第24話 魔性の女子こと、ヴァーチャル蝋人形よりも怖い女子

文字数 2,765文字

 昨今技術の進歩に拠って、「蝋人形」、と、言うものの認識が随分と変わって来たような気がする。
 VR(仮想現実)やMR(混合現実)と言った、ゲームにも応用される技術が現在程の進歩を遂げていなかった昭和の時代の事。
 今の世代の人が聞いてもピンと来ないだろうが、その時代仮想世界で人を表現する場合人形を使うしかなかったのである。  
 また当時は人形にシリコン素材を使う技術も無く、布やプラスチック素材の人形より、蝋人形の方がよりリアリティーが有った。
 無論今時のVRやMRのように人間と近い動きを人形で表現出来る訳もなく、また視聴者が参加出来るゲーム性の有る物など存在しなかったから、当然観るだけの展示アトラクションになってしまう。
 代表的なもので言うと、当時の「博物館の展示」や、「蝋人形館」等である。
 それにどちらかと言うと、ホラー要素が強かったのを覚えている。
 殊に「蝋人形館」でのそれは凄く怖かった。
 何となれば所詮は人形なのでリアリティーが有ると言っても限界があり、中には眼や口の動く蝋人形もあったが、顔には表情が無く動くと言っても至極ぎこちないからだ。
 観ていると霊が宿った人形のように思えて、幼少時代の私が畏怖の念を抱いた記憶が残る。
 とは言え現在はそんな使い方はしないようで、技術の進歩と共に動くアトラクションとしてVR技術を駆使し、敢えて三次元の「人」ではなく、二次元のアニメキャラクターを表現するのに蝋人形を使用しているようだ。
 ディズニーランドの「美女と野獣ライド」がそれで、観るとアニメにしか見えずとても蝋人形とは思えない仕上がりになっているらしい。
 何でも登場キャラクターのベルは、超可愛いのだそうだ。
 しかしそれは飽く迄も、「アニメ=蝋人形」と言う構図であって、「人=蝋人形」でない事を理解して戴きたい。

 何故蝋人形談義を前述したかと言うと、仮に人間が「ヴァーチャル蝋人形」に変貌を遂げたとしたら、どれ程怖いかをより知って戴きたかったからだ。
 全身整形が可能な現在ではあるが、やはりそれは総てが外科手術に拠るもので、昨今急展開を遂げている「ゲノム改変技術」や、「遺伝子工学」或るいは「ips細胞技術」、と、言った最先端技術を駆使しての整形手術は未だ認可されていない。
 つまり端的に言えば切ったり縫ったりするので、その施術に因って損傷を受けた細かい神経が機能しなくなるのだ。
 そのように未だ外科手術に頼るしかない整形手術であるが故、顔への施術が顔全体に及ぶ場合等にその現象が顕著に出てしまう。
 動きがぎこち無くまるで昭和の時代に観た、眼や口だけが動く蝋人形のように見えてしまうのも致し方の無い処だ。

 女子に対し「お人形さんみたいに可愛い」、と、言う褒め言葉があるが、これは飽く迄も、「人形みたいに可愛い人」、と、言う意味であって、「人形のような表情をする人」や、「人形のように動く人」を指すものではない。
 然るにこの「お人形さんみたいに可愛い」、と、「人形のような表情をする人」や、「人形のように動く人」を曲解し、全身整形を施したと思しき女子を先日間近に垣間見たのだ。

 先日歩き疲れて新宿の地下街に有るカフェにコーヒーを飲もうと入った時、私の斜め前の席にその「ヴァーチャル蝋人形」の女子が居たのである。  
 彼女が「人」ではなく人形なら或るいは可愛いと思えたのかも知れないが、しかし「人」である彼女を見ると、何よりも「怖い」、と、言う感覚が先に立つ。
 その上マスクで良いのに、顔を見せたいのかその時彼女はマウスシールドをしていたのだ。
 相当顔に自信が有るのだろう彼女。
 中には彼女の事を綺麗と思える方もいらっしゃるのかも知れないが、私は幼少期の体験も有って、やはり「ヴァーチャル蝋人形」、と、しか思えず滅茶苦茶に怖かったのである。
 然るに当の本人は自身の事を、る「お人形さんみたいに可愛い」、とは思っていても、「人形のような表情をする人」や、「人形のように動く人」とは思っていないようで、怖いもの見たさでチラと見た私を睨み返して来たのだ。
 しかも髪の毛を掻き上げながらである。
 刹那私は、「しまった! 誤解されてしまったぁ。そっちじゃないんだけどなぁ」、と、胸中で舌打ちをした事は言う迄もなく。
 臍を噛む思いでコーヒーを喉に流し込んだ。
 まさか彼女に、「否、色目を使ったんじゃなくて、怖いもの見たさだったんです」、等と言える訳もない。
 為す術もない私は、俯いて彼女が店を出ていくのを待った。
 暫くして彼女が店を出ようと私の前を通った時の事、何度か睨み付けられている気配を感じたのだが、それは甘んじて受け流した。
 やがて彼女は店を出て行ったが、続いて出て行って外でばったり出会したりすると、懲りもせずにまた追い掛けて来たのかと彼女に誤解されてしまう可能性もある。
 そんな事で店を出る頃合いを見計らっていた私であったが、隣席に陣取っていたカップルがやおら話をし始めたので、日頃の習性からつい聴き耳を立ててしまった。
 以下にその会話の一部を披露する。

 彼が小声で彼女に訊いた。
「やっぱ顔って弄り過ぎると、変だよねえ。
 絶対整形だよね、あれって?」
 素っ気無く応じる彼女。
「さぁ、顔に凄いお金掛けてんじゃないの」
 更に今度は同意を求めるようにして訊く彼。
「やっぱ金持ちん家のお嬢かな?」  
 またも素っ気無く応じる彼女。
「な、訳ないでしょうよ。
 誰かに出して貰ってんのに決ってんじゃん」
 彼女の言葉に納得したように腕組みする彼。
「そっかあ」
 焦らす為にわざと返事を遅らせているのか、彼女は少し間を置いた後彼を正面に見据えた。
 次いで彼を睨め付けるようにして、ゆっくりと切り出した彼女。
「あのさぁ、何だかんだ言ってさぁ、さっきあんた私の後ろに座ってたさぁ、あの全取っ替え女の事ガン見してたよねぇ。
 他の誰だか分かんない女によそ見されてさぁ、で、その女の話されてさぁ、あぁ〜私って可哀想〜。
 つか、私もせめてネイル代くらい払って貰えないもんかねえ。  
 全身整形と迄は言わないからさ。
 誰か払ってくんないかなぁ、ネイル代」
 そう言いながら眼前で両手をブラブラさせる彼女に対し、今度は即応する彼。
「分かったよ。じゃ、出すよネイル代。
 出すから機嫌直せよ」  
 直後目尻を下げてマスク越しにも笑顔を作っていると分かる彼女は、彼のホッペをツンツンしながら言い放った。
「ホント。しょうーち!(承知)」、と。
 
 2人共マスク越しにしか表情を見れなかったので、詳細な部分迄お伝え出来なかったのは残念な処だが、概ねの様子は伝わったかと思う。
 お分かり戴けたであろう。
 現に恐ろしきは、「ヴァーチャル蝋人形」等よりも女の魔性だと言う事が。
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