第15話 ドラゴンタトゥーの彼女こと、アテンションプリーズな彼女

文字数 1,710文字

 先日自宅近くのレンタルDVD屋さんに行った時の事。
 声に聞き覚えはないし、顔にも見覚えが無いのだが、一度見たら絶対に忘れないタトゥーの女性に再会を果たした。
 再会と言ってもレンタルDVD屋で見掛けただけで、名前は疎か話した事さえないのだが、前回同様彼氏と二人カップルで来店していたのである。
 いやはやその女性のタトゥーの印象的な事と言ったら、前回の記憶が鮮明に脳裏に焼き付いていて、一目で思い出したのだ。
 カップル二人ともにマスクをしていても、彼女のタトゥーで特定出来のである。
 前回は昨年の10月であった。
 名実ともに秋だと言うのに、タオル地のショートパンツにビーチサンダル、と、言う出で立ちで、そのタオル地のショートパンツからお尻が喰み出しており、そこに何とドラゴンのタトゥーが垣間見えたのである。
 私は一瞬見てはいけないものを見たような気になり、直ぐに視線を逸らして身体を反転させた事を覚えている。 
 正月明けの先日はさすがにショートパンツもタオル地ではなかったし、足元もビーチサンダルではなかったが、前回同様彼女の必須アイテムのショートパンツに、この寒い中タイツなど履かずに黒いロングブーツを直に履くと言う出で立ちであった。
 無論後ろから見たデニムのショートパンツとロングブーツの間には、あのドラゴンが颯爽と羽ばたいていた。
 或いはタトゥーを見せる為にそんな出で立ちなのかも知れないが、兎に角彼女はテレビドラマコーナーの前でじっと何かのDVDを見詰めていたのである。
 と、そこへ彼氏がやって来て会話が始まったのだが、以下にその会話の内容を記す。

「何借りる?」、と、彼が問う。
「ねえ、これ借りていい?」、と彼女。
「あぁ、懐かしいね。上戸彩っしょ。
 アテンションプリーズ」、と彼。
「実は私CA目指してたんだよね、昔。
 これ小学生の時に見てさぁ、凄ぇ憧れた」
 そう言いつつもずっとDVDを見詰め続ける彼女に対して、彼の口からは間の抜けた一言。
「え、CAって?」
 少し離れた位置からも、明らかに呆れている様子の彼女が見て取れた。
「え、CA知らないの? マジ勘弁だよ。
 キャビンアテンダント。客室乗務員!」
 彼女の諦念混じりの言葉を全く意に介していない様子の彼が、「ふーん。な、それよりさ、アクション物見ようぜ」、と、彼女の腕を引っ張ってその場から二人は姿を消した。

 と、ここ迄の二人の会話でドラゴンタトゥーの女性は昔CAを目指していたのであって、現在CAで無い事は皆さんお分かりの事と思う。
 それに弁護士や医師など、まさか先生と呼ばれる職に就いていないだろう事も。
 そんなドラゴンタトゥーの彼女が現在就いている職など私には知る由も無いが、しかし目指していたCAに成れなかった理由なら分かる。
 それはお尻にドラゴンタトゥーが有るからではない。
 理由は他に有る。
 その場を去った二人であったが、私の居る裏のコーナーから二人の会話が聴くともなしに聴こえて来たのだ。
 聴いて分かったのだが、彼女がCAに成れなかった理由はその会話の中に有った。
 以下に二人の会話の様子を記す。

「で、そのCAの試験落ちたの?」、と彼。
「尻(ケツ)にタトゥー入れてる女が、通ると思う。つか、試験受けれるか?」、と、彼女。

 そうなのである。
 タトゥーを入れている以前に、せめて、「尻」は「お」を付けて、「おしり」、と、言わないと。
 女性が「尻」を「ケツ」、と、言っている時点でCAには成れないと思うのだが、如何か。
 しかし私としては、キャビンアテンダントに成った彼女を是非とも見てみたいのだ。
 以前「ドラゴン桜」、と、言うドラマが有ったのを覚えておられるだろうか。
 そうした二人の会話を聴いていた私は、つい「ドラゴン桜」ならぬ「ドラゴンCA」、と、言う、新ドラマが始まれば良いのに、と、妄想してしまったのである。 
 絶対に面白いのに。
 と、そんな事が有ったからだろう。
 その日私は彼女達が借りなかった、「アテンションプリーズ」を全巻借りて帰った。
 とは言えその作中に「ドラゴンCA」が登場しなかった事は、言う迄も無い事実である。
 寂しい限りだ。
 




 
 
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