第19話 ハートに炎の店長さんこと、「ずん」飯尾氏似の店長さん

文字数 1,624文字

 昨年の秋口であったと思うが、派遣のバイト先での出来事である。
 私は日頃よりお笑いコンビ「ずん」の飯尾氏のとぼけたようなキャラクターが好きで、彼の出演番組は勿論出演CM迄チェックしている。
 そんな私がバイト先でのリーダーが「ずん」の飯尾氏似と来たら、当然好印象を持った事は言う迄もない。
 我々バイトはマスクを着けていたが、そのリーダーだけがマウスシールドだったので、顔は丸見えだったのだ。
 いやはや何とも「ずん」の飯尾氏に似ていたのである。
 ここのバイトならやって行けるかも、と、楽観的に仕事を始めたのだが、やはり人間は容姿だけで判断してはいけないのである。
 その際その事をとことん思い知らされた。
 兎に角そのリーダーと言うのが狭量な男で、喚き散らしてばかりいて、とてもではないがリーダーが務まる器ではないのだ。
 「ずん」の飯尾氏とは全く正反対の性格。
 初日からここでは働けないなと痛感した次第だが、私は飽く迄も唯の派遣としてそこへ行っていたので、派遣の特権を生かしてそれきりそのバイト先へは行っていない。  
 派遣元にそこをNGにして貰ったのだ。
 早い話がその「ずん」の飯尾氏似のリーダーには2度と会いたくなかったのである。
 ところがこの間とあるレストランに行った時の事、マスク越しではあるが目元が正しくあのリーダーのものと思える人物を発見。
 もしそうでなければ、「ずん」の飯尾氏本人としか言いようがないくらい。
 それ程似ていたのだ。
 どうやら店員さんと話している様子から、その店の店長さんである事が判明。
 と、すると、ひょっとしてあのリーダーここに転職したのか?
 と、思った事は言う迄もない。
 一度会っただけで声の記憶は定かでないから、声を聴いただけでは彼と特定出来ない。
 また早くマスクを取っては欲しいのだが、中々マスクも取ってくれない。
 しかし暫くしてそこの店長さんが、どうやらあの嫌いなリーダーでない事だけは分かった。
 何故ならそこの店長さんは凄く明るい性格で、他の店員さんはその店長さんを凄く慕っている様子だったからだ。
 それに接客態度も抜群で仕事が出来て、私の嫌いなあのリーダーとは全く正反対な店長さんであった。
 何より私自身そこが派遣先ならずっと働いたのに、と、思った程だ。
 そうして中々マスクを取ってくれない店長さんであったが、やがてマスクを外した時にチラとだけ顔が見えた。
 するとあの嫌いなリーダーでこそなかったが、しかし彼にも益して「ずん」の飯尾氏に似ていた。
 と、直後私の耳に入って来た、女性店員と店長さんの交わした会話が奮っていた。

「店長、明日のシフトちょっと時間ズラして欲しいんです。2時間だけ入り時間を後ろにズラしたいんですけど?」、と、女性店員さんに訊かれた店長さん。
「いいよ、別に。何、彼とデート?」  
 と、そう店長さんが応じ、「ま、そんなとこです」、と、女性店員さんが笑顔で応じた。
 直後店長さんの返した言葉が奮っていた。


「そっか。じゃ、ハートに炎を!」 

 と、言って、親指を立てたのである。
 その後店員さんも店長さんも大爆笑。
 ご存知無い方の為にレクチャーしておくと、現在「ずん」の飯尾氏はモーターボートレース(競艇)のCMに出演中で、そのCMのキャッチコピーが、「ハートに炎を」なのだ。
 つまりそこの店長さんは自身が「ずん」の飯尾氏に似ている事を、店舗内の雰囲気作りに役立てているのだ。
 何と良い店長さんなんだろう。
 と、そう思った私が、もう既にそのレストランに何度か通った事は言う迄もない。
 現在は緊急事態宣言下で午後8時迄の営業なのだが、きっとこれからも通う。
 しかし2人共「ずん」の飯尾氏に似ているのに、何故こうも性格が違うのだろう。
 あの喚き散らすリーダーも、店長さんの爪の垢でも煎じて飲めばいい。
 そして店長さんにはあの迷惑なリーダーに、親指を立てて言ってやって貰いたい。

「ハートに炎を」、と。


 
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