第41話 牡丹の女店員さんこと、外れてる女店員さん

文字数 1,607文字

 先日の事何時もの花屋さんに寄ったのだが、
店頭の薔薇が綺麗だったので買って帰ろうかなぁ等と思ったので、店員さんを探した。
 ところが店頭の眼につく処には店員さんが1人も居ないのである。
 とは言え勝手知ったる何時もの花屋。
 その花屋さんは花が萎れてしまわないように、なるだけ店頭には暖房が当たらないようにしてあるので、店員さんは冬の間客に呼ばれない限りは奥の暖房の当たるスペースで作業している事が常なのだ。
 その日も店の奥を覗くと若い女店員さんが1人居たので、中に入っていざ薔薇を注文しようとすると、何と彼女の胸元の釦が3つ程外れているではないか。
 しかも中の下着が垣間見えているのだ。
 またその垣間見えている下着と言うのが、キャミソールなのかブラなのかが釈然とせず、或いは見せブラなのかも知れないが、純然たる下着の可能性もあるレース調のものなのだ。
 奥のスペースは店頭との温度差が激しく着込んでいると暑いくらいなので、ずっと居るとついつい薄着になるのだろう。
 その際私は言うべきか言わざるべきかを悩んだし、他に人が居ない訳だから、気付いていないふりも有りと言えば有りである。
 しかしどうにも良心の呵責を感じる。
 それに何よりその女店員さんは花の注文を受けるべく、私を凝視しているのだ。
 仮に黙っているとして視線をどう逸らす?
 例えば私が薔薇を買っている最中に、釦が外れている事に彼女が気付いたらどうなる。
 或いはそこへ他の女店員や女性客が来て、その事を指摘されたら私は・・・・・。

 兎に角私には切り出す選択肢しかなかった。
「あの〜釦(ボタン)がぁ」、と。
 直後女店員さんは即応した。
「あぁ、すいません。
 もう少し待って貰わないとまだ入荷して来ないんですよぉ」、と。
 ん?
 何の事?
 と、思ったが、直後、『あっ、そっちの牡丹(ボタン)の事言ってる? 俺言ってるの牡丹じゃなくて釦なんだけどなぁ』、と、胸中に呟いた。
 そうなのである。
 女店員さんは自分のカーディガンの釦が外れている事には全く気付いておらず、私が牡丹を所望していると思っているのだ。
 そこで分かって貰う為に再度言ってみた。
「あの〜そっちの牡丹じゃなくて〜」、と。
 またまた即応する女店員さん。
「あぁ〜2期咲の方ですか。
 あっちはもう終わっちゃっててぇ。
 来月の終わりなら入荷すると思うんです。
 牡丹はねぇ、今丁度シーズン外れちゃってるんですよねぇ」、と。
 直後私が「ゲッ、マジで」、と、思った事は言う迄もない。
 それに、(牡丹のシーズンが外れてるんじゃなくて、釦が外れてるんですよ)、と、どれだけ言いたかった事か。
 そこで致し方なくと言うか、初手から主語を付けるべきだったなぁと反省しつつ、違う言い方をする事にした。
「あの〜、自分が欲しいのは牡丹の花じゃなくて、薔薇なんですけど、そちらのカーディガンの釦が外れててですねぇ」、と。
 直後漸く事態に気付いたのか。
「あら、ヤダ。嘘、ごめんなさい。
 あぁ〜、どうしよ。ヤダ、ごめんなさい」、と、釦を留めながらアタフタとしていた彼女だが、やがて照れ臭そうにそそくさと店頭に薔薇を取りに行った。

 と、丁度そこへもう1人の女店員さんが休憩から帰って来たようで、牡丹の女店員さんが彼女を掴まえて話を交わし二人で大爆笑した。
 直後薔薇を手に店内に戻って来た牡丹の女店員さんだったが、「あの〜、下に着てたの見られても大丈夫なやつなんで、お気になさらずに。それよりお気を使わせて、ホント申し訳ありませんでした」、と、照れ臭そうに言った。
 薔薇の花の勘定を済ませた私も何となく照れ臭かったので、去り際に「マジで来月牡丹買いに来ますね」、と、言うと、二人の女店員さん共に大爆笑してくれた。
 
 しかし今回反省すべきは主語を忘れた事だ。
 皆さんも人に何か説明する際には必ず主語をお忘れ無きように、と、恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。
 
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