったからだろうし、まあ、見ようによっては、持ち帰り自由にも見えるだろうが、しかし普通に考えてその行為は「コソ泥」である。
 そんなコソ泥おじさんの事だ。
 恐らく何か言われたら、「分からんかったんよ。自由に持って帰っていいんかと思ったんよ」、と、でも言うつもりなのだろう。
 私は少し腹が立ったので何か言ってやらなくては気が収まらなくなり、周辺を見渡してコソ泥おじさんが何処にいるかを探したのだが、やはり悪い事は出来ないものである
 何と慌てて出発しようとしたのか、自転車ごと転けていたのである。 
 本来なら助けてあげるべき処だが、私は口元が緩みそうになるのを堪え、そのコソ泥沼おじさんの横を悠然と通過してやった。
 コソ泥おじさんには何か罰を与えたかったのだが、それが罰代わりだ。
 まあ、店側も注進した処でウェットティッシュ1パックのことだし、咎めはしないだろう。
 なので言ってやろうか、と、思っていた言葉は呑み込む事にした。

「あそこ1階に防犯カメラがあって、自分も前に店長に言われたんで、ウェットティッシュ返した方がいいですよ」、と言うのは。
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