第21話 葉加瀬太郎似おじさんこと、実は○○だった「リズムさん」

文字数 1,332文字

 ヘッドフォンをして音学を聴いているのだろうか、両の掌でそこかしこを叩いてリズムを取りながら歩くおじさんが居る。
 自分の腰から手摺りに壁果てはガードレール迄も、パーカッションやドラム代わりと言ったところか。
 ボサボサの髪で何時も同じ服装。
 またマスク越しで顔こそ分からないが、葉加瀬太郎そっくりの髪型のそのおじさんを、私は「リズムさん」、と、名付けた。
 新宿の地下街や歌舞伎町で何度か見掛けた事が有るその「リズムさん」。
 葉加瀬太郎の髪型に似せているのは、ミュージシャンだからなのだろうか。 
 否、唯の音楽好きのおじさんか。
 このコロナ禍にリズムを取る為色んなところを触るのは衛生上感心出来ないが、しかし音楽をこよなく愛すその「リズムさん」は、少なくとも変態ではない。
 と、そう私は確信していた。
 ところがこの間その「リズムさん」が私のイメージとは掛け離れた事をしている場面を、通りがかりに見掛けてしまったのである。
 何と新宿地下街のランジェリーショップの店頭で、ランジェリーを物色している「リズムさん」らしき人物を発見してしまったのだ。
 見掛けたのが少し離れた距離からだったので、私はそれが「リズムさん」でない事を祈りながら、足を早め彼が彼であるか確かめに近付いて行った。
 近付くにつれそれが「リズムさん」である事が明らかになって行く。
 かなりのショックだった。
 そして「リズムさん」のその行為が事件性の有る事態に繫がるのではないか、或るいはランジェリーショップの女性店員さんに害は及ばないか、そう言った懸念を抱きながら私は漸く彼等の声が届く距離に辿り着いた。

 やがて店員さんの声が聴こえた。
「こちらになさいますか?」
 で、「リズムさん」の曰く。
「ええ、これにします。
 プレゼント包装に出来ますか」、と。

 ん?

 擦れ違いざまに聴いたその声で、私の懸念が杞憂に終わった事を知った。
 一際甲高い「リズムさん」のその声は、明らかに女性のものだったからである。
 それは女性を真似た「お姉」のものとは違う、完璧な女性の声だったのだ。
 つまり私が今迄おじさんだと思っていた「リズムさん」は、おじさんではなくおばさんだったのだ。
 何と言う不覚。
 恐らく「リズムさん」はランジェリーショップで、友人女性にランジェリーのプレゼントを買うべくその店に立ち寄ったのである。
 ん、待てよ。
 しかし私の不覚か。
 だって「リズムさん」は誰が見てもおじさんだろう。
 デニムに黒いジャケットに黒のスニーカーそしてバッグ迄も、それ等総てがメンズのアイテムなのだ。
 あっ、でも、全然違う可能性が・・・・・。
 ひょっとして、二丁目が近いので女性好きな、俗に言う「百合」の女性、か?
 で、「リズムさん」は恋人にランジェリーのプレゼントを・・・・・。
 あー、分からない。
 分からない、が、しかし、「リズムさん」がおじさんで無い事だけは確かだ。
 ここでリズムさんに謝罪したい。

 リズムさん、貴方の事をおじさんだと勘違いしていた私をお許し下さい。
 本当に申し訳ありませんでした。
 ごめんなさい。

 なので皆さんがもし新宿で「リズムさん」を見掛けても、おじさんではないのでくれぐれも勘違いしないように。
 かしこ。


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